カテゴリ:暮らし( 34 )

2016年 09月 12日
ぴんころ地蔵をもらってしまった

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お盆のころですが、会った事のない人から人を介して、ぴんころ地蔵をもらってしまいました。信州、とりわけ佐久地方の人なら当たり前に知っているのですが、たぶん全国版で知られていると言うほどではないでしょう。PPK運動というとますます???でしょうが、ぴんぴんころり、元気に長生きして、寝込んだり認知症にならずに、ころりと大往生を遂げたいものだと言う願望に発するものです。そのために、齢とってからも運動したり、菜園で汗を流したり、知的活動や健康診断。積極的に「老いに向かい合う」姿勢はいいものでしょう。退職金もなく、まともな年金もない私のような職業では、かなう事なら最後まで元気に働いていたいと、切実な思いもあります。

それにしても目の前のぴんころ地蔵を見ていると、見ず知らずの他人から最後まで元気に働けと言われたようで、なんとおせっかいなという気もします。もし現実に働けない状態になったら・・・いかに本人がぴんころ願望を持っていても、先の事は判りません。「酒が飲めなくなったら、生きていてもしかたない」と元気なうちは豪語していた人も、いざ医者に酒を止められたからといって自らあっちへ行ってしまったという話は聞きません。せいぜい人目を盗んでちょっとだけ・・・が関の山。元気な時に尊厳死を望んだ人が、その後もずっと気持ちが変わらないという保証はありません。まして、本人の願望の他に周囲の人達の願いや思惑もあります。しょせん、ままならぬ命と思い定めるのが自然ではないでしょうか。

ぴんころ願望を裏返すとどこか、「生きている価値のない命」が存在するという考えを認めることになるかもしれません。意識もなく、まわりに負担ばかりをかける命なら、早く消えた方が良いということにつながらないでしょうか。死に至る経緯は、突然一気に進む事もあれば、山や谷があったり、少しずつグラデュエーションを描いていくこともあります。もちろんどこから命に価値がなくなるなんて、線引きできるはずはないでしょう。死に近づいていくなかで、少しでもQOLの改善をはかったり、痛みを減らしたりする緩和ケアの充実を否定する事にもなりかねません。一見、人間なら当然の願いと思われることが、ちょっと視座を変えると、命に対する畏敬の念を損なう精神風土を醸成する可能性が見えてきます。現在ぴんぴんな人はそのままころりと逝きたいと考えるかもしれませんが、今ぴんぴんではない人がどう考え、どう生きているか、周りの人がどう思い、かかわっているか。だいじな視点をなくしてしまいそうです。


個人として自分の「生き方」を考えるということと、「死に方」を想定する事の違い。どちらも、周囲の人々と調整しながら実現に努力することでしょうが、後者は努力ではカバーできない不確定要素が前者に較べてはるかに大きくなります。だからこそ、ぴんころ「願望」であって、お地蔵さんに願掛けしたくなります。しかし個人の秘めやかな願いを、他人に大きな声で広言するとなると、個人の願いを集積して社会の精神に築かれてしまいます。その時に起きる共同体が発する精神的圧力、さらにそれが社会のシステムになり、個人を縛り、時には抹殺する力になりかねません。最初に引用した佐久市野沢商店街のサイトを見ていると、街おこし運動、金になる運動という側面にも支えられた、空恐ろしさが伝わってきます。


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by maystorm-j | 2016-09-12 06:09 | 暮らし | Comments(0)
2016年 07月 02日
かやぶきの家 展  今日から宇都宮市大谷で
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by maystorm-j | 2016-07-02 21:02 | 暮らし | Comments(0)
2016年 01月 01日
2016年 あけまして おめでとうございます
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浅間山からぷっくりとわき上がる煙。寒さもちょっと和らいで、元旦は氷点下4度。過ぎた一年にくらべれば、穏やかな年越しです。一昨年から続く社会の激変がまだ、暮しの実感として定着していないために、その変化の意味が衆知されていないようです。あるいは、実感となった時にはすでに、後戻りできないステージに進んでしまっているのかもしれません。年末に見せられた茶番劇を、恥じることもなく一歩前進と受取るところに、知性、理性、感性の崩壊が始まっています。




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by maystorm-j | 2016-01-01 07:51 | 暮らし | Comments(0)
2015年 11月 08日
福音館書店をご存知ですか?

