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2011年 04月 29日
津波が福島原発事故の原因か?・・・3月11日の地震 その2  4月29日 2011年
4月2日に「3月11日の地震 その1」を書いてから一ヶ月近くが経ってしまいました。映像で見る限り、地震による家屋の倒壊はあまり見られず、津波による被害が目立つ事を書きました。その点は、福島第一原発周辺でも同様です。その結果、私たちは福島第一原発の事故が津波によって起きたとされる事にあまり疑いを持たずにここまで来ました。

地震によって外部電源(送電線から得られる通常の電気)が停まった後、津波が補助電源の発電機や燃料、配電盤などを破壊した事は確かです。その結果、原子炉を冷却するための送排水が出来ず、次々と事故は進行し現在に至ったというように捉えられています。東電も政府側も、「原発は地震に対しては正常に運転を停止したが、想定外の津波が事故の原因」と説明し続けてきました。津波の高さについては、1000年前の貞観地震を引き合いに出すまでもなく、明治の三陸津波と較べてもほぼ同等であり、はたして「想定外」というべきか疑問があります。

政府も東電もマスメディアも口を揃えて原発事故の原因を、「想定外」「未曾有」の津波と言えば言うほど、私のようなひねくれ者は疑いを強めることになります。本当に地震で原発は壊れなかったのでしょうか? 地震が起きた時に原発の建屋内にいた作業員は、内部で音がすごかったと話しているそうです。配管がぶつかり合う音か設備が落ちたりする音でしょう。本当に配管や格納容器が地震で損傷していないのなら、電源の回復が遅れても、早い時期に配管のどこかにポンプをつないで送水出来たと思われます。地震で破壊されなかったのなら、どうして別棟のタービン建屋に高濃度の汚染水がたまるのでしょうか?

この疑問について詳しく解説した文章を、前にも紹介しました田中三彦さんが月刊世界5月号に書いています。「福島第一原発事故はけっして "想定外" ではない・・・議論されない原発中枢構造の耐震脆弱性」 p134~143。 田中さんは津波と電源喪失以前に、地震の揺れによる配管の損傷で冷却剤喪失事故が起きたと推定しています。少し長くなりますが引用します。
『 結論から記せば、地震発生直後、1号機では地震時の揺れ(地震動)によってなにがしかの配管に中規模の破損または大規模の破損が生じ、そのため原発事故ではもっとも恐れられているーーしかし技術的見地からは起こるとは考えられていない、それゆえ「仮想事故」というラベル付けがなされているーー「冷却剤喪失事故」が起きたのではないかと、私は思っている。それは私がいま手にできる限られたデータからの推測ではあるが、それらのデータは1号機で冷却剤喪失事故が起きたことを強く示唆している。』

公開されているデータが「3・27 事故報告書」しかなく、そこにはなぜか地震当日のデータが含まれていないため、事故発生の原因と初期の経過が推定できないことがおおきな問題とされています。岩波の月刊世界5月号は読み応えのある内容で、連休開けになると本屋では手に入りにくくなるでしょうから、時間のある方は今のうちに、と思います。文章は3月の末に書かれたものでしょうから、現在は見解が変わっているかもしれないと思い、4月27日のテレビ番組で話している田中さんの映像を紹介します。YouTube 2編、30分弱です。「工程表」の問題点も指摘されています。





by MAYSTORM-J | 2011-04-29 14:22 | 社会
2011年 04月 28日
エネルギー政策変換・・・住民自身の選択を待つこと  4月28日 2011年
原発に依存するエネルギー政策の変換を語る人が増えています。原発をとめたら、「寒い、ひもじい暮らしに戻る」という脅しから解き放されて、自由に考えられるようになってきています。街頭で繰り広げられるデモの映像からは、新しく反原発に集まってきた多くの若い人たちの姿が見られます。一方では以前から原発の危険性を告発してきた団体などが行っている学習会や講演会の映像では、白髪と光る頭皮が目立ちます。別に批判しているわけではありません。往復の交通費と時間を惜しんで、どちらにも行かずにパソコンで見ている私に批判する資格はもちろんありません。どちらの集まりに対しても、ありがたいなあと思っています。

4月4日の記事で紹介しましたが、原発に対する疑念を表明していた孫正義さんが、22日に自由報道協会で記者会見し、私財10億円を使って「自然エネルギー財団」を作る事を表明しました。そのこと自体は、少し前からtwitter などでも語っていた記憶がありますが、その記者会見ではさらに「東日本ソーラーベルト構想」など、財団での研究啓発から一歩進めた話がいろいろでていました。

