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2012年 02月 26日
Twitter M.J. から  2月11日〜20日  2012年 
Twitter MaystormJournal 2月11日〜20日 まとめ

2月11日
ブログMaystorm Journal更新「瓦礫の焼却と焼却灰の管理について/Twitter 1月21日〜31日まとめ」http://maystormj.exblog.jp/15411872/ 焼却により放射能汚染物の体積は減り、濃度は高くなる。焼却灰は東電と政府が集中管理しなければ、危険な焼却する意味がない。

2月12日
昨11日、佐久市で武藤類子さんの話。動画をいくつも見たが、生で初めて聞く。養護学校教員を辞めて、自然とともに生きる暮らしの十数年を大切に振り返る言葉。しかし原発事故でそれを失った無念さは、むしろさらっと語る。森住卓さんの写真がそえられた著「福島からあなたへ」東北の鬼の静かな怒り。

会場に来れなかった人には、OurPlanet-TVhttp://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1305がお薦め。インタビューだが佐久でのお話に近い内容。武藤さんが自然との暮らしを始めた頃、私は逆にその生き方を諦めた。この5年余、野生動物管理に関わった。

人間と野生。畏怖すべき圧倒的強さを野生に願いながら、人の手で管理せざるを得ない現状。人の消えたチェルノブイリ周辺では、大型野生動物の世界が復活しているという。福島ではそれすらも許されないのかもしれない。ミミズが汚染され、イノシシで濃縮が進む一方、除染のため山の樹木全て伐採の話も。

2月13日
昨12日は長野市で信州沖縄塾主催「地方メディアは『沖縄』をどのように伝えて来たか?」パネリストは信濃毎日新聞:中馬清福、高知新聞:中平雅彦、琉球朝日放送:具志堅勝也。中央のマスメディアとは違う真摯な姿勢が紹介される。しかし、地方メディアを受信していない私には実体の判断は出来ない。

地方であってもマスメディアでは主要紙面での中立的報道が求められる。主張を前面に出すのは、コラム記事か社説だが、どれほど読まれるか?地域外の問題を取り上げるルポ記事は困難。地域外の情報は共同通信等の配信に頼る。玉石混淆だが、ネットの報道が先行している現状への、プロからの反省がない。

以前はもっと記者が地域に足を運んで話し込んでいた。ネットに溢れる情報や意見に記者やデスクが目を通したり、裏付けなしに報道することは困難だろう。各地域や分野に鋭い知見を持つ市民記者のネットワークを養成出来ないのか。マスメディアが発信者、市民は受信者という構図はとっくに崩れている。

メディアが描く沖縄とヤマトの関係は、薩摩藩の侵略、明治新政府の琉球処分、敗戦直前の沖縄激戦からいきなり現在の米軍基地問題に飛ぶ。敗戦直後から講和条約までの、昭和天皇の対マッカーサー・対米政府言動について、この数年資料の発掘が進み解析されている。今も天皇に論及する事はタブーなのか?

2月14日
ブログ更新「健全で快適な・・・」は誰のものか? Twitter Maystorm Journalまとめhttp://maystormj.exblog.jp/15428573/ 健全で快適な公園から人間が排除され、福島では健全で快適の逆の暮らしが強要される。過去マイノリティーがおかれた状況が、今は無限に拡大する。

勉強会やります!2月23日(木曜日)10時から12時です。託児もありますのでぜひご参加ください。子どもの事。家族の事。食べ物のこと。たくさんの不安なこと。みなで分かちあいましょうhttp://teotsunagou39.blog.fc2.com/blog-entry-75.html

2月16日
市民と行政による食品の放射能汚染測定が進むが、その多くは消費現場「出口調査」。子どもの安全を守るための緊急避難であるが、生産現場・流通の入口で測定が望ましい。流通や加工の過程で混合・希釈される前に選別するべきは、震災瓦礫の処理と同じ。生産者が汚染濃度を知る事は、農業計画に不可欠。

農産物の汚染度を表示しない限り、消費者はリスクを避けるため、西日本の産品や輸入品に向うだろう。産直型大量仕入れの大規模店なら、市販段階で測定表示が可能だが、零細小売店はますます崩壊。「地産地消」が汚染生産物消費の強要につながってしまう現状。生産・流通・消費の根源的な検証と議論を。

経済学に弱い私には理解不能/財界と経済評論が前から言っていた中国のバブル崩壊はいつ起きる?中国の軍事力を怖れながらなぜ中国に資本投下する?中国の都市・地方格差が暴動につながると予想しながらなぜ安い出稼ぎ労働力をあてにして工場進出する?石油が欲しいのになぜイランの石油を中国に譲る?

2月17日
核実験による汚染がひどかった60年代に子どもだったが今も元気、と放射能の影響を小さく見せたい行政の常套句。瓦礫受け入れの住民説明会でも品川区から発言。60年代の食品汚染は今起きている汚染の百〜千分の一。若くしてガンや白血病、心臓病で逝った知人達と放射能の因果関係の有無は判らない。

放射能で損傷されたDNAが修復されるか、個人差、年齢差、偶然の要素が大きいだろう。たまたま自分が現在健康だとしても、明日は判らないし、自分の子もそうだと言えるのか。千人に一人の不運を軽く見る行政が、ジャンボ宝くじで千万人に一人の幸運を宣伝し金儲け。5億円の幸運より一人の命が重い。

海のない長野県では魚の汚染に危機意識が薄い。日本海側から来るものは比較的安全だろうが、太平洋側の魚の表示多くは水揚げ地、漁場は特定が不可能。大型船は高く売れる港で水揚げ。淡水魚は海水魚より放射能を体内に貯める可能性。佐久地方は鯉、鮒、泥鰌、ワカサギ、ニジマス、ハヤ・・よく食べる。

