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2015年 01月 21日
歴史に学ぶことは意外にむずかしい
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久しぶりに新年会に参加しました。前回の記憶がないぐらい久しぶりですので、たぶん十数年のブランクでしょう。町内の歴史同好会で、雪が降る昼間20人近くが集まりました。運転がありますので、私は飲みませんが、酒が入っていつもの例会より一段とにぎやかです。アマチュアの集まりですから、歴史の話と言っても8割がた「ホラ話」。論拠が怪しい話ほど、声は大きくなります。

それでも2割ぐらい、キラッと光る「掘り出しもの」が混じりますし、ホラ話にも法螺が出てくるそれなりの背景があって、その背景に突っ込みをいれると、人の心がいろいろあぶり出されてきます。話題が歴史ですから、当時の人々の心の動きと同時に、現在その歴史を解釈して語る人自身の心も見えてきます。アマチュアの歴史解釈は、解釈する人の意識が投影されます。

ひと月前に、その同好会の忘年会にも参加したので、新年会はサボるつもりでした。忘年会で従軍慰安婦の話題が出て、嫌中嫌韓意識が強く感じられたのが気になり、参加者の送迎を頼まれたことで予定をかえて参加しました。直前にフランスの事件もありました。歴史に関心がある一般市民が、人の心にある「負の要素」をどう捉えるのでしょうか。

日本人とユダヤ人について、日本語とヘブライ語の共通性やら、信仰や文化、はては人種の共通性論が飛びでたりで、荒唐無稽な話が展開しますが、それぞれはいくつかの都合の良い根拠をひろい出してきます。ヤマト朝廷の前半は、文字がない時代ですので、文字による記録は中国のものが中心です。自由な想像が飛び交う余地はたっぷりあり、それはそれで楽しいのですが、解釈が暴走する危険もともないます。厩戸皇子こと聖徳太子の話が登場した時に、「聖徳太子は実在したのか?」疑問を投げかけてみました。世に伝わる聖徳太子の話はあくまでも伝説で、文字に書かれたのは100年以上後のことです。書かれた当時の政治権力の意図にそって書かれた「歴史」に登場します。歴史が改竄される時の意図は見えやすいのですが、最初に編纂された時は遠い過去であったりしますので、書いた側の意図は見えにくくなります。

「歴史に学ぶ」ことの重要性は誰もが認めますが、書かれた歴史にはすでにバイアスがかかっていることを意識しなければならないでしょう。しかし、それ以上に学ぶ側の無意識のバイアス、都合の悪いことはなるべき見たくない気持ちが、特に近い過去について強く働きます。その背景には、「人は忘却することで生きて行かれる」、「過去の失敗をいつまでのくよくよ考えていては幸せになれない」といことがあります。「嫌なことは忘れて、明日も頑張ろう」、前向きの姿勢を政治家は「未来志向の関係」と言います。

新年会では多くの人が、中国人・韓国人をつけ上がらせるなと言いました。謝ったし金も払った(ODAのこと?)のに、いつまでもぐずぐず言い続けているのは、もっと金が欲しいからだろうという人。強気にでればいいんだと言う人。負の歴史、「加害の歴史」にどう向き合うのか、忘れたい過去を周囲がいつまでもあばき続ける、自分はその被害者という感情が生まれます。抹殺したい過去を問われ続けると、問う者を抹殺したくなるかもしれません。「反日だ、非国民だ」といレッテルを張って、特殊な者として排除するようになるでしょう。

今年、天皇の年頭所感にあった「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、いま、極めて大切なことだと思っています」という部分を、某放送局がすっぽり切り落として報道したことがありました。マスメディアの姿勢と国民の姿勢はシンクロしています。どちらが先とは言えないほど、相互に影響されています。裏や陰の部分を見まいとする、見せまいとする状態では、異なる見方や批判が封殺され、スパイラルは一気に上り詰めていくでしょう。めでたい新年の挨拶で、天皇明仁さんが父昭和天皇の否定につながりかねない言葉を入れなければならないと感じるほどに、事態は深刻なのかもしれません。

「正常性バイアス」と呼ばれる人間の心の動きは、人間がたえず変化する環境の中で、過度な影響を緩和し落ち着いた日常生活を続けるための、心理的な安全弁かもしれません。しかし、権力者とその広報者と化したマスメディアが意図的に情報を操作し、「自己肯定」を望む国民の意識と共振すると、その共振関係の外にいる少数者、他民族・他国民にとっては耐え難い状況が押し付けられることになるでしょう。


by maystorm-j | 2015-01-21 08:17 | 社会
2015年 01月 18日
信州宮本塾「じゅく通信62号」紹介
信州宮本塾の通信62号が発行されました。全12ページの1ページ目を掲載します。今回は昨年12月に行われた宮本憲一さんの講演と質疑応答。底知れぬ大きな健康被害をもたらし、これからも長期にわたる患者の発生が予想されるアスベスト問題の歴史と現状、裁判の経過を報告し、国内のみならず海外の状況まで説きあかす内容です。

