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2012年 10月 30日
福島原発告訴 陳述書
原発告訴団、明日31日着で締切。今日中に宅配便で送れれば、間に合います。
福島原発告訴団・甲信越 http://genpatsukokusodan-kohshinetsu.blogspot.jp/

告訴書類には弁護士への委任状のほかに、書ける人は陳述書を添えて出します。
恥ずかしながら、私が書いた陳述を転載します。

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30年以上住んでまいりました現住所と同町内の仕事場で、2011年3月11日の震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故をむかえました。津波の大きな被害に続いて、原子力発電所の全電源喪失が報じられ、その後水素爆発が連続しました。しかし、その間に政府がマスメディアを通じて国民に伝えた事は、放射能の被曝から逃れる有効な避難ではなく、「ただちに健康に影響はありません」という偽りの安全情報でした。放射能の危険性や拡散について3月15日以降、私はインターネットブログなどで伝えてまいりましたが、政府は依然として危険を過小評価した報道を続け、東京電力は情報を隠し続けました。

3月15日には福島第一原発からの風にのって大量の放射性物質が南下し、私の住む軽井沢にも夕刻には到達していたものと思われます。当時の記録を見ますと、気候は小雨で飛来した放射性物質の一部は雨で降下し、土壌や森林、家屋を汚染しました。その情報も当時は伝えられず、放射線の線量測定も県庁所在地の長野市での測定結果しかなく、群馬県境を越えて飛来した軽井沢や佐久地方東部の高い線量は広報されませんでした。その中、多くの住民が震災後の物資供給の不安から、学校が休みの時期という事もあって、子どもを連れて買い物に走り回っていました。15日以降も事故原発からは大量の放射性物質放出があり、降下・浮遊する放射性物質をかなり吸入し、内部被曝したものと考えられます。

政府は多額の予算を使って作り上げたSPEEDI により、放射能の拡散状況を予測できていたのですが、計測数値が足りないという理由で公表しませんでした。しかし、SPEEDI の担当者達は爆発直後からかなり正確な予想図を作成しており、それを避難や防護に生かせれば、住民の被曝量を相当低減できたはずです。政府の対応は明らかに不要な被曝を被らせ、防げたはずの将来にわたる健康被害をもたらす行為と言えます。

軽井沢では、飛来・降下した放射性物質により土壌が汚染され、昨年秋から野生のキノコで濃縮汚染が見られ、食用とする事が出来なくなりました。土壌や植物の汚染はその後も風で放射性物質が飛散する状態をもたらし、呼吸器を通じて吸引し内部被曝の原因になりました。当地は内陸の寒冷地であるため、冬期の積雪は少なく、乾燥した季節風で土壌表面や落葉から放射性物質が飛散します。また梅雨期や台風、融雪など水の移動にともない地表に移動し、雨水の落ちる場所などに小さなホットスポットを形成し、周辺より一桁高い汚染をもたらしました。現在もその状態は自然環境のみならず生活空間の中に存続しています。本年(2012年)にはいっても、低湿地に生えるコゴミなどの山菜を食べる楽しみを奪われ、この秋も基準値をこえたためキノコ狩りができませんでした。

植物や菌類の汚染は、それを食べるミミズなどの土壌動物や小型野生動物で濃縮され、大形動物ではさらに濃縮されます。すでに野生シカの汚染が確認され、出荷が禁止されていますが、シカよりさらに食物連鎖では高次にいるイノシシはシカより一桁高い汚染となります。植物の葉を主食とするシカに較べると、イノシシが多食するミミズ、キノコ、腐葉土はすでに汚染が濃縮されているからです。

森林に接して暮らしている私たちは、近年イノシシ・シカの被害に苦しめられ、その繁殖を抑えるために計画的に個体数管理に取り組んでまいりました。捕獲は通常、狩猟と有害駆除の二本立てで行われますが、猟友会の高齢化などの困難な状況の中で、しとめたイノシシやシカを解体して食用に供する事は捕獲意欲を高める大きな楽しみでした。命を奪うという行為に対し、いただいた命を無駄なく利用する事は、狩猟者にとって精神的にも重要です。それが放射能汚染によって食べられなくなり、自分だけでなく家族・近所・狩猟仲間に分ける事ができなくなりました。

狩猟者の捕獲意欲が低下する事は、野生動物被害対策に困難をもたらします。被害金額が増えることにつながると同時に、捕獲報奨金を増額することやコストが高い上に増殖が防げない電気柵など他の対策に費用がかかります。農業以外の被害、例えば亜高山帯の植生破壊や人里での人身被害、交通事故など、個体数調整以外によ
る対策が困難な被害も増える事になります。

茸採り、山菜採りなどの楽しみを奪われると同時に、野生動物被害が増加する事は、山間部や森林地帯で暮らす私たち、特に高齢者の生活を直接破壊するものであり、同時に放射能のために子どもや孫が安心して里帰りできなくなったことで、自立して行きていく精神力をも奪う事になります。汚染された地域に住む事の健康不安は、年輩者以上に若い家庭を直撃し、地域からの脱出移住や都会からのUターンをためらわせる事につながり、地域社会が崩壊していきます。

