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2015年 07月 29日
10年ぶりに新しい山靴を買う
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山歩きを始めたのは、記憶が定かでない7~8歳頃から。既に60年になります。靴を意識するようになったのは、たぶん高校生ぐらいから。その前は、普通の運動靴だったと思います。昔から記憶力の悪さは自覚していましたが、山靴について思い起こそうとしても、モヤがかかっています。最初はキャラバンシューズでした。ベトナム戦争で売れたジャングル用の靴です。深い刻みの入ったゴム底で、その流れは今も続いています。たぶん、ヨーロッパの登山靴の影響だったのでしょう。大学に入って、サークルで年に40日ほど山に行くようになって、始めて皮の登山靴を買いました。やはりゴム底で国産。新しいものが好きな人達は黄色いロゴがはいったビブラム底を信奉し、伝統的山男は皮底に鉄の鋲をガンガン打ち込んだ重たい靴をガチガチ言わせて歩いていました。貧乏学生の身では、どちらも憧れるばかりです。先輩達から「命のかかわるものはけっしてそこで買うな」と言われた秋葉原の超安い山用品店に通って、一番命にかかわる靴をやっとの思いで買いました。ゴアテックスを使った完全防水の現在の靴に対して、当時は「完全通水」を誇っていました。


急に山靴の写真を撮ろうなんて思いついたのは、昨日新しく買ったからです。ロウカットのウォーキングシューズは、いくらかまともなものが安売りしている時に不定期に買いますが、一番良く履くものはだいたい10年に一度。右端は30歳前後に使っていたものです。やたら頑丈で、まだ充分使えるのですが、頑固すぎる。子どもの足でも踏もうものなら骨折させかねません。測ってみたら片足が1.3kg。その後に履いた二つが、500g以下ですので、片足に缶ビール二つ着けて歩いていた勘定になります。ちょっとトレーニングにと、先日30年ぶりに履いて近所を散歩したところが、夜中に足がつって飛び起きる始末です。右から二つ目が今まで履いていたもので、底はまだいけそうですが、上はへたって、一部裂けています。買い替え時で、10年ぶりに雑誌で研究していました。


真ん中上段は今も現役で、町靴やバイク用として使っています。町中を歩くには少々大げさですが、標高1,000mの町ですので、まあいいでしょう。真ん中下段は都会に降りる時の靴ですが、帰りの新幹線を降りると冬は雪や氷の世界ですので、皮底の黒エナメルでは転んで骨折しかねません。左下は、3年ぐらいではきつぶす普段履きですが、一応ゴアテックス。氷点下20度近くに下がる高原ですので、中が濡れるのはつらい。既に外に履いて行けるような状態ではなく、今は作業靴です。左上段が、昨日新調したもの。昨今の山ガールに負けないように、カラフルなゴアとレザーのトレッキングシューズと決めて探していました。予算は2万円まで。登山口の標高が既に高い信州では、日帰りの軽い山行でも2,500mまで上がるのが普通です。岩の道になりますので、底も硬く、くるぶし上まであるハイカットで、硬めのアッパー。ビブラム底でゴアという条件では、定価は平均35,000円になります。


ネットで見てこれと決めても、履いてみないと不安ですし、店頭で安くなっているのはこの無謀な条件を満たしません。一昨日、他の用事で出かけた道すがら、飛び込んだスポーツ量販店で見かけたのが左上の皮靴。候補の一つになっていたメーカーですが、いかにもダサっ!という感じ(ダサいオジンだから当然?)。履いてみるとフィットしています。一晩考える事にして、帰ってネットで調べると、他店では並行輸入品で定価は75,000~80,000円。通常量販店に置く品物ではないでしょう。間違って仕入れて、売れないので定価が35,000円? それがセール期間中で22,000円に。さらにカードに加入して1割引で予算ぴったり。値引率の高さで選ぶ馬鹿さ! ここまできて、買わずに帰ったら夢に出て、靴に追いかけられそうです。650gぐらいの重さは覚悟していましたが、800g。初登板までしばらく足を鍛えておく必要があります。


20代の7~8年。山は私にとって、地下足袋を履いて作業する場でした。これからの残りの年月、そこで何を見つめようとする事になるのでしょう。



by maystorm-j | 2015-07-29 05:41 | 暮らし
2015年 07月 26日
信州宮本塾「講演会 & 討論会」のお知らせ  8月2日 佐久平
8月2日(日)、信州宮本塾主催の講演会と討論会が、佐久市佐久平交流センターで開催されます。宮本憲一氏講演「憲法における地方自治」。多くの国民・住民のみならず、多数の地方自治体議会等から、安保法制に対する懸念や疑問、反対の意見が表明されています。憲法に謳われる「地方自治の本旨」という視点から、現在に至る戦後史を学ぶ企画です。
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地図では「佐久平交流センター」は旧名「佐久勤労者福祉センター」となっています。





by maystorm-j | 2015-07-26 06:47 | 社会
2015年 07月 20日
火山噴火に見る「リスク評価」と「リスク管理」
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写真は6月20日の浅間山です。噴煙は西南西に流れているようです。現在も噴火警戒レベル2とされて、火口からおおよそ2kmが立ち入り禁止になっています。
前の記事で書いた火山のリスクについて、もう少し掘り下げて考えます。

