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2013年 03月 23日
「無関心」について
50日間ブログの更新をしませんでした。昨年末から、衆院選敗北の理由を考えてきましたが、選挙戦最後に登場した日本未来の党の結党の背景と経緯には解らない事が多く、なんとなく書きそびれていました。その部分について、反原発の側に立つ言論人や雑誌もほとんど語られておらず、ひじょうに不可解な気がします。今も、その部分について書くだけの材料がありませんので、まだしばらく調べて考えようと思います。

3月10日、私の地元の佐久地方でも集会とデモ(パレード)がありました。昨年の3月11日とほぼ同じ企画でしたが、参加人数は3分の2に減っていました。昨年は組織や政党に所属しない個人的な知り合いが10人程参加し、いろいろ話が出来たのですが、その人達は今年参加していません。人それぞれの都合もあるし考えもあるでしょうから、一概に脱落とか変質とか決めつけることはもちろんできませんが、目の前の現象が何を意味するのかを考える事は必要でしょう。

この2年間、変わらず放射能の危険をアピールして来た若い親の一人が、たえず周囲の無関心を嘆いています。ツイッターで時々やりとりするのですが、私の言葉足らずを感じますので、まとめて書いてみます。みんなで集まって話し合いができればいいのですが、それぞれなかなか時間が取れず、集まる時はどうしても公式な課題やアピールになりがちです。

無関心と見える人々や次第に運動から遠ざかった人々と突っ込んだ話をするのはとても難しいことです。角が立ち、時にはつきあいが壊れる事もあるでしょう。それ以前に、考えを言葉にしてくれる人を見つけるのさえ困難です。「無関心」という捉え方自体にすでに否定的な意味合いがありますので、そのようにくくられた人はいい気持ちがするはずもありません。

むしろ、社会のたくさんある問題のどれに自分が関心を持ち、どれを見過ごしているのかを考えた方が解りやすい気がします。直接のアピールや雑誌などで読んだ「理不尽」の全てに関心を持続し、運動にかかわれるわけはありません。後で、きちんとフォローしてこなかったことを、シマッタと思う事がたくさんあります。

一つの極端な例を挙げます。毎週2回程、町の福祉・保養施設でトレーニングをした後、付属の大浴場に入るのですが、営業目的の施設ではないので利用時間の制限があります。土日は5時で閉館。最近町民になった同年輩の男性が、利用時間の延長を求めてプラカードを作り、ロビーや脱衣場でアピールしています。風呂に入りながらも、他の入浴者によびかけていて、私も一緒に運動しようと誘われました。誰も参加せず、今もその人は「一人デモ」を続けています。

彼は私に向って「学生時代は活動家だったみたいな顔して、どうして今は無関心なんだ」非難しました。その言葉で、私はかえって冷めた目で彼の運動を見ることになりました。彼がプラカードを持つ事は彼なりの表現であって尊重しますが、ペンネームで話かける彼に対し、声をかけられた他の人はほとんどが古くからの住民です。みんな実名で顔をさらして暮らしています。その施設は建設当時から、田舎では良くある利権がらみの問題があったのですが、住民はみんなそれを知っていても、いろいろなしがらみがあって、簡単には口にできません。多くの人が見ている場で、その問題を話しかけられる事は、地元で仕事をし子や孫をを学校に通わせている人にとって、都会に通って仕事をしていたり、リタイアしてやって来た新住民とは違う厳しさがあります。噂がすぐに伝わる田舎暮らしでは、気配りしなければならない事がいろいろとあり、彼には公民館の部屋でも借りて、この問題に関心のある人が集まって考えた方が良いのではと言いました。

彼は、利用時間延長は町民の便宜のためであり、自分の主張は「正義」だと言います。「正義」は人それぞれいくつもあり。一人一人のプライオリティーにそって選択して行動するのだから、自分の正義を押し付けるなと私は反論しました。彼は、町が運営する施設なのだから、町民の便宜拡大をはかるのが当然だと言います。町民アンケートをとって時間延長希望が多数ならそうするべきだと。そうしたいのなら、役場や町議会に働きかけたらと私は勧めました。その一方で、一般の行政は「最大多数の最大幸福」を追究するものかもしれないが、少数者を対象とする福祉行政は必ずしも多数決で決めてよいものかという疑問を言いましたが、多数の利益=正義という思い込みには通じなかったようです。