環境エネルギー研究所の飯田哲也さんの講演もネット・メディアなどで見られるようになりました。「自然エネルギー財団」も「環境エネルギー研究所」も、知らない事が多い私にとって、そこから発信されるものを見たり読んだりすれば、きっといい勉強になるだろうと期待しています。だまされてきたという反省が少しでもあればなおのこと、多様な選択肢を持つための確かな基本情報は必要不可欠と思います。

情報源としての期待の大きさの一方で、はたして自分が望んでいるものは、東北の太平洋海岸に延々と続くソーラーパネルや、一つの県に何1000本も立ち並ぶ風車の景観だろうかという疑問も起きます。私がひねくれているのかもしれませんが、東京のために原発を作るかわりに、安全ではあるがまた何か新しいもものが押し寄せる印象があります。大量に作る事がコストダウンにつながる事は理解できますし、孫さんが起業家として大規模な事業を開発する事も悪いとは思いません。地元住民の選択が保証されること、と言えば簡単に聞こえますが、都会で考えるようには、地域社会で自由に議論したり選択したりはできません。この災害でしきりに言われる「絆」には「縛り」というマイナス面もあります。その事はもちろん田舎に住んでいる私たち側の問題なのですが、自立した「個」という意味では、地域社会は成熟していないのが現状です。

では、田舎はダメな社会なのかというと、都会にはない独自の文化や暮らしや生業が地域ごとにあり、歴史的な景観や保全する価値の高い自然があります。都会の計算で一律に押し進められる事に抵抗を感じる最大の理由です。復興会議とやらで、たんなる復旧ではない新しい都市計画が提案されるのかもしれません。未来都市、未来建築・・・・私の町にも誰が設計したのか知りませんが、明治以来の木造洋風の駅舎にかわって、莫大な税金を使ったコンクリートの近代的駅舎がそびえています。

被災したそれぞれの地域がどのような社会を設計するのか、そのためのエネルギーを含むどのようなインフラを望むのか、急いだり上からおしつけたりは控えた方がいいのではないでしょうか。今はまだ、地域社会が崩壊していて、住民自身が設計に加われない状態です。自治体の長だけが参加しても、これまでの原発を含む都会からの押しつけが、繰り返されるだけです。

by MAYSTORM-J | 2011-04-28 09:17 | 社会
2011年 04月 26日
原発周辺に残された家畜「処分」 なぜ福島県なのか? 統合本部とは?  4月26日 2011年
創刊以来読んで(見て)いるフォトジャーナリズム月刊誌「DAYS JAPAN」5月号に、編集・発行人である広河隆一さんの写真と文が載っています。その中の一枚の写真、痩せて骨が浮き出た馬の世話をする人の姿。ここで直接お見せすることは出来ません。定価820円ですが、お買い求めいただければと思います。

福島県が独自で、原発周辺に残され放されている家畜の対作を始めました。持ち主がわかる家畜は元の農場に戻すという。警戒区域ということで、立ち入り禁止になっている農場に戻して、どうなるのだろうか。持ち主の同意で、衰弱した動物は「殺処分」する予定ですが、原発災害時の家畜の取り扱いを決めた法律はないそうです。農家の中には、被曝覚悟で家畜の世話をしている人がいる一方で、すでにたくさんの家畜が餓死していて、県ではその消毒も行う事にしています。残された馬を救い出そうとする民間の動きがあります。NPO法人 引退馬協会では、支援が必要な馬と支援出来る人や組織をつなぐ運動を行っています。宮崎県や栃木県など、いくつかの地域で、家畜の受け入れを表明していました。

なぜか、民間や地元自治体が独自に動いているのに、国の動きが見えません。法的根拠や権限のないところが頑張っているように思えます。「原子力災害対策特別措置法」の目的に、
「第一条  この法律は、原子力災害の特殊性にかんがみ、原子力災害の予防に関する原子力事業者の義務等、原子力緊急事態宣言の発出及び原子力災害対策本部の設置等並びに緊急事態応急対策の実施その他原子力災害に関する事項について特別の措置を定めることにより、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律 (昭和三十二年法律第百六十六号。以下「規制法」という。)、災害対策基本法 (昭和三十六年法律第二百二十三号)その他原子力災害の防止に関する法律と相まって、原子力災害に対する対策の強化を図り、もって原子力災害から国民の生命、身体及び財産を保護することを目的とする。」とあります。

原子力災害対策本部が設置され、内閣総理大臣を本部長とするピラミッド組織です。国の責務として、「第四条  国は、この法律又は関係法律の規定に基づき、原子力災害対策本部の設置、地方公共団体への必要な指示その他緊急事態応急対策の実施のために必要な措置並びに原子力災害予防対策及び原子力災害事後対策の実施のために必要な措置を講ずること等により、原子力災害についての災害対策基本法第三条第一項 の責務を遂行しなければならない。」と規定されています。

