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2015年 12月 30日
この夏の安保法制反対運動を、その後の「連携提案」から考える。

今朝もマイナス10度、冬本番です。d0164519_08260605.jpg

私のところにも軽井沢9条の会経由で「2000万人署名運動」の署名用紙が届きました。総がかり行動実行委員会の呼びかけです。これまでの半世紀、いろいろな署名簿になんど名前を書いてきたことか。いずれも、署名運動の趣旨は正しく、込められた思いは共感しました。しかし、運動としての効果は? いま署名運動が最も必要な運動方法なのか? どんな結果が得られたのか? と言った面では疑問だらけです。報告や検証が後から届くことはほとんどありません。もしかすると反対側の体制にこちらの名簿を差し出しているだけではないかと思うこともあります。何回、ブラックリストに載ったのでしょうか。


それ以上に危険に感じるのは、署名したことで一定の安心感・自己肯定感が得られて、なにかやった気になってしまうことがあります。署名簿を持って賛同者を掘り起こすことの反面で、趣旨には賛成だが署名をためらう人にたいする「踏み絵」になりかねないこと。都会では解らない地域社会のしがらみの中では、逆に署名出来ない人との断絶につながることもあります。


ネットで「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」結成記者会見を見ました。

http://iwj.co.jp/wj/member/archives/42923

相も変わらず中央集約型の連携で、これで地方の選挙区の選挙協力が実現するのでしょうか。手前味噌な分析と方針に感じます。共産党の志位委員長から選挙協力と連合政府提案がでた直後に、宮本塾の集まりで話したことがありました。いきなり左からの提案ではオール沖縄型の連携にならないのではないかと述べました。安倍政権を危惧する保守とも連帯するには、例えば安保法制に反対の声を挙げている芸能人・文化人など、政党色のない人々からの提案にした方が良かったのではないかと。安保法制反対の高まりにもかかわらず、法制成立を阻止できなかった反省・検証がなされないままに、いきなり中央から次の方針がでてくることの違和感。健全保守勢力はおろか、民主党とも調整しきれない現状は、この焦り過ぎにも原因がありそうです。


地方の選挙区にはそれぞれの経緯や事情があります。中央からの号令で作る縦構造の運動ではなく、事情を精緻する選挙区内の市民が自発的に横の連帯でつくる運動が効果的なのではないでしょうか。長野県は地政学的にまとまりにくい地域です。日常的に横の情報交換や連携が必要と思い、地域のシンクタンクを目指すことを塾で提案しましたが、皆様のご賛同は得られませんでした。多様な視点から異論を含む幅広い議論をたたかわし、広く公表して地域で考えることに資するという姿勢にはなりませんでした。


積極的に選挙協力を作る、興味深い講演動画を見ました。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/280013

講師の座間宮氏は、ネットではよく知られていますが、表にはあまりでて来ない情報発信者です。とうぜんですが片眉につばを付けてご覧いただく必要がありますが、意外に需要なポイントを指摘していることに気づきます。4月に予定されている北海道5区補選の結果を待っていては、参院選(あるいはダブル選)に間に合わないでしょう。



by maystorm-j | 2015-12-30 08:20 | 社会
2015年 12月 27日
この夏の安保法制反対運動を、「SEALDs賛美の流れ」から考える。
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11月にはいってからは例年より暖かくなりましたが、今月は寒さが行ったり来たり。寒い日が3に対して、温かい日が7ぐらいでしょうか。例年のことですが、年末は鍋作りにとって一番忙しい時期です。その上、1月後半の展示会が決まり、気分的にはお正月どころではないといったところ。ブログも滞りがちです。

13日に行われた信州宮本塾の宮本憲一先生講演会で、質疑の時間にSEALDsの問題点に触れました。国会前の活動で一般に見られる東京周辺の学生グループの他に、女子学生やママさんの会、各地のSEALDsなど、いくつかの少しずつ異なる主張があり、さらに一般からはあまり見えませんが、SEALDs防衛隊と言われる影の部分があることを指摘しました。「しばき隊」とも自称するSEALDs防衛隊ですが、中心メンバーは3.11以前から活動しているグループで、首都圏反原連の中心メンバーとも連携しています。反原連から派生し、おもに「異論排除」活動を実地・ネット上で行ってきました。反原連の官邸前行動がシングル・イッシューをかかげ、多様な課題と行動を排除する理念を推進してきたグループです。これについては賛否両論があるでしょう。


