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2010年 07月 27日
日本海で米韓合同軍事演習  7月27日 2010年
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 梅雨に入ってから、その後の夏の天気の予想を自分なりに考えていましたが、見事に大はずれでした。梅雨の間は前線が安定せず、大陸からめまぐるしく低気圧・高気圧が流れ込み、西日本では大荒れの豪雨で、多くの被災者を出しました。その後、太平洋高気圧が東から移動し本州を覆って、のっぺりと変化の少ない天気図が10日ほど続きました。猛暑と局地的豪雨の繰り返しでした。シベリア上空の偏西風の蛇行が激しい事が原因と気象庁は少し前に発表したようです。最近はお天気キャスターというよくわからない人たちが、洗濯をどうしろだのという余計なおせっかいばかりしゃべりまくり、大事な情報を伝えないため、必要な現象を見落とすことがあります。日本海や東シナ海をはさんだ対岸の状態、時にはインド洋の気温など、太平洋側ばかり見ていると、見落とす現象がかなり日本の気象に影響するようです。

 雷雨があけた軽井沢の別荘地に咲くネジバナの花2本。花を拡大して見ると、小さいながらもラン科の花らしさがわかります。


 日本海で米韓軍事演習が行われています。日本の自衛隊もオブザーバーを参加させているそうです。朝鮮半島の西側にある黄海で行う予定だったところ、中国の反発を受けて、半島東側の日本海で行う事になったそうです。かなり大がかりで挑発的な内容の演習であることを、NHK ラジオでは、アナウンサーがすこしはしゃぎ気味に報告し、防衛省関係者が誇らしげに解説していました。大人になっても戦争ごっこが好きな人はたくさんいます。

 子どもの頃、ちょうど半世紀前のことになりますが、東京の多摩川に沿って連なる丘でよく土器探しをしていました。小学生のことですから、発掘作業ではなく、畑のわきで拾うだけですが、耕耘機もない時代、農民が鍬で耕しながら邪魔な土器のかけらを畑のわきに投げ捨てたのでしょう。1時間も歩くと、ポケットが一杯になるほどでした。石斧の一部を拾ったこともありましたした。強い雨の後は、畑の土の上に黒燿石の矢じりが浮き上がるようにのっていて、太陽の光を受けてキラッと輝くのが見つかります。何千年も前に、信州の和田峠から黒耀石が運ばれ、多摩川の丘の上で加工されたらしく、完成された矢じりの何倍もの量の黒燿石のかけらを拾いました。

 その20年後、信州に移住し、はや30年以上たちます。しょっちゅうトンネルで和田峠を通るのに、いまだに黒燿石の採掘遺跡を訪れた事がないのは、単にものぐさですね。矢じりの造形的美しさは印象深いものでしたが、なんと言ってもワクワク感があったのは、縄文式土器のかけらでした。縄を転がして付けたらしい模様、へらで押しつぶしたらしいつるんとした部分、渦巻き模様、そして爪を押して付けた連続模様。何千年も前、そこに生きていた人間の爪の跡だということの生々しさにワクワクでした。今になって考えると、戦前戦中どうして日本の紀元は2600年前だなどと考えたのでしょう?

 同位元素を使った年代測定が進むにつれて、縄文土器の発生時期はさかのぼり、15,000~16,000年前という測定がでます。世界中でも一番古い土器ではないかと言われるようになります。日本海をはさんでロシア側でも同じように古い年代の土器が見つかり、日本海沿岸が世界の最古の土器発生地ではないかといわれました。中国湖南省地方でさらに古い可能性のある土器が見つかり、「東アジア」にその範囲が広がっています。

 日本海はその広さのわりに外海とつながる4つの海峡は狭く、東シナ海から対馬海流(暖流)が入り、子どもの頃は間宮海峡と教わったタタール海峡からリマン海流(寒流)が入ります。漁業はもちろん、日本の穀倉地帯と呼ばれる稲作地帯の気象条件が作られます。現代史の中では、「裏日本」とよばれ、工業と人口が集中する太平洋側に較べると、「遅れた」地方と見られることがありました。「裏日本」という呼称はさすがになくなりました。太平洋側にそりかえった本州を移動するには日本海側をとおる夜行列車が安く便利でしたが、新幹線網の発達とともに多くが廃止され、近年日本海側を通る機会が減ってしまいました。

