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2014年 08月 18日
8月23日(土) 信州沖縄塾講演会in上田 屋良朝博さん
この秋には沖縄県民の意思が表明される県知事選挙があります。その結果があきらかになる前に、安部政権は辺野古の基地建設開始を既成事実化しようと、埋立てへむけて作業を強行しています。(詳しくは信州沖縄塾のサイトへ) いま一度、沖縄の米軍基地問題を掘り下げて考え、それぞれの活動へとつなげていきたいと思います。

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by maystorm-j | 2014-08-18 06:04 | 社会
2014年 08月 13日
田舎の社会はコネで動く/研究者は成果を現場に還元しない
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初めてクジャクチョウを見たのは19歳の頃。3月下旬の浅間山に登り、厳冬期とさほど変わらない低温の中、テントと避難小屋で各1泊。下山途中、雪がなくなって春の陽射しが道路の表面を温めていたそこに、冬眠あけのクジャクチョウが翅を広げて暖をとっていました。数時間前の雪と氷の世界から無事戻った事を実感させる華やかな美しさです。翅を閉じると土か樹皮かと思う焦げ茶色の地味な姿でマイナス30度にも下がる冬をくぐり抜けて春を迎え、目覚めて翅を広げる瞬間はどれほどに劇的な時間だろうかと想像します。

30歳で信州に移住し、それから何度この蝶に出会った事か。高原ではけっして珍しい蝶ではありません。「19の春」のときめきはとっくに失っていますが、蝶は色あせることなく今も舞っています。翅の美しさを誇示しながら、ヒラヒラと舞うものに対して、その裏を見通すひねくれた人間観を身につけてしまったのかもしれません。生物が進化の過程でこのような模様をまとうには、何万年か、どれだけ多くの世代交替を経ているのでしょうか。それに較べると、裏と表の著しい違いを巧みに使い分けて、世間をヒラヒラ飛び回る人間性は、一代限りで身につけられるものでしょう。

地方でありながらも極端に浮き沈みの激しい町に住んでいるため、表の美しさを誇示しながらヒラヒラ舞っている人や商売をたくさん見ています。観光客や別荘客は、裏が見えるほど地域にかかわりませんし、むしろ表がすぐに色あせる美しさであってもそれを求めていきます。常住していても、仕事や町内会や学校のPTAなど地域社会と細かい接触がないリタイア世代新住民には見えにくい事がたくさんあります。県外の、特に大都市からやってくる人や商売は、華やかな翅がちょっと色あせて来たかなと思う間もなく、すっと消えていきます。華やかに舞っている地元の人や商売が、ひとたび色あせ始めると、上手に撤退できないケースが多く、暗い裏が見えてしまいます。

地元から始めて次第に拡大していく商売も中にはありますが、テレビや雑誌などで華々しく紹介される事を好まないようです。メディアに煽られて起きる需要のはかなさを知っているのでしょう。タレントまがいに登場する経営者は、必死に裏の暗さを隠しているようにも見えます。持続性のない需要に応じるためのシステムを維持するために、ますます翅を大きくしてヒラヒラ舞うことになります。

田舎では地域の商売のほとんどが世襲されます。軽井沢のように超有名な町でも、中学校は一つしかなく、同級生や同窓生という関係がもつ力は都会と全く異なります。親戚関係も濃密です。地域の人間関係の中では、実力以上の商売が出来る時期があります。取引先の多くと仕事以外の部分の関係があり、いっとき「コネ」で商売が順調に展開します。その関係性は、年とともに風化したり、都会から参入する実力の高い資本に凌駕されたり、何よりもコネで成り立った商売はスキルアップを目指すことなく、宴会接待で関係性を維持しようとします。取引先は逆にコネを利用して、納入価格の引き下げを望みます。

町役場もその構成員はほとんどが同窓生ですので、コネの世界です。指定業者とか納入業者とか、時には一過性のイベントや地産地消運動などでも、スキルや品質とは別の要因が働きます。そんな地域社会の中で、身の程をわきまえて安住している分には安泰なのでしょうが、新規事業や事業拡大をその関係性を利用して図ると、パイの取り合いが生じます。強固に見えたコネも、年とともに風化し、敗北後の軟着陸に失敗すると悲惨な結末を迎えることになります。裏側の事情は、秘めやかなうわさ話として、地元民の間でささやかれます。

