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2011年 09月 16日
Twitter M.J. から  9月1日〜10日  2011年 
首相交代劇も国民は蚊帳の外。中で演じられている芝居はその動きが見えないまま、空々しい台詞だけが聞こえてくる。野党席からのヤジは、自分が過去に演じた芝居を忘れた的外れなものばかり。その間も東電がばらまいた放射能を、政府は国民に「もっと浴びろ、もっと食べろ、もっと吸い込め」と強要し続ける。

Twitter Maystorm Journal 9月1日〜10日 2011年

9月1日
福島が世界のフクシマに。ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリ・・多くの核被ばく被害と並んで、世界からの支援を受けると同時に、地球の大気と海に放射能を流した責任を負う。世界に向けて全ての情報開示と、この地震国において二度と繰り返さないため即時脱原発が不可欠。反原爆を主張するためにも。

NHKラジオお昼のニュースで、2学期が始まった福島市の学校教師の言葉を紹介「いつもの年に較べて日焼けした子供が少ない。これから思いっきり外に出したい」。今後も福島の学校は被ばく強制収容所になるのか。紫外線による日焼けの害も強制される。自ら学ぶ姿勢のない教師に教育される子供の悲劇。

新首相誕生に軽井沢新住民の反応「誰でもいいから経済を良くしてくれ」。シャッター商店街の再生や雇用拡大を望んでいるわけではない。高額の退職金と地元の若者が働いて得る収入の倍の年金で軽井沢暮らし。ゴルフ・音楽会・海外旅行、老後を楽しむために彼らの金融資産価値が増えてほしいという事か?

子育てを終えた余裕世代が子供手当を削るのか?役人が自分の権限と仕事を増やすために所得制限をつけるのか?累進税率上限を上げて所得税で取り戻せばいい。シングルペアレントや若い親達にとって、満額の手当は決して小さくない。子供の被ばくを避けるために疎開出来るか、判断の境目となる可能性も。

9月2日
単細胞生物はDNAの変異が生存に有利ならコピーを作る。人間の1細胞に起きた変異は細胞が死ぬか増殖し癌になる。個体が有利な変化を定着するには行動・生き方の指針と方法を変えねばならない。そのための技術や道具も必要。今被ばく地では子どもを守るためその瀬戸際に。その中で年寄りの生き方は?

12才の頃から半世紀、朝日新聞を読む。学生時代には系列誌でアルバイトも。朝日ジャーナル、アサヒグラフが消え、本紙も半分スポーツ紙化。近年若宮啓文、船橋洋一と続いた朝日の主張はどこに軸足があったのか?昨年暮れ船橋退社といえども、今も朝日がん大賞を山下俊一氏に贈る愚。天に唾する行為。

福島から親子を迎えキャンプ最終日に感謝会。原発を許してきた事、事故から半年経ち被ばくを止められない事、全てが大人の責任。子どもから怒りの言葉を甘んじて受けるべき大人が子どもに感謝を言わせ受ける。中手聖一さんの悔恨共有しない大人達1:50~http://www.ustream.tv/recorded/16896583 

中手聖一さんが語るサテライト疎開。命と暮らし、ふるさとをどう守るかという課題。静かに耳を傾けたい。http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1214今身近に癌の話題が尽きない。2000回以上の核実験のアニメ。http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/06/radioactivity-from-fukushima-travelled.html福島から出た放射能は広島原爆の数十〜百倍。

9月3日
Twitterを始めてからブログがおろそかになりがち。ブログにまとまった論理的な文章を書こうなんて意識は、プロの文章家でもないので邪魔なだけ。ぼちぼち再開http://maystormj.exblog.jp/一方では命がけで事実を追及し書いている人もいるhttp://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005

9月4日
大きな台風で死者・行方不明者。30年以上前、台風の土砂崩れで近所の幼い子どもが二人死んだ。被災者に落ち度はない。大勢が一度に被災すれば行政は何らかの措置を施すが、少数者には何もしない。赤十字も義援金を集めない。田舎ではまだ救助に消防団や近所が動くが、その後まで支える力はもうない。

