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2014年 10月 28日
第9回 平和と手仕事展 11月2日(日)3日(月休日)
信州宮本塾の講演会や研究会でお世話になっています佐久市望月の多津衛民藝館、一年に一度のお祭りです。昨年は美味しい新蕎麦とおでんをいただき、産直野菜やおこわをたっぷり買い込み、秋晴れの高原をバイクで帰りました。

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by maystorm-j | 2014-10-28 07:25 | 暮らし
2014年 10月 24日
酢重ギャラリー 今日から中村眞美子 展  〜11月10日
久しぶりの秋晴れで、浅間山もくっきりと。夏が短かったので紅葉はあまり期待していませんでしたが、先日氷点下にさがった後、急激に色が変わり、特にイロハカエデとドウダンツツジ、サクラが見事です。散歩やサイクリングのちょっと立ち寄って欲しいのが、旧軽井沢ロータリーの酢重ギャラリーとレストラン。今日から新しい企画が始まります。


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by maystorm-j | 2014-10-24 15:42 | 遊び
2014年 10月 20日
信州宮本塾講演会と、台風で延期になっていました読書会のお知らせ
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by maystorm-j | 2014-10-20 10:29 | 社会
2014年 10月 18日
里山と野生動物・・・経済林・自然林の配置
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今朝は午前0時から氷点下。秋の花も終わりになります。一週間ほどめ前に仕事場で見かけた野菊とコスモス。右はヨメナ、真ん中はシオンでしょう。コスモスのとまっているのはヒラタアブの仲間と思いますが、正確な名前はわかりません。蜂のように見えますが、捕まえてもたぶん刺さないでしょう。トンボは少しだけ残っていますが、カンタンなどの虫の声は聞こえません。今年は時期が短かったようです。9月中旬に3度まで下がった日があったせいかもしれません。

仕事が忙しくて、あまり出歩く時間がありませんが、信州では山のクリやドングリが不作のようです。クマの出没情報を聞きます。山に餌がないから野生動物が増える。農業被害が増えたのは、針葉樹ばかり植えて木の実がならなくなったからだ、と言う主張をよく聞きます。いろいろと話が混乱しているように思えます。

山の餌と野生動物
まず第一に、餌が少ないと増える動物というのは、あり得ません。長期的に餌がなければ動物は減ります。ですから、山に針葉樹を植えたからと言って、動物の総数が増えるはずはありません。豊な広葉樹の奥山が大面積で皆伐されて、スギやヒノキの人工林に変わるという事は、最近はあまり見られません。しかし、短期的には餌を求めて移動する動物はいます。クリやドングリは年によって豊凶がありますので、不作の年には冬眠前のクマが里に移動する事はあります。一年の間でも、冬場の餌が少ない奥山や、積雪の多い地域にいるシカの群れが標高に低い所に移動することは見られます。意外に思われるかもしれませんが、夏の山は餌の端境期になります。若葉の春、サクラやクワの実などの実がなる初夏の後、秋の実りまでの間、エサ不足になる大型動物が農地に出るようになります。

季節的な移動、中期的な餌の増減、長期的な生息環境の変化などが、ごちゃ混ぜになって語られているようです。餌がなくてかわいそうだからと、ドングリやクリを撒きに来る都会の人は論外としても、山にドングリの木を植える団体は今もかなりあります。どれだけの効果があるのか判りませんが、他所から種を持って来て蒔くのは、作物を収穫して後片付けをする農地ならいいのですが、自然界に他所から持って来る事にはいくつかの問題があります。クリでもドングリでも種や品種、亜種の違いもありますし、同じ亜種でも地域によって長年の間に環境に適応して、遺伝子の違いが生じています。それを不用意に混ぜてしまうことを、遺伝子汚染といい、けっして望ましい事ではありません。