ここまで、彼の運動に私がかかわらない理由のうち、運動側の問題を述べましたが、それだけでは片面しか見ていない事になります。私の側の問題を見なければなりません。

リタイアする事が許されない私の仕事では、たえず時間が足りない状態が続きます。仕事時間のほかに、仕事を続けるために健康と体力を維持するための時間も必要になります。建設の経緯に不明瞭さがあって足を踏み入れることさえいやだったその施設に昨年から通い始めたのも、糖尿病の可能性を医師に指摘され、薬を飲むことになったからです。短時間で効率よく体調を改善するために、楽しくもないトレーニングを始めて、シャツが絞れる程の汗をかいて付属の温泉に入ります。確かに、検査数値は改善されています。

限られた時間で、限られた目的の利用にとって、あまり煩わしい問題に関わりたくないという事があります。トレーニングや風呂で一緒になる人達と、軽い話をしている方が楽です。一人デモの人は、遅い時間になると民間の高額な温泉にも行くらしく、そんな余裕がない私が彼につきあう義理はなかろうというひがみもあります。土・日は5時までに筋トレと風呂をすませて、急ぎ仕事に戻ります。

時間を延長してそのコスト増に見合った収入増がなければ、税金で補填する事になります。時間が短いことの不便さが、どれほど切実なものか、私にとってはかなり低位な問題です。現在の利用者のほとんどにとっても同様でしょう。しかし、そうではない人がいるかもしれない、という想像力は必要かなとも思います。週末忙しい観光地ですから、7時に仕事を終えて温泉に入りたいが、民間では高くて行けない人がいる可能性はあります。そんな立場の人がプラカードを持っていたら、という想像。一人デモの人の有りようや論点に納得がいかないというのは、問題の本質とは違うのかもしれません。

同時に、もし私にとってそれが切実な問題だったら、きっと彼とは違う表現の仕方をするでしょう。保養や健康のために来ている場に、気配りなく難しい問題を話しかけるのはためらうし、恥ずかしいという保身意識も出ます。既に35年地域社会で暮らして来た知恵とずるさでしょう。それさえはねのけるほど切実な問題だったら・・・? こんな想像を掻立てるほど、一人の切実さが人間の共通する欲求、生理的・本能的なレベルにまで深化しているのか、そんな事を考えます。

長くなりましたので、その問題は次回に。
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by maystorm-j | 2013-03-23 05:57 | 社会 | Comments(0)
2012年 07月 01日
自然の変化と人間の不適応・・・放射能汚染、野生動物被害、外来植物に見る 7月1日 2012年
昨日は夕方、町の施設で軽く運動。と言っても、動かない自転車をこいだりする寂しい運動で、電線がつながれたクリップを耳たぶにつけて心拍数を測りながら、汗がたらたら。発電機にでもつながっていて、お茶の一杯でも沸いたら運動のしがいがあるというものだが、ただただ黙々と手足を動かすだけです。それぐらいなら外を走った方が良さそうなものですが、利用料300円で、運動後にサウナ付きの大浴場に入れるので、週2回ほど通っています。役場仕事らしく土曜日は5時に終了なので、帰って仕事の続きを、という事で風呂上がりにビールの一杯とはなりません。

風呂は男女別(当たり前か?)ですので、男湯の方しかわかりませんが、ほとんどおしゃべりをする事なく、しかめっ面したままで湯船につかっています。鼻歌歌ってもうるさいと怒られそうな空気。女湯はきっと騒々しいだろうと思いながらも、無粋な公共施設ですので、昔の銭湯のようにしきり壁が途中までしかなく天井に反射したざわめきが聞こえる事もありません。しかしトレーニングの方は中年以上の女性が多く、花盛りをちょっと過ぎて話盛りのご年齢。脈拍160で必死に息吸い足を回転しながらお話に付合うのは、なかなかの修行になります。

人のうわさ話が話題になる事は少なく、たいていは食べ物や無難な花や山菜、キノコの話。コゴミは放射能に気をつけてね、キノコは危ないよ、傾斜地の家庭菜園では水が溜まりやすい場所は花でも植えてね、とかとか間の手を入れるのですが、特にいやがられもせず、右から左にスルーしているらしく、翌週になるとまた山菜を食べた話で盛り上がっています。秋のキノコ談義も今から想像がつきます。

小学校の集まりで給食の放射能が怖いというと、ヒステリー扱いされるという話をよく聞きますが、年輩者がほとんどのせいか、排除される事もないかわりに、話を聞いて暮らし方を変える事もなさそうです。「原発をどう思いますか?」と聞けば、きっと多くの人は「いや〜ね」と言いそうですが、目の前に放射能が多少あっても、すぐに暮しぶりを変える事は期待できません。