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40年以上前、子育てが始まった頃から10年あまりの間、福音館書店から毎月送られてくる「母の友」と軽くて丈夫なペーパーバックの数々の童話を読んでいました。子供が童話を必要としなくなった後も、しばらく「母の友」は読み続けていました。最近、再び「母の友」といくつか子供向け月刊誌を定期購読し、急いで読んでから孫達に送っています。

http://www.fukuinkan.co.jp/


福音館書店のサイトをご覧いただければ解りますが、キリスト教系の歴史を持つ本屋でありながら、宗教色は感じられません。書かれている内容も、上からの説教臭さがまったくありません。しかも、不思議な事に、子供向けの月刊誌の多くが「理系」です。自然、生き物、人間・・・を丁寧に見ることを基点にしているようです。d0164519_06095285.jpgその一方で、単発の童話は、豊かな想像力の世界を作り上げています。感動的な名作より、どこにでもあって、いつまでも親しまれる楽しいお話作りを目指しているようです。


12月号の「母の友」は、特集「これからの平和のために、わたしたちにできること」と題されています。伊藤真、伊勢崎賢治、辛淑玉、中山千夏、堤未果など、リベラル系の雑誌などでおなじみの人も、児童書関係の方々も、子供を持つ世代の視座と言葉で語っています。


多くの市民運動が高齢化を嘆き、若い人を呼び寄せられないものかと模索しています。この夏は安保法制に反対し、都会では若い世代がそれぞれ独自の運動を始めました。しかし社会問題に限らず、田舎では世代間の交流が進んでいるようには見えません。年寄りは、若い人たちを何とか引き寄せ、説明(時には説教)しようとします。福音館の本を読んでいると、みんな子育て世代の方においで、子供の方にいらっしゃいと誘われているような気がしてきます。「年寄りの子ども返り」かもしれませんが、そこで語られる言葉はわかりやすく、リズミカルで心地よく感じます。

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4年前、信州宮本塾に参加した頃、放射能の問題を中心に、地元の市民運動には子供連れの親達が多く参加していました。当時、宮本塾の集まりでも、こどもを連れて参加しやすい方策を考えようと提案したことがありました。安保法制で一番に生き方を変えさせられる世代です。もう一度、それを考えてみる時かもしれません。企画内容も、映画上映や子育て世代が関心をもつテーマなどを取り入れて語り合う。外に出て自然や生き物と接するのもいかがでしょうか。年寄りにとっても、意外に心地良い時間になりそうです。時間とお金に余裕がある???世代が変わらなければ、歩み寄らなければと思います。


最後の写真は、異常に実をつけたイチイの枝。原因は知りませんが、パラパラと赤い実を散漫につけるイチイの生け垣の中に、時々このようにちょっと狂ったように実をつけている木を見かけます。ツルウメモドキとムラサキシキブとともに、2週間ほど前に南軽井沢で撮りました。その後なんどか霜が降りて、今はどんな様子でしょうか? ムラサキシキブの実はそのまま焼酎に漬けると、甘い香りがするきれいな琥珀色の酒になります。多少残念な気もしますが、紫色にはなりません。




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by maystorm-j | 2015-11-08 06:36 | 暮らし | Comments(1)
2015年 10月 28日
佐久市望月 多津衛民芸館で「平和と手仕事展」 11月2、3日

様々な企画でお世話になっています小林多津衛民芸館の、一年に一度のメイン行事です。私は、野菜の直販と新そば、おでんを目当てに毎年行きますが、今年は忙しくて時間が取れるかどうか。近くの方、ちょっと遠い方も、是非お出かけ下さい。


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by maystorm-j | 2015-10-28 08:05 | 暮らし | Comments(1)
2015年 10月 16日
贅沢病と笑うなかれ

d0164519_07303046.jpg昨日15日の最低気温は1.9度。夜が明けると一面白い霜の世界が始まります。写真は、数日前の風で落ちたナナカマドの実です。

9月中旬、新宿で個展があり、毎日新幹線通勤でした。「シルバーウィーク」中でもありましたが、金曜日の帰り以外は観光客と逆方向で、自由席でもかろうじて座れる程度。大宮・新宿間は家族連れが多く、華やいだ空気を感じました。展示作品を揃えるために、8月からかなりのハードワーク。たぶん、月間労働時間が400時間を超える「ブラック自営業」状態でした。生来の鈍感さゆえ、疲れているという自覚もなく、デパートの展示が始まった3日目ぐらいから、右足の腫が始まり、4日目には膝から下がゴム長靴のような状態に。痛風発作だと判りましたが、かかりつけの医者は連休中。シルバーウィークとはシルバーイジメの意味かとのろいながら、東京通いの毎日でした。


