人気ブログランキング |
<   2013年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧

2013年 01月 26日
選挙の敗北を考える  その8 不正選挙問題
2週間程、間が空いてしまいました。寒さが続いています。いわゆる大寒波が来るとマイナス18度前後に下がる私の居住地ですが、今のところそこまでの低温はありません。たえずダラーっと寒さが続いている感じです。

投票日前から不正が行われる可能性が指摘されていました。開票作業・集計作業において不正が行われるのではないかと、過去の選挙での疑惑や集計機会メーカーに対する疑惑が起きていました。不正疑惑とは別に、投票終了時間が今回多くの投票所で繰り上げ終了された問題もあります。

投票時間の問題は、以前から交通の便が悪い地域で、全体の選挙結果がほぼ確定してから一部の開票作業が行われるのでは、投票する意味が無くなるなどの理由付けがあったようです。今回は年末の寒い時期で、山間部などでの投票者の交通事故を懸念した、というような言い訳がなされていますが、投票する権利を侵害しても良い程の合理性はなさそうです。サラリーマンにはボーナスや給料が出て、クリスマスや年末の買い物、外食などに出かけた人が、帰りがけに投票する機会を失った可能性はあります。今回の低投票率が、時間の繰り上げのせいかは判りませんが、投票する権利が地域のよって不公平になるのは納得の行かない事です。これについては既に、選挙から一ヶ月に期限にあたる1月15日までに、裁判所に提訴が行われています。


開票作業・集計作業での不正疑惑について論じるのは難しいことです。具体的に怪しい開票所があれば投票用紙は次の選挙まで保管されているはずですから、明らかにできる可能性はあるでしょう。そのための具体的な証拠がどれだけあるのか。提起される疑惑の多くが「見聞きした事、感じた事」と開票結果や投票率との食い違いに基づいているように思います。「怪しい」事を全国的に集めておく作業は今後の不正を牽制することになりますが、今回の選挙を無効にする根拠としては無理があるでしょう。次回の参院選に向けて、監視体制をつくる参考になります。

投票率や開票作業の監視は、人海戦術以外の方法があるのでしょうか? 各投票所に人を貼付けて入場者数をカウントし、候補者推薦の開票立会人になれる人はなり、開票参観にも多数出かける。撮影禁止という所もあるようですが、参観席からの写真撮影や録画も過去に行われて、罰せられてはいないようです。双眼鏡を持ち込むマスコミ関係者もいるようです。

集計作業で問題になっているのは、おもにムサシという集計システムを請け負う民間企業に関するものです。会社の中立性に対する疑問、独占状態に近い請負体制、集計のプログラム改ざん疑惑などが挙げられています。私には、これらの問題を調査する時間も検証する能力もありませんが、ネット上に流れる情報は豊富にあります。それぞれ得意な人による解明を待つしかできませんが、次回についてはやはり人海戦術での把握と公式に発表される結果とが極端に違えば、不正を明らかにする事ができるでしょう。人海戦術をとるぞという準備が、未然に不正を抑止する効果を持つでしょう。

以前もありましたが、今回の選挙でも不正があった可能性は感じます。しかし、その感触の根拠に「国民の6割が原発に反対していた」はずだという気持ちと選挙結果に対する違和感が含まれている点は、私は違うと思います。世論調査の数字はいつでも、空気を読む日本人の性格が反影しています。厳しい事故で放射能が大量に拡散し、多くの被害者が土地を追われ、健康被害に脅える時に、原発推進と調査で答える人がどれだけいるでしょうか。むしろ原発に賛成した人の方が是非は別にすれば、強固な意識を持っていたと言えるかもしれません。