全編は是非、宮本塾ブログでご覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/miyamotojuku01/26854577.html
http://miyamotojuku01.blog.fc2.com/blog-entry-12.html
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by maystorm-j | 2015-01-18 04:37 | 社会
2015年 01月 17日
表現の沸騰から見えるもの
1月12日、軽井沢町大日向から見た日の出です。元旦に較べると位置が僅かですが左(東)によっていることが分ります。少しだけ日が長くなるのですが、寒さはこれからが本番です。昨日の夜明け頃、NHKラジオは年末の歌番組について何やら謝罪をしていました。他の作業をしていたため、内容はきちんと聞き取れなかったのですが、歌手自身のコメントを流していたのかもしれません。
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個人や集団を茶化したり風刺したり貶めたりする表現は論理的に批判することとは違い、感性に直接訴える方法だけに、強いインパクトと広い共感を呼ぶことがあります。表現の受け手は、それが正しい内容かではなく、表現の巧みさに引き込まれがちです。また、自分の経験や知識から判断せずに、表現が持つ共感力、あるいは自分自身がその表現を再現しやすい(真似やすい)ことで同調します。アート表現には、常にマインドコントロールの要素があることを、表現する者は自覚する必要があります。

感性に直接訴える優れた表現は、現実の本質を抽出したり、個人の理念を代弁しますが、表現そのものはどこまでも「まぼろし」です。「絵に描いた餅」は食えないだけに、見る者の餅への渇望は強まります。大勢の人間を同時的にヒートアップする可能性があり、その集団に属さない者や批判的表現であれば批判される側に強い疎外感や恐怖心を産み出しかねません。その結果、カウンター表現もヒートアップして、連鎖反応の渦に巻き込まれていきます。いくつもの意見が、多様で冷静な表現でぶつかり合う状態は望ましいのですが、画一的な表現、例えば同じ旗やスローガンを掲げた大勢の街頭行動などは、それぞれの個人が表現するにいたるまでの検証と考察を経た結果なのでしょうか。「私はシャルリ」と書かれた同じ紙をもった人が溢れる様には、むしろ怖さを感じます。また同時に、「沸騰する鍋」の中で弱く少ない食材は壊れて消され、大量の軽い食材が表面で沸き立ちひじめき合い、その鍋のまわりで舌なめずりする者達の姿を思い浮かべます。

世界情勢から身の回りの小さな社会まで、このところ変化のスピードがひじょうに速くなっている気がします。すばやく直感的に行動しないと間に合わないところがあります。その中で、状況を冷静に検証し解析し評価し論理化し、自身の対応を考え表現化する作業に充分な時間がとれないかもしれません。私自身について言えば、早朝の朝飯までの2時間を、調べ考え言葉にする作業にあてています。仕事を終えた夜は、もう頭が充分に働かず、手作業ぐらいが精一杯です。出来ることなら、ネットを通じてすばやく互いの分析や論理を見比べ合える多くの仲間と連携したいと思います。最終的に考えが異なってもかまいません。議論を交わすことで、自分の考えを可視化し、相対的に見直し、それを経てそれぞれの表現にいたる過程が必要に思われます。

個人的には何人もの人と、メールやツイッターを使って意見交換をしています。中には一度しか会ったことがない人もいます。その回路は、お互いに冷静さが保たれるなら、議論を深化することが出来ます。その反面、閉鎖空間故に広がりや多様性に欠けます。他の社会や立場からの情報と視点、異なる論理が混じって、百花斉放にいたる可能性はありません。これは、実際に人と会って議論する場合でも同様のことが言えます。むしろ、しがらみや同調圧力のために、自由な議論が抑制されることもあります。多層的にいくつもの回路を作っておくことが必要ではないでしょうか。





by maystorm-j | 2015-01-17 06:48 | 社会
2015年 01月 07日
双方の荒々しい表現の投げ合いが、一般市民をヒートアップする
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正月2日目に、隣の御代田町から展望した八ヶ岳連山とその前に広がる佐久平です。

年末選挙では政権側が必ずしも言われているほどに圧勝しなかったことや、世論調査では原発再稼働や集団自衛権、9条改憲に反対が多い、共産党が倍増した事などから反安倍政権側に気のゆるみが見られます。前の記事に書きましたが、投票率が高ければ政権側が不利だっただろうと言う見方は間違っていると思います。むしろ、政治に直接的な関心をもっていない人達の気持ちが、排外主義と劇的変化願望に揺れている事を見逃してはならないでしょう。