なにもかも上意下達のシステムが良いとはまったく思いませんが、「原子力緊急事態宣言の発出」で、権限を集中しておきながら、「地方公共団体への必要な指示」と「実施のための必要な措置」が講じられているとは、家畜の問題一つを見ても思えないのです。他の問題でも対策本部からのメッセージは見えず、東電のフィルターにかけられた情報発表、保安院の根拠のない解説、官房長官のウソ、総理大臣の意味不明な答弁が、バラバラに出てくるばかりです。

さらによくわからないのが「事故対策統合本部」というものです。作られたという発表以来、何をしているのかさっぱりわからないまま、昨日突然に初の合同記者会見がありました。4時間に及んだそうで、まだ内容は見ていません。先に紹介しました「原子力災害対策特別措置法」には、対策本部内の命令系統が、本部長以下、指定行政機関、地方公共団体、事業者に対し規定されています。統合本部と言われる組織が、法的にどのように位置づけられ、どのような権限をもつものかがわかりません。3月15日の官房長官発表を読む限り、統合本部というものは明らかに「原子力災害対策特別措置法」と矛盾し、むしろ違法な組織という印象を持ちます。

政府はこの間、いくつもの会議を立ち上げるばかりで、どこに権限があるのか、責任があるのか、だれがやるのか、どんどんわからなくなっていきます。その一方で、避難所、原発の現場、自治体・・・過労状態や経済的疲弊でパンク寸前に見えます。動物を含めて、多くの命が避けられる死に直面しているのです。

たびたび、この国の官僚は優秀ではないと書きました。前例や想定されていない問題には無能な官僚も、適格な指示と方法が提示されれば、手際よく実行する能力は高いと言われています。原発関連事業にいた技術者や御用大学の研究者の中からは、出世・保身をあきらめた多くの反乱者が出ています。官僚の中には、指示が出ないので動けず、イライラや無力感が見られるそうですが、ここにいたっても自ら反旗を掲げることはないのでしょう。

各地の地方自治体には、独自で職員を被災地の自治体へ応援に派遣しているところもあります。官庁にいて動けずにイライラ・ブラブラしているなら、国家公務員の1~2割を被災地へ派遣して、自治体の指示で動けるようにした方が役に立つかもしれません。

追記
一ヶ月の休暇をとって、被災地の村長さんの下で働く官僚が・・・いるわけないか?

責任や実行の所在が曖昧にされている事を批判しましたが、原発情報の提供が原子力災害対策本部に一本化されればいいというわけではありあせん。ジャーナリストの側から、『原発事故報道の裏で進むメディアの「選別」』:高田昌幸さんの文章を紹介します。

by maystorm-j | 2011-04-26 07:13 | 社会
2011年 04月 24日
20ミリシーベルトの矛盾   4月 24日 2011年
いろいろ考えているうちに、文科省から福島県教育委員会に対する通知「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」への批判が数多くのWeb Site で展開されていて、今さら書き足す事もなさそうな状態になってきました。年間20ミリシーベルトの被曝を子どもに許容(強要?)させることがいかに危険な事か、前にも紹介しました武田邦彦さんが書き続けていますので、そちらをご覧いただければと思います。

文科省の通知を読んでみますと、誰が決定したのかわからなくなってきます。福島県教育委員会は文科省の通知に従い、文科省は原子力災害対策本部の通知に従い、原子力災害対策本部は原子力安全委員会の助言に従い、原子力安全委員会は国際放射線防護委員会(ICRP) の声明に従ったということのようです。誰一人として主体的に考えたところはなく、一番のおおもとは一番遠くにいる海外のICRP という事になります。現在も将来的にも、ICRP は福島の子どもに対し何ら責任を負う事はないので、この結果、子どもの健康が将来害されたとしても、誰も責任をとりません。これが日本の官庁の仕組みです。

文科省の通知は、校舎・校庭の利用基準を「児童生徒等の受ける線量を考慮する上で、16時間の屋内(木造)、8時間の屋外活動の生活パターンを想定すると、20mSv/年に到達する空間線量率は、屋外3.8μSv/時間、屋内木造1.52μSv/時間である。」と述べています。この基準を超えるところでは、屋外活動を1時間以内に制限するという事のようです。13の小中幼保が該当すると報道されています。

文科省が20ミリシーベルトというのは、あくまでも外部被曝の数値で、実際は食べ物や空気、水などから体内に取り込まれている放射性物質による内部被曝を足さなければなりません。子どもは放射能に対する感受性が高いので、大人と同じ基準を適用する事には無理がありますし、大人にとってもこの数字は、放射線業務従事者が承知の上で許されるものです。妊娠中であれば業務従事者とはいえ、許されていませんし、業務従事者は被爆線量がわかるようにフィルムバッジをつけています。