これを書いている途中、朝の6時頃に外から数発の破裂音が聞こえました。近くにクマが出ているなと思い、バイクで出かけ、町の委託で追い払いをしていたNPOのメンバーとちょっと立ち話。集落から100mほどのところを横切っていったばかりだったようです。通ったところの草が踏まれていたので、頻繁に使われているルートです。人家の近くで花火音で追い払いが行われたのですが、日曜日のせいか誰も起き出してくる様子はありませんでした。野生動物の被害が出る地域ではここ数年、やっと電気柵が普及してきています。その前の5年ぐらいの間、加害動物を全部殺せ、もうこりごりだ畑なんかやめる、電気柵なんて金と手間がかかるから嫌だ、様々な反応があって、少しずつ対策が普及していきました。

放射能汚染の問題も、5年もすれば少しずつ冷静に事実を受け止めて、対策を考えるようになるでしょう。野生動物に作物を食われてその年は損失を出しても、来年対策を講じてまた種を蒔く事ができます。放射能の困るところは、一度体内に入れるとなかなか出て行ってくれない核種があったり、出て行くまでの間に周囲の細胞の遺伝子を変化させて、かなり経ってから癌などが発生することです。また種蒔きゃあいいか、というわけにはいきません。

一昨年は存在しなかった放射能がそこら中の自然に今は存在する。自然の変化のスピ−ドに人間の変化が追いつかないことはよくあります。昨日のトレーニング中にも、外でウォーキングしていたグループが、カナムグラの葉を摘んできて、オオブタクサではないのかと話していました。オオブタクサは近年急激に増えてきた外来植物で、花粉症の原因になります。役場には3年前から春の小さいうちに抜くように広報で指導してくれと話していますが、前例がないこと(外来種だから当然ですが)はやりたがりません。昨日話に加わった職員の一人は、お盆すぎからクシャミが出るので、家のまわりのオオブタクサを刈り取ったら、花粉を浴びてもっと症状がひどくなったとぼやいていました。人間が変わるのには5年はかかるとすれば、再来年あたりには役場が広報で抜き取りを呼びかけ始めて、さらに5年ぐらい経つとみんなが春には一斉に抜き取り作業を始めるかもしれません。きっと、その頃にはまた別の外来植物が猛威を振るっていることでしょう。

一筋の道とか生き様とか、不変の生き方が賞賛される事が多く、豹変、気まぐれ、その日その日の出来心で暮しを変える人は信用されないようです。自然は悠久不変で、こせこせと利に走る人間のようにはころころ変わらないと思われがちですが、生態系と人間社会を俯瞰すると、どうも人間の保守性、環境の変化に対する不適応の方が目立ちます。
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by maystorm-j | 2012-07-01 08:21 | 社会 | Comments(0)
2011年 12月 04日
Twitter M.J. から  11月21日〜30日  2011年 
はっきりしない秋もさすがに終って、雪が降り、また昨日は生暖かい気温。今朝は低気圧通過後の強風が吹いていて、一気に気温が下がるかもしれません。内陸の軽井沢では、冬の間は雪が少なく、空っ風で土ぼこりが舞う事が多い。雪が降れば、道路が凍結して危険なのですが、その危険は運転に注意すれば避けられます。今年は根雪になって、放射能の飛散防止と空間放射線の低減につながってほしい。

放射能汚染の高い東隣の群馬県ではもっと深刻でしょう。「上州名物空っ風」。「かかあ天下」を上州の人は否定するが、放射能に対する全国のお母さんの反応は鋭い。2月から、大量のスギ花粉が飛び始めますが、汚染が花粉に移行するかどうか、各地で心配されている。根拠のない「大丈夫」宣伝ではなく、各人の行動や行政の対策で避けられる危険は、まめに避けることでしょう。

近年、軽井沢に60代以上の新住民が増えています。豊かで、楽しい老後を夢見て軽井沢を選んだのでしょう。軽井沢のいいところを探してまわり、自然や歴史やグルメ・・・その一方で、いやの事には目をつぶる。中には積極的に嫌な所を変えようと行動する人もいるが、多くは経済的余裕で嫌な部分には触れないで暮らしていける。