ハードワークで、尿酸の血中濃度が高まってたところに、立ちっぱなしの展示会場。さらに、会場では水分がとれない上に、遠い職員トイレを考えるとどうしても水分摂取を控えてしまいます。発症のきっかけ、引き金をいくつも引いたことで、いきなり重症の発作が始まったようです。10年以上、薬でコントロールしてきましたので、その間はちょっと怪しいなと言う程度の発作はありましたが、今回のように広範囲に腫れ上がったのは初めてです。


痛風と言った途端に「贅沢病」「いいものばかし食べているんだろう」という反応があちこちから返ってきます。「帝王病」と呼ばれた古い言い伝えのままで、知識を更新しない人が平気でものを言いますが、聞き返してみると痛風が極端に男性に偏って発症することはみなさん知って入るんですね。今時、女性は粗食ということはありませんから、贅沢病という認識を疑ってみるべきですが、そこは結びつかないようです。私の親戚一同、男は酒飲みも飲まない者も、痩せもデブもほとんどが痛風です。尿酸を分解する酵素が少ない遺伝体質が原因ですね。過労や睡眠不足、暴飲暴食は発症のひきがねにはなりますが、それ以前に長期に尿酸値が高くなっています。先天的な体質異常ですので、「贅沢病」と言って笑うのは広い意味で「差別発言」になると気づかないようです。


今年は、極端に昆虫類が少ないと感じています。春から蝶類が少ないと思いましたが、夏のセミもトンボも、秋の虫達(カンタン、コオロギ、キリギリスなど)もほとんど見かけません。昨日参加した10数人の集まりでも、同じように感じている人がいました。大発生と違い、少ない状態は気づかないことが多いのですが、今年も昆虫が普通にいたという人はいませんでした。軽井沢だけのことではなさそうですが、松枯れ対策での農薬使用やネオニコチノイドなど農薬の強力化の影響があるのか、自然変動なのか、自然ならどの要因が効いているのかなど、あるいは自然の自律的な振動なのか。公害病の疫学調査よりずっと複雑です。とりあえずは、何でも観察して、何でも疑うことから始めることですね。




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by maystorm-j | 2015-10-16 07:48 | 暮らし | Comments(0)
2015年 09月 24日
殺すつもりではなかったヤママユガ/現れたコブシの種
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昨日も冷え込んで、10度を切りそうな気配。22日は伊勢丹新宿店の展示最終日でした。大宮で乗り換えた埼京線はかなり混雑していて、子ども連れが多く、遊園地にでも遊びに行くのでしょう。一週間の会期の中では、一番多くのお買い上げいただきました。シルバーウィーク中の展示は初めてで、予想がつかなかったのですが、日によって乱高下が激しく、今日は大勢の人とお話ししたなあと思って、終ってみれば売り上げゼロという日もありました。その日にお話したお客様が最終日にもう一度いらして、決めて行かれることも。

大宮から立ったまま新宿へ。実は展示会3日目から痛風の発作が始まり、片足が先端から膝下まで腫れ上がっていました。ちょっと不規則な脚運びで伊勢丹へ。痛みには強いと言うか、鈍感ですので何のこれしきという思いでしたが、ふだん薬で押さえて来ましたので、本格的な発作は20年ぶりでしょうか。親指の付け根が腫れることが多いのですが、これほど広い範囲が腫れたのは始めて。お盆あけから休みなく13時間以上働いて来た上に、最後の追い込みと、展示が始まってから立ちっぱなしだったのが良くなかったようです。運悪く医者に行こうにも大型連休でお休み。医者にかかれないお年寄りが多いことでしょう。シルバーウィークはシルバーイジメかもしれません。財布をむしられているシルバーも多いことでしょう。

4日前の朝、出かけようと玄関を開けると、扉にヤママユガが挟まってしまいました。何とかはずした時はまだ多少動いていたので、脇に置いて来ました。天蚕と呼ばれる美しい絹糸を作る蛾です。松本の北の方、有明地方では今も生産しています。艶のある明るい緑の繭は、成虫が羽化した後も樹々にぶら下がり、枝ごと取って来てドライフラワーのように飾っておきます。2日後に写真を撮った時には、栄養のある腹の部分は既にアリに食われてなくなっていました。卵を産んだ後かどうかは判りませんが、別の生き物の命につながっていったことは間違いありません。