以前、地域の問題を調査に来た研究者に、なぜ成功例の陰にその10倍存在する失敗例を見ないのかと質問した事があります。失敗例の中にこそ、地元で暮し働く上で学ばなければならない沢山の具体的な要素が含まれています。しかし、外から来た研究者にはそれが見えないのでしょう。たぶん、見ようと言う意識もなく、成功例をまとめてどこかに発表してり、どこかで提言するのでしょう。地域全体が破綻状態にならないかぎり、失敗の報告は調査地から嫌がられる事もあります。研究者を案内したり、調査に参加しても、調査報告や卒論・修論などの成果物が送られて来た事は一度もありません。その点はメディアの方がまだましで、掲載紙や録音が送られてくることもあります。「現場を見ろ」という研究者の声はよく聞きますが、「現場に成果を還元しろ」という言葉は聞きません。調査対象は研究者にとって消費するもののようです。


追記  東北の被災地に行く研究者も同様です。現地で活発に活動し発言している人の所へは、多くの研究者が訪れるのでしょうが、訪問調査後の関係が持続する例は少ないようです。現場から離れた途端に、現場は調査対象「物」であって、研究報告する学界という自分の世界の外になってしまうということです。




by maystorm-j | 2014-08-13 07:21 | 社会
2014年 08月 09日
擦り傷を消毒しないでなおす
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左の写真は誰でも知っているコスモス。元来は秋の花ですが、そこは何でも品種「改良」したがる園芸会社が早咲きを売り出し、ちゃんとその種を購入して育てると早くから咲くようです。信州ではこぼれ種が勝手に芽生えて育ちますので、早咲きか遅咲きか判定しがたい8月初旬には、あちこちで見られます。ラジオでは立秋と言っていたような気がします。広島で安倍首相が読み上げた文章が、ほとんど昨年のコピペだと評判になり、今日長崎では被爆者代表が首相を前に安全保障政策や原発・武器輸出を批判する言葉を述べたそうです。写真右はいろいろ調べた結果、ミドリカミキリという事にしました。翅の色が緑ではなかったのですが、体の形や足や触覚の様子から、他には該当するものがありませんでした。翅の色にはかなりの変異があるようです。

10日ほど前、「馬鹿げの至り」としか言えないへまな怪我をしました。擦り傷と打撲を各数ヶ所。すぐにキズを洗ったり消毒できない状況でしたので、数時間後に丁寧に消毒し、リバガーゼをあてて油紙とテープでとめるという、かなり古典的な処置をしました。翌日からキズ周辺が多少熱を持って来たので、化膿しないように抗生物質の軟膏を薄く塗り、リバガーゼの交換。骨折の様子はなかったので、打撲傷には鎮痛・消炎の湿布シート。擦り傷の方は何ヶ所か真皮の下までえぐれているので、結構時間はかかるだろうと覚悟はしていました。

数日後、膝のキズが階段の上り下りで傷みます。半月板を痛めているのは確かですが、そこの傷みではなく、擦り傷が引っ張られる痛さ。キズの乾いた部分とリンパ液が沁み出てくる部分の不均衡が痛みのもとのようです。違うやり方がないだろうかとネット検索すると、「湿潤療法」moist wound healing が紹介されていました。動画では、キズを良く洗った後、消毒はせずにサランラップで被い、防水テープで周囲を密閉するというものです。

従来のように消毒して乾かすと、浸出液による殺菌力や周辺細胞の速い再生を妨げるので、キズが浸出液で濡れている状態を保ちながら、自然治癒力を働かせるという考え方です。浅く広い傷には良さそうですが、浸出液が多い場合はちょっと不安です。病院によってはその療法用に開発された防水性のパッドを使用するようになっているという説明がありましたが、田舎の病院ではどうでしょうか。それさえあれば、やり方は簡単で、病院で長い時間を使うほどのことはありません。とりあえず、ネット販売で注文しておいて、町内の薬局をも探してみました。同じ療法用に作られたキズパッドが有名絆創膏メーカーから出ていました。小さいキズ用のものしか置いていない薬局が多く、一ヶ所でやっと広いタイプを見つけました。絆創膏の値段としては高いものです。6cm四方ぐらいのもので3枚入りが約800円。

