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2015年 09月 28日
「海ゆかば」と「山路こえて」から考える戦争と日本のキリスト教
d0164519_45535.jpgもう2ヶ月近く前になりますが、信州宮本塾で一人の牧師さんとお話しする機会がありました。帰ってから、その方の充実したブログを読んで、宗教者の戦争責任について簡単なコメントを書き込みました。ほどなく、教会の戦争荷担について丁寧なお返事をいただきました。9月26日に再度、牧師さんのブログに寄せた私のコメントを、下に掲載します。

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前回、ご丁寧なお返事をいただいてから1ヶ月半が経ってしまいました。申し訳ありません。
日本における宗教者・信者と戦争の問題を考えるには私自身の基礎認識が乏しく、この間少し学んでいました。と言いましても、仕事が異常に忙しくゆっくり本を読む事が出来ませんでしたので、YouTubeで同志社大学・小原克博さんの学生向け講義、「一神教研究」「日本宗教」「宗教と平和」の三つ(各1学期分)を、作業しながら聞きました。俯瞰的に理解するには良い教材でした。

軽井沢に移住して37年になりますが、交通の要衝として縄文時代以前から長い歴史を持つ地域でありながら、どうして明治以降の避暑地の歴史ばかりが強調されるのか不思議に思ってきました。アレクサンダー・クロフト・ショウというイギリス国教会の宣教師が、維新後衰退?(実体は軽井沢宿地域のみ衰退)した軽井沢を避暑地として紹介した「救世主」とされています。ショウの日本における足跡をたどると、来日直後から福沢諭吉との密接な関係が見えてきます。宗教嫌いで、差別主義者・侵略思想家だった福沢とキリスト者ショウの関係が異様に思えます。ショウが果たした政治的役割(大陸におけるロシア南下阻止と日英同盟路線)については私のつたないブログに書きました。その他に、明治憲法制定にあたって、「制限つきの信教の自由」が盛り込まれる過程に関わっていたのではないかと推測しています。国家神道を個人が選択・信心する宗教と規定せずに、国家の精神的支柱となし、その他の宗教は国家と軋轢を生じない範囲で布教・信仰の自由を認めます。形の上では政教分離をとる近代国家を装ったという事でしょう。

小原克博さんは、帝国憲法とその後1912年「三教会同」で、諸宗教が国民道徳・秩序安定への貢献を競い、戦争へ協力していったと考えています。宗教者・信者の心性の変化を考える上で、重要な指摘ではないでしょうか。この流れに先立って、明治初期の耶蘇嫌いから福沢はショウ等多くの宣教師との付き合いをとおして、貧民の不平を抑える道徳教育にキリスト教を利用する方向へと転換していきます。

明治憲法の政教分離は、現人神としての天皇を前提にする以上、キリスト者にとって「二神」を認めることになると思われます。大虐殺をともなった日清戦争の強力な推進者であった福沢と宣教師達がなぜ密接な関係を保ったのか。日清戦争の実体を知り反戦に転じた内村鑑三等と較べると、その心性に解らない事が多くあります。クリスチャンの心の変化を考えるのは、仏教徒に較べると歴史が浅いため、個人の意識で選択して信仰している人が多く、考えの軌跡がたどりやすいためで、キリスト教を貶める意図は全くありません。私の周囲でも、母はクリスチャンでした。母方の祖父は信仰心は全くありませんでしたが、同じ敷地に住んでいた子供の頃、たくさんの軍歌とともに賛美歌404番「山路こえて」(日本人の作詞)をよく聞かされました。私が20代で祖父を亡くしますが、当時から祖父の中で軍歌と「山路こえて」がどのように同居していたのか、折々思い出しながら考えます。