テレビ映像を見て「原発っていや~ね」「放射能怖〜い」という反応は、報道が減れば薄まって行きます。なんとなく自然エネルギーの方がかっこいい(たぶん事故以前はこの層は原発の方が火力発電よりかっこいいと思っていた?)。事故の被害者もたいへんだが、自分の暮しも楽じゃない。時間が経てば脱原発より景気回復に意識が移って行きます。経済より脱原発、金より命と言い切れるコアな層が裸にされていっている現状に気づかなかったのではないでしょうか。

脱原発の強固な意識を持つ人々には、二つの階層が含まれていると思います。一つは、年輩世代が中心で、既に経済的には安定していて、「人生は金じゃない」と言える人々。官邸前の抗議行動にも大勢参加していたようです。言っていることはまさしく正しいのですが、それが言える立場にいることの幸運には気づかないようです。

もう一つの階層は若い世代。小さな子どもがいたり、これから子どもを作ろうとする人達で、放射能の怖さを感じています。この世代は、会社や子どもの学校、学生時代の友達とのつきあいがある現役世代で、自分の周囲は自分と意識が違う事を痛感しています。地域でも場合によっては家族内でも理解されないつらさを抱えていますので、自分たちが決して多数派ではない事をよく知っています。

「反原発が過半数のはず』という思い込みは、世相を読み間違えることで、選挙の敗北を直視して運動を作り直すことの障害になります。世間の風を身に受け止めていれば、今回の選挙結果はそれほど意外なものではありませんでした。「さよなら原発1000万人署名」運動が容易に1000万人を達成できない事ひとつ見るだけでも、世間の意識動向は判ります。

選挙が不正だとばかりを言い張るなら、若い世代は選挙からますます遠ざかって行くでしょう。政治家は汚いと政治不信を言い立てて若者の政治離れを煽れば、政治権力を握っている部分をぬくぬくと安泰させるばかりなのと同じ軌道です。選挙の不正を監視できる体制を作ることは重要ですが、それは市民運動の本道ではありません。不正がなくても今回の選挙は大敗していたでしょう。様々な市民運動とその総体としての政治・社会の動きを変えなければ、次の選挙も大敗し、一気に国全体の暗転が舞台のどんでん返しのようにやってくるでしょう。

by maystorm-j | 2013-01-26 08:51 | 社会
2013年 01月 13日
選挙の敗北を考える  その7 インターネットでの勝敗は?
私たちは原発に反対する運動の中で、従来のように政党や組合などに組織されていない一人一人の市民が、インターネットを通じて連帯し行動する可能性を見いだしました。その背景には、アラブの春やウォール街オキュパイ運動への羨望もあり、規制のマスメディアが原子力村の一員として事故や放射能報道において隠蔽と歪曲を続けたことに対する怒りもありました。私たちはインターネットを駆使して選挙闘争でも十分に闘っていると思っていたでしょう。しかし、6〜7割の国民が原発に反対しているから、反原発を争点にすれば闘えるという期待も、投票率が高いという当日の予想も大きくはずれました。安倍政権は逆に、次に参院選ではインターネットによる選挙運動を解禁しようと言い始めました。ネット媒体における自分たちの力を私達は過大評価しているようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日前、孫崎享著/日本の「情報と外交」(PHP新書)を読み終えました。これまで、孫崎氏の本は何冊か読んでいますが、それらが木になった果実であるのに対して、この本は木そのものを見ているようでした。つまり、これまで書かれた内容がどのような姿勢で、どのような活動、解析作業、表現方法を通じて得られたものなのか、孫崎氏自身を語ったものです。

孫崎氏が思い描く社会が私とは多少違うとしても、学ぶことの多い内容です。その一つ、情報を伝えたいときに15秒で話せ、要旨を一枚にまとめろ、という話があります。一番だいじなことを15秒で話しきる事が重要というのは、話す側の都合ではなく、受け取る側を意識した言葉です。情報は伝わらなければ何の価値もありません。どんなに正しい情報でも、相手が聞いてくれなければ情報は死にます。私には耳の痛い指摘です。140字にまとめるツイッターはいい訓練になります。隣のおばあさんに話すつもりで話し、向いの中学生に読んでもらうつもりで書く事にします。