ヘイトスピーチが一部の極右集団だけのものと思うのは間違いです。ごく普通にこれまでおつきあいして来た知人達の中でも、嫌韓嫌中意識が強くあります。マスコミに誘導されているからだと言っても、そのマスコミは朝日バッシングに見られるように、今後ますますその方向を強めて行くでしょう。在日外国人や隣国との正常なつきあいを望む発言をする周囲の人を、一般の市民が告発し始めるのに、高いハードルがあるように思われません。ある日、「この店は反日だ」、「この家は非国民だ」という張り紙が貼られている事が起きそうな気配です。まして、インターネットでの書き込みはもっとハードルが低いでしょう。私のような仕事をしていると、取引先や販売会場にそのような投書が送られる事の可能性は軽視できません。すでに北星学園大学に見られるように、家族や職場に対する嫌がらせは強い影響をもたらしています。同調と異物排除を基調とする日本社会の純潔(純血)思想は、70年前と変わっているようには見えません。

根拠と論理をもって表現される批判を封じてはならないだけに、ただレッテルを貼って繰り返される嫌がらせを止める事はなかなか困難です。さらに困るのは、自分がいる側にも同様な表現方法が行われてきた事があります。市民運動の中には、反対の電話やファックスをどんどん送りましょうと言う呼びかけが見られます。公募されるパブコメや官庁のサイトに、根拠や論理ではなく、結論だけを荒っぽく書き送る事が多く見られるようです。ネットの中では左右両側が罵倒を投げ合っています。表現の自由と嫌がらせの境界は難しく、法的な規制は微妙で、基本的には表現者の自覚に頼る部分が大きくなります。官邸前の抗議行動の中心メンバーが、ヘイト行動に対してヘイトスピーチと同様な表現を投げつけているのにも違和感を感じます。市民運動がヘイト側と同様の表現方法をくりかえすことで、一般市民の排外主義発言へのハードルを低くし、ファシズム国民へと導くでしょう。

時間はかかっても丁寧な表現、根拠と論理を積み上げて行く論述を心がけようとおもいますが、その一方で簡潔で心に響く表現の効果も無視出来ません。私のようなダラダラ文はあまり読まれません。映像がマインドコントロールする力を警戒しつつも、映像の持つ広く感性に訴える力も使いこなしたいと思います。表現の力に賭けつつ、表現されたものを疑い、検証する事でしょうか。「無謬性」にとらわれている組織や個人には警戒しながら、自分自身をも常に疑う事を忘れないよう、今年もオロオロ進むことになるでしょう。


追記
記事を書いて半日後にフランスの事件が報道されました。ヘイト表現、差別、排外主義とそれに対するカウンター表現や行動の双方が、不寛容な対決場面にヒートアップする速度はきわめて速い。金曜官邸前行動の主要メンバー達に対し、彼らの反イラク戦争行動の頃から感じていた違和感は、3.11 以降明瞭な形になり、反ヘイト活動では当初から荒々しい表現と行動を感じさせられました。ヘイトクライムに対してはヒューマニズムに基づく冷静な論理と表現を基調に持たないと、市民社会に緊張と修復不可能な亀裂を生むと思います。



by maystorm-j | 2015-01-07 08:49 | 社会
2015年 01月 03日
年末総選挙の結果について考える
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1月2日午前中の浅間山です。南斜面で日当りが良く、強風で吹き飛ばされることもあり、特に雪が多いわけではありません。元日は雪雲に覆われて見ることが出来ませんでした。古い噴火口、火口壁、新しい噴火丘、山体崩壊跡、火砕流跡・・・様々な火山活動の様子が見られます。それぞれに異なる危険な災害を起こすものです。それらの総体が浅間山です。

一昨年の安倍政権登場以来、いろんなことが起きました。一部には「我が世の春」とばかりウハウハで過ごして人もいるのでしょう。対極には、仕事も暮しも落ち込んだ人がたくさんいます。TPP、秘密保護法、集団自衛権など、まだ直接の影響が出ていなくても将来に対する不安を感じている人も多いでしょう。政権は雇用が増えたと言いますが、増えたのは非正規雇用で正社員は減っています。消費増税と円安は生活や生産を圧迫しています。安倍政権は総体としての危険性を認識しなければなりません。