若い人に較べると、年寄りは放射能に対する感受性が二桁下がると言われています。しかし、都会から孫が遊びにくる時の事を考えて、汚染を憂えている人もいる。その一方で、軽井沢で子育てしている世代でも、危険を問題視しない人も多く、放射能問題に関しては、旧住民と新住民の意識に大きな差はないのかもしれません。

Twitter Maystorn Journal 11月21日〜30日 まとめ

11月21日
@tetsujinarts 目に見える形で軽井沢からの避難は初めてかもしれませんが、生まれ育った軽井沢にUターンを考えている若い人達や、都会暮らしに見切りをつけて新生活を考える人達に、汚染の状況と行政の無策が影響を与えている例もあります。

都会に行くと軽井沢暮らしは羨望される。それが繰り返され住民はいつの間にか「軽井沢はすばらしい」と刷り込まれる。嫌な面は見たくない→見えない→存在しない(はず)という意識の流れ。行政も住民も危機管理を嫌う。安全神話は心が作り上げる。観光・リゾート地の利潤追求がそれを補完する。

11月24日
都会に行くと軽井沢暮らしは羨望される。それが繰り返され住民はいつの間にか「軽井沢はすばらしい」と刷り込まれる。嫌な面は見たくない→見えない→存在しない(はず)という意識の流れ。行政も住民も危機管理を嫌う。安全神話は心が作り上げる。観光・リゾート地の利潤追求がそれを補完する。

私用で岡山1泊2日。朝一番の新幹線で昼前着。翌日夜帰る。ちらっと五重塔や淡路の橋を見るが、旅というより移動。昔乗った夜行列車は楽しかった。交代しながらでも10時間自動車の運転はきつい。夜行バスはせいぜい大阪まで。リニアになれば、もっと楽しくないのに高額、電気消費、電磁波たっぷり。

11月25日
除染を求めるゴルフ場に対し東電も裁判所も、飛び散った放射性物質は既にゴルフ場の土地にくっついているものだから東電の所有物ではないとして、東電の除染責任を否定。この論理では、体内にくっついた放射性物質が人体に被害を与えても、東電に責任はないということか。近年、裁判所判断の異常続く。

11月27日
26日、長野県環境保全研で野生鳥獣の研究発表。クマ・カモシカ・ニホンジカ。40年前学生時代、自然保護と公害は、開発と工業化の犠牲者救済だった。燃料革命は過疎地を生み、山里では野生鳥獣被害が増え平地へ進出、海辺には原発が並び住民はその金と仕事に頼る。半世紀を振り返り、つけを払う時。

木材輸入自由化が日本の森林を荒廃させ、木造住宅は30年しかもたないい合成素材と化学薬品だらけになり、電気仕掛けで快適さを求める。商社の利益とアメリカの外圧に負けた自由化の後を,今一度振り返ってみる必要がある。輸出が戦後復興の原動力という見方も、アメリカがたえず戦争していたおかげ。

11月29日
沖縄防衛局長発言には言葉を失う。と同時に、辺野古への強引な基地建設は強姦的な行為であるという認識があり、さらに、強姦してもいいのだという認識さえあることが判明した。ここまでの侮辱があるだろうか。
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by maystorm-j | 2011-12-04 05:48 | Twitter M.Journal | Comments(0)
2011年 10月 31日
Twitter M.J. から  10月11日〜20日  2011年 
この10日間は、放射能汚染が福島に限らず身近な場所で具体的な数字として突きつけられました。なぜ、事故直後に政府は放射能の動きを発表しなかったのか。東京と福島や地方における行政やマスコミの対応の差。放射能は時間とともに移動・変化すること。これからもいろいろと見えてくる事があるでしょう。

Twitter Maystorm Journal 10月11日〜20日 2011年

10月11日
ブログ Maystorm Journal 更新http://maystormj.exblog.jp/14732908/ Twitter のまとめですが、冒頭にOKI DUB AINU BAND の演奏を載せています。2台のとんこりがリードします。居壁 太さんのトンコリソロhttp://youtu.be/tuWSvCpSH2I

10月13日
昨日たまたま世田谷にいたら2.7μSv/hrの報道。周囲の10倍のオーダー。道路際というので、側溝に溜まって濃縮かと思ったが、歩道部分。高圧水でも減らず、上の方が地際より高い所も。時間とともに放射能の移動変化には予断禁物。コンクリのひびに沈着か?汚染焼却灰を工事に再利用も要注意。

軽井沢の学校で1.7μSv/h。 以前から軽井沢は高く若いお母さん達が測定や行政・学校に働きかけ。今回もその指摘で役場が測定・確認。発信を始めたお母さん達のブログ「手をつなごう」〜軽井沢・御代田・佐久target="_blank">http://teotsunagou39.blog.fc2.com/