2月18日
ブログMaystorm Journal更新「一体感と同調主義、身近でやれる事の危うさ」http://maystormj.exblog.jp/15448798/「武藤類子さんのお話」の集いで感じた事。一方通行ではない静かな回路が生きていること、限られた時間をすべて、遠来の一人の客人に託すことも考えてほしかった。

2月19日
40年近く前、新聞に連載された有吉佐和子の小説「複合汚染」。各地で公害が問題になっていた時代。「複数の汚染物質が混合することで、個々の汚染物質が単独の場合に与える被害の質、量の総和を超える相乗的な汚染結果があらわれる/Wikipedia」科学者ではない著者に対し,学界から批判〜続

「複合汚染」は有害物質による体力・免疫力低下、遺伝子損傷の修復力低下・・から当然の発想。今は多種の薬を服用する場合も注意する。低線量被曝の影響はタバコより軽いから安全と言う学者は、複合汚染をどう考えるのか。子どもにタバコを吸わせ続け、さらに放射能被曝させる状態を想定した発言か?

節電のためにオフィスや学校の照明を蛍光灯の替える運動がある。蛍光灯の電磁波が起こす健康被害は以前から問題視。電磁波は敏感な人の急性症状だけでなく、腫瘍や白血病などの晩発性症状も指摘されているが、蛍光灯運動では急性症状しか考慮されていない。学校の蛍光灯や勉強机の照明は要注意。

高圧線の電磁波は有害という事は、政府の妨害にもかかわらず、一般に認識されている。IHや携帯電話、蛍光灯・・子どもに対する影響は放射能被曝と同じ仕組み。複合効果の危険性も。自然にある紫外線の影響を認める学者が、人為的に発生する電磁波や放射線を軽視するのは、産業界や政府との関係から。

2月23日木曜日10時から12時まで信大元講師で環境問題に詳しい関口鉄夫先生をお呼びして勉強会を開催します。具体的なデータに基づき今家族を守るために何ができるかともに考えましょうhttp://teotsunagou39.blog.fc2.com/blog-entry-75.html託児もあります。お気軽にご参加を!

2月20日
親子の会話「みんなが持っているXX買って」みんなって誰?「AとBとCさん」社会が小さい子供は、3人でもみんな。隣近所と職場、マスコミが描く社会が全てだと、異質な立場や意見が見えにくい。1928年の今日第1回普通選挙。「普通」に女性は含まれず。普通・みんな・一般の範囲を見落とすな。

出る杭は打たれる。周囲への同調圧力が強い日本の社会。福島では、「みんなで浴びれば恐くない」という悲しい諦め。どうにもならないから考える事を止めたという心境は、東電と国の対応を許して来た我々の責任が大。IWJ「百人百話」を聞きながら、「出過ぎた杭は打ちにくい」を願い、言葉を受取る。

by maystorm-j | 2012-02-26 07:42 | Twitter M.Journal
2012年 02月 21日
再度、瓦礫の焼却と焼却灰の管理について  2012年2月21日
震災瓦礫を全国各地で焼却し、その灰を各地に埋め立てるという国からの要請を受けて、自治体の動きが活発になっています。その問題点は、自治体が開いている住民説明会で、住民側からいろいろ提出されていて、私が住む長野県佐久地方では、焼却灰の受け入れを民間業者が行っている問題についての説明会があり、参加しました。他にも各地の説明会映像をいくつか見ました。

最初に説明会そのものの問題点を考えます。ほとんどの場合、住民からは受け入れの反対意見が多いのですが、被災地支援のためには受け入れもやむを得ないという意見も少数出されます。両者の意見に対し、自治体側の解答が、どの映像でも、言葉遣いにいたるまできわめて類似していることに気付きます。自治体担当者の多くは、前例のないこのような問題について、自ら勉強し役所の中で充分な検討を経ているというより、国から受けたレクチャーをそのまま機械的に反復しているような印象があリます。

当然ですが反対側はひじょうに勉強して来ていますし、賛成する人は心情を訴えるのに対し、自治体担当者は住民を納得させる論理もありませんし、共感させる理念も感じられません。女川で録画された現地の事情を訴える映像だけに頼っていて、放射能汚染に対する自らの危機感も責任感も見られません。汚染物の処理が自治体にとって、国の支援要請と補助金という構図の中でしか捉えられていません。関東圏では受け入れる瓦礫以上に、地元の土壌、樹木・落葉、農産物が汚染されているところもあり、安全にその処理が出来るかという問題があるにもかかわらず、受け入れる瓦礫は汚染度が低い、焼却灰の汚染度は国の基準以下に抑える、ということしか言いません。

住民説明会というスタンス自体に無理があり、意見交換会、ともに考えるという意識が自治体と住民双方に必要と思われます。多くの説明会では、前段に講演や自治体側の説明が長々とあり、「質問と解答」という構図に押し込められた意見交換は、どこでも時間切れで不十分なまま終了します。問題の性質上、何年もだらだら協議するわけにもいきませんが、2ヶ月ぐらい週1〜2回の集中した話し合いを設けて住民の合意に向う事が望ましいと考えます。

自治体の説明で安全の根拠とされているのは、東北で行われた焼却実験ですが、現在は細野環境大臣の地元島田市をはじめいくつかのの自治体で試験焼却が始まっています。各自治体の持つ焼却施設は種類も構造も様々ですし、焼却温度によっても結果は違う可能性がありますので、試験が必要な事は確かです。しかし、私にはここで解らないことに、現在受け入れを検討している関東圏の自治体の多くは、これまで地元で確認された汚染樹木・落葉、農産物などをどのように処理して来たのか、という問題があります。出荷停止にした汚染堆肥はどこに行ったのでしょうか。