NHKで新閣僚衆語る。原発再発進一筋。畑村事故調には何も期待しないが、新政府はその存在すら無視して原発は地震動で壊れなかったと断言。民主党政権に脱原発の芽は無くなった。TPPについては歯切れが悪い。財界の金は欲しいし、地元の票も欲しい。一番気持ち悪いのは同僚大臣同士敬語を使う事。

いつの頃からか朝日は週一回まとめて連載小説を読めば足りる新聞になっていた。小説のために月3007円(田舎では夕刊がない)。「悪人」という連載。束芋氏の挿絵に引かれ、読みながら主人公の顔を想像していた。映画の広告でみた主演男優はどう見ても善人、女優にはダラッとずり落ちる感じがない。

9月5日
琉球新報3/18mpo.jp/news/storyid-174893-storytopic-11.html早くも震災・原発被災者の沖縄疎開を呼びかけている。かなりの人が沖縄の優しさを受けた思う。夏休みには子どもを招待するプロジェクトもあった。観光客は多かったのだろうか?

尖閣諸島を巡り日本が中国と武力衝突し、米軍が加われば東京周辺の米軍基地とともに沖縄の基地は中国の核の標的になる可能性を大人は認識すべきだ。沖縄戦以来ずっと、疎開先のない「フクシマ」だった。沖縄に疎開する大人はその痛みを想像し共有すること。しかし子どもにとってはいい夏休み

9月7日
地元FN対談収録。相手は命のマスではなく一つの命を見つめる事にこだわる。その鼓動を聞き取り息づかいを感じるまでに五感を研ぎすましたい。一方、福島を離れたい・住み続けたい、思いは一人の中でもマスの間でも交錯する。一つの命と自分の間の距離、そこにある社会を広角で捉える眼。二つの眼を。

9月8日
山下俊一氏らは日本財団の主催で国際シンポジウムを予定。競艇のドンとCIAエージェントと言われた笹川良一氏の亡霊がさまよう。アメリカは一貫して広島・長崎の内部被ばくを無視。チェルノブイリではその延長で笹川財団が山下氏らを動かす。名前だけ変えた日本財団。その背後にあるさらに大きな力。

9月9日
鎌田慧さん落合恵子さん大江健三郎さん宇都宮健児さん記者会見http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1220脱原発1千万人の署名と19日に東京明治公園で5万人規模の脱原発集会を呼びかけている。「文化人」個々では発言や行動しているが、集合は初めてか? http://sayonara-nukes.org/

9月10日
世論調査は質問の仕方や対象の選び方で結果が変わってくるが、福島県民の1/3が移住希望。中学生以下のいる家庭では1/2。2/3が政府の復興策を評価していない。http://www.asahi.com/special/10005/TKY201109090610.html 除染で被ばくが半減しても、20が10mSv/hrでは子どもが住める環境ではない。
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by maystorm-j | 2011-09-16 08:34 | Twitter M.Journal | Comments(0)
2011年 09月 14日
東電に対する損害賠償請求  9月14日 2011年
東京電力に対する避難者の賠償請求が始まりました。報道によると、交通費や宿泊費に上限が設けられているようです。その限度額以内で避難出来る交通手段や宿泊所を東電が用意していたというなら理解出来なくもありませんが、まともな情報を提供せずに放射能をばらまいて放ったらかしにしていた経緯を思い出すと、東電に上限をつける権利などあるのでしょうか? 田舎ではタクシーを使って5,000円で移動出来るのは隣町かせいぜいそのまた隣町までぐらいです。もっとも当時の状況ではタクシーは動いておらず、自分の車で避難出来ない人の多くが被ばくしながら取り残されていたと思われます。事故当時、東電会長はマスコミ関係者を大勢つれて海外旅行中でした。そちらには一人あたりいくら支払っていたのでしょう?