ブログ更新。「軽井沢でも小学校にミニホットスポット」http://maystormj.exblog.jp/14747072/ 全国的な視野で放射能汚染問題を考えると同時に、身近な生活領域での測定や対策が、子どもの安全のためには重要。

放射能汚染は日々変わる。一雨ごとに、風が吹く度に変化する。かと思えば屋根瓦やコンクリに固着して洗っても減らない。地面より2階の子ども部屋が瓦の汚染で高線量という事も。今後落葉のため高くなる場所も。http://youtu.be/b5Y_g6T4d7o「子どもを避難させて!」〜渡利地区住民が要望

世田谷の高放射線は発生源が隣接する空家で、線量計の測定上限30μSv/hrを越えるビンが何本も見つかったという報道。以前の住人はどうなったのだろう?長期間発生していたのなら、周辺住民の健康も不安だ。軽井沢の測定値からも、今後は同程度のミニホットスポットが多数見つかる可能性は高い。

福島県知事、米の安全宣言。測定値は公表せず。ベラルーシの専門家「日本の食品基準は甘過ぎ、理解出来ない」20倍前後も。汚染地域に住民を戻す。保育園も再開。日本の原発を世界最高水準の安全性に高め輸出、と野田首相。国民は世界最高水準の危険性を強要される。国内並に多額の交付金付き輸出か?

米韓FTA交渉。マスコミは一斉に出遅れるなキャンペーン。日本の対米貿易が重要「だった」背景にはドルの威信と戦争需要。ドルは今後も下落。戦争が日本に蜜の味をもたらした時代既に終了。今後は当事者として戦場へ引き出されるか、捨て駒か?中国とアジア諸国が貿易の中心へ。TPPはそれを阻害。

10月14日
世田谷の放射能「事件」は意外な結末。しかし市民の自衛的測定が有効を図らずもを証明。通学通園路などは行政が一番に測定すべき場所。発生源がラジウムと発表されて、マスコミは空家の前住人や周辺住民の健康を懸念する事なく、ラジウム温泉の効用を書く。長時間長年月温泉に入ったままの人はいない。

数値は聞き漏らしたが、TBSラジオで遠藤泰子さんが空家前住人の被ばく推定を報道。高放射能スポットの発見は、周辺住民にとって健康被害防止に重要。発見者は「人命救助で表彰」に値する。行政は学校・保育園などで保護者の自主測定を嫌がる一方、グランドの真ん中だけ測定する事が多い。市民先行。

10月15日
航空機モニタリングの結果が、群馬県まで発表されている。県境の群馬側は年間1mSvを越えている。まだ長野県は発表されていないが、軽井沢も1mSvを越える事を覚悟する必要がある。キノコ採りシーズン。大量に食べる人も。キノコのセシウムは煮るとかなり抜けるというが、普通は煮汁を捨てない。

乗り遅れ・時代遅れ・仲間はずれ。政府・マスコミのTPP論調は子どものいじめに似る。アメリカについていけば餌の分け前もらえる幻想。アメリカ巨大資本は自国民にも餌を分ける気がないこと、ウォール街デモにあきらか。まして他国民には。日本自身が餌の道。TPPは宮沢賢治の「注文の多い料理店」

アメリカが建国以来、何をどんな風に食べここまで肥え太ったのか?今また何を食らわんとしているのか?http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2011/10/post_5ed0.html 10年前に書かれた小出裕章さんの文章http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/05/03/911-us/日本は人形峠の高放射能廃棄物をネイティブアメリカンの土地に捨てた。

http://www.ustream.tv/recorded/17883463郡山市の学校集団疎開裁判に賛同するデモ。のんびりと歩く市民を多数の警察官が規制。デモ後方に楯とものものしい出動服の機動隊員と護送用バス。先月は東京で多数の逮捕者。これが進めばデモ隊は自衛のスクラム必要に。圧倒的多数の市民参加ではねのけよう。

10月16日
「チェルノブイリから学ぶこと」菅谷昭・松本市長の福島市講演会。http://www.ustream.tv/recorded/17868965長くチェルノブイリ周辺で甲状腺治療の経験。癌以外の病気の問題。死産や人工妊娠中絶で統計に現れない異常も。http://www.videonews.com/asx/special/special_111015_fukushima_300r.asx市民科学者国際会議報告等も併せて。