佐久市の民間処分場には関東圏の多数の自治体から、汚染された焼却灰が持ち込まれています。それを見る限り、各地で既に汚染されものが「ゴミ」として焼却されている事は明らかです。国の基準値以下だから焼却し、基準値以下だから灰を移動させているわけです。あるいは、基準値以下に収まるように汚染されていないゴミ、灰と混合しているのかもしれません。各自治体と住民は、瓦礫受けれ以前に、汚染物をどう処理するべきかという問題を、地元にある汚染物を含めて根本的に考える必要がありそうです。

私は、汚染された農水産物は東電に引き取らせて補償させるのが筋だと思いますが、それにしても落葉や堆肥、下水汚泥などまで引き取らせるのは現実的ではないように感じます。一般ゴミとして自治体に持ち込まれるものを、汚染度によって分別する事は困難です。瓦礫処理以前に、地元にある汚染ゴミの焼却試験で、バグフィルターの性能、焼却温度、飛灰・残灰の濃度などを検証することではないでしょうか。

残った焼却灰は当然、元のゴミに較べると体積は10〜数10分の1に、放射能濃度は10〜数10倍に濃縮されるわけですが、その灰は東電と政府が集中管理すべきと考えます。ある基準値以下なら、どこに埋め立てても安全という事はありえません。土をかぶせればたとえセシウムが漏出しても土が吸着するから安全、と自治体は言いますが、誰もテストした事がないご都合主義的想像にすぎません。かぶせた土が、津波や洪水でもっていかれて、その下の汚染灰が広範に散らばることも考えられます。セシウムより半減期がはるかに長い他の放射性物質はほとんど測定が行われていませんので、埋め立ての安全性は、構造的にも管理システムの点からも、長期的に保証されていません。

基準値以下におさめるために混合する事は、長期に管理すべき汚染灰の量を増やすだけです。せっかく焼却により体積を減らすのですから、それを固形化など安定した状態にして集中管理すべきでしょう。汚染者の責任として、東電が引き取り管理すべきで、東電が今後国有化の方向にいくなら国が管理すべきものです。国は最近、焼却作業の受け入れ先と、焼却灰の受け入れ先を分離する可能性を言い出していますが、東電を国有化した場合を考えて、焼却灰を抱えた状態の東電を引き受けたくないのが本心ではないかと疑います。

さらに、瓦礫の出どころとしては岩手県と宮城県に限られていて、一番汚染されている福島県が含まれません。いまのところ、福島県は国が直接処理すると言っているようですが、昨年末から今年にかけて、各地で放射性物質の飛散・降下量が増えた事が見られたように、福島県内の瓦礫や山林の汚染を放置する事は出来ません。一番重要なところが抜けたまま、莫大な処理費用というばらまきを先行しているように見えます。福島は地元で処理場を建設して処理するという事であるなら、そこで生じる高濃度の焼却灰の管理方針を明らかにする必要があります。福島でいたるところに埋め立てるというのでしょうか。あるいは全国各地で引き受けろというのでしょうか?

国のやりようには、どこかもう福島の安全を放棄している印象があります。しかし、全国各地の安全は福島の安全と切り離せない問題である事を、放射能汚染物の処理問題からも私たち住民は見て取る事が重要です。自治体側は国の要請を反復・説明するだけでなく、住民と時間をかけて話し合う事を求めます。

by maystorm-j | 2012-02-21 08:58 | 社会
2012年 02月 18日
一体感と同調主義、身近でやれる事の危うさ  2012年2月18日
中学校の一年生のころでしたが、同級生に父親が外務省に務めていた子どもがいました。半世紀以上前のことになります。ある日その母親が学校に来て、クラス全員の前で、牛乳瓶のキャップの上にかぶせてあるビニールの回収を呼びかけました。当時、牛乳は直接瓶から飲むので、瓶の縁が汚れないように、10cm四方にも満たない小さなビニールがかぶせてありました。瓶の形に沿って立体的にふくらんでいるそのビニールを集めて、枕の中身にし、どこかの施設に贈るという趣旨でした。それ以来、昼休みになるとクラス中でビニールが集められ、その同級生が持ち帰りました。

いま思い起こすと、きっと海外勤務の間に見聞きしたボランティア活動を、日本に持ち込んだパイオニア的行動だったのでしょう。いつまで続いて、枕がいくつ出来たのかはまったく記憶がありません。半世紀前の中学一年生に、社会的な意識を持たせた意義はあったと思いますが、はたしてビニールでできた枕が快適であったのか、またその外務省勤務の家庭でそのような枕を使っていたのか、当時はあまり考える事もなく過ぎてしまいました。

子どもが小学校に入った頃、子どもの同級生のお母さん達が、牛乳パックの回収を呼びかけました。牛乳パックの紙質が良いので、どこかの施設で紙に漉き直し、ハガキを作るというものでした。回収と運搬にガソリンを使い、施設では防水加工や印刷インクを落とす必要を考えると、はたして割が合うのかという疑問を言うと、お母さん達からにらまれてしまいました。今も牛乳パックや食品トレイは、買った店舗の回収ボックスに戻していますが、その結果どれだけの省資源・省エネルギーになっているのか、全くデータがないまま習慣的に続けています。

