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2015年 10月 28日
佐久市望月 多津衛民芸館で「平和と手仕事展」 11月2、3日

様々な企画でお世話になっています小林多津衛民芸館の、一年に一度のメイン行事です。私は、野菜の直販と新そば、おでんを目当てに毎年行きますが、今年は忙しくて時間が取れるかどうか。近くの方、ちょっと遠い方も、是非お出かけ下さい。


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by maystorm-j | 2015-10-28 08:05 | 暮らし
2015年 10月 25日
安保法制反対運動を振り返って/改憲の動きをどう見るか
d0164519_15445334.jpg安保法制が国会で成立したことにされてから1ヶ月が経ちました。その間に、共産党からの「選挙協力と連合政府」提案を巡って議論や駆け引きが行われています。その提案があまりにも素早く唐突だったために、集団自衛権の閣議容認から安保法制成立にいたるまでの過程、反対運動の検証と総括が丁寧に語られることなく、次は参院選というムードが広がっています。

8月末から9月にかけて、軽井沢でも珍しく集会とデモが3度行われ、町議会でも決議がなされました。その中心となった9条の会の例会が2週間ほど前にあり、私も初めて参加しました。参加者は十数人で、集会の最大参加人数150人と較べると、いささか寂しい感じです。このような集まりに共通する話題の構成ですが、権力側の「悪」と自分たちの「正」を、参加者がそれぞれ様々な具体性をとおして語り合います。そこでお互いに確認し合うことがらに特段の異議はないのですが、はたしてそれだけでいいのか。5年前も10年前も、さらにほとんどが60歳以上のメンバーがまだ若い青年だった半世紀前も、ずっと同じ文脈の確認がなされてきたのではないでしょうか。正しい事を確認し合うだけでは、なぜ正しい事を実現できなかったのか、その仕組みと反省、未来の展望は生まれません。今回の運動では特に若い世代を含む広範な盛り上がりがあった、国民の過半数が反対していたのに政権が無理矢理押し通したという意見が多く語られました。それならなぜ国会終了後に政権の支持率が上がっているのかを問いかけましたが、その答えどころか支持率上昇という事実にさえ気づかない人が多かったようです。

話の中で、「ガンジーやキング牧師の無抵抗主義」についての発言があり、他の参加者からは何も反応がありません。あれっ?という気がして、無抵抗ではなく「非暴力不服従」ではないか発言してみました。彼らは徹底して抵抗し抜いたのではないかと振ってみましたが、「非暴力不服従」という言葉さえ、多くの人は初めて聞いたという印象でした。私も、ガンジーやキングに詳しいわけではありませんので、知識のなさをどうこう言うつもりはありません。問題は「9条の会」の運動で、憲法前文と9条の意味する「平和主義」「不戦」の本質的論議を避けてきたから半世紀も前の「無抵抗主義」という言葉が今も生きているのではないか。平和憲法と9条があったから70年間戦争をしないで来られたという過去の現象肯定しか語られなかったのではないかということです。

安保法制国会審議の前半、反対運動は憲法学者の違憲論で盛り上がりました。そのきっかけになったのは、改憲側にもともと位置する憲法学者達による集団自衛権違憲論でした。幅広い反対運動を作る上で、彼らと連帯することにまったく異議はありませんが、それに狂躁するあまり、護憲側のしっかりした論理が構築されなかったと思います。風呂屋政談、町で一般の人々や若者と話すと、戦争やテロの脅威に対して国民を守れないなら憲法を変えればいいじゃないかという反応が返ってきます。「違憲だから安保法制はダメ」というだけでは説得力を持ちません。これまで9条改憲を狙ってきた勢力への批判をあっても、9条そのものの論議、あるいは70年のあいだ直接戦争に参加しないでこられた歴史の検証、9条を堅持しながら何が出来るのか、未来のシミュレーションなど、考えなければいけないことをたくさん棚上げしてきたのではないでしょうか。