さらに、植物にも様々な病気があります。寄生虫や細菌などもついています。その土地に長く生育してきたものなら、耐性がある場合もありますが、他所から持ち込まれた病気や寄生虫によって、もとからあった耐性のないものがやられてしまう事も考えられます。その土地に生えていたものを増やす事が基本ですが、野ネズミやリスやカケスなど、ドングリを運んで広げる動物はけっこういるものです。北海道の自然公園で、ドングリを都会の人々に送り、都会のベランダや庭で育ててもらった苗をふたたび北海道に送り返してもらい、自然公園内に植えるという運動がラジオで紹介された事があります。往復の輸送費とガソリン、多大な手間ひまの割にはひどく効果の少ない事業です。

子ども連れの団体が種や苗木を植える場所は、どうしても道路から近いところになりますが、針葉樹を切り草地にする事で、シカを呼び寄せる可能性もあります。道路沿いにクリやドングリがなって、それに導かれて動物が里までやって来るようになるかもしれません。農業被害や人身被害を起こす野生動物は、人間と共棲ではなく、棲み分け=分棲を基本とするべきでしょう。人里に加害獣を呼び寄せておきながら、追い上げや駆除、防護柵、電気柵などにコストをかけるのは、野生動物と人間双方にとって負担です。

里山や山間部農地
都会の人々に近年、里山再生運動が人気です。地方から大都市へと就職した団塊世代が退職期を迎え、子ども時代への郷愁にかき立てられることがあるでしょう。子育て世代は、子どもを自然に触れさせたいという思いもあります。荒廃した里山周辺に住む人々にとっては、薮に潜むクマやイノシシ被害対策という面もあります。薮を刈り払い、広葉樹を中心とした雑木林を育成する里山の再生運動が注目されています。

しかし、注目度の高さと普遍性は一致しません。むしろ、希少性故にニュースとなる面があります。全国の荒廃した里山や山間地の農地のどれだけに割合が、里山再生の対象になるのでしょうか。人手が豊富で持続的に美しい里山を維持できるなら、それは様々な価値を持つでしょう。しかし、増え続ける山間地の限界集落周辺で可能でしょうか。都市部に接した里山では、相対的に人手や資本力が見込まれますが、農村地帯と接する里山では、農業者の高齢化、副業化と、一方で進められる大規模化機械化の動きの中で、薪炭の利用や堆肥利用など、里山としてどれだけ利用しながら維持できるのか疑問です。事業費を投入して里山を再生しても、どれだけの効果があるのか、美観や郷愁だけならいずれ無理がきます。豊かな広葉樹林は、餌も豊富で野生動物をむしろ人里に引き寄せる結果になりかねません。

里山を経済林に 奥山に自然林を
自然大好き、里山は美しいと思う人々に不人気な人工林・針葉樹林ですが、建築材としてのスギ・ヒノキはひじょうに優秀な木材となります。密植されて手入れされていないスギ林が荒廃し、花粉症の原因になり、スギなんか全部切ってしまえと言う極論も聞かれます。枝打ちや間伐費用が出ないため優良材を育てられず、輸入木材に押されて売れない針葉樹林は荒れています。木造建築を全廃するならともかく、建築材としてはツーバイフォーの輸入材に較べて、スギ・ヒノキは強度・耐久性・美観ともに優れています。地震や台風が多く、温度湿度の変化が大きい日本の風土に適した木材です。100年以上経った日本建築の内部環境の良さは、時折訪れる古民家に入ると体感できます。

拡大造林で奥地に植えた針葉樹林が荒れるのは、手入れや伐出費用が高いこともあります。林道や作業道の整備は山奥で傾斜がきつければ費用がかさみます。作業能率も低くなります。標高が高くなれば気温は下がり、成長は遅くなります。むしろ人里近くの低山帯や里山こそ、木材生産に向いています。日本の気候は植物が生長する季節に充分な気温と日射量があり、適度な気温と水分は土壌の発達を促します。鬱蒼とした熱帯雨林ではさぞかし木の成長が速いと思うかもしれませんが、一度伐採すると強い陽射しと高温で土壌有機物の分解は速く、スコールで洗い流されて、森林が再生する前に環境が破壊される事があります。亜寒帯の針葉樹林も成長が遅く、どちらも略奪林業という性格があります。