受付業務になぜか既視感のある尊大さが感じられます。故郷を奪い、仕事を奪い、生活を破壊し、様々な人間関係を破壊した加害者が被害者に対する対応とは思えないところが感じられます。この既視感は、役所が生活保護申請者に対する態度ではないでしょうか。申請者の生活困窮に対し何ら責任がないと感じている役人の対応と同じものを感じます。自動車事故被害者に対する保険会社の態度はもっと丁寧で誠意を感じます。どうせ暴動を起こすことはないと、高をくくられているようです。

今後いつまで続くか判らない避難生活、いつ再開出来るか判らない仕事、さらに疎開しなければならない学校、いつどんな形で現れるか判らない健康被害・・・被災者の損害は今後大きくなっていきます。東電だけではなく政府にも、被害を小さく見せたい、賠償額を小さくしたいという姿勢が底流のあります。今後起きるであろう健康被害を考えると、命をお金に換算することは悲しいことですが、東電をつぶしてその全資産を賠償に充てても足りなくなるでしょう。

癌が発生しても、事故との因果関係が立証されなければ、東電は賠償対象にならないという態度でいます。何年か、あるいは何十年か経って癌やその他の病気になった人が、自ら原発事故との因果関係を証明しなければならないという事です。福島県立医大で山下副学長等によって今後進められる健康調査によるデータの蓄積が、被害の因果関係立証に役立つものとなる可能性は極めて低いと言えるでしょう。むしろ、限られた一部の癌との因果関係を認めて、その他多くの癌や病気との関連を切り捨てるために使われるでしょう。

疫学的に証明するためには、数多くの症例が明らかになる必要があります。「福島は世界で類を見ない低線量による長期被ばく」という言い方で、今後明らかになっていくチェルノブイリの健康被害調査を福島に当てはめないような操作が行われると思います。福島で多くの症例がそろい、疫学的に立証されてからでは、被害者の救済には遅すぎます。

癌については、放射線がDNAをどのように損傷するかが次第に判明しているようです。その結果、限られた範囲でしょうが、病理学・生理学の側から因果関係が立証出来るようになるかもしれません。しかし、放射能は以前考えられてきた以上に多くの臓器に影響を与えるようです。内分泌系・免疫系・脳神経系・泌尿器系など多くの臓器で様々な症状を起こすという事です。原爆ぶらぶら病といわれた症状が、チェルノブイリの後でも見られます。「心配しすぎる人が病気になる」「過剰に怖がることで起きる心理的影響」などというキャンペーンが早い時期から日本財団に囲われた学者から出されていました。

今。損害賠償請求に関する東電の尊大な態度を許す事は、今後長く続く被害との闘いに大きな弱みを残す可能性があります。公害闘争では、賠償問題をめぐって被害者の間、あるいは被害者と一般住民の間に亀裂が入る例が多く見られました。今回の被害は範囲も人数も膨大なものになり、被害者の連帯が今まだ難しい状況にあります。孤立した被害者は、加害者との関係で圧倒的に不利な状況にあります。私たちが孤立している被害者を、どのように支援したら良いのかも見えていません。
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by maystorm-j | 2011-09-14 05:50 | 社会 | Comments(0)
2011年 09月 08日
3.11 と 9.11  世界は変わったのか?  9月8日 2011年
3.11と9.11。この二つの日付は偶然ですがちょうど半年の隔たりがあります。9.11はテロという人災、3.11は地震という天災という両極的な見方をとるつもりはありません。9.11のテロについては、あまりに疑問が多いまま、アメリカによって首謀者とされた人物がアメリカによるテロで殺され、ますます事実の解明は遠ざけられました。3.11については、日本政府の必死のごまかしにもかかわらず、多くの国民は程度の差はあれ人災と捉え,ヨーロッパのメディアは事故当初からその側面を日本のメディアよりも正確に報道しているようです。

9.11のあとすぐにブッシュ大統領は「これからはテロとの戦争だ」と宣言しました。「すべての国はテロと闘うか、テロの側につくか・・・」という二者択一を迫り、慎重な国連を無視し有志連合という形でアフガン戦争を開始しました。アフガン作戦は9.11の4~5ヶ月前から準備していたことが明らかになっています。当時もアメリカでは「パラダイム・シフト」が叫ばれていました。犯行の真相がなんであれ、世界が変わったのではなく、アメリカ・ブッシュ政権は世界を変えようとしたのでしょう。