「身近でやれる事からやりましょう」という呼びかけには、疑問があってもなかなか反論しにくい雰囲気があります。何か行動するとき、その結果得られる事と失うものがあります。仕事であれば、それを天秤にかけて、さらに労賃・配当などの利潤がが出るかを考えますが、ボレンティア活動では、賃金が出せるかは無視されます。さらに、達成される利益よりコストが高くても、目的が正しいということですまされる事が見られます。子どもの教育を考えるとそれでもいいかなと思う事もありますが、大人のする事かという疑問が残ります。

目的がほんとうに良いのか、行動しようとする人が自分の意識を肯定するあまり、その行動がもたらす効果や、行動が引き起こす状況の変化を検証しないことが多く見られます。例えば、戦争中に見られた「バケツリレー」や「竹槍」など、「身近でやれる事から」の究極的行動のように感じます。意識だけが先行し、効果を検証しない運動は、その正当性を合理的に説明出来ないため、一体感や同調意識を強要する形で勧められることが見られます。

外国人の意識についてよく知っているわけではないので、比較出来るわけではありませんが、どうも日本人が社会的行動を選択する際、一体感とか同調意識とかが大きな要因になっているような気がします。それは、積極的に行動を選択する場合に限らず、周囲と異なる行動を提起された場合に拒否する要因にもなります。福島で、子どもの被曝を怖れて避難・疎開を呼びかける運動に目をつぶり耳を塞ぐ事にも見られます。自分だけが逃げるのは嫌だ、みんなが安全だ言っている。一体感や同調意識が個人の合理的判断と選択を疎外する要因になり、地域への縛りとなっています。日本人の政治意識には頂点同調主義が見られると内橋克人さんが述べていますが、日本人の社会意識には底辺同調主義があるのではないでしょうか。

反原発運動の側にも、一体感や同調を強要する作法があります。先日、近く(と言っても田舎の事ですから20kmほどの場所)で反原発の集会があり、映画上映やパネル展示など充実した内容でした。その最後に、一番の目玉とも言える「武藤類子さんの話を聞く」企画がありました。圧倒的な力強さと繊細さを兼ね備えた福島の女性達の運動のなかで、活発な発言をしている武藤さんについては、いくつもの映像で見聞きしてきましたが、ご本人から生の言葉が聞ける機会ですし、聞いてみたい事もありました。

忙しさにかまけて福島へ行けないでいる私より、もっと忙しい中で時間をさいて遠くまできていただくのですから、最大限の感度で受信する気持ちでいました。私同様に気の短い年輩者も多かったでしょうが、武藤さんを前にしていろんなあいさつやら、歌が先行しました。あいさつの内容に異議があったわけでも、歌が良くなかったというわけでもありませんが、あいさつや歌で一体感をつくることが、武藤さんの言葉の前にだいじなことなのか。なんだかマインド・コントロールのように感じました。自然と共にある武藤さんの暮らし方は、決して一般的なものではなく異なる暮らし方との間で疑問や意見のやり取りは予想されました。そして武藤さんの言葉には、異なる生き方を越える普遍的な呼びかけが含まれていたと思います。

人がその生き方に基づいて何かを語り、それを受け取った人との間で言葉を交わそうとするとき、その前に一体感や同調を高める作業は虚しく感じます。少数者として疎外感や抑圧感を感じている人々が、歌やあいさつを通じて孤立感を解消し元気になることがいけないとは思いませんし、サウンドデモなど、おおいに楽しんだらいいと思いますが、どこか一方通行ではない静かな回路が生きていることもだいじな事です。限られた時間をすべて、遠来の一人の客人に託すことも考えてほしいことです。

武藤さんの映像はいろいろあります。まとまったものではIWJに長編が数本、最近のものではOurPlanet-TVのインタビュー「福島からあなたへ」武藤類子さんインタビュー~スピーチに込めた思いとは、がお薦めです。
森住卓さんの写真がそえられた武藤さんの新著「福島からあなたへ」もぜひ。

by maystorm-j | 2012-02-18 07:47 | 社会
2012年 02月 14日
「健全で快適な・・・」は誰のものか? Twitter Maystorm Journal 2月1日〜10日まとめ
先月末、東京都江東区の河川敷公園で野宿していた人達を区土木部が排除する動きがありました。http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1302「健全で快適な」公園にするためだと、区の担当者の言葉。行政の言う健全で快適な公園が、子どもにとって案外不自由なものである事は、整備され、XX禁止の札が立つ多くの公園を見ると感じます。野っぱらや林、ただの空き地の方が、よほど自由に遊べるという事がこれまでもありました。その一角で暮らしている人がいる事が、不健全で不快と受け取る感覚はどこから来るのでしょうか。

行政がまず目指すべき全ての人の「健全で快適な暮らし」、それに反する光景と目に映るのかもしれません。 周辺住民が野宿者を不安がると言います。異質なものに見えるのでしょうか。学生時代のアルバイト以外には、月給もボーナスももらった事がなく、不安定で低い収入で、これまで野宿しないで来れたのは、いろいろな意味で運が良かっただけだという実感が私にはあります。年齢を重ねてくると、これまで一度も入院するような怪我や病気にならないで来れたのも、運が良かっただけということが、検査数値を見るまでもなく実感出来ます。半年、一年と怪我や病気で仕事を休める公務員には感じ取れないことなのかもしれません。

10年ほど前、「アレクセイの泉」という題だったと思いますが、チェルノブイリ原発事故後、汚染されていない泉を頼りに居住禁止区域に住む人々を描いた映画を見ました。今もその場所に住んでいるのでしょうか。チェルノブイリ周辺には、年寄りを中心に、住み続けている人々、避難先から戻っている人々がいます。26年の間に、森が育ち、そこに多くの野生動物が増えています。年老いて、あるいはガンにおかされた人々の幾人かは、孤独のうちに倒れ、時にはオオカミやキツネに食われるのかもしれないと、想像します。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」と言葉がそえられた藤原新也の写真が浮かんできます。