22日に記事で紹介しましたコブシの実が、既に裂けて種が見えていました。これも命のつながりですね。
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by maystorm-j | 2015-09-24 05:09 | 暮らし | Comments(0)
2015年 09月 01日
海坊主 vs 山猿の食対決
d0164519_12561810.jpg近所の生け垣に赤い身がたくさんなっていました。イチイですが、このあたりではトガと呼んでいます。文学系の人はアララギ、北海道ではオンコと呼びますが、アイヌ語には別の名前があります。二位とか三位という植物はないようです。我こそ一番だと威張っているわけではなく、朝廷の最高位の官位、一位に叙せられた人が持つ笏(両手で前に持つ細長いヘラのようなもの)の材料とされたからと言われています。正式なものは象牙製で、木製は略式。儀式でへましないように、メモ用紙を裏に貼っていたと言う、もっともらしい言い伝えがあります。

寒さに強く日陰でも育ちます。密に茂る葉が冬も落ちないので、ブロック塀が似合わない軽井沢では生け垣にします。大きな屋敷では数百年の大木も多く、風土に馴染んだ木です。一見、モミの木に似ていますが、松ぼっくりではなく、ちょっと甘い赤い実をつけます。中の黒い種子や葉には毒がありますが、野生のサルは好んで食べますので、種子はそのまま排出されるのでしょう。食べる時は、タネを出した方が良さそうです。年により豊凶が激しく、遠目には木全体が赤く見えるほど、狂ったように実をつけていることもあります

毎日雨が続いていますが、今日は午前中に街場に出る用があって、ついでに農協の直売所とスーパーに寄ってきました。大量の野菜と新サンマを買って、昼は秋刀魚定食。サンマとゴーヤを並べて焼いて、ゴーヤはスライスし、モロッコインゲンと一緒に鰹節と醤油。サンマのワタとゴーヤが苦さ較べでいい勝負です。

先月、岩手の海辺からたくさんの魚とともにやってきた人がいました。妙齢の女性が見れば(いや誰が見ても)海坊主と山猿の酒宴。活きのいい魚が安いらしく、大雑把な捌き方なので、イカを切る方向、皮の剥き方、魚のあらの塩焼きなどを、山猿が教えるはめに。かわりに海坊主は信州の高原野菜と果物を大量に使ったサラダを伝えて行きました。旅をする時は、その土地の食材と食べ方を楽しむのが良いのでしょうが、時には反対のことも起きます。以来、毎食山のような生野菜を、馬の餌かと思うほど食べる習慣が根付いています。
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by maystorm-j | 2015-09-01 13:15 | 暮らし | Comments(0)
2015年 08月 15日
敗戦の日、大日向の盆踊り
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どこでもこんな具合かもしれませんが、写真にして見ると踊っている人の手足はまるで揃っていません。観光化された踊りを映像で見るのとはずいぶん違いますが、これはこれで田舎の盆踊りらしくていいのかもしれません。都会に出ていた子どもや孫が帰って来て踊っているのだから、練習を積み重ねているわけではないのです。しかも、近所にある国際高校の生徒100人が飛び入りでにぎやかに、踊っていると言うより飛び跳ねて大声でかけ声を交えています。お盆に帰ってきたご先祖様達は、聞き慣れぬ言葉にさぞかしびっくりでしょう。

国際高校の外国人教師に尋ねてみました。お盆、盆踊りの由来は知っていて、生徒達にも教えてあるようでした。8月15日はどういう日かと尋ねましたが、敗戦の日という事は知らなかったようです。踊っている日本人の多くも、そんな事は忘れて楽しんでいるのでしょう。ふだんは年寄りが目立つ集落ですが、今夜はあまり出てきていません。帰省した孫の世話をしているのかもしれません。大日向の集落は戦後、中国から帰った農家が、元の大日向村に戻れず、浅間山麓を開墾して出来た開拓部落です。当時をしのぶ道具や写真が、やぐら後方の公民館の一室にあります。満州開拓が多くの場合「開拓」ではなく、現地の農民の土地を奪って入植したと言われています。

