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2010年 06月 30日
スポーツはお好きですか?  2010年6月30日
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 3年前の冬、上信国境(群馬・長野県境)の碓氷峠で出会ったカモシカです。まだ、角も小さく、幼さの残る小さな体つきですが、マイナス18度まで下がる厳しい冬に耐えて生きる風格も感じます。ニホンジカとは違い、カモシカはウシの仲間で、通常1頭か母娘の2頭で縄張りの中を移動して回ります。好奇心が強いのか、カメラをかまえた人間をじっと見つめている事が多く、シャッター・チャンスが数分間続く事も稀ではありません。天然記念物として保護される前は、軍用の毛皮にされたりで、もっと用心深かったかもしれません。

 退職金無しの長時間の肉体労働が本業の私にとって、体が一番の資本ですから、死ぬ直前まで働けるように、スポーツで体を鍛えることは仕事の一部のようなものです。とは言いながら、スポーツはやはり遊びで、楽しんでいます。同年代や上の世代の人たちに「どんなスポーツがお好きですか?」と尋ねると、「テニス、ゴルフ、山歩き、ゲートボール・・・」いろいろ答えが返ってきます。若い世代の人たちに尋ねると、「サッカー、野球、・・・プロレス???」 50代以上にとって「好きなスポーツ」とは「好きでやるスポーツ」ですが、若い世代では高い割合で「好きで見るスポーツ」のようです。なんだか逆転しています。

 サッカーの季節は一段落。マスメディアによる、開催前の「岡田監督バッシング」はいったいなんだったのでしょうか? 鳩山前首相や岡田監督のような、チロリン村風の「丸顔にドングリまなこ」はメディアと相性が悪いという訳ではないでしょう。メディアの変わり身の速さには感心させられます。えん罪が晴れて、十数年前の報道の一方的犯人扱いを問い返すことがありますが、忘却と変身の速さは、十数年どころか10日もあれば充分なようです。メディアにそれを許してきた私たち受け手の側にも責任はあります。


 このブログを始めるにあたって、カテゴリーの2番目に「遊び」を入れたのですが、遊びについて「遊びで書く」のはむずかしいですね。第1弾からして、こんな具合ですみません。

by maystorm-j | 2010-06-30 21:36 | 遊び
2010年 06月 27日
沖縄に感謝?  6月27日 2010年
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 仕事の旅先で、ちょっと不思議なカエルに会いました。目のあたりに黒い線と背中にいくらか濃い部分がある以外は、全身灰白色でしたが、目の前に緑の葉をおかれると、次第に黄緑色の斑紋が現れました。たぶん、ニホンアマガエルでしょうか、普通は目の黒い線以外、全身黄緑色で、今頃は雨の中、アジサイの葉の上などにいるカエルですね。周囲の色によっては、保護色で灰褐色に変わることがあると書かれています。
 
 6月23日に沖縄で菅首相は「沖縄の負担がアジア太平洋地域の平和と安定につながってきたことにお礼を表したい」と語りました。時を同じくして、アメリカ下院でも感謝が決議されたそうです。人助けをした子供に、行政が壇上から感謝状を渡すのを見るような気色の悪さ、恥ずかしさ。

 しかし大人の思惑はどうあれ、子供の場合は間違いなく「いいこと」をしています。一方、私たちが沖縄に負担させてきたことは、平和と安定につながる「いいこと」なのでしょうか? ベトナム戦争へ、沖縄のみならず本土の基地からも多くの兵員・軍機・軍艦が出撃し、ベトナムにボール爆弾やナパーム弾を降らせ、虐殺を行い、今でも枯れ葉剤の犠牲者がでています。米軍は敗退し、アメリカの傀儡政権は崩壊しました。イラクやアフガニスタンでは、米軍の戦争に協力して、自衛隊も参加しています。平和と安定がもたらされたのでしょうか?

 私の住む町から電車で50分ほどの松代、善光寺平(長野盆地)のはずれに作りかけの地下壕が残っています。1945年、本土決戦にそなえて、大本営を移すための地下壕です。その時間稼ぎのために、沖縄は無理な地上戦を続けさせられたとも言われています。6月23日に沖縄戦が終結し、その後2ヶ月足らずで日本は敗戦。団塊の世代と呼ばれる私たちが生まれました。