20ミリシーベルトという数字は、屋内退避指示から計画的避難に切り替わった時、年間でその数字を越えそうなところの基準でした。20ミリを越えそうだと、一ヶ月を目途に避難せよという基準です。それより少し低い地域は緊急時避難準備区域とされたのではなかったかと思います。原子力災害対策本部長の指示をご覧下さい。具体的内容や根拠は、首相官邸災害対策ページにあります。その中から少し長くなりますが引用します。

「 緊急時避難準備区域
以下の区域内の居住者等は、常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行うこと。なお、この区域においては、引き続き自主的避難をし、特に子供、妊婦、要介護者、入院患者等は、当該区域内に入らないようにすること。また、この区域においては、保育所、幼稚園、小中学校及び高等学校は、休所、休園又は休校とすること。しかし、勤務等のやむを得ない用務等を果たすために当該区域内に入ることは妨げられないが、その場合においても常に避難のための立退き又は屋内への退避を自力で行えるようにしておくこと」

ここに書かれていることは「20ミリを越えそうな計画的避難区域の以外の30km圏でも自主的避難、特に子ども、妊婦・・・・・は立ち入らないこと、学校・幼保は休校」ということです。爆発などの緊急時には、風次第で短時間に放射能が広がることもあるでしょう。20ミリシーベルトを越えそうな地域は、計画的避難区域であって、屋外活動が1時間以内というような問題ではないことを、首相が指示しているのです。

by maystorm-j | 2011-04-24 21:51 | 社会
2011年 04月 23日
汚染された土とどうつきあうか?  4月23日 2011年
「今、なぜ20ミリシーベルトなのか」というテーマで書こうと思ってから、何日もたってしまいました。数字をきちんと整理しなければならないので、手間取っています。その間に、政府の対応は科学的根拠がうすいままに、進んでいます。なんだか、人間、特に子どもをつかって人体実験をしているような気がします。きっと10年後には、たくさんの医学論文が出てくるでしょう。

4月11日の記事、「放射能汚染された農地・・・」に「菜の花プロジェクト」を紹介しました。ナタネやヒマワリをいきなり植える前に、表土を耕さずにとりあえず牧草で覆う、表土をはぎ取り汚染されていない土を客土することなどを書きました。学校や公園などでも、同様な汚染土の除去入れ替えが早急に必要でしょう。小さなホットスポット、例えば雨樋の流出部や軒下、傾斜地の下・・・線量計をもって探せば、処置すべき場所は素人でも見つけられるでしょう。学校のグラウンドの真ん中で一カ所だけ計測し、安全だから登校しろというお役所仕事では、子どもの健康は守れません。

昨日紹介しましたWeb Iwakami に、「よみがえれ福島 命めぐる大地」講演会 2011年4月20日 の USTREAM 中継映像が出ています。チェルノブイリ事故後のウクライナで医療支援を続け、近年は汚染された農地の再生をめざし、菜の花プロジェクトを実際に進めている「チェルノブイリ救援・中部」の河田さんの講演です。質疑応答を含めると2時間になりますが、週末で時間のある方はぜひご覧下さい。最後の方に、福島の農家で放射能汚染と闘う女性が登場します。その方は、翌日東京で文科省の役人との会見場で、怒りをぶつけています。汚染された学校の再開を強引に進める文科省が、安全の根拠を全く説明できないようすが伝わる映像も、あわせてご覧いただければ、いま福島の子どもがおかれている危険な状況が理解できます。こちらは、OurPlanet-TV 「子どもの安全基準、根拠不透明~市民の追及で明らかに」の中継映像です。日本の官僚は優秀だという神話は、完璧に打ち砕かれています。

by maystorm-j | 2011-04-23 08:08 | 社会
2011年 04月 21日
新しいメディアの可能性・・・保坂展人さんのインタビューに見る  4月22日 2011年
これまでたびたび Web Iwakami 岩上安身さんが配信する動画映像を紹介してきました。記者会見やインタビューの映像がほとんどでしたが、Web Iwakami のサイトでは、他にも現場取材を中心としたものもあります。テレビを持たないのに、どうしてネット動画は見るのか変に思われる方もおいでかもしれません。

岩上さんは、基本的に編集しない生の映像を配信しています。インタビューの場合は、話されていること全体が聞ける事と、主張の根拠が聞けるという事は大切です。マスメディアのインタビューは短く編集される事が多く、ほんとにそんなことを中心的に言ったのだろうかという疑問、都合のいいところだけ摘んでいるのではないかという疑念がつきまといます。主張の根拠を述べようとすると、数字や式をあげたり、例証するなど時間を食う事が多く、テレビでは、話す人の経歴や肩書きなどで、こんな偉い人が言うのだから間違いない、という構成になりがちです。簡単に言うなら、「理解する」か「信じる」かの違いとも言えます。