モンスーン地帯にある日本の山林は林業経営にはひじょうに有利な条件にあり、木材の国内需要は豊富です。最近、優良材の輸出も見られます。金があるから他国から買うという姿勢は、金がなくなったらどうするのか、他国の環境を破壊し続けることが出来るのか、将来を考えたら国産材を育てる以外の良い選択があるとも思えません。

美しい里山を維持できるところは、多少の費用をかけても多くの人に利益と楽しみを提供し続ければ良いと思います。一方で広大な面積で拡大し続けている、荒廃する里山、山間地の傾斜農地、周辺林、低山林は、大胆に用途を変更していくことが必要ではないでしょうか。木材の自由化から半世紀ほどが経ちます。木材貿易の見直しを含めて、林業の再生を里山・低山帯を中心に進める時期ではないでしょうか。

人里と奥山の間に針葉樹林を配置する事で、野生動物に対するバッファー・ゾーンとなる可能性もあります。餌の豊富な広葉樹林より、餌の少ない針葉樹林を緩衝地帯として利用する考え方です。自然林は基本的には奥山にと考えます。もちろんそれだけで多様な問題が解決するわけではありません。野生動物が亜高山帯や高山帯に進出して、生態系を破壊している問題もあります。里山や低山帯には複雑な所有状況もあります。長期の経営になる林業と相続の問題もあります。地域による具体的な配置や対策が必要なことは言うまでもありませんが、ここらで基本的な考え方を見直す事もいかがでしょうか。








by maystorm-j | 2014-10-18 08:54 | 自然
2014年 10月 13日
本日13日の信州宮本塾読書会は、台風のために延期します
台風19号接近のため、13日に予定していました読書会は延期します。今後の予定については、下記の信州宮本塾ブログに掲載します。よろしくお願いします。

私も参加しています信州宮本塾の読書会案内です。ほぼ一年にわたって続ける予定です。この読書会にいたるまでの宮本塾講演会や研究会などの活動記録は、下記のサイトでご覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/miyamotojuku01


by maystorm-j | 2014-10-13 13:20 | 社会
2014年 10月 13日
旧軽井沢 酢重ギャラリーで「佐々木卓也 展」 〜10月23日
今日は台風。軽井沢に最接近するのは夜中になりそうですので、昼間はなんとか行動できそうです。旧軽井沢では恒例の佐々木卓也展。無粋な野蛮人の暮しぶりではありますが、なぜか佐々木さんの絵を持っています。動物を描いたものですが、いわゆる動物画、生物画とは趣が異なります。あくまでも佐々木さんの目と心を通って現れる動物達です。

私が買ったという事はご想像のとおり、けっして高価なものではありません。私がつくる銅鍋と同じ価格帯。よし、一つ余分に作って・・・という気になります。美術館で大家の作品を見るだけ、というのと違い、ひょっとしたら衝動的に欲しくなって、明日は我が家の壁に・・・なんて、ドキドキしながら出かけるのもいいものです。「芸術を理解する私」から一歩、変身できそうな気持ちになります。もちろん、入場は無料ですが。

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by maystorm-j | 2014-10-13 09:48 | 遊び
2014年 10月 06日
軽井沢サクラソウ会議のシンポジウムで考えた事
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仕事場の向いに立つサクラの紅葉は、きっとこの台風で散る事になるでしょう。台風の先触れで雨が降る昨日、軽井沢中央公民館で「軽井沢サクラソウ会議」によるシンポジウム「しぜん・みらい・かるいざわ」に参加しました。サクラソウ会議は、軽井沢で減っていく半自然草原の生態系を残したいと、十数年活動して来たグループです。私は会員ではありません。