 嫌な仕事を社会の一部に負担させる時、負担させられる人たちを負担させている社会全体がさげずむ「差別」が日本にあります。 
 
 

by maystorm-j | 2010-06-27 09:01 | 社会
2010年 06月 26日
威嚇と攻撃  6月26日 2010年
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 昨年秋、交尾期をむかえたニホンザルのオスが、カメラを向けた私を威嚇してきました。歯を剥き出しにして目をむいた形相はけっこう迫力がありますが、ひるまずかまえていると、こちらのコブシやケリが届く範囲のちょっと手前で引き返します。通常は群れのメスザルに認められたガードマン役のオスザルが1頭で威嚇してくる事が多いのですが、時には気の強いメスザルが威嚇することもあります。このときは、近くにいた交尾直後のメスザルも何度か一緒に威嚇してきました。サルと目を合わせずに後ずさりするようにと書かれていることがありますが、人間を威嚇しても無駄だと思い知らせるために、私はサルを睨みつけながらゆっくりと、足場の良い所では駆け足で向かっていきます。

 これまでに数十回威嚇をはね返して、一度も実際に接触することなく、ザルの方が去っていきましたが、だれにでもおすすめの方法かどうか、ちょっと自信はありません。棒切れや石を拾って身構えると、威嚇をはね返しやすい事はあります。車にはねられたコザルを拾い上げると、周囲のオスメス多数が集団で向かって取り返しにくる事もあります。コザルに人間の恐さを覚えさせようと、樹上に取り残されたコザルをいじめていると、やはり周囲のオスメスが複数で向かってきます。単純な威嚇よりも強く接近してきます。

 このような野生動物の行動を擬人化して理解することは避けるようにしています。まして、動物の行動を都合良く取り上げて、人間の行動を正当化するのは危険です。しかし、できるだけ冷静に観察して、威嚇・攻撃が何かの目的をもつものなのか、恐怖にかられての行動なのか、出会い頭のアクシデントなのか、メスザルにオスが「いいかっこ」したいのか(案外多いように思います)・・・・・考えてみるのは無駄ではないでしょう。サルの行動を理解し、「里」では人間の優位を保ち、棲み分けにつながるように人間の方が有効な行動をとるようにしたいものです。

by maystorm-j | 2010-06-26 07:16 | 自然
2010年 06月 23日
フジとニセアカシア  6月23日 2010年
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 上の花はマメ科の外来種、ニセアカシアの咲き始めです。花が散る頃にはもう少し黄色味が増しますが、甘い香りを楽しんだり、天ぷらなどにして食べる事もあります。花数が多く、養蜂業にとっては貴重な蜜源です。
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町役場からほんの数百mほど、集落のはずれにある山の斜面を写したものです。白い花をつけているニセアカシアは斜面下のほぼ平らな場所に広く繁殖しています。斜面との間には農業用水が流れ、その上はかなりの傾斜で、岩場には民間信仰の小さな祠があります。周囲はクリやミズキにカラマツ、アカマツ、モミなどの針葉樹がまざる混交林です。都会から訪れる人の多い土地ですので、この風景を「美しい日本の春」と感じている人がたくさんいます。

 この春、こんな風景は信州のどこにでも見られました。50年前、用水の下は湧水地帯で水田が広がり、蛍が飛び交っていたところです。田圃は埋め立てられアパート・住宅地や別荘地に変わりました。生活の変化にともない土地利用の形態が変わるのはしかたないことかもしれませんが、利用する以上は手入れをしないと、バランスを崩した状態が速い速度で進行することがあります。特に外来種の場合、天敵が少ないことがあり、急速に増殖したり広い面積を占有して、在来の生物を駆逐してしまうことがあります。

 開発で荒れたままになっている土地に、以前でしたらシラカバ、アカマツ、ヤシャブシなどの先駆性樹種と呼ばれる植物が侵入し、その後次第にサクラやミズキ、モミジ、クリ、ナラなどに替わっていきました。花の時期に高速道や国道を車で走っていると、こんなにもニセアカシアが増えているのかと、思い知らされます。「外来種は全て悪い、全てを根絶しろ」というのは現実的ではありませんが、外来種によって植物の多様性がなくなっていくのは、そこに棲む人間や他の動物にとって好ましいことではありません。

 在来種ならいいのかというと、そうとは言い切れません。フジの様に蔓切りなどの手入れをしなくなった森林に急速に増えている植物も大きな問題です。人工林では林木に絡み付き変形させ、経済的価値を落とします。広葉樹林でも、絡み付いた木の樹幹を覆い、枯らしてしまいます。以前は、蔓切りのほかにも、籠の材料として利用するなどで、野放図に増えることはありませんでした。太く成長したフジからは、地上部をランナーが周囲にまっすぐのびて、急激に広がっていくようです。