(一部略)・・・・・子どもにとってはふるさとであり、孫にとっては豊かな自然に接することができる軽井沢で、ゆっくり保養させる事ができなくなりました。高齢者よりはるかに放射能に対する感受性が強い(・・幼児・・)にとって、当地は決して安心して長期滞在できる環境ではなくなりました。

このような生活破壊をもたらした原発事故が、国会事故調査委員会の報告でも明らかなように、防ぎ得なかった事故とは言えないものであり、事故後の対応でも東京電力、政府、関係者の多くが、国民の被曝を防ぐために十分な措置をとったとはとても言えません。今、ここでそれら関係者達の責任を法的に明らかにする事が必要です。上記のとおり私の生活と周辺の地域社会において、現在すでに起きている被害の責任追及について、残念ながら警察による捜査さえ行われていません。関係者達の行為を捜査し、責任を明らかにしたうえで、法的な処罰を求め、告訴するものであります。
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by maystorm-j | 2012-10-30 07:23 | 社会 | Comments(0)
2012年 10月 28日
福島原発告訴/名もなき草の根の運動を越える
福島原発事故の責任を追及する全国からの集団告訴を目指す告訴団参加締切が、今月末必着とせまっています。第一陣は福島県内で告訴団が組まれ、1300人ほどが参加しています。今回は全国から1万人を目標に取り組まれています。募集期間が短ったこともあり、目標人数に達せず、月末までの半月延長になりました。まだ、間に合います。

原発に反対する人々で、この半年のあいだ実際に抗議行動や集会・学習会に参加した人だけでも、たぶん全国で50万人ほどはいるでしょう。原発に対する賛否とは別に、放射能を環境に放出した公害事件という側面からみても、その加害企業や監督官庁の法的な責任が問われていない現状は、法治国家としては認められないと考える人も多いはずです。にもかかわらず、このような意識を持っているはずの人の100人に1人ぐらいしか、実際に法的責任を問う行動に参加しないとう問題を考えてみたいと思います。1000万人署名運動が取り組まれる一方で、1万人の告訴人募集に苦労するのはなぜでしょうか。

司法の場で運動することの効果に疑問を感じている人もいるでしょう。確かに、冤罪事件、国策捜査、官に甘く民に厳しい司法の現状を見る限り、司法の場で闘う事に絶望的になるかもしれません。多くの社会問題を司法の場だけで闘かって破れた例は数えきれません。反原発訴訟が連敗に連敗を重ねてきた事はよく知られています。司法関係者、特に裁判官は「世間知らず」と言われる事をとても気にしているようです。裁判員制度は、そのコンプレックスの産物とも言えます。司法での闘いの背後に広範な市民運動がなければ、司法での勝利はないでしょう。

司法の場は法律の専門家でないかぎり、どう闘えばいいのか判りにくいという事もあります。福島地方検察庁に告訴するわけですから、遠方から簡単に行けるわけではなく、実際の活動の多くは弁護士に委任することになります。では、私たち個人が告訴人として参加する意味はなんでしょうか。被告訴人として、東京電力役員の他、関係官庁やそこの御用学者達、福島県立医大の御用医師達、合計33人を告訴します。一人二人の個人的責任を取り上げるだけではなく、原発事故を起こし、放射能汚染を拡げた仕組み全体を対象に構造的に責任を問います。その過程で、自分自身を含む主権者としての国民の選択が、どこでどのように間違えたのかも問い返すことになります。

告訴人になることと、集会やデモで原発反対の声を上げることとの間には、ハードルがあります。一国民として公的に名前を出す事になります。自立した一人の主権者として立ち上がることになります。日本の社会運動が、過去ずっと自立した市民の運動になりきれていない歴史があります。日本人の心の中には、「名もなく、貧しく、美しく」を賛美する気持ちが連綿と続いてきました。自分の事を考えると、「貧しく」は当たり、「美しく」ははずれ。名前は記憶にある限り2週間ほど番号でよばれた経験以外は記憶にありません。韓国朝鮮で、日本によって名前を奪われた人々は嫌だっただろうなという想像はできます。

社会運動に参加する人々が今も、「名もない草の根」の活動という立ち位置で発言するのが見られます。自己の名で自己の考えを述べるより、お気に入りの学者や評論家、活動家の言葉を借りて表現することが多く、講演会や上映会の方が仲間同士の学習会や討論会より盛んに開催されています。金曜日の官邸前抗議行動は、名もない草の根の人々が、統一されたワンフレーズに集約された大集合に見えます。参加者一人一人の顔が映るネット動画は、同じ意識を持つ人しか見ません。テレビに映る事はないので、帰ってからお隣に「あなたが映っていたよ」と言われる事はありません。