SEALDsの集会に参加する機会はありませんでしたが、ネット動画でその主張はかなり知ることができました。中心的な男子学生達は、集まる人が増えるにつれて、かえって言葉が貧弱になってきたような気がします。「こんなに多くの若者が、強制されることなくそれぞれの思いであつまったこのデモこそが民主主義だ」という点に集約されて行ったと思います。確かに、自由に集まり自由に表現できることは民主主義にとって不可欠の条件でしょう。その一方で、多数の人の結集が運動の正当性を証明するという考え方や、「自分たちは先に目覚め、それに刺激されて何も言わなかった同世代が動き出した」という主張に、しっくり来ない感覚、むしろいくぶん怖ささえ感じます。

対称的に若い女性達は思い思いに、安保法制によって静かで平和な今の生活が壊れて行く怖さ、戦争で殺し殺される恐怖、健全な保守の感覚をストレートに表現していました。その言葉の具体性から、聞く人の心を打つものがあったことは確かですが、自己の肯定、現状の肯定からは、その現状が何によって支えられているのか、沖縄やアジアから見た日本の戦争と戦後の評価がすっぽり抜け落ちてはいないでしょうか。たぶん、沖縄やアジアについて、その戦争被害は知識として知っているでしょう。しかし、「30年後にも戦後100年を祝いたい」という言葉には、どれだけ「加害の歴史」が深い意識となっているのでしょうか。

もちろん、私が彼らの齢だった頃、やはり入り口に立ってとまどい、明確な方向が見えていたわけではありません。いろいろ変わりながら、そして今もそうかもしれません。彼らもこれからどんどん変わっていくでしょう。むしろ、いい齢してたくさんの経験を積んでいるはずの世代が、若者達と真剣に議論をすることなく、ただもてはやしてしまったことに問題があるでしょう。言葉がとても貧困でした。民主主義は人の数ではない。一定の意見が多数派を占めることを目指すものではないと私は考えます。多様な意見、多様な個人や集団の間で、どれだけ豊かな言葉が交わされ、コミュニケーションが成立するかが民主主義そのものだと考えます。

d0164519_15494481.jpg来年の参院選で、安倍政権は明文改憲の是非を問うと言っています。安保法制が違憲かどうかよりも、さらに一歩進んだ地点で争うわけです。そこを争点とすると言う以上は、その前に明文改憲の必要性を国民が感じるような状況が作り出される可能性を考えておくことも必要です。既に安保法制反対運動をたたかった人々の間から、「新9条改憲論」が語られています。政党間で異なる政策を「凍結」する「連合政府」が、はたして幅広い連帯の結集軸になるのでしょうか。暴走する安倍政権によって作られる土俵は、1ヶ月前よりもっと先に進んでいることでしょう。憲法そのものを棚から降ろしてまな板にのせて議論を深めることのないままで、自民党改憲案阻止の大きな連帯が組めるのでしょうか。

南シナ海での対中国緊張関係は、オーストラリアの首相交替やカナダの政権交替でいくらか緩和され、米海軍派遣の規模縮小も見られます。その一方で安倍首相はフィリピンとの軍事同盟を強化する方向で動いています。米軍産複合体と安倍政権がフィリピンを介して謀略的衝突場面をつくる可能性はまだ残っていると考えます。台湾で政権交替が起きた後はどうなるでしょうか。米国が第2列島線まで撤退しようとする動きに対して、日本を含む周辺諸国間で綱引きがすでに起きているとも見えます。中東ではマケインやネタニアフ等の意図とロシア、イランが正面からぶつかる状況で、どう動くのか眼が離せない状況が続くでしょう。日本国民の平和憲法感、9条の評価は、日本がこれからかかわる軍事動向によって大きく変化する可能性があります。今回の安保法制強行によって、国民意識は改憲反対に傾いたという評論が見られましたが、安倍政権の支持率の高さを見ても、それほど楽観できる状態とは思えません。