記者会見の全体映像と、切り取られてテレビに流れるもの、翌日の新聞に書かれているものを較べてみると、見えてくるものがあります。前に、東電に質問した大手メディアの記者が「会長様」「社長様」と言ったことを書きましたが、就職面接ではあるまいに今も「御社」と呼びかける記者もいます。多額の広告費をいただいている所属メディアとスポンサーの関係が、頭の中でしっかり固定されている記者に、鋭い質問や追及ができるわけがありません。(テレビがないのにどうやって較べているのかというと、Web でいくらでもテレビ局のニュース録画を見る事ができます)

もう一つ大事な点ですが、テレビの映像は勝手に止められません。あれ、本当かな?と思っても、流れる映像は思考を待ってくれません。重大なニュースですと、一日に何回か同じ映像が流れ、いつの間にか頭に刷り込まれてしまいます。ネット動画はクリック一つで、止めたり進行させたり出来ます。一時止めておいて、その間に疑問点を調べたり、裏付けをとったり出来ます。自分の思考のペースに合わせて見る事が出来るわけです。好奇心が強く疑り深い人向きで、おしとやかで信心深い人には不向きかもしれません。

大正後半から昭和20年まで、日本の言論や報道は極端に不自由でした。国家によって統制されている以上に、メディア自身の自主規制も強く、必ずしも広告費のためにとはいえない面があります。多くの読者・視聴者に受け取られなければ、経営が成り立たないという面もありますし、記者にしてみれば多くの受け手に共感してほしいという感情もあるでしょう。多くの共感を得て、本の出版や講演会でも発信したいという「野心」を不当とも言えません。

インターネットでも、同じ問題は起きます。広告がつくことで収入があり、経営が成り立つことも、既存のメディアと同じです。そのためには、多くの人にアクセスしてもらう必要があります。広告にたよらず、受け手に一定の負担をしてもらう有料配信もあります。その場合、他で活動して有名になっていないと、内容を見ずにいきなり有料サイトに入ってくる受け手はいません。多くのフォト・ジャーナリストが集まって始めた「 fotgazet 」などが、その例です。その場合でも、無料導入部分を充実させておかないと、いきなりお金を払ってくれる人はあまりいません。

Web Iwakami は有料化しようと準備していたら、今回の災害が起きてそれどころではなくなり、今のところカンパとボランティア・スタッフと個人の負担で運営しているようです。

最後に、岩上さんが保坂展人さんにインタビューした動画を紹介します。国会議員になる前の保坂さんが、フリーのライターやイベントのプロデューサーなど、様々な活動をしてきた年月を、岩上さんがメディアとの関わりを中心に聞いていきます。インタビュー後半は、震災を通じて見つめる自治体と国、住民の関係が語られます。

by MAYSTORM-J | 2011-04-21 22:01 | 社会
2011年 04月 20日
加害と被害の関係 その2・・・避難者へのスクリーニングと除染  4月20日 2011年
つくば市が、福島県からの避難者に放射能検査(スクリーニング)を義務づけて問題になり、市長が撤回・謝罪しています。他のところでは、福島から来たというだけで、旅館や食堂でことわられたり、子どもがいじめられたりという報道もあります。後者の場合は、昔から日本人にある差別意識が底流にあると思われます。水俣病の患者や住民、ハンセン病の患者や治癒者、エイズ患者、肝炎患者、原爆の被災者やその子どもに対する偏見と差別。被害者や患者に対し、日本の社会はけっして「優しくない」歴史があります。

福島からの避難者を差別する風潮を憂う側に、「被曝は伝染病ではないから」という論調が見られます。その真意は、口蹄疫の時のように厳重な感染拡大の予防は科学的でない、という事だと思います。この論調にも問題があります。ひとつは、伝染病であれば差別されるのが当然という、間違ったメッセージになる可能性があるということ。もう一つは、放射性物質の人による移動・拡散の可能性に目をそむけてしまうことです。

たぶん、つくば市に移ったほとんどの人は、それ以前から避難所にいたと思いますので、衣服や体表・頭髪などにたくさんの放射性物資をつけている可能性は低いでしょう。しかし、遠方に移動する前に一度、貴重品を取りに家に戻っている人もいるかもしれません。避難指示地域で取材したフリーのジャーナリストの報告では、こっそり家に帰る人に、防護服を着せたり、避難所に戻る時にスクリーニングをしているとは思えません。つくば市の措置を非難している枝野官房長官は、先日避難指示地域に入る時、防護服を着ていても、車から出たのは5分間だけだったようです。避難所のように、板の間に直に大勢の人が座ったり寝たりするようなところでは、外から放射性物質を持ち込まないように注意する必要があるでしょう。