 都会の人の間には里山ブームといわれる現象が起きているようですが、里山を共有財産として集落全体で管理していくシステムが崩壊してからかなりの年月が過ぎました。山の持ち主は老齢化したり、相続で地元にいないケースも増えています。周囲の住民が手入れをしたいと思っても、手が出せない状態になりつつあります。フジやニセアカシアの花を食べにくるニホンザルなどの野生動物の被害にあったり、林木が枯れて荒れた斜面が崩壊して被害にあうのは、地元に住む人々です。
 

by maystorm-j | 2010-06-23 07:02 | 自然
2010年 06月 16日
「沖縄の負担軽減」?  6月15日 2010年
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 この時期、里に出るニホンザルの群れでは、交通事故が多発します。事故に遭うのは多くが1才になったばかりのコザルです。サルの出産は4月〜8月で、特に5月と6月に集中します。完全に野生の状態では、1年おきの出産が多いのですが、里で畑を荒らし栄養状態の良い群れでは、毎年生むメスが多くなります。新生児を抱えた母ザルは、一人歩きする前年生まれの子供に眼が行き届かなくなりがちです。草や薮が茂り、4月までに較べると見通しも悪くなります。死んだコザルが強い腐臭を放つようになっても、1〜2週間ときには1ヶ月も母ザルが持ち歩く事があります。

 少し前の記事に「沖縄を裏切ることは出来ない」という言葉に対して違和感があると書きました。このところ、どの政党も「沖縄の負担軽減」と口をそろえて言います。沖縄県民の間では、基地の現状を「沖縄差別」と捉える発言が出ています。沖縄から見れば現状は差別に違いありません。しかし、沖縄県民以外の日本国民にとって、米軍とりわけ海兵隊の基地があるということは、どういう意味があるのでしょうか?

 ちょっと声を落とし「でもほんとの事を言うと」という訳知り顔で「基地で潤う沖縄」を語る人がいます。団塊の世代と言われる私は、記憶にはありませんが朝鮮戦争で潤い敗戦から急激に復興した社会の中で小学校に通いました。ベトナム戦争で潤う高度成長経済の中で大学に通いました。「夢」は為替自由化・円高進行とともに消え去り、今はアメリカが戦争を始めると逆に「応分の負担」をする事になっています。アメリカの戦争、米軍基地との関わりは、沖縄だけの問題ではなく日本全体の問題なのではないでしょうか。

 6年前の発足から参加している信州沖縄塾で、当時、辺野古の座り込みで厳しい中、日帰りで講演に来られた方から、基地問題は米軍に壊される「美しい沖縄・美しい海」という視点では捉えきれない・・・世界各地で続けられてきた米軍の戦争に加担する「人殺しの島」であることから、本当の平和な「戦後」へという視点を突きつけられました。日本はまだ「戦後」ではないという認識が、基地問題にかかわる出発点ということです。

 週刊金曜日799号(5/21)・高遠菜穂子リポート第16回 [ ファルージャから沖縄へ、ワセックさんの思い・米軍の「残虐性」直視を ] 、の冒頭に紹介されている言葉「あの米軍がこの美しい島から来ていたなんて想像もしなかった」。米海兵隊による大勢の市民に対する虐殺が行われたファルージャから辺野古の海を訪れたワセック・ジャシムさんの言葉です。「この美しい島」は沖縄をさしているのですが、私には日本列島と理解するべきだと感じられます。横須賀を訪れて巨大な原子力空母を見て、その存在を横須賀だけ、あるいは神奈川県だけの問題と捉える人は少ないでしょう。米海兵隊に家族を殺される海外の人々にとって、世界地図で見る沖縄という小さな島からではなく日本という南北に連なる島々の国から、海兵隊がやってきたと思うのは当然の事です

 日本の安全の為に必要な負担を沖縄だけに過重に負わせてきたという視点から見るだけでは、世界の中でこの国の生きて行く方向を見誤るでしょう。日本はこれまで、日米関係を米国以外のすべての国との関係に優先させてきました。一つ一つの国との関係を米国を座標軸において考えてきましたが、米国の対外戦略と日米同盟が大きく変化している現在、これはとても危険なことになっています。
 [ 孫崎 享 著 「日米同盟の正体  迷走する安全保障」 講談社現代新書 ] という読みやすい(しかも低価格)という本があります。

 このような問題について書くたびに、自分の知識や理解度、表現力の限界を思い知らされます。

by maystorm-j | 2010-06-16 08:44 | 社会
2010年 06月 13日
梅雨入り直前?  6月13日 2010年
 
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春、林の高い樹々や比較的大きな草が葉を繁らせる直前に花を開くフデリンドウです。写真は3年前の5月初旬に撮ったものですが、今年はその時期、沖縄問題に目を奪われていて、見逃してしまいました。花が少なかったのかもしれません。今年の春は寒暖のゆらぎが大きく、季節の移行が遅れたようです。梅雨入りも遅れ気味です。