チェルノブイリでは移住する権利と費用が認められている汚染地よりも、さらに何倍も高く汚染された地域に、福島では子どもまでが縛られ、避難している人々も形ばかりの除染を理由に引き戻されようとしています。事故後の汚染の広がりを政府も東電も県庁もが隠し、どれだけの人々が入院先の病院や入所施設から避難する際に充分な補助がないまま、避難途中や避難先で死んでいったのか。あるいは津波で怪我をしながらも、救助隊が近寄れずに死んでいったのか。その数さえ福島では明らかになっていないまま、政府も東電も原発事故で死んだ一般人はゼロと言い、その責任を思いもしません。

これからどれだけの人が、半ば強制された病や死と向き合うことになるのでしょうか。除染のために、森の木を全て伐採するという話もあります。福島では野生の復活も許されないのでしょう。「健全で快適」という言葉が、東京では「公園」に適用されて人間を排除し、福島の人にはその反対の暮らしが強要される。この国はどこに向って行くのでしょうか。


Twitter Maystorm Journal 2月1日〜10日 まとめ
2月1日
国会で原発の警備に対する質問。国内外のテロを恐れ警備強化を求める自民党。核分裂反応でエネルギーを取り出すという事は、緩慢な原爆を意味する。コントロール出来なくなれば、原爆以上の放射能を拡散するの事は、チェルノブイリと福島で証明された。それゆえ、原発は常にハードな警備が必要(続く)
「自然と人間」2月号、佐藤栄佐久氏「日本は原子力国家だった」でロベルト・ユンクの警告書「原子力帝国」紹介、原発をつくったら監視社会が必然となると。テロに限らず反対運動・労働争議・ストライキでも、原発が短時間コントロール出来なければ重大事故になる。停止可能な自動車工場と違う(続く)
緩慢な原爆=原発はハードな警備以上に、ソフトな監視と抑圧をともなう。政治・官庁・電力会社・学界・報道で情報を統制し反対意見を排除、一体となって推進する事が求められる。「自主・民主・公開」の3原則と正反対の姿がこの原子力帝国。自民党が求めたテロ対策は、反対運動の監視弾圧を暗に要求。

1/28県の住民説明会で、住民の多くが汚染焼却灰の埋め立てに反対する中、2人の異なる意見があった。一つは埋め立て地に隣接する農家が反対運動で野菜が売れなくなるというもの。一つは当該処理場を設計した人からで、充分な汚染拡散防止策を取り入れたというもの。時間不足で話し合い出来ず残念。

福島では「放射能が怖い」と言う事にさえ、周囲から圧力が。軽井沢でも声を上げている母親達から、周囲の無理解や「利己主義だ」と言う対応に打ちのめされるという言葉を聞く。なおのこと、住民集会で出された少数意見に対し、もっと温かい対応が出来なかったか?仕事の都合で急ぎ帰ったのが心残り。

異質なものを排除する、寛容でない社会。われわれ市民運動の側も気をつけよう。多様な意見と議論することを怖れてはならない。むしろ己を鍛錬するものとして,積極的に向かう事だろう。今はまだ、言葉ゆえに命を奪われる事は少ない。互いに言葉を奪うなら、遠からず言論が命がけという時代が再来する。

2月3日
仕事で1週間名古屋。地元面に市民放射能測定所の記事。行政より精度の高い測定。24時間操業。依頼は地元3割、関東圏から7割。これだけで地元は無関心と言うことは出来ない。名古屋では地元生産物より、流入食品の安全性が問題だが、小売り・消費者段階での測定はコスト高。流通の入り口で測定を。

震災瓦礫の一部は元の所有者の物。金属などはリサイクル資源。汚染されたコンクリートなどの埋立てや可燃物をどこで焼却するか、住民と行政の徹底的議論が必要。焼却後の灰は放射能が濃縮され、体積は数十分の1に。放射能の本来の所有者東京電力が集中管理すべきもの。長年月の管理には集中が不可欠。

2月6日
名古屋駅付近で滞在1週間に。駅は円柱状の超高層ツィンタワー。駅前は海外有名ブランドの店。1週間ホームレスの人を2人しか見かけない。排除されてしまったのか、他にいい場所があるのか?都会に出ると購入するBIG ISSUEの販売員もいない。近くの水産卸センター、人の暮しの匂いに一息。

2月8日
千石正一氏死去。62才。30年以上前、研究室で何度か話した印象は、むしろ浮世離れしていた。その後テレビで活躍する姿を数回見た。ガンという病気は何によって起きるか、後からでは判らないのだろう。放射能とストレス、どちらが危険か?しかし、平均寿命が伸びたからという説明には納得出来ない。

深夜、名古屋から帰る。デパートで展示1週間。お客様との会話に原発や放射能問題は出ない。警察官そっくりの警備員がたえず見回り。昨年、東京・横浜のデパートでは見かけなかったが、私服だったのか。請け負っている警備会社は警察官の天下り先? 制服姿に監視されるのは気持ちのいいものではない。

2月9日
原発とともに育ち、理科教育を受けて来た年輩世代。収束宣言や冷温停止状態、ストレステストなど政府・東電・学者・マスコミがいかにでたらめで、海外の専門家やメディアがあきれている事ぐらいは判断できるはず。新エネルギー選択は若い世代に任せ、我々は人を殺し続けている原発の後片付けをせねば