一方で、原発事故で家や仕事を失ったり、放射能の被害に遭う事は、一人一人きわめて具体的な問題です。被害は具体的で、被害者には一人一人の名前があります。被害者として告訴する行為は、自分の名前において加害者と向き合う事です。このハードルを越えることが、自立した主権者として社会と関わることにつながると思います。今後、子ども達に健康被害がでるかもしれません。その子ども達には、ひとりひとり名前があります。
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by maystorm-j | 2012-10-28 09:07 | 社会 | Comments(0)
2012年 10月 01日
真夏の夜の夢・・・官邸前 /Twitterを読み返して
昨日のブログでは、2ヶ月前にTwitter で書いたことについてのコメントを載せようとしましたが、字数制限をオーバーしたようであきらめました。

7月の下旬は、原子力規制委員会の人事案が明らかになり、その構成員にいわゆる原子力ムラの住民が過半数をしめる事への反発が強まり、「再稼働反対」のワンフレーズに執着していた金曜日官邸前でも、「人事案反対」が叫ばれるようになります。規制庁・規制委員会の設立自体が、原発の存続を前提に、いかにして危険を回避し安全に運転するかというためのシステムです。それゆえ、問題は5人の委員の人選にあるのではなく、委員会・規制庁の存在そのものに反対です。たとえ何人かの良心的学者を委員に入れたとしても、経産省などで推進してきた役人が構成する規制庁が事務局である以上、委員会から原発の全面的撤退が出される可能性はありません。

金曜日官邸前行動を主宰する反原連の一部に対する疑念を以前から書いてきました。もともとは、NO NUKES MORE HEARTS を主宰すると言うミサオ・レッドウルフ氏の運動に対し、昨年春以来感じてきたことにあります。早川由起夫氏とのTwitter でのやりとりで少し触れましたが、この運動(家)の臍の緒が見えないのです。市民運動(家)は通常、過去に対する反省や検証、そこから来る思い、何を目標に、何を獲得したいのか・・・いろいろな出自や参加者の実体が見えて来るものです。しかし、この運動(家)からは、方法論しか見えてきません。表現方法に共鳴するもののイベントに思われます。その表現が一見革新的に感じられるのですが、怒りのドラムや強烈なサウンドや踊りにエネルギーを発散しながら、そこに真摯に語られるものや目指すものが空虚な事に気づきます。端的に言うなら、典型的なガス抜き運動です。

NO NUKES・・の運動スケジュールを見ると、他の市民運動の日程にぶつけて他で行ったり、一週間ずらして行動してきた事が判ります。若い人達が年輩者の多い市民運動や既成の組織が参加する運動に行かないようなスケジュールを組んできた事に気づきます。単にスケジュールが合わなかっただけかなとも思っていましたが、反原連になってからその意図する所が明確になります。シングル・イッシューで集約すると言う方針を掲げ、シュプレヒコールの内容やビラ巻きや旗を規制し、左翼の排除、多様な市民運動は他へ行けと、運動の独占を標榜していきます。「ここまでもってきた」人数だけを誇り、人間・大衆を操作するという意識が明らかになっていきます。

実際主催者がどうあれ集まってきた人々のほとんどは純粋に原発に反対しているので、IWJをはじめ、ネット動画は集まった人の熱気に押され、映像からは反原連の裏の顔が明確になる事はありません。しかし8月末頃から、ネットでは次第に反原連の本質に気づき異論が出始めるのですが、金曜日の行動に参加ないし共鳴して来た多くの人にはまだまだ見えていないようです。結果論ですが、運動を検証するための一つの視点として、運動が何を獲得したのか考えてみるといいでしょう。毎週毎週集まって、最大では自称20万人と言う運動の結果、何が獲得されたのでしょうか。運動の成果のごとくに宣伝された首相会見で何が変わったのでしょうか。結果を見れば壮大なゼロだったと言わねばなりません。

一生懸命に闘ったのに結果はゼロだったという事は残念ながら多くありますが、その事に対して何も検証・反省がないのであれば、その先はありません。ただ脱力感・無力感が残るだけです。見事なまでにガスを抜かれた状態が残ります。主催者の一部は、イラク戦争反対運動の頃から、そして何年か前に唐突に原発反対運動に転じた時から、すでにその意図をもって運動イベントを繰り返していたのではないかと考えています。

長続きさせるためという理由で、警察に協調し、自由な表現を封じてきた反原連の方法が、今多方面でほころびを見せ、人が離れていっている現状です。金曜日行動を賛美してきた人々はその行動を検証・総括をする時でしょう。自分の動機だけではなく、経過と結果を自分の目で確かめ考える時です。野田政権も自民党も官僚や背後のアメリカも、市民運動が政治構造に向わずに、矮小化され、沈滞していくのを確認しながら、極右に急旋回しています。真夏の夜の夢から早く醒めて、地に足の着いた運動を再構築していかなければならないときです。

Twitter では、ふるさとについて触れました。ふるさとのある人もふるさとを持たない人も、本来あるべき暮らし方に何らかのイメージがありそうです。時間を戻す事はできませんし、過去のいつ頃がいいとも言えません。現状のこれは違う、おかしいという事はいろいろあります。違うと感じる事がどんどん増えていくのは、年をとったせいか、世の中がおかしくなっているせいか。年のせいだといいんですが・・・。
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by maystorm-j | 2012-10-01 07:00 | 社会 | Comments(0)