 都会に住む人にとって天気の変化は、その日その日の服装選びとか、洗濯ものの干し方の問題のようです。ラジオで天気予報を聞いていますと、今日は「上着を着ろ」「長靴をはけ」「折り畳み傘、いや大きな傘を持て」「今日中に洗濯しろ」・・・お天気キャスターと呼ばれる女性たちがこまごまと指示を出します。「生活感のある女性の細やかな眼」を売り物にしているのでしょうか。子供に何から何まで指示を与える過保護・過干渉な親のようです。

 東京生まれの東京育ちですが、20代前半に都会を離れ、30年あまり前に信州に移り住みました。都会暮らしを論じる資格はないかもしれませんが、都会にも様々な暮らしがあるのではないでしょうか。雨が降ってもほとんど濡れる事無く出勤できる人もいれば、洗濯物の乾燥機を持っている人もいます。「春雨じゃ、濡れて参ろう」なんて、粋な人もいるでしょう。たまに東京に出ると、電車の中でダウンジャケットを来ている人の隣に半袖の人がいるのを見かけます。寒さ暑さに対する感覚や好みに個人差があるのは当然でしょう。

 私の周囲に多い農業者にとって、霜注意報は天気予報の中でも重要な情報です。特にこの春のように寒さのぶり返しが多いときは、眼が離せません。気温や降雨の予報も重要な事は言うまでもありません。「お天気キャスター」からは、「霜よけをしろ」「消毒散布は無駄になる」「苗の植え付けをしろ」などという指示は出ません。あたり前のの事ですが、自分の農業環境や作物・品種等々から、自分で判断するしかありません。情報を受け取った後は、自己判断と自己責任です。

 毎日何度も繰り返される天気予報の「懇切丁寧な指示」は、いつの間にか受け手の自然に対する観察力、判断力、自己決定力を削り落としてはいないでしょうか。みんなが一斉にコートを着たり脱いだり、布団を干したり洗濯をしたり、指示された通りに暮らすのは気楽なのかもしれません。雨に濡れたり風に飛ばされたり、不快な出来事は自分の失敗ではなく、予報がはずれたせいにすれば自分を納得させられます。危機に対する回避力・処理能力が落ちて、恐怖心や依存心ばかりが強まりそうです。情報はきめ細かく正確なほど良いのですが、自分の「暮らし能力」を高めるためにも情報を受け取った後の思考と実践は個人に委ねていただきたいですね。

by maystorm-j | 2010-06-13 07:27 | 暮らし
2010年 06月 07日
動物の交通事故  6月7日 2010年
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 昨日、私の住む町の国道でニホンジカが車にはねられて死んでいたようです(上の写真は6月4日早朝、上田・佐久地方から諏訪地方にぬける和田峠北の国道での事故写真です)。甲信地方では、ニホンジカが爆発的といえるほどの増え方で、農林業被害の他にもこのような交通事故が多発しています。写真の現場は、周辺に小規模の集落はありますが、環境としては山地であり、シカが道に飛び出してきても不思議ではないのですが、昨日の私の町の方は小学校の目の前で周囲に林や畑はありますが、どちらかと言えば市街地と言うべき環境です。

 ニホンジカの事故はほとんどが夜間におきますので、なかなかよけきれないようです。イノシシやシカのような大型動物では、よほど頑丈なトラックでもないかぎりは、車の損傷も大きく、人身被害につながる可能性もあります。朝になってから国道を横断することが多い私の町のニホンザルの群れでは、児童の登校時間帯の事故には特に注意が必要になっています。

 本来、生きている野生動物は法律上「無主物」(誰の所有でもない)という扱いのようですが、近年野生動物被害の増加にともない、行政が「保護管理計画」を定め、税金を投入して保護と管理をすすめています。絶滅が心配される動物の保護と同時に、増えすぎて生態系全体のバランスを壊したり、人間の生活を壊す可能性のある動物の個体数管理や生息域・生息環境管理は不可欠です。

 無主物であれば事故の責任は当事者にあるという事でしょうが、行政が権限を持って管理する事になると、被害に対する責任問題が起きる可能性があります。例えば、絶滅の心配があるツキノワグマの場合、集落や農地に出てきたものを捕まえて、人間の恐さをいろいろと教えて山奥で放すという「学習放獣」が行われます。現状では対策の一つとして重要な方法ですが、同じクマが再度被害を起こす事も実際にあります。とりわけそれが人身被害だったら、微妙な問題に発展する可能性もあるでしょう。