祖父から教わった「海行かば」、君が代以上に戦争中の日本人の精神的基軸になった軍歌で、勇壮な太鼓のリズムで聞くと判りにくいのですが、しみじみと唄われると意外に「山路こえて」と通じる気がします。たぶん、現在の私にもそれが流れているようです。最近、韓国のサキソフォン奏者による「山路こえて」をYouTubeで聞きました。
https://www.youtube.com/watch?v=Xp3UPF2mZNg
宗教の戦争協力問題でも、制度が出来上がってシステムに強制される以前に、当事者の心の変化があるように思います。それを見極めないと、再び同じ道を進む気がしています。宮本塾読書会でも、公害問題の唯物史観的な解析より、むしろ被害者・支援者・一般市民・さらに加害者の心性を解き明かすことが、環境問題に必要なひとつのアプローチではないかと感じています。議論にご参加いただければありがたく思っています。

3回行われた安保法制に反対する「軽井沢アクション」では、追分教会や軽井沢南教会の牧師さんたちが中心にいました。これからも、腰を据えて皆さんと話し合っていくつもりでいます。つたない議論ですが、どうぞよろしくお願いします

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下調べの不足
このコメントを書き込んだ翌日27日、もう一度YouTubeで「海ゆかば」を聞きました。今でも海上自衛隊で使われ続けていることを映像で確認しながら、林光氏編曲の弦楽四重奏があることに気づきました。林光といえば軍国主義からは遠い音楽家というイメージがありましたので、ちょっと意外に思いながら聞いてみました。YouTubeのコメントには、「時代に翻弄された宗教音楽家 信時潔の美しいメロディー。 信時は最後までこの曲を軍歌として世に出す事を拒んだと言われています。・・・」と書かれています。
https://www.youtube.com/watch?v=YNtpZDJ4lEg

「海ゆかば」にそのような背景があったとすれば、私の調査不足です。牧師さんへのコメントを書く前にもっと調べるべきでした。Wikipedia で信時潔をひくと、いろいろなことが書かれています。YouTubeのコメントとも多少違うかもしれません。

信時の実父は、征韓論に反対する維新政府の外務高官 吉岡弘毅です。11歳の時に、父親と同じ大阪のキリスト教会のメンンバー信時家の養子になっています。

吉岡弘毅については、アレクサンダー・クロフト・ショウと福沢諭吉の関係について調べた際、維新政府と福沢の征韓論に反対して下野した代表的な人物として名前を覚えていました。明治政府を辞してのち、牧師として後半生おおくの業績を残します。吉岡がどのような考えだったのか、さらに知りたくなります。

海ゆかばの歌詞は、奈良時代の長歌からとられています。それについてはもう少し調べてから、律令制と日本の近代国民国家形成の脈絡の中で書いてみたいと思います。
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by maystorm-j | 2015-09-28 04:48 | 社会 | Comments(1)
2015年 09月 25日
10月2日 信州沖縄塾「DVD学習会」と総会へのお誘い
個展で身動きができない間に、安保法制は国会で成立してしまいました。信州宮本塾での「有志声明」や地元軽井沢での何度かの集会とデモなど、いくつかの運動には参加しましたが、とても充分な活動ができたというものではありません。個人的に何が出来たのか、参加している市民運動ではどうだったのか、全国で展開した運動は何が出来てどこが不十分だったのか? 多層的、多角的に検証して、次の戦略と方針を考えなければなりません。しかし、聞こえてくる声は相変わらず「安倍が悪い」「安保法制は間違い」「アメリカに従属するな」というばかりです。それは最初から解っていたことで、だから反対運動を展開して、その結果として敗北したのです。日本人はどうして自分自身と自分サイドの運動を具体的に検証しないのでしょう?