その後、反原連とは別に、在特会などのヘイト運動に対するカウンター行動をかかげ、現地でもネットでも「しばく」活動、強烈な罵倒言辞を執拗に繰り広げて来ました。対象はヘイト運動に限らず、気に入らない異論や批判を述べる人に向けても、汚い言葉で罵倒を繰り返します。SEALDsの集会の周辺で、彼らが異端と判断する人たちを排除する行動は、YouTubeなどでも見られます。ネット上の言辞は、一種の魔女狩りを思わせるものです。


SEALDsは決して自然発生的に湧きおこった学生の運動ではなく、SASPLなど過去の流れがあり、その源流には反原連での小熊英二氏などの考えが影響しています。そのこと自体はそれぞれの考え方でいいのですが、SEALDsはしばき隊との関係を明確にするべきでしょう。


先に述べましたように、SEALDsの運動には多様性があります。一番目立つ奥田氏を中心とした東京のおもに男子学生グループ、周辺の「ママの会」や女子学生グループ、関西や地方のSEALDsなど、それぞれ主張する内容が異なります。「だれの子どもも殺させない」など、多くの人々に熱く届く言葉を発した女性達が一番記憶に残っているのではないでしょうか。その主張を私は「健全な保守」意識と捉えました。戦後70年続いた平和な毎日を守りたいという考え方です。今の幸せを続けたいという、幸せな人々にとってはきわめて健全な感覚でしょう。


この意識は、安定した暮らしにある人々の心に響きます。特に子育てを終えた年輩世代にとって、子どもの世代から子育ての結果を肯定されたと受取られます。しかし、戦後の平和、本土の暮しは沖縄の犠牲の上に続いた虚構ではないのか、という問いかけに応えられるでしょうか。世界各地で起きた戦争に、基地を提供し、経済的利益を享受してきた日本という「平和の半面」を見ていないのではないでしょうか。格差が拡大し、自分の子どもが人間らしい暮しを出来ていないのを見ながら、自分の老後もおぼつかない不安感、無力感を感じている年寄りもたくさんいます。


東京の男子学生中心のグループは、表では運動と政治の方法論のみを語り(立憲政治の破壊や民主主義とは何か、デモの正当性など)、安全保障の内容や戦争・反戦の理念にあえて触れていないと感じます。安保法制の内容と方向性を具体的に検証・解析・批判することは避けていると思いました。その一方で集会の外での彼らの発言は、「新9条」改憲の方向とシンクロしているように見えます。


9条改憲については、宮本塾でも必要と考える方々がいます。「左からの改憲」「新9条改憲」などと言われますが、この問題はいま真剣に考えなければならないでしょう。今のところ私はまだ考えがまとまっていません。少なくとも、SEALDs礼賛のムードに流されて、いつのまにか「改憲」意識が主流になっていたということは避けたいと思います。


安保法制反対運動では、東京に行く時間がなく、地元軽井沢で二つの「9条の会」と宗教者、一部の町会議員や前町長などが進めた活動に参加しました。実体は「総がかり行動」に近い運動形態でした。そこには大学生も高校生もいなかったにもかかわらず、参加者の注目は東京のSEALDsに集中していました。各地の行動も広範な考え方での結集を呼びかけていて、実際は「総がかり」的であったと思いますが、視野が狭い排他的な要素を持つSEALDsの方に意識が流れたと感じています。学生礼賛よりも総がかり行動への集中をはかるべきだったのではないでしょうか。


SEALDsの集会では「民主主義ってなんだ?」「これだ!」の声が渦巻いていました。私の性格ですが、自己讃美を声高に表明する運動や活動家には馴染めません。運動の課題が達成出来たのなら、その後の自己肯定・運動讃美もいいかもしれません。運動の中心に主体的にかかわることが出来なかった私が述べること自体に反発があるかもしれませんが、安保法制反対運動では勝てる局面があったのではないでしょうか。国民意識も反対側の論理や顔ぶれから見ても、なぜ阻止できなかったのか、真摯な反省が必要に思います。




by maystorm-j | 2015-12-27 08:24 | 社会
2015年 12月 05日
中東における一神教の発生について考える その1
前の記事に年表と4つの一神教比較を載せました。軽井沢史友会では準備不足、理解不足、発表時間不足であまりにもお粗末なお話になりましたので、ゆっくり文章化してまとめたいと思います。d0164519_05241046.jpg