5人の講演と、その後に残った参加者が7〜8人ずつグループに分かれて討論。時間も3時間半の長丁場で、最後まで50人以上が残っていた事を見ると、日頃の活動が充実しているのでしょう。但し、軽井沢の様々な問題に取り組む多くの集まりがそうであるように、昨日も特に最後はほとんどが新住民、別荘民、町外からの参加者と見受けられました。

各講演の時間が限られていたせいもあるでしょうが、理系専門家の講演内容には多少粗雑な感じがしました。一人は以前に地域個体群の保全に関する著作を読んだ事があり、話の背景を知ってはいました。専門書として書かれた著書に較べると、一般にも興味がもたれるように無理に歴史的な変遷や人為との関係などに視野を広げたため、かえって根拠に乏しい論説になってしまったように感じました。

「生物多様性の保全」というテーマが、伏線として全体の講演にあったように思われましたが、これはかなり手強いテーマだと思っています。「自然と人間の共生」というテーマとともに、自然愛好家から専門研究者まで、言わば「錦の御旗」として掲げます。誰も否定はしませんが、「なぜ?」と聞かれて答えられるのでしょうか。人間が生きていく上で必要なことという共通理解があります。しかし、具体的に何をとなると明確ではなく、総体としての多様性に戻ってしまうか、個人の好みの自然の保護にばらけるかになります。地域の多様性をバランスよく保全するという方向は、地域の個性を際立たせる方向と反する事にもなります。

2番目の講演者による「自然と共生する中小都市のまちづくり/世界の事例から軽井沢の将来を考察する」では、地域(町全体)のアイデンティティーを形成し、それを公共性として町作りをするという提起がなされました。街並から自然景観まで、統一的な合意形成を整えるという考え方は、軽井沢では乱開発や商業施設の無秩序に対抗するために取り入れやすい考え方です。その前提には、自然は善いものという価値観があり、軽井沢という町は観光客や別荘民・移住者の町という意識があります。

質問の時間と講演後に、講演者に「町のアイデンティティーを公共性として策定する事は、その中のより小さな地域や個人のアイデンティティーを抑圧する事にならないか」質問しました。講演者は自然=natureとは欧米では本性、本来の、当然あるべき、という考え方から来ていると言います。

地域にかかわる人間の側は多様です。職業も様々ですし、職業の地域的な偏在もあります。職業を持たない新住民も多く、一時的な来訪者も多いのが軽井沢です。自然環境も草木が生えない浅間山山頂から標高800mまで、様々です。そこに公共性として統一的なアイデンティティーを定める事には無理がありますし、むしろ多様性保全に逆行すると思います。

本来のあるべき自然という考えは、社会科学系に限らず、理系でも「潜在自然植生」礼賛という自然観に見られます。生態系は変移しながら、最終的には安定した極相にいたると考えるものです。標高の高い森林限界付近や乾燥地などの苛酷な自然条件下では、植生が単純化して安定し、これこそが極相と見られることがあります。しかし、多様な地形条件・気候条件が混在する広い地域(例えば軽井沢町という単位)で見ると、地域全体の極相というものは当然ありません。より小さな地域を考えても、その中には微地形・微気象が混在し、生態系を構成する主要な生物群の他に、僅かなニッチを求めて意外なほどたくさんの生物種が目立たずに生存しています。東山魁夷の森の絵が好きな人もいれば、小さな生き物がやっとこさ生きている事に目を向ける人もいます。

このような運動や集会に集まる新住民の多くは、自然が好きと自認しています。その一方で、旧住民の自然に対する態度に批判的です。家も道も庭もコンクリートで固めたがる。自然の植物ではなく園芸種ばかり植える。コスモスやサルビアだらけ。自然景観に不釣り合いな庭作りや街並。次々批判が出ますが、確かに地元民は自然が嫌いだという感じはあります。時には、軽井沢の自然を憎んでいると感じることもあります。