沖縄・辺野古の闘いは長く続いています。現地の皆さん、沖縄県民、本土の支援者、みんなそれぞれに自己検証を繰り返しながら、ここまで続いて来たと思います。もちろん検証の中身はそれぞれ違うでしょうが、多様な立場とつながりが拡大してきたと言えそうです。

信州沖縄塾の総会が10月2日、下記のとおり開催されます。参加したい方、ちょっと覗いてみたい方、どうぞお出かけ下さい。
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by maystorm-j | 2015-09-25 22:09 | 社会 | Comments(0)
2015年 09月 24日
殺すつもりではなかったヤママユガ/現れたコブシの種
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昨日も冷え込んで、10度を切りそうな気配。22日は伊勢丹新宿店の展示最終日でした。大宮で乗り換えた埼京線はかなり混雑していて、子ども連れが多く、遊園地にでも遊びに行くのでしょう。一週間の会期の中では、一番多くのお買い上げいただきました。シルバーウィーク中の展示は初めてで、予想がつかなかったのですが、日によって乱高下が激しく、今日は大勢の人とお話ししたなあと思って、終ってみれば売り上げゼロという日もありました。その日にお話したお客様が最終日にもう一度いらして、決めて行かれることも。

大宮から立ったまま新宿へ。実は展示会3日目から痛風の発作が始まり、片足が先端から膝下まで腫れ上がっていました。ちょっと不規則な脚運びで伊勢丹へ。痛みには強いと言うか、鈍感ですので何のこれしきという思いでしたが、ふだん薬で押さえて来ましたので、本格的な発作は20年ぶりでしょうか。親指の付け根が腫れることが多いのですが、これほど広い範囲が腫れたのは始めて。お盆あけから休みなく13時間以上働いて来た上に、最後の追い込みと、展示が始まってから立ちっぱなしだったのが良くなかったようです。運悪く医者に行こうにも大型連休でお休み。医者にかかれないお年寄りが多いことでしょう。シルバーウィークはシルバーイジメかもしれません。財布をむしられているシルバーも多いことでしょう。

4日前の朝、出かけようと玄関を開けると、扉にヤママユガが挟まってしまいました。何とかはずした時はまだ多少動いていたので、脇に置いて来ました。天蚕と呼ばれる美しい絹糸を作る蛾です。松本の北の方、有明地方では今も生産しています。艶のある明るい緑の繭は、成虫が羽化した後も樹々にぶら下がり、枝ごと取って来てドライフラワーのように飾っておきます。2日後に写真を撮った時には、栄養のある腹の部分は既にアリに食われてなくなっていました。卵を産んだ後かどうかは判りませんが、別の生き物の命につながっていったことは間違いありません。

22日に記事で紹介しましたコブシの実が、既に裂けて種が見えていました。これも命のつながりですね。
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by maystorm-j | 2015-09-24 05:09 | 暮らし | Comments(0)
2015年 09月 22日
個人的努力と社会的対策の間・・弥縫策か抵抗策か?

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伊勢丹新宿店の展示が始まる直前の写真ですので、すでに1週間近く前になります。一昨日朝は、仕事場のある町内会の清掃日で6時から道路掃除。写真をとる時間がありませんでした。毎朝11度前後に下がっていますので、ドウダンツツジの紅葉は進んでいます。ドウダンは紅葉期間が長く、この後透明感のある深紅に変化して行きます。カエデも期間が長いのですが、早く紅葉する枝から遅くに紅葉する枝まで、ばらつきがあるため、紅葉期間が長く感じられます。ことしは、梅雨明けからお盆までの時期、高温が続き、サクラは葉が痛んで早くに色づいてすでに落葉しています。


真ん中はヤマボウシの実。赤く熟して甘みがあり、昔の子どものおやつでしたが、最近の子どもは袋入りのスナック菓子の方がいいのでしょう。かわりに野生のサルは群がって食べています。丈夫な赤い皮の中には頼りげないふわふわした白い果肉があります。アメリカハナミズキに似た白い花が咲きます。白い部分は花びらではなく苞で、楽しめる期間が長いので、軽井沢では街路樹に使われていますが、実がサルを市街地に呼び込むことになり、一時は困り者でした。最近は市街地からの追い払いが進んでいます。