「テロと闘う側かテロの側か」という踏み絵は、リトマス試験紙の役割をはたしています。周囲の国々を「参加かアルカイダか」と色分けし、「忠誠度」を試すものでした。しかし、アフガンに続いてアルカイダとは無関係のイラクを対テロ戦争の標的にした事で、産油国支配の分け前に与るかどうかの色分けという面も出てきます。

ブッシュ個人を見ると、その頭の中は湾岸戦争でイラク本土侵攻とフセイン打倒が出来なかったパパ・ブッシュに対し、出来が悪いと言われてきた息子がいいところを見せたいという、ひどく単純な意識がありそうです。世界は突然変わるのではなく、この場合は世界を変えたいと思う力があって変化し、決して唐突で不連続な転換ではないという事でしょう。

3.11でも「パラダイム・シフト」を言った人たちがいます。この言葉の正確な哲学的意味は、私にはよくわかりませんが、例えば「コペルニクス的転回」と同じような意味と考えていいのでしょうか。コペルニクスやガリレオはヨーロッパ人にとっては重要な意味を持っているのでしょう。キリスト教会に支配されていたヨーロッパの学問以外に、世界中の多くの地域に発達していた異なる学問や、地球上を広く移動していた人々の認識の遠い過去からの積み重ねの存在を考えると、地動説がパラダイム・シフトであると叫ぶことがひどく恥ずかしいことのように感じます。

3.11を契機に、突然世界中の人々の上に放射能が降り始めたのではないし、原子力発電の危険性が突然認識されたのでもない。大気圏内で行われた2000回以上の核実験の影響で私たちは癌の恐怖に今もさらされていますし、チェルノブイリ事故以後その影響で多くの人々が死に今も病気に苦しんでいます。巨大隕石が突然地球に衝突でもしない限り、世界は不連続的に変わる事などないでしょう。もっとも6,500万年前に隕石が衝突したとされた後、長い地球の歴史の中では一瞬のように見えても、人間の歴史に較べるとかなり長い年月をかけて地球上の生物の変化が起きたと思われます。隕石の衝突によってほ乳類が誕生したのではなく、その前から存在していたほ乳類が環境の変化に適応しながら次第の増えていったのでしょう。そういえば、「原発事故の可能性は隕石が衝突する可能性と同じ程度」と言っていた人たちが大勢いました。

話がそれましたが、小出裕章さんがしきりに「世界は変わってしまった」という背景には、長年こうなる事を予想し、警告し、この自体が起きないよう運動し続けてきたにもかかわらず、止められなかったという悲しみがあるのでしょう。
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by maystorm-j | 2011-09-08 07:03 | 社会 | Comments(0)
2011年 09月 05日
Twitter M.J. から  8月21日〜31日  2011年 
3.11以後、世界は変わったのか? 何が変わったのか? 以前からざっと目を通していたいくつかの雑誌(週刊金曜日、世界、自然と人間、DAYS JAPAN)の今年1〜3月分と3.11直前に編集された朝日ジャーナルをパラパラッと見直すと、そこには津波と原発の画像がないにもかかわらず、まったく違和感を感じないことに気づきます。

辺見庸さんの鋭い眼がとらえた一歩先の社会は、3.11を経て半歩先になってしまったかもしれません。多くの筆者達は、以後も基本姿勢を変える事なく書き続けています。過疎も貧困も格差も失業も自殺も高齢化社会も、コミュニティーの崩壊も、食料自給率の低下も、対米従属も、それらの雑誌に書かれていたことは3.11以後、さらに重くなり加速しているだけで、多くが変わる事なく訴えてきます。

それとは逆に、理系のオピニオン・リーダー達にとって、降り注ぐ放射能は明らかにリトマス試験紙となっています。一人の研究者・技術者として社会と関わってきた一部の真摯な理系の人間と対照的に、大きな組織や権威の依存してきた学者や理系出身の官僚と政治家たちは、リトマス試験紙によって本質を露呈してしまったようです。沖縄という試験紙で見えてしまった鳩山政権は、3.11の前座だったと言えます。
(3.11 で世界は変わったのか? もう少し続けて考えてみたいと思います)