by maystorm-j | 2015-10-25 16:12 | 社会
2015年 10月 22日
移ろいゆく自然,野生との距離感

d0164519_05505588.jpg先週15日に2度を切って霜が降りましたが、その後は7~9度の温かい朝が続いています。一度低温を経ると紅葉は確実に進むらしく、どんどん色を増しています。右はイロハカエデ。左上は落ちていたナナカマドの実。左下はイロハカエデの種です。カエデは冷気のあたり具合で紅葉の進み方が木ごと枝ごとに異なります。高い部分だけ紅葉して下の方の枝は緑という街路樹もたくさんあります。今年は急激に冷え込んで、葉の科学的変化が整わないうちに霜が当たったせいか、茶色く枯れた枝も多く見られます。


しかし、このようなばらつきの中にこそ、自然の微妙な変化が感じ取れるので、着実に一様にのっぺりと紅葉するドウダンツツジなどは、風情が乏しいとも言えます。確かに見事な赤で申し分ない美しさですが、人間の感覚は勝手なものです。みんな一斉に赤いのも、一点の汚れも混じらない純白も、私はどちらも苦手ですが、植物にとってはそんな評価は無縁。今日もそれぞれに移ろいゆくでしょう。


以下、信州宮本塾のメーリングリストに書いたものを転載します。


d0164519_05443082.jpgこれまで、野生動物対策や野生動物に対する餌やりの問題を通じて、野生の尊厳についてお話ししました。とても言葉にしにくいことでもあり、「自然を愛する気持ち」と「農業被害をどうする」という「明快」な両側の視点から、不快に感じられた方もいらっしゃると思います。


私が東信地域の野鳥の会支部で活動していた30年あまり前、星野道夫という写真家の存在を知りました。当時アニマという動物雑誌があって、劇的な瞬間や感動的な「絵」を発表する写真家が多く、そこに何かあざとさをも感じていました。その頃、星野道夫は極北のクマや人々の暮しに向き合い、野生との距離を気遣いながら、移り行く自然と悠久の命の連続に対する畏敬を感じさせる写真を発表し始めました。子育ての時期だったこともあって、福音館書店から世に出された星野道夫の写真と文章の多くに接することが出来ました。


その後43歳の時、彼はある動物番組の撮影で訪れたカムチャッカでヒグマに食われて死にます。餌付けされて習性が変わっていたクマだったと言われています。「星野道夫がなぜ?」という疑問は、いろいろな視点から考えなければならない問題として、当時から今も野生動物にかかわる人々の間に続いています。



by maystorm-j | 2015-10-22 06:02 | 自然
2015年 10月 16日
贅沢病と笑うなかれ

d0164519_07303046.jpg昨日15日の最低気温は1.9度。夜が明けると一面白い霜の世界が始まります。写真は、数日前の風で落ちたナナカマドの実です。

9月中旬、新宿で個展があり、毎日新幹線通勤でした。「シルバーウィーク」中でもありましたが、金曜日の帰り以外は観光客と逆方向で、自由席でもかろうじて座れる程度。大宮・新宿間は家族連れが多く、華やいだ空気を感じました。展示作品を揃えるために、8月からかなりのハードワーク。たぶん、月間労働時間が400時間を超える「ブラック自営業」状態でした。生来の鈍感さゆえ、疲れているという自覚もなく、デパートの展示が始まった3日目ぐらいから、右足の腫が始まり、4日目には膝から下がゴム長靴のような状態に。痛風発作だと判りましたが、かかりつけの医者は連休中。シルバーウィークとはシルバーイジメの意味かとのろいながら、東京通いの毎日でした。


ハードワークで、尿酸の血中濃度が高まってたところに、立ちっぱなしの展示会場。さらに、会場では水分がとれない上に、遠い職員トイレを考えるとどうしても水分摂取を控えてしまいます。発症のきっかけ、引き金をいくつも引いたことで、いきなり重症の発作が始まったようです。10年以上、薬でコントロールしてきましたので、その間はちょっと怪しいなと言う程度の発作はありましたが、今回のように広範囲に腫れ上がったのは初めてです。