右端はコブシの実。仕事場の向いの駐車場にありますが、例年、環紋葉枯病で夏頃には葉がほとんど落ち、実を見かけることがあまりありませんでした。今年も葉枯病が見られますが、梅雨が短かったためか、落葉することなく実がついています。不思議な形の実です。中に大き目の種が入っているのですが、不規則な種の着き方そのままに果皮が被っていますので、ごつごつした形になります。子どものにぎり拳に見立ててコブシと名付けられたという話があります。皮が黒ずんでくる頃、裂けて中なら赤オレンジの種が現れます。白い花の形からは、この実の不細工な形はなかなか想像できません。


大型連休中の日本列島。観光地軽井沢はきっと混んでいることでしょうが、朝から夜まで東京に出かけていますので、様子は判りません。軽井沢駅が混んでいることは確かですが、観光客とは移動方向が反対向きですので、新幹線車内はいつもより倍程度の乗客。何とか自由席でも座れます。大宮から新宿までは平日より空いていて、優先席でなくても空いていることがあります。2~3年前から時々若い人に席を譲られることがあり、最初はちょっとドギマギしました。せっかくの申し出を断って、今後その人が気後れするようになるとまずい。譲られて嬉しそうに見せるほどの演技力もないので、空いている時は無理せずに座るようになりました。そうしていると、逆に子ども連れの妊婦さんやもっとお年寄りが立っていて、逆にこちらが席をゆずることがしばしばあります。お互い様のやりとりですので、大げさにならず自然にできるのが良いでしょう。


ボランティア行為は、どこか社会の矛盾に対する弥縫策という面があります。公共交通機関の充実が必要とされる環境にありながら不充分なため、恒常的に電車が混雑し、個人の努力で繕わなければなりません。個人の努力に頼り続けると、社会的な対策が放置されます。「同じ料金払っているのに、どうして座れないんだ」と怒って電車の床に大の字に寝転ぶ人がいたらどうでしょう? 馬鹿げた想像ですが、大勢の人がそれを始めたら、電車会社側も何か改善策を講じなければならなくなるかもしれません。日本人は従順すぎるように思います。最近はあまり見ませんが、電車の床に座っている女子高生のグループの方が正直に生きているとも言えます。世の中を多少とも変えようとするなら、弥縫策であれ抵抗策であれ、矛盾の現場に身をさらすことですね。見て見ないふりしていると何も変わりません。




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by maystorm-j | 2015-09-22 06:57 | 社会 | Comments(0)
2015年 09月 19日
安保法制成立/声が聞こえない秋の虫
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 朝早いNHKラジオは比較的ましな報道姿勢なのですが、今朝は安保法制の成立を受けて、まったく無批判な報道。決まってしまったあとで、うっかりものを言えば担当者達の首が飛ぶと恐れているのでしょう。今後、反対してきた自治体なども、どう変わっていくでしょうか。1発の銃声、一人の死者が出ることで、一気に国民意識が転換する恐さがあります。今日は、軽井沢アクション第2弾があります。前回、100人以上の参加があり、小さな町では異例のことでした。敗北の後こそ、しっかり皆さんと話しをして、運動の検証と今後について考えたいのですが、今日も新宿で展示会。残念ですが参加できません。安保法制は反対世論が多数であったのに負けた。デモに集まる以外の戦略が弱過ぎました。自分は正しく相手が悪いと言うばかりではなく、なぜ負けたかの反省が必要です。日本の市民運動も左翼も、自己検証をしません。

昨夜、伊勢丹新宿店の展示から軽井沢駅に戻ったのが8時半頃。いくらか霧が巻いている天候でした。連休直前の金曜夜でしたので、新幹線は高崎まで定員の3割増。軽井沢でおりる人も多く、いつもは人通りの絶える時間ですが、道筋もにぎわっています。