Twitter Maystorm Journal  8月21日〜31日 まとめ
 

8月24日
21〜23日、福島県から80人の親子が軽井沢に。日程の半分が雨でも元気に遊び歩き歌って帰った。たくさんお礼を言われたが気持ちは晴れない。軽井沢の放射能は大人が普通に暮らすにはOKでも、芝生を転げ回る子供達には?平均すれば精神的開放感のプラスがまさっても、感受性には個人差が大きい。

福島県では公園は寂れ今も大勢がマスク。人ごみの軽井沢は平和だと言われた。しかし周辺の倍の放射能を心配する親もいる。福島で百人に一人の子供が癌になるなら、軽井沢では千人に一人かもしれないが、命はその一人にとって、その親にとって同じ重さだ。責任のある大人の連帯はその認識から始めよう。

福島の人が他県で差別される。いわれなき差別と悲しまないでほしい。いわれがあってもなくても差別を許してはならない。障害、部落、沖縄、水俣、多くの差別を許してきた結果が今また福島である。当事者でなければ解らないという言葉は人々の想像力を凍結する。五感を総動員し、想像し、考え、語ろう。

人間は反省をしない生き物と痛感。多細胞生物は個体レベルで遺伝子情報を変えられない。ある細胞のDNAが変化しても他の細胞は元のまま。変異細胞は死ぬか癌のように増殖するか。個体には寿命。子孫が変化する。単細胞生物は寿命がなく、分裂でコピーを作って変化をつなげる。反省して耐性菌になる。

8月25日
前原駐日米国秘密大使いよいよ首相を狙う。いや「秘密小使い」と言うべきか?冗談を言っている場合ではない。米国御用達新聞読売は当然ヨイショ。他紙に注目。各党各政治家は米への忠誠度を試される。自民一部は追随。一部は鳶に米の寵愛をさらわれまいと抵抗。前原のもとで震災復興は米の草狩り場に。

いわき市から遠路軽井沢に来て下さった中に、大勢のおじいちゃんおばあちゃん。平日は仕事で来れない親にかわり、孫をつれて元気一杯。団塊世代の私より年上も何人か。子供の被ばくを怖れる親達に対し、地域社会の縛りは冷たい。仕事の縛りも。ここは怖い物なしの年寄りの出番。もう一踏ん張りしよう。

8月26日
この数日、軽井沢は街角ごとに警察官。仕事場がある小さな集落に数十台のパトカーや白バイ。誰であれ身に危険が予想される場合、警察は守るのが仕事だが、この大動員は異常。政治家も財界人も暴力団も、軽井沢には世俗の上下を持ち込まないのが古い習慣。一方警察はストーカーの危険を軽視し被害多数。

8月27日
公民館の駐車場を埋め尽くしていた数十台の警察車両が去り、バスケットボールに興じる子供達の声が復活した。公民館の玄関のベンチで待つお年寄りの前まで来ていたバスも、この数日間は駐車場内には入れず。足を踏まれる痛み、踏んでいる人はそれに気づかないと差別されてきた人達に教わった。想像力!

食品安全委「しきい値なしの直線モデル」のICRP勧告さえも無視。「100ミリ以下はわからない、わからないものはないことに」で生涯100ミリを基準。外部被ばくを含めて100ミリという。年20ミリ地域にいれば数年で内外合計100に達する。到達後国は放射能ゼロの食事と環境を提供するか?