10月7日、内閣府第1回コスト等検証委員会記録動画https://www.npu.go.jp/media/video.html年内に各発電コストを算出の予定。立命館大の大島さん参加。原発コストにバックエンド費用、事故対策費用含めるか等、今後紛糾の可能性。安全・クリーン・安いの原発3メリット中、2つは事故で消えた。

原発推進3大利点これまでは安全・クリーン・安価。今原発事故で安全は吹き飛び、放射能汚染クリーンどころではない。原子力村が最後にすがるのは安価。コスト等検証委に提出の大島さん資料http://oshima.posterous.com/1-37375「安価」崩れて露になる第4の隠されてきた本音、原爆製造能力保持。

10月18日
長年もの作りを生業。明日はもっといいものをと思う。競争力のある物をではない。使うのはお客様。同業者に勝ため技術やセンスを磨くわけではない。「差別化」嫌な言葉だ。食料自給率40%、国民の需要は生産量の2.5倍。農業改革はTPP国際競争ではなく、いいものを作って農家が暮らせるために。

10月19日
NHKとTBSですが、ラジオを聞くなら早朝がお勧め。アナウンサーは比較的自由に話し、解説者もいい。今朝は金子勝さんがTPPの問題点を判りやすく解説。7時頃から政府公報放送へと変化。民法はどうでもいい話題が増える。局内上層部のチェックが厳しくなるのか?大企業がスポンサーにつくのか?

10月20日
戦中世代はチョコレートとジャズにあこがれ朝鮮・ベトナム特需で潤った。戦後世代は騎兵隊がインディアンを成敗する西部劇と、豊かなアメリカホームドラマを見て育った。若い世代には今もディズニーランドが人気。アメリカの後追いが幸せとしみ込んでいる。アメリカ史の裏描く漫画「戦争中毒」合同出版

リーダー格の日本政治家を見ていると、時に政治信条の不連続点を感じることが。言動の急変期に訪米や米大物政治家と接触に気づく。あたかも向(親米)精神薬を注射されたかのよう。金で買われたようではない。防衛や経済がらみの脅しがあるのか?幾多の自主路線に転じた政治家の末路を見せられるのか?
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by maystorm-j | 2011-10-31 04:57 | Twitter M.Journal | Comments(0)
2011年 09月 03日
Twitter M.J. から  8月1日〜20日  2011年 
「3.11 以降、世界は変わってしまった」と小出裕章さんは言います。広島に降った死の灰の数十倍をこえる放射能が福島原発から放出され、私たちはどこに住み、何を食べ、どう暮らすのか、根底から考え直す事を求められています。新しく現れた厳しい環境におかれている人々に、この社会がどう対応するのか、今はその面積の広さと人数の多さに戸惑うばかりです。

しかし、これまでこのような戸惑いを感じる事がなかったわけではありません。政権が交代しても、沖縄に住む人々に答えを示す事が出来ていません。今も多くの公害裁判が継続し、被害者が敗訴し、私の住む社会は被害者に答えを示す事が出来ていません。放射能は地球上に住む全てに人間に被害をもたらし、相対的な差はあるが地域や人数を限定出来ない、「世界」という言葉で言い表すしかないという事でしょう。

これまでのしくみ、日本の法律が定める国民が許容すべきとされた放射能の基準が、これまでの暮らしを続けようと思うなら、適用できなくなってしまった。原発そのものは危機的状況がしたとしても放射能の発生は止まらず、大地や海の汚染は長く続いて復旧困難なのが原発事故です。10万人の人を短い時間に殺害した原爆よりも今後はるかに長い時間、汚染が続くという意味で世界は変わってしまったと考えます。

しかし、人間の意識や環境の大きな転換点であっても、社会には不連続点はありえず、3.11以前が「いい世界」であったという事ではありません。(長くなりますので、次回に続けます)

Twitter Maystorm Journal  8月1日〜20日 まとめ

8月5日
園田政務官「1号炉の燃料はほとんど圧力容器の下部に溜まっていて、一部が格納容器に出ている」。工程表見直しに向け華々しく「メルトダウン、メルトスルー」とぶち上げた時とトーンが違う。対外的都合、東電・官庁の都合、国民世論操作上の都合で七変化。水のない圧力容器に大半の燃料が残存可能か?