人はにぎやかでしたが、草むらからは虫の声がしません。都会で聞かれるアオマツムシのような声量の大きい虫はこちらにはいませんが、例年ならルルルルルと静かに鳴くカンタンが聞かれる季節です。スズムシに較べると細く、緑色の弱々しい印象の虫ですが、飛ぶのが上手で、肉食もする、見かけによらない強さもあります。野外での静かな鳴き声は、俳句などでも好まれるようですが、室内で飼うとかなりうるさいそうです。


通奏低音のように、メロディーのない鳴き声は、意識しないと存在に気づかないほどです。鳴いていなくても気にしない人が多いでしょう。今年は、夏のセミも少なく、チョウやハチもあまり見かけません。サイレント・サマーからサイレント・オウタム。展示会が始まる前に、やっと見つけたハチとバッタの写真です。ハチはたぶん、セイヨウミツバチ。昆虫のことは詳しくないのですが、ニホンミツバチはお腹が黒っぽく見えるそうです。このところミツバチの姿がとても少ないのですが、仕事場周辺という特定の場所で少ない原因は、農薬によるのか、あるいは養蜂業者が近くにいないのか、即断することはできません。


バッタの種類になると、ますます判りません。たぶん、マダラバッタだと思いますが、バッタの仲間は何度も脱皮し、幼生と成虫では姿が異なります。しかも、同じ種で茶色だったり緑色だったり。寒冷地軽井沢では、脱皮回数が少ないまま成虫になることもあるようです。子どもが小学生時代、刈入れ頃の田圃でイナゴをとり、佃煮にしました。周辺の温かい地域に較べると、軽井沢のイナゴは小さく、口にあたる後ろ脚が硬くなく、美味しいという評判でした。スーパーで売られているイナゴは、軽井沢のものより体重が2倍ありそうです。口に入れる前に目が合うと、小海老ではなくいかにも虫です。子供の頃は、トノサマバッタやショウリョウバッタ、オンブバッタなどを捕まえて遊んでいました。軽井沢のバッタはそれらに較べると、小さく目立たず判りにくい気がします。


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by maystorm-j | 2015-09-19 07:24 | 社会 | Comments(0)
2015年 09月 13日
「9月19日 安保法制反対 軽井沢アクション」を紹介します。
先週に続いて「安保法制反対 軽井沢アクション」第2弾。前回は軽井沢町では意外なほどの方々が集まり、戦争への道を止めようとする意欲の強さを感じました。今回、私は残念ながら仕事で東京。ブログとツイッターで紹介するしかありません。

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by maystorm-j | 2015-09-13 20:52 | 社会 | Comments(0)
2015年 09月 12日
いただいた岩手の焼酎3種を飲み較べる  Rice-Shochu from Iwate Pref.
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陸前高田市で産直はななすを営む方からいただいた焼酎3種。隣町の一関市千厩(せんまや)の蔵で造られています。産直に出荷しているリンゴ農家の方が蔵人だそうです。今頃はリンゴの収穫期を迎えて、忙しいことと思います。津波の大きな被害に対して、私は何の役にも立っていないので、心苦しいばかりです。前述の産直では、これからリンゴの紹介も増えるでしょう。信州でもそうですが、リンゴ農家の心配は雹と台風ですね。今回のダブル台風、たぶんリンゴは無事でしたが、思わぬところで被害がでました。

焼酎歴は、大学に入った年に山の先輩で、薩摩焼酎の蔵元の息子さんの手ほどき、と言っても若造の無茶飲みですから、美味しくあじわうなんてものではありません。当時の芋焼酎は臭いが強く、鼻の粘膜に3日残るほどでした。今の焼酎の優雅なこと。買うのは焼酎が多いのですが、日本酒、洋酒、変な酒、何でもこだわりなく楽しんでいます。50歳を超える頃、すでに人が一生のあいだ平均的に飲む量に達していると自覚し、後は余生。ささやかに穏やかに飲んでいます。もちろん気絶することもなく徘徊することもありません。この風貌で山里を徘徊すれば、クマと間違われて・・・。そういえば、仕事場周辺を夜ごとに徘徊していたクマは、先日車にぶつかって・・・捨てられて発酵した果物が好きなクマは酔っぱらってふらふらと車に、でしょうか?