 しばらく前、この海を囲む各地が直接交流しようという運動(環日本海構想)がありました。なんとなく楽しい発想ですが、その後続いているのでしょうか? 話がとりとめなくなりましたが、日本海を軍事的な「挑発」「謀略」「衝突」の場にするのは、いかにも残念なことです。戦争ごっこを繰り返していると、いつしか本当の戦争を始める事に抵抗がなくなって行きそうです。

by maystorm-j | 2010-07-27 21:50 | 社会
2010年 07月 21日
「元死刑囚」or「元工作員」  7月21日 2010年
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 ホタルブクロ(ヤマホタルブクロ)。ホタルを中に入れて、口を縛れば提灯のようになるということでしょうか。試した事はありませんが、ホタルの季節が終る前に咲き始める花です。今年は花が多く、色も濃く、まだしばらくは楽しめます。

 昨日(7/20)早朝に軽井沢を出て、伊那と別所温泉で用事を済まし、西から軽井沢に近づくと、浅間山の山麓に虹の一部がかかっていました。それまではどこも、かんかん照りの真夏の一日でしたが、関東平野と佐久平の境の峠にあたる軽井沢では夕立があったのでしょう。着替えて、すぐにサル追いに出かけました。

 役場のサル追いメンバーの一人が「すごい音で声もテレビの音も聞こえないほどだった」と話しています。雷の音の話だと思いながら受け答えしていると、どうもかみ合いません。ヘリコプターが何機も上にいて動かず、自分もどこかのテレビに映ったということでした。そのメンバーの家は、鳩山別荘の近所にあります。

 別荘から4〜5軒先のご近所なのですが、そのあたりは明治期からの古い別荘地で、敷地が100m 四方もある別荘が多く、4〜5軒先と言っても300m ぐらい離れています。そのメンバーを含めて町民の家々は小さな川を挟んで南側にあり、それぞれの敷地は別荘群に較べると二桁小さくなります。普天間基地周辺の住民は毎日がその状態なのですね。

 夜のラジオニュースを聞いて、何が起きているのかやっと正確につかめました。聞きながらちょっと気にかかったことですが、どうも放送局によって、金賢姫氏の肩書きが、「元死刑囚」だったり「元工作員」だったりします。各放送局を後から調べるのは手間がかかりますので、ここは手抜きして各新聞社のウェブ・サイトを調べました。

 「元死刑囚」としているのは朝日新聞と毎日新聞。「元工作員」としているのが読売、日経、産経と地元の信濃毎日新聞です。使い分けの理由を問いただした訳ではありません。ここでは私の感覚的な感想を書きます。

 「元工作員」というのは、言わば過去の職業であって、元首相とか元会社員と同列の印象を受け、私にはあまり違和感がありません。特に今回の来日の目的は、工作員として教育されていた時期の見聞を聞く事にありますから、肩書きとしては自然な感じがします。

 「元死刑囚」というのはどうでしょうか? 特赦という形であれ、刑罰を終えた人に過去の刑罰名をつけるのは、私には違和感があります。元懲役囚とか元罰金刑囚とか付けていたらどれほど大勢の・・・という想像は不愉快なだけですね。まして、日本で裁かれたわけではありません。韓国でそう呼ばれることがあっても、そのまま日本で同じように呼ぶべきかどうかにも疑問があります。

 今回の事で日本は過去に一年以上服役した外国人の入国を認めないということも知りました。フジモリ元大統領のように、本国の捜査から逃げてきた人の滞在を認めながら、真っ当に刑期を終えた人の入国は認めないようです。ネルソン・マンデラ元大統領もアウンサン・スー・チー氏も日本には入国できないということなのでしょう。




 

by maystorm-j | 2010-07-21 23:08 | 社会
2010年 07月 18日
軽井沢の別荘地を歩き回るイノシシ


 町役場から約1km 。造成中の別荘地を歩き回るイノシシの姿を捉えました。夕方の薄暗い時間帯でしたので、画像は荒れていますが、体つきの割に身軽に動く様子がわかると思います。100m 以内に常住家庭が5〜6軒あって、通学する児童も何人かいます。