汚染の可能性が低い集団に一律に義務づける事は問題ですが、自分の行動歴から汚染の可能性がある人は、自主的に自分や家族の健康のため、スクリーニングを受けられるようにした方が、安心出来るのではないでしょうか。汚染の濃度がわかれば、洗ったり拭いたするだけで済む事が多いのですから、心配な人は受けられるようにした方が、いいでしょう。各地の保健所で実施しているはずです。差別されるかも知れない不安から、検査を避ける雰囲気にならないように、差別意識をなくしていく事が必要で、汚染に目をつぶることは意識変革にはなりません。

枝野官房長官の発言の裏には、なるべく汚染を少なく見せたいという意識が見えます。原発事故からの汚染の拡大にともなって、厚労省の通達でスクリーニングと除染の基準が変更されたことはあまり報道されていません。大幅に危険サイドに基準をずらしている事が判ります。これまでは除染の対象になる多くの人が「保健師が心のケア等を実施し、説明後帰宅」ということになりました。なんだか、余計な心配をするな、といわれているようです。基準を変更した科学的な説明はなく、ただ IAEA の基準に合わせたといいます。

政府は原発事故の後、いくつかの基準値をいじって、被害を小さく見せてきました。IAEA の基準に全てを合わせるというわけでもありません。野菜や土壌の汚染については、野菜を丁寧に洗ってから測定するとか、土壌表面の面積当たりの放射能を測定するのではなく、汚染されていない深い部分の土まで掘り返して全体の重さあたりの放射能を測定したりと、IAEA の方法とは違う測定方法で、汚染の数値を低くしています。国民の安全・健康のために測定しているのではなく、被害を低く値切ることに終始しています。

輸出食品の国内サンプル検査で、汚染度を低く見せる操作をしても、輸出先の検査では高い数値が出てしまうでしょう。日本の検査態勢に対する信用がなくなれば、農産物に限らず輸出産業全体に影響が出ます。日本国民だけが、世界標準と異なる危険を甘受させられていきます。

by MAYSTORM-J | 2011-04-20 11:29 | 社会
2011年 04月 18日
4/10 No-Nukes Demonstration TEAM CHINDON  4月18日 2011年
今朝書いた文章をなんども読み返しながら、なんでこんな事を書くんだろうと、これでいいのだろうかと・・・

農民なら自分が作った作物は「汚染されていません」と言ってほしい,シロと思いたい。それが一番です。しかし、福島県に限らず、隣県でもグレーなのは、農民自身が知っています。クロといわれたものを食べ続けると1万人に一人が癌になるとしたら、グレーでは10万人に一人かもしれません。しかし、その一人の子どもにむかって、「君は運が悪かったのさ」なんていえる農民は一人もいないでしょう。

水俣病の原因がまだ判らなかったころ、漁師は背骨の曲がった売り物にならない魚をネコにやったり、自家用にしました。しばらくすると、漁村からネコがいなくなり、人がふらつくようになりました。胎児には特に水銀が蓄積しました。いま福島周辺で、農家はグレーな野菜をたくさん食べているでしょう。農家の子どもも、授乳中や妊娠している若いお嫁さんもことわれないかもしれません。「安全だ」「風評に惑わされるな」という宣伝に、善意の消費者は「食べる事で応援します」と言って、市場で買いたたかれ、他の産地のものより安くなっているのを買っていきます。その声に押されて、農家は出荷し続けますが、もちろん収入は落ち込みます。

これがはたして農家を応援する事になるのでしょうか。いちばん悲しいのは、グレーである事を知りながら、出荷することになる農民の、生産者としてのプライドを崩壊させてしまう事です。むしろクロと判定されて、補償をもらう方がいいとと思うようになるのも、悲しい事です。応援するなら、農民と一緒にグレーと判定された野菜をトラックに積んで、霞ヶ関や東電本社にぶちまけ、正当な値段で買い取れと要求することかもしれません。


暗い文章が続きました。

こんなのもあります〜〜

4月10日、高円寺界隈の反原発デモに登場した、TEAM CHINDON ジンタらムータです。
http://www.youtube.com/watch?v=BDuIVvUdoUE&feature=related
YouTube には他にも何曲か。

野坂昭如さんの歌「マリリンモンロー ノーリターン」・・・暗いです。居心地のよい自虐、我が世代の底に流れているもの。
でもデモ、「高円寺、行きて〜〜!!」

野坂さんの世代、私より一世代上ですが、「高円寺」に近いのかもしれない。ちょっと紹介するのが迷う「大脱走(にっぽん大震災心得)」という歌があります。

これらの歌が世に出たのは、野坂さんが40代、団塊世代の私たちが20代半ばでしょうか。その頃は、「こんな世の中 誰がした」と、ずっと上の世代の責任を問うことができました。60を過ぎて、今は「高円寺」で責任を問われる世代です。数年前、若い人たちの貧困を世に訴えた「高円寺」の人たちは、古い世代に反発してか、デモをパレード、ビラをフライヤーと言い換えていました。そうだよなあ、昔デモをしていた世代が今は、若い人たちを派遣として使い捨てにしているんだから、反発するのも当然だよね。