キズを洗って水気を拭きとり、上からしっかりと貼ります。パッドの大きさは、キズの周囲1cm程度の余裕が欲しいところ。絆創膏のビニールより厚めで伸縮性の高い素材で、皮膚にしっかり密着します。しばらく経つと、浸出液が出たきた部分は白く、次第に盛り上がって中に液が溜ってきます。痛みはありません。腫もなく、怪我をしているという意識も薄れます。

そのままにしていましたが、良く動かす場所なので、二日後には浸出液が多すぎるのか粘着力が弱まるのか、少し液漏れするようになりました。防水テープでとめて、今日は2週間ぶりに町のトレーニング施設で筋トレ。膝・肘の痛みはなく、骨に異常はないようですが、肋骨が少し痛む。胸ポケットの分厚い財布(多数の小銭がいけなかった)で圧迫されたようです。半月板の損傷や肋骨のヒビは治療法がない(医者は格好悪いから保存療法でと言う)ので、自然に治まるのを待つしかないでしょう。器具相手に500キロカロリー分(日頃の半分)運動して風呂に入って、キズパッドを交換。浅い傷はかなり良くなっていますが、深い傷は好転はしていますが、皮膚が再生するにはまだ時間がかかりそう。

という所で、初めてトライするキズの湿潤療法、途中経過報告でした。

by maystorm-j | 2014-08-09 21:07 | 暮らし
2014年 08月 06日
多数者とのかかわり・・・天皇制市民運動
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写真左のコンフリー。健康食品としてもてはやされましたが、ある日肝臓障害の原因になると報じられるや、たちまち邪魔者扱い。今は昆虫が蜜を吸いにくるぐらいで、それでも勝手に生き延びています。真ん中の花は下界の人もご存知でしょうか。高原の道端には2m近くになるものが茫洋と立っています。ビロードモウズイカ。北米からの外来種です。草むらが苦手らしく、道路際のコンクリの境目にぼそっと立っていて、役に立たないけれど邪魔にもならない。在来の生態系に侵出するわけでもないし、畑の雑草にもならず、でくの坊の割にはきれいな植物です。右はネジバナ。モジズリとも呼ばれ、地面に這いつくばって見れば実に美しく、またはかない花。ビロードモウズイカの十分の一に背丈です。

ひと頃、と言っても一昔前でしょうか、MMなる目つきの悪い人がテレビ番組で「OOは健康に良い」というと、夕方には日本中のスーパーでOOが売り切れるという現象がありました。「健康のためなら死んでもいい」と、分別盛りの中年が右往左往するのです。もっと昔、どう見ても古くなった紅茶に浮くカビにしか見えない「紅茶キノコ」なるものをありがたがって飲む人が沢山いました。健康のためと言う効能より、周囲の人の動きに乗り遅れまいとしていたのでしょう。

これも昔の話。田中角栄氏のロッキード事件の時です。私の住む地域、と言っても50km四方ぐらいの広い地域ですが、長年平和運動をくりひろげて来たご高齢の指導者のもとに集まる市民運動がありました。温厚な方で、その人格を慕って集まる人も多く、30代の私にはその集団がすこし窮屈な感じもしました。日本の社会は仲間内で議論する事に慣れていません。多くの議事が、上層部の判断に任されていたり、事前の根回しで決められ、議論の場は予定通りのシャンシャンで進んでいきます。上層部の役員を決めるのさえ、会員の選挙によらずにあらかじめどこか分らない所で決まっている事もあります。

ロッキード事件当時に参加していた市民運動の集まりで、指導者から「国会は田中角栄を辞めさせるべきだ」というお話が出ました。ピーナッツ5個(5億円)の賄賂を受取った事が報じられていました。けしからんということです。それが事実ならもちろん重大な犯罪で、有罪になれば当然議員失職することになります。しかし、裁判で事実があきらかになるには相当な時間がかかります。司法のやり方にも問題がありましたが、世論はあきらかに田中角栄=悪という方向でした。国会議員を辞めさせろという声は多数派でした。