日持ちする焼酎ですので、今回は三つとも開けて飲み較べ。「通」でもなく、そのうえ旬の甘・辛・どちらか判別不能のいろいろなナンバン類を焼いて食べていたので、舌は半分麻痺状態。怪しげな感想です。左の「玉の春」は不思議な強さをもっています。隠れ里でひっそりと伝わっていそうな?。割って温めると普通の米焼酎ですが、そのままでオンザロックが良かった。香りの立ち上がりから、はっきりもの言うタイプでしょうか。真ん中「亀の尾」は、球磨焼酎に馴染んできた私には、飲みなれた感じ。とりあえず間違いない酒です。右端は、軽いイメージのボトルと違って、意外に硬派。常温ストレートが一番いい感じ。ロックも好きですが、割ると平板になってしまいます。「よっこらしょ」という命名をどう受取るか、人によって飲み方の好みも分かれそうです。

焼酎は南九州と沖縄、東北は日本酒と決めていた固定観念を改めた方が良さそうです。各地にある受けを狙う、ちょっと奇をてらったものではなく、本場以外でもどっしりと腰を据えた物造りがあります。出来立てのかんつけと並べてみました。来週の展示会に出品しますので、残念ながらこれで試飲するわけにはいきませんでした。
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by maystorm-j | 2015-09-12 07:30 | 遊び | Comments(0)
2015年 09月 09日
「安全保障関連法案に反対する信州宮本塾有志の声明」を紹介します。
私も参加しています信州宮本塾から、現在国会審議中の安保法案に反対する声明が発表されました。以下、全文を紹介します。塾会員の賛同者氏名は、信州宮本塾のブログをご覧下さい。
http://miyamotojuku01.blog.fc2.com/

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安全保障関連法案に反対する信州宮本塾有志の声明

私たち信州宮本塾は、今般安倍政権によって提出された「平和安全法制整備法案」(安全保障関連の10の法律の一括改訂)および国際安全保障に関わる「国際平和支援法案」(以下、両者を安全保障関連法案と記す)の廃案を強く求め、ここに声明として発表するものです。

集団的自衛権を容認する閣議決定(2014年7月1日)に基づき、また「新たな日米防衛協力のための指針」(2015年4月27日)と連動して出された安全保障関連法案は、憲法違反であり、その当然の結果として、論理構成はもとより、民主主義的な手続きにおいても破たんを来しています。

そもそも集団的自衛権の行使の本質は、その限定条件がどのようなものであるかに関わらず、自らが攻撃されていないのに他国への攻撃に踏み出す行為に他なりません。この結果、アメリカの軍事行動に日本が参戦することになります。それは国際貢献や抑止力の拡充につながるものではなく、最前線に押し出される自衛隊員の命はもとより、日本の一般市民、国土をも大きな危機にさらすことになります。中国を敵視した抑止力の強化は、軍事費を拡大し、危機に瀕している日本財政を破たんさせる危険があります。

それだけではありません。アメリカの軍事行為は、オバマ大統領自身も認める通り、攻撃先の市民の犠牲を伴うものであり、こうしたアメリカの軍事行為への加担を強いる本法案は、日本を「殺す側」に立たせるものでもあります。本法案がもたらすものは国際社会の平和ではなく、その破壊に他なりません。

私たちのこうした危機感は、決して漠然としたものではありません。2000年の新地方自治法では外交・防衛は国の専管事項だとされました。同時に現在の有事法制では地方公共団体に対し、民間施設の使用等、協力の努力義務を課しています。さらに今回の「新たな日米防衛協力の指針」のもと、国内の民間施設が軍事目的に利用され得ることが外務省によって示されています。私たちのごく身近な場もまた「後方支援」の場と化していくのです。この事態を回避するためにも、自治体やその住民が主導してきた平和外交、平和都市宣言の取り組みを強化するとともに、平和の構築にむけて地方公共団体と国との対等な協議の仕組みをつくる必要があります。