8月18日
しばらく本業とボランティアで超多忙。東京を車で3往復。東京近くの高速道は照明が5〜10本おきに点灯。地方へ行くと完全消灯。交通量多い東京近郊は車の照明で道路状況がわかる。前方に車がおらず、上下左右に変化の多い山間部こそ照明が必要。ホームセンターでは500円で太陽電池付き照明販売。

東京のデパートで一週間の展示販売。ギャラリーコーナーに限らず売り場にパソコンがない。無線LANもない。すべて伝票類は手書き。人手不足で接客もままならない。個人情報保護でお客様とも継続的に付合えない。各市場の相場を見ながら農家に出荷を指示する高冷地野菜農業の方がはるかに進んでいる。

東京での展示は9ヶ月ぶり。東京という存在の「何か」が終っているという印象。地方で人と話して受ける知的刺激がない。言葉はかえってくるが、怒り・悲しみ・戸惑い・不安などの感情も伝わってこない。諦めなのか現実感が希薄。震災以後、地方の人間は中央経由ではなく直接他の地方を理解し行動開始。

原子力安全委員会は北海道泊原発3号機再稼働判断を保安院に丸投げ。http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1195 経産省出身の道知事GOサイン。落下傘知事と地元代表議員、さらに住民の乖離は今後進むだろう。被災地ではまだ地方選挙ができない。主権者の意思表現の場がないまま国や首長が暴走する。

戦後開拓集落に借りている仕事場前の公民館に何台もの警察車両と十数台の白バイ。天皇が来るためリハーサルと言う。本番はどうなる?予防拘禁?される前に逃げ出すか。バイシクルというカードのジョーカーは自転車に乗る王様の絵。ヨーロッパのある国では実際に王様が自転車で街なかを走っているそうだ

夏休みに福島から子供を呼ぶプランのため、町の研修施設を借りようと先月役場に交渉した。8月は職員研修で一杯だと断られた。観光客・別荘族が来て忙しい時に研修? 天皇を泊めるためだと事情通が教えてくれた。数日間の事だろうに夏中貸し切りという事か?天皇が来るのは勝手だが、なぜ町の税金で?

8月19日
週明け福島の夏休み最後の3日間、80人の親子をいわき市から軽井沢に招待する。期間が短いので被ばく軽減につながらないのが残念。軽井沢も放射線量は高い。3月15日夕秩父側から沼田方向へ流れたプルームの影響らしい。当時軽井沢は雨と雪。福島の子供達と軽井沢の子供達、大人の行動が問われる。

経産省資源エネ庁、原発交付金をこっそり改訂。東京新聞報。新増設に金額アップ。既設は発電所規模評価から発電実績量に応じて交付に変更。事故や危険があっても、金に縛られ地元自治体は運転停止を要請しなくなる可能性。かくも卑しい官僚根性。泣いてでも推進の海江田経産相は民主党党首選立候補か?
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by maystorm-j | 2011-09-03 05:04 | Twitter M.Journal | Comments(0)
2011年 04月 23日
汚染された土とどうつきあうか?  4月23日 2011年
「今、なぜ20ミリシーベルトなのか」というテーマで書こうと思ってから、何日もたってしまいました。数字をきちんと整理しなければならないので、手間取っています。その間に、政府の対応は科学的根拠がうすいままに、進んでいます。なんだか、人間、特に子どもをつかって人体実験をしているような気がします。きっと10年後には、たくさんの医学論文が出てくるでしょう。

4月11日の記事、「放射能汚染された農地・・・」に「菜の花プロジェクト」を紹介しました。ナタネやヒマワリをいきなり植える前に、表土を耕さずにとりあえず牧草で覆う、表土をはぎ取り汚染されていない土を客土することなどを書きました。学校や公園などでも、同様な汚染土の除去入れ替えが早急に必要でしょう。小さなホットスポット、例えば雨樋の流出部や軒下、傾斜地の下・・・線量計をもって探せば、処置すべき場所は素人でも見つけられるでしょう。学校のグラウンドの真ん中で一カ所だけ計測し、安全だから登校しろというお役所仕事では、子どもの健康は守れません。