その話が出た時に、私は「国会議員はそれを選んだ選挙区の有権者の代表であり、その人達が辞めさせる以外に、他の多数意見で辞任を強要するのは代表制民主主義を壊す事ではないか」と反論しました。多数派が数の有利で少数者を排除できるなら、議会は多数派だけのものになって行くだろうと反対しました。ご高齢の指導者は温厚な方で、「そういうもんかなあ」と怪訝な顔をされただけで、私の発言を強く否定される事はありませんでした。しかし、その人の徳を慕って集まっている人々からは、ひじょうに冷たい反応がその後しばらく続き、集まりから私は遠ざかりました。私に対してホットな反論が出たのなら、議論が成り立って問題の認識が深められただろうと思います。田中角栄の政治を是認するものではありませんが、田中角栄を失脚させた大きな力について、近年あきらかになって来ています。

有力な(カリスマ性のある)指導者のもとに集まる市民運動を、私は天皇制市民運動と呼んでいます。それは、その指導者を否定するものではありません。現天皇もそのようですが、人々が慕って集まるほどに、人格識見ともに優れていて、私としてはその人の考えや経験に接する事は大きな喜びと感じています。その周囲に醸し出される同調圧力、若造が何もしらずに先生に向って議論を吹っかけるなんて・・・先生の正しい見解に疑問をはさむなんて・・・という空気が強要する「頂点同調主義」が、血の気と迷いの同居する若い世代を遠ざけているように思えます。

そのような市民運動の中核メンバーの多くが、退職金と年金で安定した暮しを保障された世代で構成されています。指導者の正しい論調を、そのまま自分のものとして受け入れても、暮らしぶりに大きな矛盾を生じません。同調して正しい発言をすることが難しくはありません。一方、若い世代、現役で働いている世代は、正しいと思う事を発言する際の抵抗をひしひしと感じています。親との問題、子どもの教育環境との軋轢、職場で浮いてしまう危険・・・自分の暮しぶりに大きな影響があります。退職者が「暮しを変えよう」と言えるのとは、大きな落差がありそうです。私自身も、子どもが地域の小中学校に通学している頃は、社会的な行動のリアクションが子どもにまで及び、子どもは「人質」だなあと感じて、セーブした事があります。

若い世代が様々な矛盾をかかえながらも、ちょっと気になって参加した市民運動の中で、真摯な議論をする事なく「正しい事への同調」を求められるのなら、彼らはどう感じるでしょうか。私は「正しい論調」を否定するつもりは毛頭ありません。問題は、その正しい事がなぜ実現しないのか、何が足りないのかをじっくり考え、話し合ってほしいという事です。正しい論調に賛意を表することで自分の正しさを確認したいという気持ちを年寄りは抑えて、むしろその正しさが実現出来ていない事を反省し、問題を検証する姿勢を保ち続けなければ、年より世代より厳しい矛盾の中で生きる若い人達になにも届かないでしょう。

天皇制市民運動と言いましたが、多くの場合天皇自身は天皇であることの居心地の悪さを感じているようにも見えます。その構造が市民運動にとってマイナスになる事も気づいているでしょう。この数年間参加している地域の運動でも、その指導的な立場にいる方から、「地域での一人一人の主体を形成すること」「問題を徹底的に熟議すること」の重要性が強調されています。年寄りの一人であり、その運動の役員メンバーでもある身としては、自ら省みなければならないことです。

by maystorm-j | 2014-08-06 21:01 | 社会
2014年 08月 04日
来客を「おもてなし」しそこなった話
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写真左はマツヨイグサにとりつくクロオオアリ。よく見ると、小さな白いつぶつぶに群がって動かしています。学校の理科で習う「共生」の例に挙げられる「アリとアリマキ」です。あまり動けないアリマキをアリはいい場所に運んで、植物の汁を吸わせて、尻から出る甘い汁をもらう。どちらにとっても生きていく上で便宜をもたらす共生関係だというのです。