毒物の規制値は症状が現れる値に安全係数をかける。複合汚染や体調・感受性に個人差があり、1/100に。100ミリで確定的影響なら規制値は1ミリに。規制値は通常1回の摂取量や年間摂取量。生涯摂取量の規制は不確定な将来の被ばくをどう算定するのか?http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1212

8月28日
前原後押しに陰り。大連立なければ、前原は弱体のまま火中の栗拾うを嫌い降りる可能性?外国人献金問題は今回も都合の悪い舞台を自ら降板の口実にやらせ?海江田には政治哲学が見られない。小鳩と官僚にはさまれ、また泣いて短期に終るか?再生エネ法はかなり骨抜き。原発止める首相の出る可能性なし。

アップルのスティーブ・ジョブス氏引退。Winユーザーが圧倒的に多い日本で、私の周囲はMac多数派。さらに使いこなし度を見ると、Macの圧勝。しかし、MacにWinのOSも入れて使えばと、Winユーザーに乗り換えを勧めても、かたくなに多数派である事に固執し同調し安心するこの国民性。

8月29日
人に礼を言われ喜ばれる行為の危うさ、福島から親子を迎えて痛感。してあげるのではなく、誰でもが自分で選択し実行出来る環境を作る事。喜ばせるために不都合な現実は隠し、安心するためにウソにもすがる。お礼を言われそうな行為は、出来るだけ怖ず怖ずと足下を見ながら、必要なくなる事を願いつつ。

8月31日
フクシマを歩いて 徐京植:私にとっての「3・11」こころの時代http://www.youtube.com/watch?v=lq4xuXFKlDkいま福島に残るという事を考える。解説は不要、見ていただきたい。この人の名前は、その二人の兄の名とともに、40年前から記憶の片隅に残り続け、初めてその風貌に接した。40年間の怠惰。

福島がフクシマになった事を、福島自身が一番認めようとしない。ニホンと置き換えても同じ。在日朝鮮人・徐京植さんが見たフクシマ。在日日本人の目でフクシマ、ニホンを。唯一で均質なネイション(民族)の住むステイト(国)ではなく、ライフ(命と暮らし)が根付くカントリー(故郷:くに)を見る。
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by maystorm-j | 2011-09-05 05:37 | Twitter M.Journal | Comments(0)
2011年 09月 03日
Twitter M.J. から  8月1日〜20日  2011年 
「3.11 以降、世界は変わってしまった」と小出裕章さんは言います。広島に降った死の灰の数十倍をこえる放射能が福島原発から放出され、私たちはどこに住み、何を食べ、どう暮らすのか、根底から考え直す事を求められています。新しく現れた厳しい環境におかれている人々に、この社会がどう対応するのか、今はその面積の広さと人数の多さに戸惑うばかりです。

しかし、これまでこのような戸惑いを感じる事がなかったわけではありません。政権が交代しても、沖縄に住む人々に答えを示す事が出来ていません。今も多くの公害裁判が継続し、被害者が敗訴し、私の住む社会は被害者に答えを示す事が出来ていません。放射能は地球上に住む全てに人間に被害をもたらし、相対的な差はあるが地域や人数を限定出来ない、「世界」という言葉で言い表すしかないという事でしょう。

これまでのしくみ、日本の法律が定める国民が許容すべきとされた放射能の基準が、これまでの暮らしを続けようと思うなら、適用できなくなってしまった。原発そのものは危機的状況がしたとしても放射能の発生は止まらず、大地や海の汚染は長く続いて復旧困難なのが原発事故です。10万人の人を短い時間に殺害した原爆よりも今後はるかに長い時間、汚染が続くという意味で世界は変わってしまったと考えます。

しかし、人間の意識や環境の大きな転換点であっても、社会には不連続点はありえず、3.11以前が「いい世界」であったという事ではありません。(長くなりますので、次回に続けます)

Twitter Maystorm Journal  8月1日〜20日 まとめ

8月5日
園田政務官「1号炉の燃料はほとんど圧力容器の下部に溜まっていて、一部が格納容器に出ている」。工程表見直しに向け華々しく「メルトダウン、メルトスルー」とぶち上げた時とトーンが違う。対外的都合、東電・官庁の都合、国民世論操作上の都合で七変化。水のない圧力容器に大半の燃料が残存可能か?