痛風と言った途端に「贅沢病」「いいものばかし食べているんだろう」という反応があちこちから返ってきます。「帝王病」と呼ばれた古い言い伝えのままで、知識を更新しない人が平気でものを言いますが、聞き返してみると痛風が極端に男性に偏って発症することはみなさん知って入るんですね。今時、女性は粗食ということはありませんから、贅沢病という認識を疑ってみるべきですが、そこは結びつかないようです。私の親戚一同、男は酒飲みも飲まない者も、痩せもデブもほとんどが痛風です。尿酸を分解する酵素が少ない遺伝体質が原因ですね。過労や睡眠不足、暴飲暴食は発症のひきがねにはなりますが、それ以前に長期に尿酸値が高くなっています。先天的な体質異常ですので、「贅沢病」と言って笑うのは広い意味で「差別発言」になると気づかないようです。


今年は、極端に昆虫類が少ないと感じています。春から蝶類が少ないと思いましたが、夏のセミもトンボも、秋の虫達(カンタン、コオロギ、キリギリスなど)もほとんど見かけません。昨日参加した10数人の集まりでも、同じように感じている人がいました。大発生と違い、少ない状態は気づかないことが多いのですが、今年も昆虫が普通にいたという人はいませんでした。軽井沢だけのことではなさそうですが、松枯れ対策での農薬使用やネオニコチノイドなど農薬の強力化の影響があるのか、自然変動なのか、自然ならどの要因が効いているのかなど、あるいは自然の自律的な振動なのか。公害病の疫学調査よりずっと複雑です。とりあえずは、何でも観察して、何でも疑うことから始めることですね。





by maystorm-j | 2015-10-16 07:48 | 暮らし
2015年 10月 13日
続「宗教者と芸術家の戦争協力について」
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前の記事に掲載した内容のメールをTさんに送った後、Tさんから丸山真男の「福沢諭吉評価」についてのメールをいただきました。私自身は丸山を読んでいませんが、丸山の福沢論を批判する何人かの著作やインタビュー動画を見ています。福沢諭吉について考えることになった経緯を含めて、参考になりそうな資料などをメールで紹介しました。

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10月11日 記

おはようございます。久しぶりの雨で、気温は高め(9度)ですがやはり寒々としています。


福沢諭吉に疑問を感じたのは、軽井沢の歴史同好会「史友会」で機関誌を発行する際に、「道」という視点から軽井沢の歴史を見てみようと考えたのがきっかけです。その中で、明治前期の軽井沢は国道と鉄道開発で新しい「道」の歴史を刻み、その結果「避暑地軽井沢」が成立しますが、もちろん避暑地開発のために新しい道が作られたわけではありません。難所「碓氷路」の克服は、明治政府の軍事的要請による国策大事業だったことは明らかです。そこから、軽井沢近代の救世主といして扱われているアレクサンダー・クロフト・ショウという宣教師は何者だったのか考えてみました。ブログに書いた一連の記事を下記に挙げておきます。

http://maystormj.exblog.jp/20598015/

http://maystormj.exblog.jp/20602751/

http://maystormj.exblog.jp/21402441/

http://maystormj.exblog.jp/21571080/

http://maystormj.exblog.jp/21575573/

http://maystormj.exblog.jp/21587592/


福沢諭吉の宗教観を簡単にたどりますと、前期は宗教嫌い、特に耶蘇教嫌いが強かったと思われます。後期になると「宗教の利用」に変わります。「貧知」(貧乏人が勉強し知性を持つこと)を嫌い、貧乏人を制御する手段として宗教的道徳心を与えるとしています。その一方で、多くの宣教師と交際し、慶応義塾で雇っています。その詳細は白井尭子著「福沢諭吉と宣教師たち/知られざる明治期の日英関係」未来社に書かれています。ショウは来日当初から福沢と関係しますが、イギリス国教会の派遣と同時に、公使館付き牧師としてイギリス外務省に任ぜられていたこと、たえす本国の聖公会とともに外務省への報告も行っていたことが明らかにされています。福沢とショウはひじょうに親密な関係を終生保ちますが、当時の在留外国人としては珍しく自伝や回顧記録、日記などを残していません。イギリス公使館・外務省と直接かかわっていたショウは日清戦争の時期、本国に帰っていたのですが、イギリスで「日本軍の旅順虐殺はあり得ない」という講演を行い、それが日本の政府や上流階級に歓迎されたこと。当時のイギリス帝国のインテリジェンス能力の高さを考えると、虐殺を知らなかったとは思われません。