 人家近くでは銃器による捕獲が出来ず、檻やワナで捕まえるため、残ったイノシシはその場所を危険な所とは認識しないようです。毎年かなりの数を捕獲していますが、人里に定着するイノシシはなかなか減少しません。メスは毎年5〜6頭の子どもを産みますので、捕獲が追いつかない状況です。

 ドングリをたくさん食べる晩秋から冬の間は、脂がのっていて食用にもされますが、農業被害を出して捕獲される春から秋にかけては、捕獲現場で血抜きや内蔵の処理がむずかしく、味が落ちてしまうため、埋められてしまうことが多いようです。シカについては各地でいろいろ工夫して、捕獲したものを利用するようになってきていますが、イノシシはまだ処理施設に運んで利用するまでにはいたっていません。

 

by maystorm-j | 2010-07-18 22:39 | 自然
2010年 07月 13日
夏季限定「戦争を語る」 7月13日 2010年
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 今年の5月に撮ったキビタキです。アカハラ、トラツグミ、サンコウチョウ、ヨタカなど、近年数を減らしている鳥が多い中で、春のキビタキとヤブサメはかなり増えているように思われます。小さな鳥ですが、さえずりは体に似合わず大きく、変化に富んでいて、まだ葉の茂りきらない森に響き渡ります。

 鳩山首相が辞めるまで、沖縄問題であれほど騒いでいたマス・メディアは、菅直人新首相が沖縄をまるで語らない事もあってか、その後はサッカー一色。以前から「見るスポーツ」には興味がなく、この10年ほどはテレビのない生活をしてきたため、世間の皆様の寝不足とは縁がありませんでしたが、ラジオからも新聞からも沖縄がこつ然と消えてしまったのには呆然。「見せるスポーツ」は常々、政治に利用されたり、権力の隠れ蓑になったりしてきました。

 参院選では、沖縄を語っていた党も個人も支持を得られず、私はむなしく2枚の紙切れをアルミの箱に入れただけに終りました。「消費税」では民主党も自民党も違いはありません。「辺野古移設」では、自民党全体と民主党内閣は一緒です。投票した国民は何を基準に選んだのでしょう? さっぱり判りません。国民の大多数は、民主党と自民党の沖縄政策を良しとしたと考えるしかありません。外務・防衛官僚、岡田・北沢そして岡本行夫を是としたのですね。

 与党は参院で過半数をとれず、いわゆる「ねじれ国会」となります。今日(13日)の朝日新聞に、国会での各党の連携・協力を予想するために、課題ごとの各党の立場を比較してありました。消費税・法人税・公務員制度・郵政・高速道路・労働者派遣法の課題ごとに7党の主張が並んでいます。沖縄はもはや争点どころか、検討課題にすらならないという認識のようです。

 サッカーの終了とともに、マス・メディアの「夏の風物詩」とも言える「昔あった戦争を語る」ひと月が始まりました。仕事をしながら聞くラジオで、戦争を語る体験者の話には、くやしいけれど目がかすんで仕事を中断する事もあります。しかし、それも8月15日までと、はなからわかっています。「過去の不幸と今の幸せ」というパターン。

 今も戦争は続いています。日本はそのいくつかの戦争に参加・支援しています。それが、沖縄であり、全国の米軍基地であり、そして自衛隊なのではないでしょうか。私が今年も払う税金の一部は戦争に使われ、人が殺されます。



・・・・・追記・・・・・・
ブログのデザインを変えてみました。写真がもう少し見やすくなることを期待してのことですが、見慣れないせいか、ドカーンと大きいですね。

by maystorm-j | 2010-07-13 21:29 | 社会
2010年 07月 10日
気象情報について 7月10日 2010年
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 7月8日に見つけたギンリョウソウと呼ばれる花ですが、その姿が頭をもたげた銀色の龍に見えることから名付けられたのでしょう。地中で、菌類(キノコ)から栄養を得ています。夏の夕方、薄暗くなって行く林の中で、目に浮かんでくるその姿から、ユウレイタケとも呼ばれています。どうも、日本の幽霊は夏がお好きなようです。