選挙の結果を、まさかこんなはずはない、と思った人も多かったでしょう。ネットに依存する人ほど、このような敗北を考えていなかったように思います。反対に、マスメディアは自民党の圧勝を予想していました。当選者数の予想はメディアによってデコボコはありましたが、大きな流れを見誤ることはありませんでした。私たちの情報収集、情報解析、方針決定の過程にいくつもの欠陥があったと考えられます。『日本の「情報と外交」』を読もうと思ったのもそこにあります。

SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)での闘いは、使っている道具は確かに時代の最先端を行くものですが、そこで繰り広げられる戦闘はなんだか第一次大戦頃の塹壕線に近い気がします。双方が一定の距離をおいて塹壕を掘り拡げ、一日に何回か弾が飛んでくると撃ち返す。時には大砲も飛んできますが、白兵戦にはなりません。塹壕の中では味方同士が狭い範囲で会話したり交流しています。敵の塹壕の背後にどれだけの兵力・兵站・軍備・経済・・何も見えません。味方の総合力も見えていないかもしれません。

ネットで本を買っていると判らないのですが、本屋に行くと原発や放射能関連の本が少なくなって、隣国に対する緊張や経済成長を謳う本が増えている事に気づきます。そして、それらを含めた社会問題を扱う本の量の何十倍もの漫画・ファッション雑誌、料理本、時代劇、タレントもの、旅行もの・・・の書架に人が集まっている事に気づくはずです。ネットに籠っていると、多くの国民が見えず、情報が偏り、状況を見誤ることになります。

安倍政権がネット選挙の解禁を言い出したという事は、そこでも彼らは勝てると判断した事を意味します。衆院の3分の2を制し、半年後の参院選に向けて負ける方法を言い出すとは思えません。自民党の選挙では電通が大きな役割を果たします。リサーチ能力が命のような業界のトップ企業です。ネット解禁で勝てるという以上に、むしろ雪崩をうって大勝する可能性を見ているでしょう。

もともと保守性の強い高齢層には、ネット解禁の影響はほとんどないでしょう。棄権の多い若年層は、スマートフォンでネットにつながっている割合が高く、小さな画面では感情をシンプルに煽る呼びかけが爆発的に伝播する可能性があります。選挙直前に尖閣諸島で衝突が起きれば、ネットは沸騰するでしょう。相手は広告業界のトップです。シンプルなキャッチコピー、5秒、15秒、30秒のコマーシャルで、受け手を引きつけることにかけてはプロ中のプロです。

巧言(こうげん)令色鮮(すくな)し仁(じん) 論語の言葉です。人間性を破壊する政治だからこそ、彼らは巧言と令色にかけてきます。たこ壷から見える狭い青空しか見ていないと、ネットの戦でも惨敗するでしょう。

by maystorm-j | 2013-01-13 19:49 | 社会
2013年 01月 12日
選挙の敗北を考える  その6 勝つための戦略・戦術は?
最初に次の映像を紹介します。

IWJ配信の「2013/01/10 さようなら原発記者会見」http://iwj.co.jp/wj/open/archives/52952

さて、1時間余のこの映像を後半までご覧になりましたでしょうか? 私は仕事しながらという事もありますが、しょっぱなでつまずきました。鎌田慧さん、何度も文章を読み映像でも見たきましたが、「暗い暗い暗いよ〜」。続いて大江健三郎さんですが、もちろんビッグネームで、若い頃から小説も評論も政治的発言も聞き続けてきたのですが、今回長々と話す内容は、何を言いたいのか解らない。次の澤地久枝さんの話になって、やっと思いや悔しさ悲しさ・・・感覚・感情が伝わってきます。最後が落合恵子さん。やっと明解にこれまでの問題とこれからにつながる言葉が語られます。最後の落合さんまでたどり着いた人は何人いましたでしょうか?