本法案が憲法に反していること、かつ戦争を推進・拡大する性格を持っていることが明白となり、市民の反対の声が6割にせまる高まりを見せていたにもかかわらず、安倍政権は衆議院における採決を強行しました。安倍政権の、平和憲法と立憲主義の根幹を揺るがす一連の行為は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍」(日本国憲法前文)がもたらされる事態に他なりません。
私たちは、この安全保障関連法案の強行採決に反対し、本法案を廃案にすることを強く求めます。

2015年9月8 日

注) 信州宮本塾は、1992年に発足した住民学習の任意団体です。財政学、環境経済学を専門とする宮本憲一先生を囲み、読書会、学習会、講演会等を企画すると同時に、医療・福祉のまちづくりの探求等、具体的な提言活動も行っています。
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by maystorm-j | 2015-09-09 12:42 | 社会 | Comments(0)
2015年 09月 06日
実らなかったゴーヤ/「軽井沢アクション」報告
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一週間ほど前12度まで下がり、その後も15度前後。仕事場の玄関横に1mほどの小さな花壇スペースがあります。引っ越してから3年は、そこにミニトマトを植えて、ほったらかしですが時々赤くなると摘んでいました。連作障害でしょうか、昨年は葉がどんどん枯れて汚くなるので、今年は朝顔とゴーヤを植えておきました。緑のカーテンが必要な場所ではないのですが、見た目は涼しげ。花も良く咲いていますが、実は一つもなりません。


ゴーヤに始めて出会ったのは20歳の頃、水俣で八百屋の店先に見慣れないものを見つけ、名前を尋ねました。レイシという答えで、ニガウリともいい、そこで見たのは熟して裂けた実の中の赤い種が見えている状態でした。40年前、小田原の近くに住んでいた頃は、時々八百屋で買って、「ゴーヤチャンプルー」という料理も知らず、そのまま直火でちょっと焦げるまで焼いて、きざんで鰹節と醤油。ちょっと顔をしかめながらも苦みと遊んでいました。焼いてきざんだ油揚げとも合います。


今回は特に収穫を期待して植えたわけでもなく、寒冷地で日当りもイマイチの場所。農協の直売所へ行けば堂々たるゴーヤが100円で手に入リます。実の色よりも鮮やかな緑の葉と、実の形状とは似合わない可憐な花を楽しんでいるだけです。


昨日5日の夕方、軽井沢町役場駐車場で安保法制に反対する集会と、町内デモがありました。8月30日に続いて2度目の集会。参加者は前回の3倍以上で、およそ100人。呼びかけ人・賛同人に前町長や区長、議員など多彩な顔ぶれがそろったこともありますが、人口2万人足らずの町としては異例の人数。リタイア新住民が多い町ですので、「お勉強型講演会」なら数百人が集まることもありますが、政治的な課題で、しかも集会参加者がほとんどそのままデモに参加したのは意外な感じです。


新住民にとっては中軽井沢商店街をぐるっと回るデモコースは、30分の短距離で、沿道の人も少なく、物足りなかったかもしれません。商店街と言っても、昔の賑わいはなく、37年前に移住してきた当時に較べても、商店の数は半分。しかし、地元民にとっては、その地区の家々ほとんどが知り合い。地元の小学校と町内一つだけの中学校に子ども二人を通わせ、様々なスポーツや文化サークルに参加してきましたので、商店街の人達は半分ぐらい長年の知り合いです。小さな町ですからお互いに名前を知らなくても、間に一人の知人を介すれば、古い軽井沢町民同士は全員がつながると思われます。