 前回の記事では、気象情報の精度が細かくなることにふれました。その後、気象庁の話では、レーダーによる観測精度を250m 四方のエリアごとに、雨の強度がわかるようにするということのようです。集中豪雨とかゲリラ豪雨と呼ばれる局地的な大雨による、死者が発生するような被害が目立つ中で、情報の精度が高まり、状況の把握や予想が正確になる事は心強いことです。レーダー観測であれば、コスト・パー・フォーマンスもいいでしょう。

 問題は、その情報を受け取る側にありそうです。情報量が増れば、それを素早く受け取り、正確に理解し、有効に対応するためのより高い能力が、受け取る側に要求されて来るでしょう。受け取る側を、地域行政や地域社会と個人とに分けて考えてみます。

 現在、地方行政では人員削減が進んでいます。庁舎から外に出る仕事の多くが民間に委託されていくでしょう。委託する側の行政担当者は、数年に一度配置転換されて、専門能力は身に付きません。情報発信量と受信能力のギャップは大きくなる一方です。警報や注意報に従って、避難勧告や誘導をすれば、事後さまざまな責任を問われることもあります。行政の末端で機能してきた町内会や隣組のシステムも、若い人が遠ざかり老齢化し、災害に対応する能力が落ちています。消防団など、慢性的な人不足が言われています。

 精度の高い情報は、マスメディアでは伝えきれません。今回の取り組みも、気象庁のウェブサイトでの発信が中心になると思われます。地方に暮らしていると、都会暮らしに較べると情報量が圧倒的に少ないのですが、インターネットで積極的に情報を採りに行く姿勢は、都会より弱いことが気にかかります。若い世代がパソコンを使えず、携帯電話に頼っています。もちろん年寄り世代も使えない人が多いのです。回覧板で何日もかかって情報を伝えるのでは、この場合なんの意味もありません。個人の情報受信力を高めない限り、どんな精度の情報も無駄になります。・・・・さて、どうしたものでしょうか?
 



 

by maystorm-j | 2010-07-10 06:28 | 暮らし
2010年 07月 07日
本当に梅雨ですか? 7月7日 2010年
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 なかなか存在感のあるキノコです。地上に出る前は白い球の中にオレンジ色の本体が丸くおさまっていて、その様子からタマゴタケと名付けられたのでしょう。近縁のキノコには、テングタケやドクツルタケがあって、色は灰褐色や白、タマゴタケと較べるといかにも食べられそうですが、実は反対に猛毒で、多くの中毒死を起こしています。味、香り、食感のしっかりしているポピュラーな食用キノコに較べると、タマゴタケはやや頼りない感じがしますが、バター炒めなどでヨーロッパでは珍重されているそうです。

 今年は、7月の初めから既に3回ほど食べました。気温の低い軽井沢では通常、秋のキノコ・シーズンに先駆けて夏後半に出ることの多いキノコで、今年はひと月以上早い登場です。毎日シトシトと降り続けるという事もなく、気温が高く、強い陽射しが林床まで届くため、地温の上昇がいつもより早いのではないかと思われます。「梅雨」の季節ということになっています。天気図を継続的に見るかぎり、西日本には梅雨前線がかかっていることが多いのですが、関西以東では前線がなかったり、南の太平洋上にあったり、大陸から進行してきた低気圧が東日本を横断したりと、「停滞する梅雨前線」とは違う気象が続いています。夏空・夏雲から急激に雷雲が発達し、雷と豪雨に見舞われます。いつまでも梅雨が明けなかった昨年とはまた違うパターンですが、そのせいか、タマゴタケに限らずいろんなキノコがポコポコと出ています。

 最近の天気予報はよくあたると言われています。たくさんの自動観測点の情報が地図上に点描され、気象衛星の画像が見られ、それらが刻々変化する様子が動画で見えるのですから、6時間後や12時間後の天気を予想する事は容易になってきています。「今日・明日」のお出かけ、遊び、洗濯にはそれで充分かもしれませんが、農業や製造業に従事するものにとってはもう少し長い物差しの予報が必要になります。マスメディアに登場する「お天気キャスター」たちは、中長期的予報について、気象庁の「発表」を伝えるだけで、解説することが出来ないようです。