ご指摘の丸山真男の福沢諭吉評価ですが、私は丸山を直接読んだことがありません。学生時代に「つまらん顔してつまらんことを言う学者」という意識があり、以来どこか対象外になったままです。それではいけないのでしょうが、丸山や吉本、現在なら山口二郎や内田樹などがカバーする領域は、むしろ自分自身が現実の中で実践しながら考えていくべきと言う気がします。


丸山の福沢賛美に対する検証と批判は何人かの研究者が述べています。

 安川寿之輔「福沢諭吉のアジア認識/日本近代史像をとらえ返す」 高文研

 杉田聡「天は人の下に人を造る/福沢諭吉神話を超えて」 インパクト出版会


上記二つは直接的に福沢の言動を解析し、その差別主義と朝鮮中国侵略思想を明らかにしたものです。この二人のロングインタビューをIWJで動画放送したことがありますので、有料アーカイブで見ることが出来るはずです。特に安川氏の本は、時代を追って福沢の侵略荷担を解析した資料的価値の高い著作です。金玉均のクーデターに福沢がフィクサー的役割と武器援助、クーデター失敗後の首謀者達保護まで、一貫してかかわっていたことが、それらの中でも語られています。


直接的な福沢解析ではありませんが、明治維新から日清戦争にいたるまでの朝鮮半島侵略史を、司馬遼太郎とは異なる角度で描いた著作はたくさんあります。

 「日清戦争/近代日本初の対外戦争の実像」  大谷正/中公新書 (まだ通読していませんが)

 「東学農民戦争と日本/もう一つの日清戦争」 中塚明、井上勝生、朴孟洙/高文研 

 「日本と韓国・朝鮮の歴史」 中塚明/高文研

 「閔妃暗殺」 角田房子 新潮文庫

 「朝鮮王妃殺害と日本人」 金文子/高文研  (買ったままで未読、目次から拾い読み程度)


「明るい明治と暗い昭和」という見方の司馬遼太郎史観に対する批判として

 「『坂の上の雲』の歴史認識を問う/日清戦争の虚構と真実」 中塚、安川、醍醐聰/高文研

 「誤謬だらけの『坂の上の雲』/明治日本を美化する司馬遼太郎の詐術」 高井弘之/合同出版

なども参考になると思います。


まだまだ、他にもあるかもしれませんが、現在私が持っている資料はこんなところです。

やはり、福沢を一万円札の顔にしている日本という国を、朝鮮韓国・中国に視座を置いて見直す必要を感じます。



by maystorm-j | 2015-10-13 05:31 | 社会
2015年 10月 07日
宗教者と芸術家の戦争協力について
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9月28日の記事 「海ゆかば」と「山路こえて」から考える戦争と日本のキリスト教  に、信州宮本塾のTさんからコメントをいただきました。そのコメントに対する私の返信と、その後の意見交換を、私のメールでご紹介します。
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10月4日 Tさんへのメール

信時潔氏の情報、ありがとうございます。ご紹介いただきました「研究ガイド」一部拝見しました。

ウィキの情報では、戦後作曲を控えていたように書かれていましたが、膨大な数の校歌などの作曲をしていたのですね。まだ聞いたことがありませんが、軽井沢高校の校歌も含まれていました。