2月10日
NHK原発地元自治体アンケート。長期停止による影響ありが19、なし5。地元に金が落ちないと言わせたい設問。影響には町の飲み屋の売上げ減まで含まれるが、住民の安心という良い影響は含まれない。結果を誘導する調査。NHKの姿勢が異常。マスコミによる世論調査の多くは世論操作にすぎない。

夏から予定されている高汚染地域の除染作業で、国が伐採する庭木の補償をするという報道。被曝した人間は棄民、除染芝居で無理矢理住民を縛りながら、半年先の庭木の話。環境庁の官僚達の意識も異常だが、それをもっともらしく報道するマスコミも異常。市民メディア、フリージャーナリズムの強化を。

賃金格差が広がり、デフレだが多くの国民が生活苦。教育費はままならず、学生は就活で勉強できず、労働能力は低下するだろう。法人税を下げても企業は海外へ。流出先では賃金上昇。国内の雇用を充実させ、消費力を上げ、高い品質の生産流通販売が日本の生きる道ではないのか。消費増税とTPPは逆行。

市民測定で干し椎茸回収。9産地が混ざっている。乾燥重量当たりだが、椎茸は戻し水も煮汁も利用するので危険。末端でチェックは、消費済み・加工・混合・複雑な流通などで回収コスト高と余分なダメージ。生産地・流通の入り口で測定選別が原則。汚染原因の解明と除去が可能、生産者の保護につながる

広告会社電通、高度成長期の戦略十訓。1もっと使わせろ2捨てさせろ3無駄使いさせろ4季節を忘れさせろ5贈り物をさせろ6組み合わせで買わせろ7きっかけを投じろ8流行遅れにさせろ9気安く買わせろ10混乱をつくり出せ。マスコミを支配し、世論を誘導、選挙戦略を担い、今や陰の日本支配の一員。

by maystorm-j | 2012-02-14 05:25 | Twitter M.Journal
2012年 02月 11日
瓦礫の焼却と焼却灰の管理について/Twitter 1月21日〜31日 まとめ
震災で生じた瓦礫をどうするか。政府は1年余の時限予算をつけて、各地の自治体に焼却処分の受け入れを要請している。瓦礫の存在が復興の妨げになるなら、片付けていかなければならないのだが、問題は場所によって放射能汚染されている事にあります。

自治体や廃棄物処理業者が処分の受け入れをすれば、放射能が各地に拡散する可能性があり、住民の反対運動が起きています。放射能は移動・拡散させずに、発生源で管理するのが原則ですが、既に原発から大量に広域拡散してしまっています。瓦礫処理を各地で受け入れるかどうかという問題と同時に、既に各地に拡散し植物・農林水産物や土壌、建築物などに付着している放射能の処理をどうするかという問題も並行して生じています。

震災瓦礫と一言に言っても、その中には被災者にとって貴重なものが含まれていたり、場合によってはまだ遺体が存在するかもしれません。金属類など資源化できるものもあり、その所有権は個人あるいは現地のものとなるかもしれません。現地で分別し、焼却すべきものは現地で破砕してから運搬する事になるのでしょう。その工程で、現地では放射能がさらに風雨で拡散したり、作業者の被曝がすすむ可能性があります。

さらに現地の不十分な焼却施設で集中的に焼却すれば、既に累積被曝量が高い現地の人々をさらに被曝させる可能性があります。避難・疎開が保証されず、形ばかりの除染で高度汚染地縛られている人々、とりわけ縛りが強い学齢期の子どもを、さらに被曝させることは避けなければなりません。瓦礫に限らず、汚染した樹木などの可燃物が大量に生じる現地に、放射能の拡散を防ぐ精度の高い焼却場や発電燃料とする事が出来る施設建設が急がれますが、そのようなインフラ整備には時間がかかるでしょう。

一方で、処理受け入れを要請される各地の住民が、しなくてもいい被曝や環境汚染を怖れるのは当然です。拡散すればするほど汚染物質の管理や除去は困難になり、結局は低濃度だから我慢しろという事になります。放射能の危険性は、低濃度であってもリスクが減るだけでなくなるわけではありません。各地の焼却場の放射能除去精度は、実証実験で確認されているわけでもなく、バグフィルターがあれば99.99%除去可能と言われていますが、それぞれのプラントで結果は異なるでしょう。セシウムは600~700度で気化しますので、焼却温度によっても結果が影響されそうです。

私の住む佐久地域では、関東圏など地元以外からも汚染焼却灰引き取り、埋め立て処分をしている業者があって、現在県庁と住民の間で協議が行われています。この地域は長野県内では汚染の高い場所で、今後地元の汚染ゴミの処理方法も問題になるでしょう。

そもそも、瓦礫にしても、ゴミや植物・農林水産物にしても、なぜ焼却するのかということから考えてみます。

まずそのままでは体積が大きすぎるという問題があります。そのまま積み上げたり埋め立てしたのでは、場所をとりすぎますので、焼却して体積を小さくする必要があります。さらに、そのままでは形状が不均質ですので、焼却する事でより均質な灰にして埋め立て管理しやすくしたり、セメント材料などに転用できる可能性がでます。

ゴミのままでは物性が不安定で、揮発や腐敗などで有毒ガス、液体が放出する可能性がありますので、焼却することで安定的な状態にしますが、当然その過程で有毒物質が放出されない事を確認しなければなりませんが、多くの焼却場周辺で,現在も汚染が見られます。

放射能汚染は、どんな温度で焼却しようとも分解も無毒化もできず、焼却灰か飛灰の中に残ります。しかし、その体積は10〜数10分の1に圧縮され、その分濃度は高くなります。灰に移った放射能の危険性は高くなると同時に体積は減り、高度の管理が必要になると同時に量は減り管理しやすくなると言えます。その状態に変えた放射能を、また汚染されていない灰と混ぜてうすめたり、長年月の管理が出来ない埋め立てを行う事は、拡散のリスクを冒して焼却した意味が無くなります。