敗戦は必然だったのでしょうが、その間どれだけの人が命を落としたのか、残っている引き上げ世代も多くは語りません。何があったのか、理解しながら体験した人達はすでの80歳を超えています。8月15日は、中国現地の人にとっても、大日向の人にとっても、大きな転換点だった事は間違いありません。楽しい盆踊りに、野暮な事は言いたくありませんが、今日一日の中に一瞬でも、静かに考える時間があってほしい気がします。
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by maystorm-j | 2015-08-15 21:59 | 暮らし | Comments(0)
2015年 07月 29日
10年ぶりに新しい山靴を買う
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山歩きを始めたのは、記憶が定かでない7~8歳頃から。既に60年になります。靴を意識するようになったのは、たぶん高校生ぐらいから。その前は、普通の運動靴だったと思います。昔から記憶力の悪さは自覚していましたが、山靴について思い起こそうとしても、モヤがかかっています。最初はキャラバンシューズでした。ベトナム戦争で売れたジャングル用の靴です。深い刻みの入ったゴム底で、その流れは今も続いています。たぶん、ヨーロッパの登山靴の影響だったのでしょう。大学に入って、サークルで年に40日ほど山に行くようになって、始めて皮の登山靴を買いました。やはりゴム底で国産。新しいものが好きな人達は黄色いロゴがはいったビブラム底を信奉し、伝統的山男は皮底に鉄の鋲をガンガン打ち込んだ重たい靴をガチガチ言わせて歩いていました。貧乏学生の身では、どちらも憧れるばかりです。先輩達から「命のかかわるものはけっしてそこで買うな」と言われた秋葉原の超安い山用品店に通って、一番命にかかわる靴をやっとの思いで買いました。ゴアテックスを使った完全防水の現在の靴に対して、当時は「完全通水」を誇っていました。


急に山靴の写真を撮ろうなんて思いついたのは、昨日新しく買ったからです。ロウカットのウォーキングシューズは、いくらかまともなものが安売りしている時に不定期に買いますが、一番良く履くものはだいたい10年に一度。右端は30歳前後に使っていたものです。やたら頑丈で、まだ充分使えるのですが、頑固すぎる。子どもの足でも踏もうものなら骨折させかねません。測ってみたら片足が1.3kg。その後に履いた二つが、500g以下ですので、片足に缶ビール二つ着けて歩いていた勘定になります。ちょっとトレーニングにと、先日30年ぶりに履いて近所を散歩したところが、夜中に足がつって飛び起きる始末です。右から二つ目が今まで履いていたもので、底はまだいけそうですが、上はへたって、一部裂けています。買い替え時で、10年ぶりに雑誌で研究していました。


真ん中上段は今も現役で、町靴やバイク用として使っています。町中を歩くには少々大げさですが、標高1,000mの町ですので、まあいいでしょう。真ん中下段は都会に降りる時の靴ですが、帰りの新幹線を降りると冬は雪や氷の世界ですので、皮底の黒エナメルでは転んで骨折しかねません。左下は、3年ぐらいではきつぶす普段履きですが、一応ゴアテックス。氷点下20度近くに下がる高原ですので、中が濡れるのはつらい。既に外に履いて行けるような状態ではなく、今は作業靴です。左上段が、昨日新調したもの。昨今の山ガールに負けないように、カラフルなゴアとレザーのトレッキングシューズと決めて探していました。予算は2万円まで。登山口の標高が既に高い信州では、日帰りの軽い山行でも2,500mまで上がるのが普通です。岩の道になりますので、底も硬く、くるぶし上まであるハイカットで、硬めのアッパー。ビブラム底でゴアという条件では、定価は平均35,000円になります。


ネットで見てこれと決めても、履いてみないと不安ですし、店頭で安くなっているのはこの無謀な条件を満たしません。一昨日、他の用事で出かけた道すがら、飛び込んだスポーツ量販店で見かけたのが左上の皮靴。候補の一つになっていたメーカーですが、いかにもダサっ!という感じ(ダサいオジンだから当然?)。履いてみるとフィットしています。一晩考える事にして、帰ってネットで調べると、他店では並行輸入品で定価は75,000~80,000円。通常量販店に置く品物ではないでしょう。間違って仕入れて、売れないので定価が35,000円? それがセール期間中で22,000円に。さらにカードに加入して1割引で予算ぴったり。値引率の高さで選ぶ馬鹿さ! ここまできて、買わずに帰ったら夢に出て、靴に追いかけられそうです。650gぐらいの重さは覚悟していましたが、800g。初登板までしばらく足を鍛えておく必要があります。


20代の7~8年。山は私にとって、地下足袋を履いて作業する場でした。これからの残りの年月、そこで何を見つめようとする事になるのでしょう。


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by maystorm-j | 2015-07-29 05:41 | 暮らし | Comments(0)