それにしても、団塊世代って芸がない。牧羊犬の言いなりに動く羊の群れみたいです。

by maystorm-j | 2011-04-18 11:50 | 社会
2011年 04月 18日
崩壊する神話 その2 食の安全神話  4月18日 2011年
輸入食料・食品の安全性については、過去いろいろ問題があり、きびしい規制が設けられていました。それでも、時には水際でチェックしきれず、BSE、遺伝子組み換え、餃子事件など、話題にのぼる事例がいろいろありました。国内でも、農薬や食品添加物の規制がすすみ、有機農産物の販路が直売だけではなく、一般の店舗でも手に入るようになり、地産地消やトレーサビリティーなど生産者・消費者双方の意識が変わってきました。実際にはかなり怪しい食品も多いのですが、国内外で「日本の食品は安全」という神話は定着してきていました。

放射能汚染で思い出すのは、チェルノブイリの後で、ヨーロッパから輸入されたチーズぐらいでしょうか。記憶もさだかではありませんが、第五福竜丸事件の後では「原爆マグロ」騒ぎがありました。国内の農産物が放射能汚染されるということ、国内に大規模な汚染源が出来てしまうということは考えてきませんでした。東海村JCO臨界事故では、周辺の農産物に対し、「風評被害」に対する補償がなされましたが、実際に放射能汚染される可能性については真剣に考える事はありませんでした。

化学物質でも放射能でも、濃度や密度が低ければ安全という考え方がとられます。一昔前、ppmとかppbという単位が、今のシーベルトやベクレルのようにたえず登場しました。「うすければ安全」という考え方には、いくつかの落とし穴があります。汚染物質をたれ流す企業は、水でうすめてしまえば、規制されないわけです。環境に放出する汚染物質の総量を規制しなければならないという考え方が出てきました。

食品それぞれの汚染濃度が低くても、いろいろな食品が汚染されていたら、体内に入る汚染物質の総量は大きくなってしまいます。「ある汚染された食品を毎日100g 一年間食べ続けても安全」という言い方は、その食品だけが汚染されている場合にしかなりたちません。いろいろな食品が汚染されている場合は、足し算しなければならないという事です。

汚染物質に対する感受性はきわめて個人差が大きいものです。年齢や性別、生活習慣、生活環境、体質、個人差を生む原因は多様です。汚染濃度の基準を設定する時には、かなり安全側に(低く)しておく必要があります。それでも影響が出ていないか、たえず検証していなければなりません。非常時だからとか、検査しきれないからという理由で、基準を甘くすれば、弱い人から影響がでます。活発に成長している胎児〜青少年も汚染物質が多く蓄積されます。

元気な政治家やタレントが、テレビカメラの前で食べてみせることには、何の意味もありません。彼らの孫や子どもに食べさせろとは、偶然その家に生まれてしまった孫や子にも人権がありますから、そんな事は言いたくありませんので、想像するだけにします。

もちろん、汚染されていない、という事は汚染がゼロまたは汚染が起きる前の濃度と変わらない、のであれば、汚染源にたまたま距離が近くても何の問題はありません。基準をころころ変えられると困るのですが、基準値以上のものをわざわざ選んで食べる一般消費者はいないでしょう。基準値を超えるものは出荷しないのが原則です。それでも、生産者が食べる可能性や、飼料にまわったり、野生動物が食べて汚染が濃縮される心配はあります。

問題は、グレーゾーンの食品を食べるかどうかです。個々の食品の汚染濃度ではなく、体内に蓄積される汚染物質の総量が問題ですから、グレーゾーンの食品からの汚染は足し算しなければなりません。さらに、放射能汚染は、外部からも被曝しますので、生活環境の放射線量も足されることになります。九州に住んでいる人で、ほとんど地元のものを食べている人が時々グレーゾーンの食品を食べる場合と、空間線量の高いところで、基準値をわずかに下回る食品をいろいろ食べているのでは、足し算の結果はまるで違ってきます。そこに、個人差の問題もありますので、最終的には自分で判断しなければならないのでしょう。

自分で判断するためには、情報が公開されていなければなりません。基準値以上はクロで、以下はシロという分け方では、足し算できませんので、グレーゾーンも数値を公表しなければなりません。汚染物質の摂取量を正確に計算する事は無理ですし、排出される割合も個人差があるでしょうが、大まかな判断は可能です。「お上におまかせ」という人も多いのですが、後から裏切られたと文句言っても、取り返しがつきませんので、自己判断ができるだけの情報が公開されなければなりません。