宗教者とともに芸術家の戦争協力問題は、批判や弾劾すると言うことではなく、一般国民に較べてその心情の軌跡がたどり易いという意味で、検証の対象として見直したいと思っています。先日の雑談の折りに、高村光太郎の話題が出ました。戦中の戦争協力と戦後の蟄居謹慎という態度は、どちらも時流に乗る姿勢であり、自己検証をしない「坊主懺悔」に過ぎないと思います。若い頃、高村光雲はすごいなと感じましたが、光太郎には「智恵子抄」など、今の言い方では「上から目線」の不快感しか残っていません。


芸術家の才能と言うのはどうしてもバランスの悪いものですね。一点に才能が集中するほど、全体を俯瞰し解析することが出来なくなるケースが多いような気がします。ヨーロッパの音楽家など、過去の検証からかも知れませんが、多彩でスポーツや人文・社会科学にも取り組む人が多いのですが、日本の音楽教育は純粋培養の面が強いですね。


研究ガイドにちらっとですが、熊谷守一との交流が書かれています。若い頃、わりと好きな画家で、よく見ていました。子供の頃、近所に守一の弟子という画家がいて、その家に出入りし縁側でお菓子や果物をいただいてていたこともあります。


コメントをいただいて、いろいろ思い出すこともありました。信時像が少し具体的に感じられました。ありがとうございます。今朝の軽井沢は5度。そろそろ霜が降りそうです。

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同4日にはTさんから返信をいただき、身近なところでは望月高校の校歌も作曲していることをご指摘いただきました。Tさんからは「当時それぞれ表現の自由・信教の自由がどのように守られたのか、あるいは制限されたのか、それに対してどのように対応したのか、にむしろ興味を覚えます。」とあり、清水幾太郎の文章を読まれて、「恐怖という原始的な感情が日常の行動を決定する」(清水)状況の再来を恐れると書かれています。

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10月6日 Tさんへのメール

ネットの一部に書かれていた「戦争協力を恥じて戦後一時期、作曲を自粛」という捉え方は違うようですね。公的・国家的な場での大きな音楽から、民間・地域的な音楽への転換、戦後民主主義の音楽への導入のような。むしろ、戦後の高揚感、ウルトラ・ハイの精神状態にあったのかもしれません。


敗戦後、それまで戦争教育に邁進していた教師たちが一斉に教科書に墨を塗って、民主主義教育に切り替えて行った過程は、戦中も戦後も国家や占領軍からの強制に、恐怖心から渋々従ったのではなく、むしろ嬉々として「報国」から「報民」に切り替えただけで、内心は「自己実現」の喜びに燃えていたのではないかと思っています。戦後復興のいきおいを考えると、戦中は恐怖心から諦めだったと言うのとも違うように思います。


圧政・強制の恐怖から渋々協力あるいは投獄されたのは、ほんの一部たぶん1%にも満たない「覚醒した」「まつろわない」ことを表現した人達であり、多くの国民と知識階級はむしろ「報国」の喜びを感じていたのではないかと思います。その点の反省がないのは、やはり被抑圧者あるいは騙された者という立場をとることが、体制の変換に順応して、新たに生き甲斐・自己実現の喜びを見出すために必要な精神コントロールだったのではないでしょうか。圧政・強制のシステムをスムースに適用するためには、その前に大多数の国民と知識階級の順応・同調を作り上げて、恐怖心や圧迫感を感じる自分は少数派だという自覚を持たせなければ抵抗が正当化され、強制のシステムが破綻したのでないでしょうか。「恐怖心が日常を支配する」のは行政システムと治安が崩壊し、食料が行き渡らなくなる状況下、例えばアフリカで見られる内乱と虐殺のような、であって、戦争末期の一年間はその方向に進む中で、恐怖心を持つ国民がが多数派を締めた場合に起きる革命的状況を天皇と軍部は恐れていたと思われます。