汚染焼却灰は今後長い年月保管しなければならないのですから、汚染度で分類しながら、集中的に管理する態勢をつくる必要があります。灰を各地で埋めてしまったり、一般建築物のセメント原料にしたり、海中に投棄する事は許されません。東電から放出された放射能であり、政府の原発政策の結果生じたものですから、その管理は東電と政府の責任で行うべきものですし、無毒化するまでの年月を考えれば、各地でバラバラに処理することは不可能です。


1/31~2/7、仕事で名古屋に滞在。ブログに手が付けられず、今回はTwitterのまとめとで長くなりました。


Twitter Maystorm Journal 1月21日〜31日 まとめ

1月21日
一昨日夜から雪。既に3回雪かき。寒風で土ぼこりと共に放射能が舞うよりはいいが、交通事故や転倒事故は増えるだろう。食品の放射能測定をするスーパーが増えて来た。子どもを持つ親には朗報だが、商店街の小さな店はどうなるのか。出荷時に流れ作業で梱包のまま短時間で測定する装置開発が望ましい。

農水産物は流通の入り口で汚染度を測定する事が望ましい。しかし、生鮮食品ゆえ短時間に箱詰めのまま測定したい。現在開発済みのものは検出限界が高すぎる。500Bq/kgという暫定値が程度の悪い装置開発につながったのでは?給食40Bqという新基準が、検出限界の高い測定器導入になっている。

1月22日
ブログMaystorm Journal更新http://maystormj.exblog.jp/15308272/「給食と測定機器 Twitter MaystornJournal 1月11日〜20日 2012年」厚労省食品新基準、学校給食新基準と測定機器の限界について。一歩前進の功罪を考える。

4回目の雪かきに小一時間。向いの家をはさんだ道の真ん中まで除雪する人、全部する人、全くしない人も。別荘の前はそのままに。幹線道には町や町内会の除雪車も出るが、車の幅だけ除雪し、両脇の人が歩くところに硬く重い雪を置いていく。除雪車の前に雪かきしないと苦労する。歩道にも除雪車の雪が。

都会の人が見直した絆も、喉元過ぎればすぐに忘れるだろう。田舎の人間は純朴で親切だと言う。新住民や別荘族は税金払っているのだから行政がやるのは当然と思っているだろう。田舎の人間も税金を払っているが、面積当たりの税金は少なく仕事は多い。田舎の通学時間は早く距離が長い。その前に雪かき。

軽井沢は内陸のため、降雪量は少ない。今回も累積で40cm程。豪雪地帯ではその10倍という事もめずらしくない。それだけに、道路や家の構造が深い雪向きにつくられていない。国道18号という幹線道路を、歩道が雪かきしていないため、年寄りが車道を歩いている。もちろん車いすでの通行は不可能。

1月23日
人口当たりの議員数に大きな地域差は不公平。しかし選挙で選ぶのは地域代表であると同時に、自分の意見を代表する者。少数政党候補が選挙区にいない事が多い。比例区削減は少数意見の抹殺。選挙制度で無理に二大政党に集約するのは、自立した思考を疎外し同調主義を誘導する。中選挙区制を再考すべき。

@iwakamiyasumi 高橋洋一氏インタビュー。2010年6/16岩上さんの菊池英博氏インタビューと見比べた。経済学不勉強のため内容の判断は出来ないが、高橋氏の「手前味噌」ぶりは、政府事故調の畑村氏を思わせる。風貌も?

1月24日
インターネットは、新聞やテレビのように受け身でいては必要な情報が入らない。震災後重い腰を上げてパソコンを動かした年輩世代も、今は元の木阿弥。関心は薄れ情報格差は広がる。小さな行動でも訥々とした思いでも能動的に発信しないと、情報への欲求が薄れる。清盛の政治より、現在の政治に関心を。

長編テレビドラマは動乱期のものが多い。源平、戦国、維新、明治・昭和の戦争。戦争を避けるために、戦争の歴史を学ぶわけではない。英雄の行動に憧れ、敗者に同情するだけ。昭和の戦争で300万人の日本人が死に、日本兵は2000万人のアジア人を殺し、日本兵死者の半分以上が餓死病死を忘れるな。

いつの時代でも、戦争は嫌だという思いは多かっただろう。身近な人達同士で「戦争は嫌だね」という言葉が当初は語られる。戦争推進の宣伝が増えるにつれ、お互いに嫌われたくないから口が重くなる。変節していく自分への引け目から他人の足を引っ張り、相互監視が進む。誰もが広く社会にむけて語ろう。

NHKラジオでは某野球選手の大リーグ契約と入団の経過を詳細に報道している。スポーツ観戦愛好家を嫌うわけではないが、活躍を伝えるものではない。イランやパキスタンの状況、福島や東北、増税、TPP。伝えるべき問題が山積みの現在なぜ。若者が夢を達成するのは好ましいが、生きていればこそだ。

震災と原発事故を経て、ますます政治家に対する批判が強い。国会議員の数を減らせ、政治にかかる金を減らせという国民は多い。国会が行政のチェックと立法機能を果たしていないのは、大政党で出世すれば行政権力につける事が原因の一端では?与党の有力者が首相や閣僚に。議員個人の活動費は必要だ。

1月25日
官房機密費が長年マスコミにばらまかれていた問題はいつの間にか立ち消え。首相によるマスコミの料亭接待は続いているようだ。早朝はNHKのラジオを聞く事が多い。局内外のお偉いさんが聞いていない時間帯のせいか、比較的まとも。昔、現場に来るNHKに対し「イヌ・アッチ・イケー」と、今も不変。