グレーゾーンを安全だと言って宣伝し、「風評被害」と言って不安を封じ込めるのは、汚染被害に対する補償を値切る目的ではないかと疑います。汚染で売れなくなった農家の怒りを、消費者の善意で和らげ、実際は安く買いたたかれているにもかかわらず、国中が応援していると思わせる。しかしなによりも生産している農家自身、自分の作っているものがグレーだと判っているからこそ、やりきれない悔しさを感じていることと思います。消費者が善意で応援する事が、賠償を要求する農家の正当な権利を封じる事になるのではないでしょうか。

by maystorm-j | 2011-04-18 06:40 | 社会
2011年 04月 17日
崩壊する「神話」・・・原子力発電はやめられない  4月17日 2011年
古来民間で語り継がれて、様々な地方ヴァージョンをもつこともある民話と、「神話」との境界には曖昧なところがあります。民話に登場する神様は、ずいぶんといいかげんで、時には「コマッタ君」もいます。神話にもいろいろありますが、宗教家や権力者が語る神話では、神は絶対的で、まちがいをおかさない存在になりがちです。民話の神様は、笑ったり茶化したりしながら語られますが、後者の神話には批判を封じる力が働く事があります。ヴァライエティーの存在が、時には宗教戦争の原因にもなります。

「原子力発電は絶対安全」という話は、権力者が語る神話にあたります。民衆の間から自然発生するはずはありません。御用科学者とマスコミという宣教者を動員して布教活動が展開されてきました。布教活動には多大な金が投じられてきました。しかし、たかだか60年ほどの原発の歴史の中で、安全神話は様々なほころびを見せています。密室内で起きた多くの事故は隠され、隠しきれない事故は政府・事業者・学者・マスコミが宗派一体になって、過小に評価・宣伝されました。

いくら布教しても、放射能に不安を感じる民衆には、「原子力発電をやめると、昔の貧しい生活に戻る」という次の神話を財界人に語らせます。信じないと地獄に堕ちるという、宗教にはよくある話です。安全神話に対しては、過去多くの異議がとなえられてきましたが、異端として退けられてきました。しかし今、隠しきれない破綻が起きて、なり振りかまわず次の神話にすがる者とすばやく宗旨替えする者がいます。宗派内でも民衆にもまだ、「電力の不足神話」が残っています。

原子力発電をやめると、どれだけ電力が不足するのでしょうか? 不足すると主張する人の根拠は、いくら探しても「原子力発電が30%」という現状の数字しか出てきません。その30%がなくなると「大停電」「経済の崩壊」「昔の貧しい暮らし」「寒さと飢え」・・・恐ろしい地獄絵図が語られますが、その根拠は「30%」という数字しかありません。新しい神(自然エネルギー・持続可能エネルギー)はまだ幼子で、地獄からあなた方を救うまでに成長するには時間がかかります、と口を揃えて語ります。これまでその幼子が大きくならないように、いじめていたことなんかなかったという顔をして語っています。

原子力発電はコントロールがむずかしい、今多くの人がそれに気づいています。広島に落とした原爆の何百、何千倍ものエネルギーを一つの原子炉の中で燃やします。一度運転を始めると、簡単には止められませんし、出力を落とすのも危険なほどの大きなエネルギーを扱っています。そのために、運転出来る火力や水力を止めて、原発を優先して運転します。その結果が「30%」です。

「原子力は安い」という神話もあります。事故が起きればとんでもないコストがかかることで、この神話は吹っ飛んでしまいました。しかし、異端者たちは事故の前から、国が税金で原発の後始末(廃棄物処理や廃炉コストなど)をするから、安くなるというからくりをあばいてきました。しかも、廃棄物の最終処理施設は出来ていないので、これからどれだけの税金が費やされるのかさえ未定です。出力調整がしにくいため、夜間にあまった電力を採算度外視して夜間電力といって叩き売りしています。それでも余る電力で、揚水発電というきわめてコストの高い発電方法を無理に導入しています。揚水発電のコストを含めると、原発が一番高い発電方法になります。

日本には石油資源がないから世界の石油が枯渇したら困るという、「枯渇神話」もあります。しかし、石油以上にウラン資源は世界で偏在していて、こんご争奪戦が激しくなる事も予想されます。ウラン資源が枯渇しないという保証もありません。

最後に二人の「異端者」のお話を紹介します。Web Iwakami にあります、小出裕章さんの2度目のインタビューと、大島堅一さんのインタビューです。4月11日に収録されたもので、インタビューアーは岩上安身さんです。

by maystorm-j | 2011-04-17 05:54 | 社会