芸術家は銃剣を突きつけられて戦争協力の作品を産み出したのであれば、国民をマインド・コントロールできる力のある表現にはいたらないような気がします。もちろん、戦争絵画の中には何じゃこれ?という駄作もたくさんあります。絵画は一過性で受信者の選択可能性が高い表現ですが、音楽表現は人の心にある種の暴力的浸透力があり、たえず聞かされることで定着し、思わぬ高揚感や寂寞感・無常感を産みます。音楽の持つ同調力は持続的で、無意識の領域に達するものがあるのでしょう。人が自らそれを求める気持ちも絵画に較べて強く、バックグラウンドに流れて意識的・無意識的に精神に作用します。


仕事しながら音楽を流すと、私の場合は気持ちがいらついてくることに20年以上前に気づきました。他の工芸家はどうだか知りませんが、民藝愛好家側の書いたものを読むと、その辺の感覚はかなり違うようです。エンヤの音楽に私は不快感を感じますが、多くの人は癒されると感じ、またそれを療法として使うことや巧みに勧誘に利用するケースがあるようです。


明治憲法で制限付きではありますが、信教や表現の自由が認められたことで、むしろ侵略と差別に抵抗する精神が弱められ、現人神と国威に奉仕するあるいは役に立つ宗教・芸術と言う意識が、宗教者や表現者側に発生したのではないでしょうか。弾圧される恐怖から「お役に立つ」喜びへの転化が起きたと思います。人間は継続する強い恐怖心に耐えにくい存在ではないでしょうか。どこかに出口を自ら求めてしまいます。強い意思で持続的する恐怖と向き合うと、夏目漱石のように胃潰瘍になるかもしれませんが、戦争中胃潰瘍が多発したでしょうか。強制と弾圧のシステムが完成する前に、人の心が変化する過程が先行すると思います。


役に立つ学問・芸術・信仰へと自ら転換し、戦果と版図拡大の報告を聞き、自己実現の喜びを感じていたのではないでしょうか。1割ぐらいのまつろわない覚醒した人は、大衆にも知識層にもいたでしょうが、それを表現したさらに1%の人が直接的な弾圧を受けたと思います。その人達に心の軌跡は比較的書き残されて読めるのですが、よろこびに転換した心の軌跡は封印されているように思います。敗戦を境に違う方向に自己実現を求め、クライシスの中でむしろ高揚感を強めたのではないでしょうか。


大正デモクラシーのめくるめくような豊かな表現と、その後の昭和恐慌の閉塞感・無力感、そこから侵略、満州移民、戦争協力、隣組活動、一斉に同調する安心感と自己実現の喜びが大きな基底流だったと思います。それぞれの転換点において、敗北・失敗・問題点を内的に検証せずに転進して行く姿勢は、現在の市民運動側にも見られます。イラク戦争・原発・安保法制それぞれの運動のあり方・方向性・戦略戦術など検証することなく次の運動が提起されて行きます。安保法制成立直後に落選運動/国民連合政府・・・間違いだとは言いませんが、ちょっと待ってくれという気持ちです。官邸前反原連の運動にもSEALDsにも、クライシスにおける自己実現の高揚感と、運動周辺では同調しない人の排除が目立ちます。


今回の運動で改憲の可能性はなくなったという人もいれば、安倍は参院選の争点に改憲を持ってくると言う人もいます。安倍内閣の支持率は高止まりという人もいれば、低下していると言う人もいます。中国の問題・中東の問題、様々な基本的状況分析さえしっかりできていません。観察と解析が不充分なままで、気持ちだけが先行しているように感じます。


話しが重複して読みにくいと思いますが、恐怖心が日常的に行動を決定する極限状況の前に、ほとんどの人においては恐怖心の変換が起きるのではないかと考えます。

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by maystorm-j | 2015-10-07 08:30 | 社会
2015年 10月 01日
観察と解析が科学の役割。教訓やいいお話を期待する危険。
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宮本塾メーリングリストで配信されたチンパンジーの権力闘争に関するおもしろい記事について、私なりのコメントを寄せました。元の記事がないと解りにくいかとも思いますが、私の部分だけ転載します。
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今朝(30日)の軽井沢は3度。だからと言って、「地球温暖化」は間違っていると言う気はありません。ただ、梅雨明けの猛暑期に温暖化だと騒いでいた人達が、今は沈黙しているなあと眺めています。都合の良い現象、教訓的に使えるものを取り上げるのは科学とは別の世界ですね。