しかし、その自然観が形成されたのには、理由も原因もないことでしょうか。都会からやって来た新住民が自然を愛すると感じる背景には、それまでの暮しがあまりにも自然から切り離されていたということがあるでしょう。同じように、地元民が自然を憎むに事にも背景や歴史があるでしょう。軽井沢の自然は苛酷で、経済的に裕福ではない人にとって、けっして居心地の良いものでありません。自然の脅威から暮しを守るという姿勢になります。別荘地として発展して来たこの100年の間に、町には森が増えて、過ごしやすいはずの夏の気候も、雨や霧が多い湿度の高い環境に変わりました。居住建築が良くなって、冬も過ごしやすい暮しになりましたが、新住民のように高額な燃料費をかけられる家庭や、手間ひまのかかる薪ストーブを楽しめる家庭ばかりではありません。仕事や子育てに追われる地元民より、年金暮らしの新住民の方が経済的にも時間的にも余裕があります。

別荘の立て替えは激しく、相続のたびに売られて新しい別荘が建ちます。新住民はリタイア後10〜15年で都会に戻るケースも目立つようになって来ました。子どもや孫にあとを継いでもらいたい地元民が、自然景観にそぐわない(自然と敵対する)頑丈な家を建てる事を批判できるのでしょうか。観光やリゾートを町の中心に据えて、「自然との共生」を公共性と捉える事の抑圧的な側面を感じます。

金儲けだけの急激な変化を抑制すると同時に、一部の嗜好に基づく統一的な抑圧をかける事なく、地域全体のリテラシーを高めながら、時間をかけてゆっくり淘汰し、多様な適者生存・混在状態に持って行く時間が欲しいと感じました。グループ討論では、いくつものグループから今やれる事として「外来種対策」が提案されました。それぞれの好みの自然がある、いろんな立場の人がいる中で、「共通の敵」として外来種駆除を行うネットワークを作り、その作業を通してお互いの理解を深めるという、とりあえず妥当な提案です。

地域社会の中で、人それぞれ立ち位置によって自然がどう見えるのか、まるで反対の印象を持つ事があります。サクラソウは美しく、「町の花」に指定され、生態系保全のシンボルとして、誰からも愛されやすく嫌われにくい存在です。半自然草原の生態系は、人為と野生のバランスを考えるでは適当な素材です。サクラソウ会議の活動が充実している背景にはこのような着眼のよさもありそうです。

以前、周囲に畑が散在するところに仕事場を借りていましたが、駐車スペースに生えるタンポポを抜いてくれと隣の農家に言われたことがあります。種が飛んで畑に入るということです。その一方で、花粉症の原因になるオオブタクサを平気で畑の縁に生やしています。春の一時期、空き地一面に密生するセイヨウタンポポの黄色い花を、「わー!きれい」という観光客もいます。セイヨウタンポポに駆逐された在来種のニホンタンポポの保全となると、絶望的です。いくつもの異なる立ち位置からものを見る事が、地域社会の問題では必要だと思います。









by maystorm-j | 2014-10-06 06:18
2014年 10月 03日
信州宮本塾「戦後日本公害史論」の読書会は台風接近のため延期となりました
台風19号接近のため、13日に予定していました読書会は延期します。今後の予定については、下記の信州宮本塾ブログに掲載します。よろしくお願いします。

私も参加しています信州宮本塾の読書会案内です。ほぼ一年にわたって続ける予定です。この読書会にいたるまでの宮本塾講演会や研究会などの活動記録は、下記のサイトでご覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/miyamotojuku01

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by maystorm-j | 2014-10-03 12:28 | 社会
2014年 10月 02日
「擦り傷を消毒しないでなおす」 その後
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8月9日の記事「擦り傷を消毒しないでなおす」の続報です。