 地域全体の問題として、冷静な現状の把握、対策の検討と合意が必要になりますが、とかく野生動物問題に関しては、行政側の情報公開への消極性、「可哀想な動物」という愛護論、「殺してしまえ」という被害者感情、「山に餌を増やそう」という大雑把な運動などが交錯し、まだまだ試行錯誤の状態です。

by maystorm-j | 2010-06-07 07:57 | 暮らし
2010年 06月 02日
最後にやるべきこと  6月2日No.2 2010年
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 10日ほど前に、町の公民館の花壇からニホンザルが引き抜き、球根と茎の地際の部分を食べていきました。手向けの花一輪というわけではありません。

 鳩山首相は民主党のクリーニングを最後の仕事と考えて、二人の道連れとともに去るつもりのようですが、それは違うでしょう。5月中にはということで、国民の多くはイライラしながら待ったあげくに、発表された日米共同声明を、国民は受け入れなかった。閣議での署名を拒否した社民党を平然と切った後で、力強く続投を表明していたのですから、社民党の連立離脱の責任をとるというのもごまかしです。国民がNOと言ったこと以外に辞任の理由はありません。このままでは参院選を戦えないと慌てていた民主党議員やマスコミは、早々と後継者問題にシフトしていますが、その前に最後の閣議で、国民に否定された共同声明とそれに基づく閣議決定を撤回し、アメリカに声明の破棄を通告するのが筋です。それなくしては、後継内閣も共同声明に縛られるわけですから、普天間問題に進展はありえません。

 道連れにするべきは「日米共同声明」でしょう。

by maystorm-j | 2010-06-02 20:21 | 社会
2010年 06月 02日
マスコミ、官僚、検察の高笑いが・・6月2日 2010年
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 3月の末に撮ったキジのオスです。もう1羽のオスと一緒に行動していましたが、繁殖期をひかえて、けばけばしいほどの色になっています。その上、近くでカメラをかまえている私を意識しているのか、毛を立てて体をふくらませています。色がハデなほどメスにもてるのかどうか判りませんが、子育ての時期にはいると、その目立つ姿で天敵の目を地味な色のメスとヒナからそらす効果はありそうです。

 午前中のラジオは、鳩山首相の辞任表明で大騒ぎでした。春以降の流れから考えると、「常識的」な帰結とも言えます。しかし、鳩山演説を聞いていると、その背後から「マスコミ、官僚、検察」の高笑いが聞こえてくるような気がします。

 昨年の暮れ、本業の方で東京に出た時、たまたま仕事のお客様として来られた外務省北米局の若手エリートと話す機会がありました。アメリカでは大統領が替わってから100日間はマスコミが批判を控える事を引き合いに出して、「マスコミと鳩山政権の蜜月は100日もたなかった」とうれしそうに話していました。今になってみると、機密費がマスコミに配られていたという背景もあったのでしょう。当然のなりゆきですが、エリートさんとは意見があわず、ささやかな仕事ですがお客様を一人のがしてしまいました。

 鳩山首相は「国民が聞く耳を持たなくなった」と言いましたが、これはとんでもない思い違いで、この1年ほど多くの国民が首相の発言を聞いていたことは近年まれだったのではないでしょうか。マスコミが首相の言葉をねじ曲げ続けたということもありますが、国民は首相の説明を待ち続けていたと思います。「思い」「腹案」「勉強した」・・・・その内容を聞きたかった。

 首相は小沢幹事長とおまけに小林議員を道連れにしてやめるという。選挙対策でしょうが、法をねじ曲げてでも国をコントロールしようとする検察官僚は今夜、祝杯を上げているかもしれません。「小沢」的政治が良いとは思いませんが、選挙というチェックを受けない官僚に支配されるのはまっぴらです。

 官僚に対抗できない岡田外務大臣・北沢防衛大臣を普天間問題の実務にあたらせた時点で、「今日」の結果が見えていたという事なのでしょう。民主党内の反小沢勢力が鳩山よりましだとはとても思えませんので(自民党やその周囲の後ろ向き新党群も)、今後政権が良くなるとは考えにくいですね。これからも直接発言し、行動で表現することを続けていきましょう。


 「地元紙で識るオキナワ http://michisan.ti-da.net/ 」というサイトがあります。沖縄の地元新聞と「内地」のマスコミはこれほど違うということも・・・・・・

by maystorm-j | 2010-06-02 14:00 | 社会