左はキスゲの蕾に群がるクロオオアリ。キスゲの仲間は、ニッコウキスゲでもカンゾウでも、花の下の茎にはびっしり白い粉を吹いたようなアリマキ(憎々しげなときはアブラムシと呼ばれる)が張り付いていることが多く、遠目で楽しんだ方がいい花です。仕事場の向いにある公民館のキスゲは、さるお方お手植えのもので、きっとアブラムシだらけではまずいと思った誰かが農薬を使っているのかもしれません。

さて、共生関係というのはアリマキにとって本当にありがたいものなのでしょうか。なんだか牧場で飼われる家畜にも見えます。アリマキは変な昆虫で、翅がはえて飛ぶ事ができる時期もあります。植物が豊かなこの時期、メスばかりで、メスがポコポコとメスを産み、産まれたメスは既に体内に小さなメスを沢山もって、次々とメスの子どもを産みます。寒くなると雄が生まれ、交尾し、卵で冬を越しますので、冬の間アリは世話をする必要がありません。アリにとってはひじょうに都合に良い家畜です。人類が滅びた後、地球で繁栄するのはアリ達だという研究者もいます。

ほとんど来客のない仕事場に、珍しく半日だけのお客さん。と言っても、お客さん扱いはまるでしてもらえず、ドライブの運転も蕎麦屋の払いも任せてしまい、今流行の「おもてなし」どころではない極悪非道な待遇。でも考えてみれば、私ももてなされるのは苦手で居心地悪くなる方だから、まあそれで良かったのでしょう。ちょっと浅間山の溶岩地形を見に行く途中で通る別荘地では、「家が並んでいるけれど人が暮らす街ではない」というしごく真っ当な感想を聞かされました。フーン、なかなか鋭いなあと感じながら、東北の被災地から来たからかな、いやこのようなまとも感性を持つ人が十人に一人ぐらいの割合でいるのかもしれないと思い直しました。

近年、別荘地に移住してくる新住民が増えています。「軽井沢よいとこ」でやってきますので、この町がその成り立ちの根底からどこか狂っていると感じることはないようです。地域社会とは深く交わる事なく、「金持ち喧嘩せず」で悠然と暮らしています。諸処で起きる矛盾とは距離をおき、我が身に降り掛かる問題は金で解決できる財力がありますので、矛盾の根源を考える必要はないのでしょう。町の行政も豊かで、どこか同じような体質があります。問題を原因から解決せずに、臨時職員を増やして矛盾の「手当」をしたり、箱ものを作って治めようとします。まあ、行政に根源的な部分や地域の関係性に踏み込まれてもいい事がなさそうな気もしますが。

やはり、時には他所から来た人に、感じた違和感をズバリと言われるのは間違いなく有益です。たとえそれが多少外れていても、それを修正する時にこちらも考えます。住んでいて、どこか変だなと思う事が多いのですが、かえっていろいろ見え過ぎて本質がどこにあるのか見えなくなっていることもあります。学者の視察はほとんど役に立ちません。いいところ、成功した例ばかりを見たがります。きっとどこかへ行って、「有識者」「学識経験者」として「いいお話」を提言できる材料を無意識にも狙っているのでしょう。あるいは、おかしいと思ってもズバズバ言えば、その後お座敷がかからなくなるのを恐れているのでしょう。

人口2万人足らずの軽井沢、これからしばらくは10倍に膨れ上がります。この冬の大雪で見えた多くの問題も、夏の喧噪に消され、何も解決されないまま時間が過ぎていきそうです。

by maystorm-j | 2014-08-04 08:19 | 社会
2014年 08月 01日
信州宮本塾「じゅく通信59号」の紹介
信州宮本塾「じゅく通信59号」は、木彫の武井順一さんと私が、多津衛民芸館長の吉川徹さんのコーディネートで行った学習会の報告です。工芸を生業にして、地域で生きていくことについて、経済面を含めて具体的に論議しました。第1ページ目を掲載しますので、全文お読みになりたい方は、どうぞ信州宮本塾のサイトで続きをご覧下さい。

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なお、8月4日には、宮本憲一先生の講演会を予定しています。

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by maystorm-j | 2014-08-01 05:26 | 社会