新住民には見えないところで、そんな濃密な関係性が残る田舎町の商店街をデモで歩くことは、それなりに覚悟が要る刺激的なことになります。賛同者に名前を連ねた町会議員のお店では、おかみさんが店の奥でひっそり。一軒だけ、店内で何人もが手を振っているお店は、2ヶ月に一度は買いものに訪れています。政治のことは話したことがありませんでしたが、そうだよねという感じで親父さんと握手。ピアノ教室の親子と、一般住宅の窓から手を振る人がいた以外はひっそり。国道を走る車の10台ぐらいが手を振り、一台が中指立てていました。


旧軽井沢やアウトレット街と違い、ふだんからひっそりした町ですので、反応はまあこんなものだろうと言う気がします。それでも国会や官邸周辺の集会・デモと違い、暮しの日常性まっただ中で表現することの意味は、地元常住者にとって大きいものがあります。今回、この顔ぶれの呼びかけ人と賛同人を集めた主催者側の力量に脱帽です。長年、他の場面でのおつきあいがあった方々とはちょっと意外な旧交を温め直し、新しいつながりも多少は出来て、濃密な1時間でした。

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by maystorm-j | 2015-09-06 06:15 | 社会 | Comments(0)
2015年 09月 03日
マタタビの実る頃。沓掛時次郎を思い出す。
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昨日は朝のうちに雨が上がり、久しぶりの青空。今朝はまた雨。天気図を見ると、秋雨前線と低気圧で、一日中雨になりそうです。一時ほどの強い冷え込みではありませんが、気温は15度。(追記/早朝の予想がはずれて9時には青空に)ちょっと元気が出そうな植物を紹介します。

花の時期をのがしてしまいましたが、近所の斜面では遠目にも目立つマタタビの白い葉。一枚の葉が途中から白くなることもあります。2週間ほど前、下から見上げると、まだ硬くいくぶん白い実が下がっていました。熟すといくらか黄色くなります。道沿いの違うマタタビの下には、ごつごつした実が落ちていました。こちらは虫こぶで、民間薬と言われていますが試したことはありません。よく熟した実は柔らかく、そのまま食べられますがちょっと塩辛い。まだいくらか硬いうちに塩漬けにしたり焼酎漬けにします。この時期、農協の直売所で売っていることがありますので、ファンがいるのでしょう。特に美味しいわけではなく、道端の実を食べると元気が出て、また旅が出来ると言われていますが、名前はもともとアイヌ語から来たようです。

同じ仲間に、サルナシがあります。こちらは甘い実をコクワと呼び、毛はありませんが完熟のキーウィーを小さくした感じ。キーウィーも同じ仲間で、栽培ものをスーパーで見かけることもあります。野生のものも以前は良くとりました。道端の斜面に多いマタタビに較べると、比較的高い木にツルが巻いていますので、手が届かず、落ちているものを拾うことが多くなります。難をつけようがないない美味しいサルナシに較べると、辛いマタタビはよく言えば個性的。かなりひねくれ者だが強い。股旅物の主人公のような?

今の子どもには「股旅物」と言っても「何それ?」と言われそうですが、以前はテレビでも「木枯らし紋次郎」というシリーズがありました。ちょっと格好良すぎて、ほとんど見ていません。軽井沢には国鉄時代、3つの駅があって真ん中の駅、今は中軽井沢と呼ばれていますが戦後しばらくまで「沓掛」と呼ばれていました。中山道沓掛宿の名残りです。昔から観光地だった旧軽井沢に較べると、沓掛駅前にはそば屋が1軒と土産物屋が2軒。「時次郎饅頭」が唯一の土産物。ここまで書いて「沓掛時次郎」の話を思い出す方は、かなりのご年配でしょう。子どもの頃の記憶ではかなりしょぼい印象のお話しですが、描かれる渡世人の世界はショボイぐらいがいいのかもしれません。YouTubeを覗いたら、ずいぶんカッコいい映像が出てきました。
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by maystorm-j | 2015-09-03 07:55 | 遊び | Comments(0)