 昨年の「梅雨明け発表」では、天気図を見続けていた人は首をかしげていたと思いますが、気象庁にはいろんな業界から有言無言の圧力があるのだろうな、と勘ぐっていました。しかし、発表されたものは一人歩きします。お天気キャスターは発表の内容に疑問をはさむことなく、梅雨明けしたものとしてペラペラしゃべり続けます。気象庁はたぶん発表から一週間もたてばミスジャッジに気づいたはずですが、秋風の吹く頃になって「今年の梅雨明け時期は特定できませんでした」などと、寝言のようにつぶやきます。もちろん「発表」を鵜呑みしてしゃべっていたキャスターたちからは、何の反省も聞かれません。

 40年以上前のことですが、山歩きのテントの中で性能の悪いラジオを聞きながら、気象庁が発表する数字を観測点がプロットされた白地図に書き込み、天気図を書く事がリーダーの仕事でした。その作業が、時には明日の命にかかわる可能性もありました。合宿の何日も前から天気図を書きためて、気象変化の流れをつかんでおく事も必要でした。

 今後、気象庁はさらにピンポイントで予報をたてようとしています。市町村ごとに予報しようということでしょう。昨日、長野県内を100km ほど車で走りましたが、佐久市を通過した際、500m 移動するごとにかんかん照り・豪雨・強風・ふたたびかんかん照りと、めまぐるしく天気が変化しました。「馬の背を分ける」という古い言い方があります。急激な雷雲の発達ではよくあることで、局地的にヒョウが降って農業被害が出る事があります。ピンポイント予報は短時間先を予想できても、時間の物差しが長くなるとはずれる可能性は高くなるでしょう。

 「このような天気図・気圧配置のときは局地的に急激な変化が起きる可能性があるので、雲の変化や風・気温の変化に注意するように」というように、自己判断力を高める事の方が、災害に対応する力をつけるのではないでしょうか。風や土の香り、生き物のふるまい、五感を磨いて豊かな情報を受けとめる習慣をなくしたくはないものです。

by maystorm-j | 2010-07-07 05:44 | 暮らし
2010年 07月 04日
昼間のイノシシ  7月4日 2010年
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 ちょっと古い本だと、「イノシシは夜行性」と書かれています。30年あまり前に信州に移住してから10年ぐらい前までは、夜の間に動き回っていた形跡は見られても、昼間に出会うという事はありませんでした。その後、各地の市街地に迷い込んだイノシシがパニック状態で走り回ることが、たびたび起きるようになりました。夜行性と思われていたのは、用心深い性質からだったようです。

 軽井沢町では、市街地のはずれや別荘地内に、迷い込んで来るのではなく、回遊したり定着するようになっています。しかも、真っ昼間から見かけることもあります。写真のイノシシは2006年7月に町役場から1km ほどの別荘地内を、数頭のウリボウ(その年生まれのこども)と前年生まれのメスを連れて、悠然と歩いていた大きなメスのイノシシです。時間は午前11時ですから、一番太陽の高い時間帯です。

 すでにかなりの別荘客が来ている季節で、近くの別荘では家から出られずに困っている様子でしたので、ロケット花火を打ち込んで追い払いました。日本有数の不動産会社が開発した大きな別荘地で、当時は管理事務所が野生動物の追い払いや花火の使用、拡声器による注意喚起などを拒絶していました。その後、ニホンザルによる花壇の被害や別荘侵入被害が起きて、被害にあった別荘からの苦情を受けて管理事務所も方針を変えました。今でも、野生動物の餌になる植物が多く、クマも滞留することがあります。

 野鳥のエサ台を含めて野生動物への餌やり、管理しない果樹、道路際のクワの木の増加など、市街地周辺に大型野生動物を誘うものがたくさんあります。人間の側の間違った対応が、人里への侵入と増加の原因になっていることが見られます。動物の種類によって、共棲が可能なのか、棲み分けを目指すのか、地域社会での検討と合意が必要になっています。

by maystorm-j | 2010-07-04 13:14 | 自然