一神教と言えば通常、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つを指します。ゾロアスター教を最初に取り上げた理由は、自然崇拝や先祖崇拝などの多神教的世界観と善悪二元論に基づく一神教的世界観の関わりを考えてみたいという所にあります。

一神教は砂漠気候など苛酷な自然と対峙する人間の世界観、多神教は多様性豊かな自然に育まれる人々の世界観というような分け方がよくなされます。人の気持ちや考え方が自然環境に影響されることは明らかですが、はたして宗教心と自然がストレートに対応するものかと言うと、同じ環境の中においても、時代によって宗教の構造が変化していくことが見られます。私たちが一番身近に知る日本の神道でも、その起源であろう縄文時代のアニミズム、周辺の民族が到来して伝えた稲作文化、地方豪族権力が王権に集約される過程、封建国家から中央集権官僚制の成立と東北日本の統合過程などなど、様々な社会的変動を通じて、神道信仰の内容は変化してきたと思われます。

さらに、自然環境も不変ではなく、気候変動もあれば人為による変化もあります。今は砂漠や荒野、はげ山になっている所も、数千年前には森林や緑野だったこともあります。羊の過放牧で砂漠化したり、燃料需要で森林が過伐採されて岩山になった所など、いたる所で見られます。

ゾロアスター教について、かなり古い時代に出来上がった一神教であるということ以外に、事前に知識があったわけではありません。昔々、高校で「拝火教」と教わり、石造りの神殿で、人々が燃えさかる火を拝んでいるという印象だけが残っていました。古代、インドからイランにかけてのアーリア人達がもっていた自然崇拝から変化した信仰と言われています。起源は多神教であり、火の他にも水や空気、土なども神聖視する所などはヘレニズム的でもあるようです。自然を崇拝する気持ちの中で、豊穣の恵みをもたらす太陽・光・火を一番重要に感じるのは、とうぜんの心性と思われます。

太陽=光を象徴するものとして火を拝みます。太陽神信仰は世界で広く見られ、天照大神もその一つでしょう。その反対に闇は嫌われ、善悪二元論的世界観にいたります。神々の中で最高の「善」である太陽神の側にいたい、太陽神に保護されたいという心性は自然にわき起こるでしょうが、社会が発達して大きな権力が生じると、最高神を権力の守護神とします。王権は神から授けられたという神話が生まれます。

紀元前1,000年以前にアフガニスタン北部で、ゾロアスター(ザラスシュトラ、ツァラストラ)によってその宗教構造が作られたと言われています。ペルシャに王朝が成立し、紀元前6世紀にはアケメネス朝時代には王国の中枢で信仰されます。さらに、紀元前3世紀、アルサケス朝では、国教化し最高神アフラ・マズダーによる王権神授神話が確立したようです。
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ゾロアスター教の歴史観、世界の創造から終末にいたる過程は、「創造」「混合」「分離」の3期に分かれます。完璧な世界であった「創造の時代」から、現世は善神と悪神と闘争を経て、最後は善が勝ちます。人は現世での「三徳」(善思、善語、善行)によって死後に裁かれ、天国か地獄に送られるとされ、この考え方は明らかにその後の中東の一神教に引き継がれていきます。

では、なぜゾロアスター教が世界宗教にならず、現在インドなどに10万人程度の信者がいる小さな宗教になったのでしょうか。一つの理由として、国教化=王権神授論がもつ限定性があるでしょう。王国が拡大すれば信仰も広がりますが、衰退すれば周囲から異教として迫害されます。王権と密着する宗教の限界です。信者の間に、迫害に耐えることを良しとする心性を作らないと、神の正当性が疑われます。性善説をとる善悪二元論の弱みと言えそうです。迫害の歴史を神話に組み込む必要があります。紀元前6世紀ごろ、バビロニア捕囚の時期、ゾロアスター教に接したと思われる古代ヘブル人たちは、巧みに一神教の善悪二元論と創造・審判・終末論を取り入れながら、自然信仰より祖先信仰の色彩を強めて、迫害の歴史を組み入れたヘブライ語聖書(旧約聖書)の神話を紡ぎだしたと考えています。




by maystorm-j | 2015-12-05 08:28 | 社会