8月の初めに咲き始めたコスモスは今が盛り。ミドリカミキリがのっていたキクイモは最後の花が咲き終わったところ。最近流行っている外国産のアサガオはねばり強く、花はどんどん小さくなりながらも、毎朝一輪ずつ咲いています。小さくなった花が、くたびれて穴のあいた葉を突き抜けて咲いていました。右はチジミザサ。葉がしわしわにちじんでいることから、見分けがつきます。写真はほぼ当寸大。当たり前にどこにでもある下草なので、ゆっくり見た事がなかったのですが、意外にきれいな花をつけています。種になると粘り気のある水滴を生じて、人や動物に運ばれるそうです。

さて、本題。2ヶ月前に派手な擦り傷を湿潤療法で治す事について書きました。結果を書き留めておきます。2ヶ月経っても完治してはいませんが、皮膚が再生していない面積は、残るところ3mm四方ぐらいになって、ほぼ勝負はつきました。

治療に使ったのは主にJohnson&Johnson社のBAND-AIDキズパワーパッド。特大・大・小3種類あって、キズの大きさに合わせて選びます。ホームセンターなどの安いところで、一箱700円。特大は3個入りなので、毎日交換すると結構な金額になります。大は6個入り、小は10個。貼るのは簡単で、伸縮性があって、よく動かす部位でも密着します。高価なのと、キズの形状に合わない事もありますので、瑞光メディカル社のプラスモイストPという125x125mmのパッドも使いました。こちらはネット販売で3枚入り1000円ぐらい、安価です。キズの形状に合わせて切って使います。粘着性はありませんので、周囲を防水絆創膏で囲むように貼ります。

結果的にはほぼ2ヶ月かかって、真皮の下までえぐられていたキズは無事完治と言うことになりそうです。その間、まったく消毒はしませんでしたが、化膿したり熱をもったりすることはなく、うっかりすると浸出液が漏れて服を汚す以外は、キズの存在を忘れているほどでした。ただ、パッドを貼った周囲がかゆくなり、うっかりすると再生した薄い皮膚を掻き破ることがあります。この点は、従来の治療法でカサブタが出来ると、やはり周囲が痒くなるのと同じで、特にこの療法の欠点とは言えないでしょう。

長期にわたるキズの治療中、風呂や水仕事の問題があります。キズパワーパッドの方は密着性が高く、1〜2度の入浴には耐えられます。液漏れしそうになったら周囲を絆創膏(幅の狭い防水テープより、幅広の和紙テープの方が使いやすい)で補強できます。カサブタを作ると、入浴や水仕事のたびにそれが溶けて、消毒したり乾かすことになりますので、生活面でもこの療法は優れています。よく歩く日は、膝と肘のパッドがズボンにこすれてパッドがめくれるので、薄いサポーターや古靴下の上下を切って膝に当てていました。

本来は病院に行かなければならない怪我でしたが、出先で怪我をしたこと、時間が遅かった事、外科は町立病院にしかなく、そこは予約しても待たされることなど、出来れば自分で治したかったので、今回は湿潤療法を試してみました。風邪もひかぬ馬鹿で年2回花粉症になるほど免疫力には自信(過信?)がありました。キズの状態にもよりますし、自然治癒力は個人差もあるでしょうから、誰にでも勧められるものではありません。この報告は参考程度に、というところです。

恥ずかしさもあって、怪我の原因には触れてきませんでしたが、バイクの転倒です。タイヤの空気圧が低いなとは感じていたのですが、下り坂のSカーブで車体を傾斜させたところ、タイヤがグニャッとグリップしきれずに、そのまま横倒しになって、坂を滑り落ちました。厚めのシャツとGパンに大穴が開いて、膝、肘、手に擦り傷でした。整備不良は恐いですね。「馬鹿げの至り」でした。反省!





by maystorm-j | 2014-10-02 06:44 | 暮らし