記者会見は『2013年3月9日(土)に「つながろうフクシマ!さようなら原発大集会」を明治公園で開催すること』の発表でした。その目的からすると、記者達の向こうにいるであろう視聴者・読者にアピールするというものです。3月9日に参加するであろう人でさえ、最後までこの映像を見るでしょうか。まして、新しい参加者を募る事ができるでしょうか。最初の鎌田さんを見ただけでパスされたでしょう。正しい事を言えばいいという甘えです。正しい事をどのように伝えるか、アピールするか、行動にまで高めるか・・・戦略も戦術もない構成の会見映像です。なぜ最初に落合さんを登場させないのか?批判もあるかもしれませんが、大胆に山本太郎さんを連れてこないのか?

大江さんは最初の話でも、また記者からの「なぜデモが投票につながらなかったのか?」という質問に対しても、小選挙区制の問題点、得票率と当選者数の大幅なズレ、投票率に低さなどばかりに終始します。小選挙区で統一候補を立てる運動ができなかったこと、若者を投票へ引っ張る魅力がなかったことの反省はありません。どこに投票したらいいのか解らないと質問され答えられなかった事を落合さんは語ります。その反省から、参院選にむけて具体的な方法を模索中という、僅かな希望が微笑みとともに語られなければ、何とも暗いままで終っていたでしょう。私はその僅かな可能性は、参院選比例区で「非拘束名簿方式」による野党・市民運動を横断する緩い結集ではないかと思っていますが、またの機会に書きます。

鎌田さんと大江さんは、「反原発」の選挙だったはずが対外緊張や経済問題にすり替えられたという受け取り方をしています。デモや官邸前にあれほどにひとが集まったのに選挙で負けたのは、争点がすり替えられたことと小選挙区制のゆがみが原因とみています。澤地さんと落合さんは、国民がどんな意識や気持ちでいるか、そこに潜む危険性を原発とシンクロする問題として憲法、経済、たぶん税金や福祉など、総合的な視野で捉え、応えようともがいています。

立花隆氏に対して澤地さんが批判しながら、立花隆に代表されるような原発推進論に自分たちの表現力がいかに弱いか、悔しさを込めて語っています。正しい事を語ればいいのではない。どうやって人々に届けるのか、行動につなげるのか、立花隆は田中角栄問題以来、当然その背景にどんな力が働いているのか、政治という土俵で闘うのであれば推察できなければなりません。そのネットワークは政界、官界、マスコミ、学界・・・さらには市民運動や政党の中にも、広く張り巡らされています。だからこそそれを突破し、主権者一人一人に届く、洗練された明確な言葉で、現状の解析と今後の方針を語らなければならないでしょう。記者達のカメラの向こう側にいる、賛同者ではなくこれから一緒に闘ってほしい未知に人達の存在を意識していたでしょうか?

4人の記者会見論調に見られる問題点を考えてみました。

by maystorm-j | 2013-01-12 08:14 | 社会
2013年 01月 05日
選挙の敗北を考える  その5 未来の党と反原発の二つの流れ
前回の記述「その4 未来の党にはリアリティーが欠如」では、東日本と西日本の原発問題に対する視点が違い、嘉田滋賀県知事が代表して出された政策要綱「琵琶湖宣言」には福島も東北も出てこないし、放射能汚染の健康被害や農業被害についての視点もないことを考えてみました。党がにわか作りで、党員がいるわけではなく、充分な内部議論をする時間的・組織的状況になかった事は仕方ないでしょう。嘉田さんを担ぎ出した結党のフィクサーと思われる立場の飯田哲也氏は長年の反原発のキャリアがあり、一部ではカリスマ的な人気もありましたので、飯田さんの「反原発」について少し見ておきたいと思います。