8月18日
しばらく本業とボランティアで超多忙。東京を車で3往復。東京近くの高速道は照明が5〜10本おきに点灯。地方へ行くと完全消灯。交通量多い東京近郊は車の照明で道路状況がわかる。前方に車がおらず、上下左右に変化の多い山間部こそ照明が必要。ホームセンターでは500円で太陽電池付き照明販売。

東京のデパートで一週間の展示販売。ギャラリーコーナーに限らず売り場にパソコンがない。無線LANもない。すべて伝票類は手書き。人手不足で接客もままならない。個人情報保護でお客様とも継続的に付合えない。各市場の相場を見ながら農家に出荷を指示する高冷地野菜農業の方がはるかに進んでいる。

東京での展示は9ヶ月ぶり。東京という存在の「何か」が終っているという印象。地方で人と話して受ける知的刺激がない。言葉はかえってくるが、怒り・悲しみ・戸惑い・不安などの感情も伝わってこない。諦めなのか現実感が希薄。震災以後、地方の人間は中央経由ではなく直接他の地方を理解し行動開始。

原子力安全委員会は北海道泊原発3号機再稼働判断を保安院に丸投げ。http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1195 経産省出身の道知事GOサイン。落下傘知事と地元代表議員、さらに住民の乖離は今後進むだろう。被災地ではまだ地方選挙ができない。主権者の意思表現の場がないまま国や首長が暴走する。

戦後開拓集落に借りている仕事場前の公民館に何台もの警察車両と十数台の白バイ。天皇が来るためリハーサルと言う。本番はどうなる?予防拘禁?される前に逃げ出すか。バイシクルというカードのジョーカーは自転車に乗る王様の絵。ヨーロッパのある国では実際に王様が自転車で街なかを走っているそうだ

夏休みに福島から子供を呼ぶプランのため、町の研修施設を借りようと先月役場に交渉した。8月は職員研修で一杯だと断られた。観光客・別荘族が来て忙しい時に研修? 天皇を泊めるためだと事情通が教えてくれた。数日間の事だろうに夏中貸し切りという事か?天皇が来るのは勝手だが、なぜ町の税金で?

8月19日
週明け福島の夏休み最後の3日間、80人の親子をいわき市から軽井沢に招待する。期間が短いので被ばく軽減につながらないのが残念。軽井沢も放射線量は高い。3月15日夕秩父側から沼田方向へ流れたプルームの影響らしい。当時軽井沢は雨と雪。福島の子供達と軽井沢の子供達、大人の行動が問われる。

経産省資源エネ庁、原発交付金をこっそり改訂。東京新聞報。新増設に金額アップ。既設は発電所規模評価から発電実績量に応じて交付に変更。事故や危険があっても、金に縛られ地元自治体は運転停止を要請しなくなる可能性。かくも卑しい官僚根性。泣いてでも推進の海江田経産相は民主党党首選立候補か?
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by maystorm-j | 2011-09-03 05:04 | Twitter M.Journal | Comments(0)
2011年 09月 02日
Twitter M.J. から  7月21日〜31日  2011年 
このところブログの方はサボりが続いています。Twitterにはまっているという心理状態ではないのですが、まとまった文章を書く時間がありませんでした?・・・というほどの文章を書いてきたわけでもありませんが。

ついついだらだらと書き連ねるより、140字に削ぎ落とした文の方が問題点を明確に浮かび上がらせることができるかもしれません。本業の合間に思いついたことを書く私にとって、扱いやすい媒体と言えます。しかし、哲学者でも思想家でもないので、細切れの文章が相互に矛盾している事はいくらでもありそうです。流れを再検証する作業も必要に思います。

以下、Twitter M.J.  7月21日〜31日 から  

7月22日
出荷停止の野菜・肉・魚・飼料はどこへ?畑で廃棄すれば土壌汚染。海に捨てれば水汚染。豚のエサにすれば肉汚染。焼却すれば大気汚染。東電が買い取るべきだが、使用済み燃料同様無毒化処理も安全貯蔵も不可能。現在の科学技術で原子力は扱えない事を認め、即時撤退しよう。子どもや孫に背負わせるな。

7月24日
今朝6時から地区の清掃。道路や公民館周辺の草刈り掃き掃除。寝ている住民も。地域の絆は煩わしさも伴う一方で、老人や子どもにも眼が届き、非常時には命を救うこともある。原発近辺では地域社会そのものが崩壊。その周辺では危険を過小評価する縛りにもなる。子どもの安全脅かす、しがらみが怖い。