昨日紹介しましたWeb Iwakami に、「よみがえれ福島 命めぐる大地」講演会 2011年4月20日 の USTREAM 中継映像が出ています。チェルノブイリ事故後のウクライナで医療支援を続け、近年は汚染された農地の再生をめざし、菜の花プロジェクトを実際に進めている「チェルノブイリ救援・中部」の河田さんの講演です。質疑応答を含めると2時間になりますが、週末で時間のある方はぜひご覧下さい。最後の方に、福島の農家で放射能汚染と闘う女性が登場します。その方は、翌日東京で文科省の役人との会見場で、怒りをぶつけています。汚染された学校の再開を強引に進める文科省が、安全の根拠を全く説明できないようすが伝わる映像も、あわせてご覧いただければ、いま福島の子どもがおかれている危険な状況が理解できます。こちらは、OurPlanet-TV 「子どもの安全基準、根拠不透明~市民の追及で明らかに」の中継映像です。日本の官僚は優秀だという神話は、完璧に打ち砕かれています。
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by maystorm-j | 2011-04-23 08:08 | 社会 | Comments(0)
2011年 03月 20日
「ただちに健康に影響がない」とは?  3月20日 2011年
福島第一原発では、損傷の少なかった運転停止中の5号、6号炉に高圧線から電源をつなぎ、使用済み燃料棒の冷却が始まったようです。損傷の大きい1〜4号炉で同様の作業が可能かというと、楽観できるものではないでしょう。非常時のためのディーゼル発電が出来ないと判った早い時点で、東電の電源車を向かわせている、電源車を自衛隊や米軍が運ぼうとしているなどの報道がありましたが、いつのまにか報道されなくなっています。電源がないためにおきた状況であれば、まず電源を確保しようとするのが当然の対応と思われますが、何度かの爆発があって放射能が外部に漏れて、作業が困難な状態になってから、「決死の作業」をするという段取りの悪さが目立ちます。事故の進展予想が非常に甘く、常に楽観的な予想にすがる体質が、現場、東電、政府、マスメディア全体にあるのでしょう。先が読めずに、ぎりぎりになって「特攻精神」に頼る体質です。

しかし、これを日本国民全体の体質と言ってすませていいのかどうか? だまされる側にも責任はあると思いますが、少なくともだます側がいるのは間違いありません。政府が発表し、マスメディアが無批判に流している常套句「これは、ただちに健康に影響がある量ではありません」。これまで、空中の放射線量を測定して、使われていたこの言葉が、昨日(19日)は原発から離れた福島県産の牛乳と近県のほうれん草に使われました。そして、検出された放射線量の安全性を強調するために、これまでは「1回の胸のレントゲン検査で浴びる放射線量」と比較していたのにかえて、「1回のCTスキャンで浴びる放射線量」と比較し始めました。Wikipedia でシーベルトをひきますと、一覧表がありますが、1回の胸のレントゲンでは0.1~0.3、1回のCT では7.0~20 mSv ですから、70倍の開きがあります。これは「だましのテクニック」です。

原発の現場で空中の放射線量を測った大きな数字に較べると、たしかに遠隔地の数字は当然小さくなります。しかし、牛乳やほうれん草から検出されたということは、放射線が原発から飛んできているというのではなく、放射線源である放射性物質が飛んできているということです。食品から半減期の長い放射性物質を体内にとりこめば、長期の体内被曝をおこします。レントゲン撮影のような体外被曝とは違います。「毎日一年間食べても影響ない」と言っていますが、毎日体内に入った放射性物質が毎日排出される場合の単純な365倍と、排出されずに体内に蓄積されていく場合では被曝総量がまるで違ってきます。

もう一つ、「ただちに」というのは、どうやら急性症状を起こさないということのようです。白血球が減ったり、髪の毛がぬけたり、嘔吐や下血などの被爆後すぐに現れる症状です。5年10年先の健康にまで影響がないというものではありません。遅発性の影響(発ガン)は低いレベルの被曝でもおこります。これ以下なら安全という「しきい」はなく、発ガンの可能性は、被曝量が大きいなら高く、少ないなら低いということです。レントゲン撮影のような医療被曝に対しても、日本は基準が甘いと言われていますが、それでも医療の場合は病気の診断というメリットがあります。そして、撮影を受けるかどうかという選択権が患者側にあります。空から降ってくる放射性物質には、メリットも選択権もありません。

毎日流される政府やマスメディアの「だまし」のテクニックは、それほど巧妙なものではありません。しかしだまされないためには、つけっぱなしのテレビとは違い、たとえば原子力資料情報室のサイトなどに、自分から入っていく必要があります。政治家のように短いフレーズで美味しいことを言ってくれるわけではありません。根拠のない風評にも注意が必要です。上記のサイトの記者会見動画など、ときには2時間かかる事もあります。だまされる側にも責任があるという自覚がないと、しんどいこともあります。
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by maystorm-j | 2011-03-20 08:53 | 社会 | Comments(0)