反原発の運動には、いくつもの流れがあるように感じます。一つは、福島の事故を契機に原発の危険に反対し、原発を止めようとする運動。分けてみるべきかもしれませんが、その原発の危険の中身として、具体的に放射能の健康被害や農業被害などを中心に考えてきた運動が含まれます。事故そのものの、今も続く危険や再発の可能性、事故の責任などを中心に据えてきた運動もあります。この二つの流れは、前者が子育て世代、後者が自責感の強いシニア世代という、多少の差はありますが、瓦礫問題や地域の汚染問題など具体的課題では比較的スムーズに融合していて、会話も保たれていたように思います。

もう一つの流れとして、反原発をエネルギー問題という視点から見る運動があります。原発に替わるものとしての自然エネルギーを推進することに重きを置いた運動です。こちらの方も、エコロジー運動とその周辺にスピリチュアルな運動や有機農業運動、資源節約運動など幅広い活動と歴史があります。

この二つの流れはもちろん明確に分けられるものではありませんし、鎌仲映画の上映や地域のデモでは合流するのですが、微妙な感覚のズレを感じます。エコロジー運動は生活様式を変えようという未来志向なのにたいし、前者は現在進行形の危険に視点をおいていて、どちらかというと前者が政治嫌い、後者が政治に積極的という面があります。

飯田さんの他にも、田中優さんや緑の党(みどりの風ではなく)、田中優子氏や池田香代子氏などの周辺文化人も前者の側で、嘉田由紀子さんの経歴からすると代表に担がれたのは納得がいきます。鎌仲さんの意識の基調もこちら側でしょう。政治嫌いで、ものごとの政治的背景を探る視点がないため、騙されやすい人達である事は、たぶん以前にも書いたと思います。ガイアシンフォニーやアムウェイなど、巧妙な似非エコロジー策動にコロッと騙されたままの人も多いようです。

以前、地元で鎌仲映画の上映会があり、鎌仲監督が賞賛した本「スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか」をたまたま持ってきていて、会の終了後その本を読みたいという若い人にまわす時「対策の考え方は参考になるが、基準の数値はとてもあまい」と注意して渡しました。スエーデンの公的機関がまとめた本で、私の認識も甘かったのですが、ノルウェーとスエーデンの原発に対する国民意識の差も気づいていませんでした。

エコロジー派は、自分の理念に都合の良い事象を選択的に取り上げます(と言うと、政治的反原発派は危険ばかり誇張すると言われます)。より良い生き方を求めて都合の良いものごとを暮らしに取り入れるのは結構な事ですが、差し迫った危険や政治的動向には対処できません。その辺りが、琵琶湖宣言のリアリティー欠如、西と東の温度差と感じられた根底にあるのでしょう。小沢氏に率いられた政治的実効性や実利を重んじる集団や亀井・山田氏のように具体的な政治課題で動こうとした議員達と、国会以外で活動してきた嘉田・飯田両氏とのかみ合わせの悪さになったものと思います。

飯田哲也氏に対しては、以前から肌が合わないと私は言ってきました。もちろん、選挙期間中は利敵行為になるのでエコロジー派に対する疑問は封印しました。選挙が終わって、これほどの敗北の原因を考えるには、そこは避けて通れません。

最後に、飯田哲也氏とスエーデンの反原発について、ひじょうに具体的、明解に解説したあるブログの記事を紹介します。エコロジー派からの批判で、すこし長いものですが解りやすく参考になると思います。

ブログの名前は  「農と島のありんくりん
  ありんくりんは沖縄語であれこれ。農業の話、村の話、そして沖縄の話を織りまぜて。」
 記事は 「未来の党」飯田哲也氏が見なかったスウェーデン1980年代以後の民意の変化http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-6d50.html
なお、このブログの他の記事について私はかなり考えが異なり、エコロジー派の政治的視野の狭さを感じますが、筋道だった論述ですので読む価値はあります。

by maystorm-j | 2013-01-05 07:16 | 社会
2013年 01月 02日
山も動く・・・いわんや人間は   1月2日 2013年
d0164519_713827.jpg


