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2014年 06月 05日
真っ赤に燃える太陽だから〜〜?
d0164519_542594.jpg子育てが終ってから何十年も経ちます。最近の子どもはどんな太陽を描いているのか知りませんが、いまも太陽は赤々と燃えていると教わっているのでしょうか。落日以外の太陽が赤く見えたことはありませんが、半世紀前のひどい大気汚染が日本の都会を被っていた頃、赤い太陽を見たかもしれません。「白地に赤く・・」と歌わされても、日本の旗を見て、あれが太陽だという風に感じたことはありませんが、シンボル/象徴とはそんなものだと言われるかもしれません。高校生だった時から数えると、3回のオリンピックが国内で開かれていますし、地元長野・軽井沢でもあったようですが、一度も見に行ったことがなく、もちろん会場や沿道で白地に赤い「日の丸」を振ったこともありません。そのうち、祝日の度に外に「掲揚」しなければ非国民と言われる時代が再来したなら、どうしましょうか。

丸というと、正確には円や球をさすのでしょう。一本の長い縄でできるだけ多くの人を括ろうとするなら、その形は円になります。ゴム風船にできるだけ多くの空気を詰め込もうとするなら、形は球になります。引っ括られ、囲い込まれた状態が丸です。マルバツ=OXを思い浮かべるかもしれません。小学校のテストや宿題に、赤い鉛筆で丸をもらうことが、いつの間にか2重丸、3重丸、5重丸、果ては花丸なんていうようにエスカレートしていきます。子供の頃、いいように操られていたそのままに、大人になってもハナマルをもらいたがる人がいます。テストや宿題からとっくに解放されているのに、もう「先生」に丸をつけてもらえないと落ち着かず、自分を誉めてみたり、ご褒美をあげてみたり。講演会の度に、質疑の時間になると、自分がこんないいことをしていますと長々語って、講演者のお褒めをねだる人がいます。優しい聴衆は賛同しうなづいています。

「私たちはいま、静かに怒りを燃やす東北の鬼です・・・・私たちとつながってください」。原発事故から半年後の東京で、6万人の参加者の前で語られた言葉です。ネットの動画でも見られるでしょうし、森住卓さんの写真とともに出版された「福島から あなたへ」(武藤類子著)もあります。感動の涙がどれほどか流されたことでしょう。感動の涙、共感の渦・・・オリンピックで振られる日の丸とどこが違うのでしょうか。「鬼とつながってください」と求められています。ハナマルをやりとりするのではありません。自らが「静かに怒りを燃やす鬼」にならない限り、東北の鬼とつながらない。私は、あなたは、ちゃんと鬼になっていますか?

なかなか最後まで読み切るのに苦労している本ですが、『カラスと髑髏 /世界史の「闇」のとびらを開く』 吉田司著。日の丸の発祥について、古来山の民が狩猟の儀式を執り行うとき、イノシシの心臓で白い紙に描いた血染めの赤い丸、あるいは、イノシシの首を白い紙の上において描かれた赤い血の丸だという記述があります。真偽のほどは判りませんが、燦々と輝く元気な太陽が赤く見えることはないので、「血の丸」かもしれないという気になります。ヤマトによる東北征服以来の日本の歴史を振り返ると、「血の丸」こそがその象徴としてふさわしく思えて来ます。

by maystorm-j | 2014-06-05 07:01 | 暮らし
2014年 05月 06日
雑感/吉田司を読む・・・下下戦記
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左の花は和名キランソウ。ですが、私には「地獄の釜の蓋」という別名の方が馴染みがあります。地面にべったりと這うその形状からも、この名前は一度聞いたら忘れられません。シソ科の花の多くは穏やかな色合いですが、この花の紫と葉の緑はくっきりと深い色です。地面に円を描いて広がるこの「釜の蓋」を開くと、何が飛び出して来るのでしょうか。写真右側は近くで見たヒメオドリコソウの群落です。同じシソ科の花です。

伊豆の踊り子のようにまだ蕾ながらも個として立つことはなく、みんなおんなじ顔して並んでいます。ラインダンサーでしょうか。禁じられた蓋を開けたら、明るい歌に合わせて次々と踊り子が飛び出して来る幻視。

昔々のこと、水俣でユージン・スミス夫妻に会ったことがあります。胎児性水俣病患者の若い女性を風呂に入れる母親の写真に、若者の多くが打ちのめされます。母親から水銀を我が身に移し、次の子の症状を軽くした少女達の写真は、先天性の障害を持って生まれた子どもを「宝子」と呼んでだいじに育てたという言葉とともに、都会育ちの私を何かに駆り立てる力が有りました。あの写真の母子は、十字架から下ろされたイエスと母マリアだったのでしょう。

「義によって助太刀」するだけの学生にとって、自分より少し若い胎児性水俣病の患者達は神々しく、同じ人間として向き合い行動していなかった気がします。助っ人に出来ることなんて限られています。夜明けとともに裏切ることを予告されていた存在でした。

この1年の間に飛び飛びですが、吉田司さんを読んでいます。正統派の水俣病関係者にとって、あるいは受け入れがたいライターかもしれません。青年になった多くの胎児性患者と、人間同士のつきあいを続けた記録「下下戦記」という不思議な書名。ルポとも言い切れず、フィクションと片付けることもできません。神ではなく人間である胎児性患者と、当たり前の日常として地上・海上で繰り返される悪戦苦闘と抱腹絶倒の日記なのでしょう。

下下戦記の後で読んだ、同じ作家による「宮沢賢治殺人事件」。二つの著作に共通するのは、作家の視線で、後方斜め30度から人間を見る。この視座から見えるものは明るい正面の顔ではなく、暗い後ろ姿を見つめながら、肩越しに行く先が僅かに望める位置。水俣では作家自身もついて歩き、宮沢賢治では時間を遡ってなんとかして裏に回ろうとする。吉田さんの、いかなる角度であれ人とつきあいきるいきかたが、私には欠けている。

by maystorm-j | 2014-05-06 05:48 | 遊び