この一ヶ月、各地の空間放射線量が増減する。マスコミはあまり報道しないし、原因も追及されていない。地上の放射能塵が風で舞い上がっていると行政は言うが、風の強さとは相関しないようだ。ずさんな瓦礫処理で放出されているという人もいる。瓦礫の分別、破砕、焼却それぞれの過程で放出量の検証を。

各地の自治体へ瓦礫受け入れを、約2年の期限付き助成金で政府が要請している。阪神震災のトン当たり処理費の2倍。対象は県ではなく市町村や広域連合。自分が住む町の問題だけに、行政と住民の徹底した協議が必要。早々と受け入れた東京は埋め立て地で処理?我が事として受けとめる住民不在の大都会。

汚染物は発生源で処理原則。放射能は移動拡散させないのが原則。被災地に焼却場建設で投資と雇用を。分別すれば瓦礫も資源、資源は被災地のもの。全てそのとおり。各地住民の議論は瓦礫処理受け入れを否定する方向。一点、既に累積被曝の多い現地の人達をこれ以上被曝させていいのかという視点がない。

1月26日
浅間山の天明大噴火で群馬県側は村落が壊滅する程の被害を受けた。寒冷地で農業の条件は悪い中、残された人々は新しい家族をつくり孤児を育て、必死に復興に取り組んだ。ポンペイのような都市との違いだろうか。当時の歴史を読む事が出来る。過去の災害に学ばず、いま都会の都合でダムを造る愚かさ。

千年に一度の災害という言葉。災害の規模を想定しなかった言い訳に使われているが、大きな津波は千年の間に度々起きている。都合の悪いものは見ザル言わザル聞かザルの三猿の習性。活断層の判定でも。平安時代の浅間山噴火で軽井沢は地形が変わる程の大災害。観光・開発業者の町づくりは三猿の危険が。

ラジオの投書。通勤用の自転車の鍵が凍ったのでお湯をかけて融かした話。翌朝ガチガチに凍るだろう。30年前、軽井沢の小学校で新任の先生が、歩道橋の雪を溶かそうとしてお湯をかけた。お湯はすぐにツルツルの氷に変わって、以後歩道橋は通行禁止に。その土地に根付く暮らしや風土を深く見つめよう。

1月27日
DAYS JAPAN2月号「原発事故報道・検証」3.11,12当日の各種メディア比較。これまでも指摘されていたが、SPEEDIの情報は即時福島県に伝わっていた。県は12日早朝独自に空間線量を測定したが、県民には隠されていた。その後も県は一貫して県民を被曝させ続け、縛り続けている。

1月28日
仲間内だけで話を繰返していると、いつの間にか議論の出発点を自明の事として疑わなくなる。再生可能エネルギー推進の話でも見られる温暖化という出発点。3段階の検証が必要だろう。1.地球は温暖化しているのか 2.温暖化は温室ガスが原因か 3.温暖化は悪い事か 正否ではなく具体的内容を。

地球は温暖化しているのか。たしかに全地球の統計では気温が上昇している。私たちの生活実感や動植物の変化にもそれを感じるが、その一つ一つの事象と温暖化との関係は厳密な検証が必要。ヒートアイランド現象などの都市化による高温化ではないか?人間の自然利用拡大による生態系の変化ではないか?等

温暖化は温室効果ガスが原因か。気温の変化の原因は様々。長い時間スケールでは、氷河期の繰返しがあり、間氷期にも小氷期が繰返される。10年単位の太陽活動の変化もある。これらの自然要因の影響を除いて温室効果ガスの影響を考察しなければならない。温暖化したからガスが増えたという見方もある。

温暖化は悪い事か。海水面上昇で土地は水没するが、人類史には過去もあった事。一方で温暖な気候は憧れの的、人間の拡大は寒さとの闘いの面も。ライチョウが絶滅すれは寂しいし、存在から得られる学問成果もある。急激な温度変化は既存生物の適応能力を越える事もあるが、農業や生活は変化に適応可能。

1月29日
28日佐久市で焼却灰埋立ての県説明会。講堂超満員。佐久平近くの民間処分場は以前からの契約で県内外からゴミと汚泥焼却灰を受け入れ埋め立て。3.11以後は放射能が含まれる。県の説明は8000Bq/kg以下は安全とする国の方針に準拠。群馬県太田市からの2820Bq/kgが過去の最高値。

埋立て処分の危険性については住民側からの追及が強く、県は再度説明会が必要と認識。焼却灰をなぜ各地に埋めるのか、という根源的問題は討議されず。汚染されたゴミや下水、瓦礫もそのままでは保管出来ない。体積を減らし形状を均質化、物性を安定化するため、大気中への放散リスクがあるが焼却する。

処理過程で放散しなければ、体積が減る分、汚染濃度は高くなる。厳重な管理が必要。ゴミ・瓦礫はそのままでは東電で管理不能だが、灰にすれば東電敷地で集中管理可能。要管理の灰量を減らすには、汚染濃度で分別焼却処理が必要。「混ぜてうすめて各地で管理」は、管理すべき量を増やし危険を拡散する。

議員・公務員を減らせば増税はOKなのか?国民の意思代表者を減らし、国民へのサービスを減らし、料金だけ値上げ。マスコミ世論調査は選択肢自体が世論操作。政治と行政を国民から遠ざける操作。議員と公務員を国民生活のために働かせるには監視と参加。今まず増税をつぶす事。次に中選挙区制に戻せ。

by maystorm-j | 2012-02-11 07:32 | Twitter M.Journal