昨年最後の選挙で、安倍政権は「圧勝で信任」と宣言し、経済政策の無策ぶりをほったらかして、戦争政策に邁進しようと、改憲をも狙う勢いです。一方では反安倍の人達に中に、選挙結果について安倍の勝利を否定する傾向があります。最低の投票率、小選挙区制が民意を反映しないなどから、投票率が高ければ、あるいは中選挙区制だったら負けてはいなかったとする主張が見られます。本当にそうでしょうか。

確かに反安倍政権を代表すると見られた共産党は大幅に当選者を増やしました。格差が拡大して、貧困層が増えれば共産党の支持が増えると思っているようです。プロレタリア革命、プロレタリア独裁(執権?)を主張しているのであれば、貧困層が増えると支持者が増えると考えるのは自然です。

では、非正規雇用・格差拡大・貧困化が一番激しい若年層で、共産党の支持が増えているのでしょうか。若年層が安倍政権に怒りの投票をしているのでしょうか。20代の有権者は6割以上が投票していません。共産党に支持が高いのは50代を中心に40代と60代で、20代ではそれらの半分以下の5%程度と思われています。20代は自民党支持が高く、政治意識が低い投票しなかった20代がもし投票したら、安倍政権にもっと有利に働いたでしょう。まして、隣国と軍事的摩擦が起きたり、中東から石油が入らないような事態がおきた後なら、周囲や社会風潮に同調しやすい20代の投票行動は推察できます。むしろ、今回の結果はまだましだったと考えた方がいいでしょう。

共産党が党勢拡大したため、沖縄では怒りと危機感がもたらした共闘路線が本土では作れなくなった事も重大です。共産党は独善路線を進むでしょうし、民主党は右寄り再編、反安倍共闘の橋渡しをする勢力は壊滅という方向です。共産党の躍進が、危機感を薄れさせていることは確かです。世論調査では、9条改憲、秘密保護法、集団自衛権、原発再稼働などに反対が多いと出ている事も、ゆるい安堵感につながっています。民主党政権の崩壊過程で、反戦・反原発・反新自由主義を広く展望する視点が薄れ、狭い仲間内で固まる傾向が強くなりました。

老後の不安を感じる50代が共産党支持の中心です。その世代は、福祉が破壊される過程で、逃げ切れるかどうかの境にいて、それぞれの立場や将来がすでに見えています。大きな変化が期待出来る年齢層ではないでしょう。その世代と話していると、とても頑固で意見を変える可能性の低さを感じます。それだけに、反安倍側で鋭い視点を持つ論客や活動家もたくさんいます。20〜30代と話しても、あまりはっきりした主張は聞かれません。身近な周囲や身分社会での摩擦を避けて、ともかく目立たず同調する事に心を砕いているように見えます。さらに格差が拡大して、将来の展望がないと判った時に、その世代がどうするか。弱者叩きを通り越して、戦争願望に向うのではないでしょうか。若い人が投票してくれたら、などと言う事に何か期待をかけていると、戦争に向う安倍政権に丸ごと持って行かれそうです。





by maystorm-j | 2015-01-03 09:05 | 社会
2015年 01月 01日
正念場の一年になる予感・・・2015年 元旦の日の出
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明けまして おめでとうございます

          本年もどうぞよろしくお願いします


仕事以外でもいろいろ考える事の多かった2014年が終わり、激動を予想させる新年を迎えました。いつも新しい年を迎えるたびに、大胆に飛躍しようとい思いと。緻密にマメにという矛盾した思いが交錯します。あれもこれもといううちに、時間は容赦なく過ぎていきます。一年が終ってみれば反省する事ばかり。飛躍はないものの、体力と頭脳はなんとか衰えないよう鍛えて、時間の流れに抗っています。無駄な抵抗と笑われそうです。


元旦、暗い空が灰色に変わり、今年は初日の出が見られないだろうとあきらめて、餅を焼いていたところ、いきなり鋭く朝日が水平に差し込んできました。あわててカメラを持って外へ。低く垂れこめる雪雲と山の稜線の僅かな隙間の太陽。すぐに雲間に隠れる事が判り、撮影ポイントを探す間もなく、ともかくシャッターを切りました。電線やら雨樋やらの向こうにギラギラ強い光。その後すぐに車でポイントを探しましたが、太陽は既に雲に抗えず、ぼんやりと光る空ばかり。年明け早々に一瞬の勝負となりました。

2週間ほど掲載が出来ませんでした。本業の鍋作りのオーダーを、なんとか新年に間に合わせたいとフル回転。その上、この冬は寒く雪の回数も多く、何かと雑用が増えます。計画性のない性格がいけないのですが、とにもかくにも何とか体力勝負で乗り切りました。今年は錆び付いた脳に油を注して、気合いを入れて行きたいと思っています。どうぞよろしく、お願いします。




by maystorm-j | 2015-01-01 15:48 | 暮らし