科学には観察と解析があるだけだと思っています。いいお話しも深いお話もありません。ご紹介いただいたチンパンジーの行動は、ある特定の集団で、ある特定の時期に、ある特定の個性を持った個体群が行った行動の観察事例であって、もちろんとなりの集団で同様なことが起きるわけではありませんね。特にこのような行動は、集団が分裂可能な状況にあるかないかや、周囲に対抗的な別集団が存在するかどうかで、かなり異なるでしょう。


チンパンジーはもちろん人間の祖先ではありません。DNAが95%以上共通するとはいえ、共通の祖先から分化して500万年間の間、独自の進化をとげた種です。「根っこのところは変わらない」という見方には賛同できませんし、チンパンジー社会で起きた特定の出来事が人間社会のどこかに似ているという見方はむしろ危険です。探せばネズミだって人間と較べられるような行動をしますし、ネコにいたっては、自分もネコの仲間だと錯覚している人間がたくさんいます。人間社会の解析は、人間社会を観察することが科学でしょう。DNAに支配され易い体型や栄養摂取でも、時代と環境によってどんどん変化します。まして、社会的行動は状況によってコロコロ変わるでしょう。


チンパンジーの社会はある部分かなり戦闘的です。メスも含めて「子殺し」が行われ、集団間の戦争に近い形の、意図的殺人(殺猿)が行われます。しかし、それが人間社会との共通性のように捉えることは危険です。チンパンジーより形態や知能が人間に近いかもしれないボノボの生態が明らかにされる過程で、このような類推や示唆が無意味なことを感じました。ボノボは個体間の軋轢や緊張を、同性間でも性的な接触で和らげて、調整する社会性があります。ひじょうに近縁の2種でも、社会行動に大きな違いが見られます。


「ボスザル」という問題も、むしろ観察する人間側のゆがみが反影しています。私が猿対策にかかわり始めた10年ぐらい前のことですが、役場の担当者も猟友会も被害農民も、当たり前のように何も疑うことなく「ボスザルが・・」「人間ぐらい大きなボスがあ・・」と言っていました。軽井沢の群れを観察する限り、ボスザルなんてどこにも見当たりませんでした。一見リーダー風に装って威張っている大き目のオスザルも、群れをリードしているわけではありませんでした。威張って先頭を歩いて行っても、メスザル達は気が向かないと誰もついては行かず、オスザルはしばらく経ってからへたれた様子でメスの群れが進んだ方向に引き返します。もちろん、野生の状態で餌を独占することも配分することもできません。


「ボスザル」「階級的順位」「同心円型社会構造」などという見方は、京大霊長類研究所の一部ボス教授が称えたもので、その強い政治力のため、間違っていることが判っていてもなかなか批判・修正されませんでした。餌付け群れの観察方法自体に大きな間違いがありました。そのボス先生は今でも政治力とともに、「いいお話をする」研究者として童話界などでは人気があり、「ボスザル」問題では完全に自由な発言がしにくい様子が見られます。


野生動物を餌付けして、その行動と生態を変化させることには、研究目的でもひじょうに慎重である必要があります。まして、愛玩目的で餌付けすることはひかえるべきです。野生の尊厳、生命の連続と相互の関係に対する畏敬の念をもたない、自己の欲望で野生と接することが流行っています。研究者が野生動物対策に従事し命を奪うことに、多くの現役世代の研究者はそのような状況にいたった敗北感と痛みをもっていることを今も感じます。


というわけで科学に「いい話し」を期待すると、割烹着を着たカワイイおねえさんに騙されるはめになります。

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by maystorm-j | 2015-10-01 06:49 | 自然