7月26日
航空モニタリング範囲拡大、精度アップと文科省。今までやらなかったつけが畜牛農家と消費者に。牛は生産される肉の20倍のエサを食べる。乳製品はどれぐらい濃縮されるか?今後低レベル汚染地でも生体濃縮が起きるだろう。給食をふくめて、子どもには西日本からの食料供給システムを作る必要がある。

今年は久しぶりにヨタカの鳴き声をよく聞く。夜の草原や林縁でキョキョキョキョキョと鳴き、飛びながら口を大きく開けて虫をとる。南方の越冬地の環境が悪くなったせいか、こちらで農薬や夜の灯りのため虫が減ったせいか、しばらく聞かなかった声が復活している。夜は溝に落ちない程度の灯りで充分だ。

7月27日
4月の始ある集会で、自然の恵に依拠する有機農業は今後放射能汚染の影響を強く受けると発言したが、有機礼賛の声にかき消され無視。いま土も水も堆肥も汚染。ハウスの中で化学肥料による栽培か?円高で食料輸入増か?TPP導入、農業つぶしの前原が米国後押しで菅の後釜狙う。日本人の食どこへ行く?

東電女性社員殺人事件。当初からえん罪説をいくつもの雑誌で読んでいて、何もしてこなかった。原発事故に較べ、えん罪被害者が一人だけだからか。放射能に較べて自分の当事者性が薄いからか。原発でも他人事と感じている人は多い。当事者性は想像力の問題。冤罪に対する自分、単なる思考停止の怠惰か。

食品安全委員会委員長メッセージ「生涯100mSv」内部被ばくを含む。100才なら1年1mSv。一見良さそうな数字だが、生涯の内部被ばく積算量をどう測定?新生児が100mSv浴びて急性症状で死亡しても我慢しろなのか?積算値が100を越えた人に放射能ゼロの土地と食物を国がくれるのか。

7月28日
汚染牛誰が補償。本来は汚染発生源の東電。餌の汚染では放射能の拡散予測SPEEDI情報を隠した責任も大きい。税金で補償するなら、情報を隠した政府担当者達と福島県知事はじめ各県知事の刑事責任を問うべき。担当を外されるまで文科省は事前マニュアル通り膨大な情報を1時間毎に政府と県に送付。

中国では事故車両を穴に埋めては掘り返し原因調査なし。遺族は札束で黙らせる。おかしな国だ。日本では汚染牛の出荷停止。札束はいつ配られるのか、農家はどう食いつなぐ?子どもまで風評に負けず汚染野菜を食べろと言われるが、金持ち向けの国産牛では大騒ぎ。事故原因はM9地震無視。おかしな国だ。

7月31日
町の広報スピーカーがうるさかった。ホームセンターで放射能汚染腐葉土が売られたという。腐葉土を食べる人はいないが、家庭菜園で使われる。トマト・キュウリ・ナス等に取り込まれ、そこで濃縮される可能性。農薬の心配がない野菜として子どもが食べる。汚染された下水処理場汚泥の肥料化も危険だ。

汚染のひどさ次第に明らかに。政府のウソを垂れ流したマスコミが、正義面して汚染餌・汚染牛を報道。それでも国民は高額のテレビを買替えNHKに金を払う。たまにいい番組作っても、命に関わるウソを放送した罪は薄れない。中国の鉄道事故対応を笑うが、恥ずべきは日本のマスコミと日本人自身である。

伊東良徳弁護士が「津波で全電源喪失」のウソを追及。http://www.ustream.tv/recorded/16307206時刻表推理小説のような緻密さで、全電源喪失が津波到達前に起きていた事を論証。非常用ディーゼルを冷却する海水ポンプの水没が原因と主張する政府のウソ。2台は空冷式で、熱交換器は建屋の屋上に設置。
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by maystorm-j | 2011-09-02 05:44 | Twitter M.Journal | Comments(0)