元旦の記事に掲載した初日の出の入山峠の帰り道、軽井沢町発地で浅間山を撮影。太陽の位置が低いので斜面の凹凸が見えますが、まだ浸食が進んでいない新しい火山らしいおだやかな曲線が特徴です。前掲の日の出の下に連なる山は妙義連山ですが、こちらは年月を経てむき出しになった火山性の岩峰群が垂直に立っている様子が見えると思います。大地震のような特別な時に思い出すのではなく、悠久の大地でさえ日々刻々動き続けているということを実感します。

引きこもり型の生き方をしてきましたが、私にとってはものの見方を揺るがすような近年の二つの出来事が、9.11と3.11です。9.11では、近代技術の象徴のような高層ビルも、軍事力の象徴のような米国防総省も、鉄壁であるはずのワシントンやニューヨークの防空態勢も、何らかの人間の意思の前では脆くも崩れるという事実を突きつけられました。その人間は誰だったのか、意思がどんなものだったのかは、いまだに解明されていません。動かざること山のごとしと言いますが、3.11とその後の社会では永久不動のものなど存在しないことを、誰もが見たのではないでしょうか。

以前、社会党が躍進した時に土井たか子委員長は「山が動いた」と表現しました。しかし、ほんものの山は動く。山でさえ動くなら、いわんや人間は・・・ブレない事を自慢する政党や政治家もいますね。数年前の自分の言動とのズレさえ認識できない程に鈍感なのでしょう。ちっぽけな人間なら、ここは見続け考え続け動き続けると定めて、もう腹の底までさらけ出す時じゃないでしょうか。

一年中ほとんど休日もなく仕事をしていますので、どうも不慣れな正月休み。埒もないことを書きました。次回以降はまた、元のペースに戻ります。

by maystorm-j | 2013-01-02 07:14 | 自然
2013年 01月 01日
入山峠で見る2013年の夜明け。
d0164519_1940271.jpg


軽井沢は周囲を山に囲まれていますが、千曲川が下って行く南や西側の方が標高が低くなっていきます。東側は群馬県境。峠を越えると関東平野へと続く妙義連山。軽井沢の中心部から県境までの標高差は、北から碓氷峠、旧18号の碓氷峠、18号バイパスの入山峠、上信自動車道へ下る取り付け道路の軽井沢峠、和美峠などいくつものルートが有史以前から最近のものまで開かれています。

いずれにしても、日の出の方向に県境の尾根が連なるため、軽井沢の盆地で見る日の出は水平方向よりも見上げる角度になり、時間的にも遅く空は明るくなってから太陽が昇ってきます。普段は気にもとめない事ですが、初日の出となると何か物足りない気がして、峠まで上がって見るのが毎年の習慣になっています。

今回は入山峠。東の群馬県の平地に下ると600m以上の標高差がありますので、いくぶん見下ろす角度で日の出を見る事ができます。その分、僅かですが関東平野の人よりも早く日の出が見られるのかもしれません。時間が早いだけに、空はまだ暗く、刻々色が変わって行くのが楽しめます。

入山峠には祭祀遺跡があり、有史以前から交通の要衝であった事が解ります。古くは、和田峠で産出する黒耀石の交易ルートだったのかもしれません。奈良や京都などに朝廷が成立してからは、官道として整備されたのでしょう。軽井沢側には馬を生産する長倉の牧をひかえた長倉の駅がおかれ、中山道の時代になっても、そのルートは利用されていたようです。群馬県側の集落とも近く、北の碓氷峠が幕府や明治政府の官道として通行人を監視下においていたのに較べると、南側の入山峠や和美峠などは民衆のルートとして使われていたのでしょう。

by maystorm-j | 2013-01-01 19:42 | 自然