気象庁による噴火警戒レベルについて、2007年の法改正の問題と、現実に起きている不具合について、火山学者の間では批判が起きています。

 群馬大学/早川氏  https://twitter.com/HayakawaYukio

 静岡大学/小山氏  https://twitter.com/usa_hakase

 鹿児島大学/井村氏  https://twitter.com/tigers_1964

のツイッターを読むと(フォローするより直接上記サイトのタイムラインで読む方がおすすめ)、その辺の事情を具体的に論じています。


「噴火警戒レベル」というと、一般の人は科学的なリスク評価に基づくものと思いがちです。浅間山では過去おおくの死者の上に、観測の積み重ねと地元自治体との協議の長い歴史があり、科学的なリスク評価と地元の事情を加味したリスク管理がかなり整合的に設定されています。山小屋、観光施設等の配置を見れば、リスクを無視した開発が行われなかったことが見られます。箱根ではそこが混乱しています。浅間と違い、箱根には気象庁の観測の歴史はなく、気象庁には専門の火山学者はいないようです。


今回の噴火では、箱根の警戒レベルの方が一段高い3です。にも関わらず、立ち入り禁止は箱根の方が小さいのは、それ以上広げると住民を避難させ、公共施設や商業施設を閉鎖しなければならないという事情によるものと思われます。禁止区域のすぐ外側では、あたかも危険がないかのごとくに行政は発信していますが、区域が科学的に設定されたものではなく、レベル2の浅間なみに広げると、「居住区域に重大な・・・」のレベル4または5にする必要があります。行政上の配慮で区域を設定しているにもかかわらず、区域の外側では(科学的に)危険がないから、箱根を応援してくださいと観光客の来訪を呼びかけています。科学を装いながら、正常性バイアス心理を助長する、リスクコミュニケーションですね。リスク評価(科学)ではなく、気象庁がリスク管理に踏み込んでいます。


リスク管理は、リスク/ベネフィットを災害が起きる具体的な場所で考える必要があります。リスクは災害という形で現実に起きるまでなかなか目に見えにくいものですが、ベネフィットは「目の前の人参」のようにぶら下がっていて、しかも「人参も馬も」行政、商業、農業、個人の暮らしなど様々な当事者と内容があります。災害が起きるまでは、ベネフィットの方が圧倒的に現実感を持ってしまうでしょう。命の大切さは、実際に失われるまで気づかないとい問題があります。


観察・観測、リスク評価、リスク比較、さらに予測・予想不可能性を含む科学の部分は独立した議論とベネフィットに流されない情報発信が基本だと私は思います。その点、現在の気象庁の態度は、一般に誤解を生む危険なものと考えます。自治体が気象庁や他の研究者の意見を参考にしながら、地元の災害対策能力や住民の状況などを加味して、災害対策をたてるのが筋だと思います。それには、日頃から行政と住民と科学が協議を重ねている事が必要ですが、箱根では野放図な開発を許してきた結果が、整合性のとれない現状をもたらしたと思います。


リスク/ベネフィットの問題は、福島の「帰還問題」に凝縮されて現れています。様々な当事者の間で、議論が噛み合ないまま混乱が進んでいます。観察体制もでたらめ、リスク評価は整理されないままそれぞれが都合良く解釈しています。その結果、科学の領域を無視したマネージメントが上からは強制され、下からは科学に基づかない見てみない振りと同調圧力、逆にリスク比較を拒否する「恐怖」が発言されます。




by maystorm-j | 2015-07-20 06:19 | 自然
2015年 07月 18日
浅間山 追分火砕流の上にいます
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久しぶりのブログ記事です。本業と本読みに追われ、考える事や書きたい事がたくさんあっても、世の中の動きが速すぎてタイミングを失してきました。とりあえず、ちょっと寝ぼけた話題ですが。


いつも仕事場から見るぼやけた浅間山の写真ばかりですので、5kmほど西に車を走らせました。小噴火以来、ショボショボと噴煙が出ていますが、この日は台風のせいか風が強く、西風が上昇する浅間山の上には雲が湧きます。噴煙はほとんど見えません。浅間山頂の左が剣ヶ峰、右手前の小さな山が石尊山。900年前にその間を大規模な火砕流が流れ落ちて、厚さ8mほどの噴出物で裾野を埋め尽くしました。この写真を撮った場所はその「追分火砕流」のど真ん中。千年単位で一度の確率で起きる災害でしょうが、周期性はありませんので、この瞬間に起きても不思議ではありません。たぶん、その規模の災害が起きる前には連続した噴火などの前兆があるでしょう・・・と「希望」しています。仕事場の位置は、追分火砕流の東端上ですので、安心はできません。


のろのろ台風のせいでしょうか、梅雨前線は消えています。北海道にかかっている前線を梅雨前線とよんでいいのか判りません。大陸から流れてくる移動性低気圧なのでしょう。先週まで12度の朝がありました。早起きの人は今年の夏は寒いといいます。お寝坊さんは暑いと言っています。台風が通過したあと、どんな天気図になるのでしょうか。扇風機をガンガン回しながら仕事三昧。朝飯前の僅かな時間だけ、人間に戻っています。若い頃から、山は見るものではなく、歩くものと決めてきましたが、近年少々怪しくなってきました。ネットで見る最近の登山靴はカラフルだなあ、なんて思うだけの情けない状態が続いています。




by maystorm-j | 2015-07-18 06:58 | 自然