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2021年 02月 09日
脱成長というスローガンの脱力感
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写真は名も知らないただの枯れ草ですが、雪を背景に長い枯葉が意外と力強い。

日本経済の成長が止ってからすでに30年。その間に他の国々でも、様々な経済のクライシスが起きましたが経済成長は止まらず、今やOECD諸国の中で国民一人当たりのGDPや賃金は下がる一方で、すでにお隣の韓国に抜かれています。所得は伸びない反面で、消費税を考慮するとむしろ30年前より低く、その上に若い世代に付けを回す借金ばかりが膨大な額に増えてしまいました。そんな状態しか知らない40歳前の人々が国民の半数。その上の現役世代は、とりあえず現状にしがみついて働くしかなく、さらにリタイア世代の多くは退職金と年金で逃げきれると思っているようです。わずかばかりの危機意識を持っていた左派・リベラルの人々も30年間の無力・無展望の果てに、現状を肯定する逃げ場を探して、MMTだの脱成長だのと言い始めています。

脱成長と言うとすぐに「江戸時代の暮らし」「縄文時代の暮らし」に戻るなんて嫌だと言う反応が、新自由主義経済の勝ち組国民から返ってきます。夢の世界ディズニーランドより、一泊二日で江戸時代や縄文時代を体験できるテーマパークがあれば面白そうですが、もちろんそこが日本の目標点ではないでしょう。去年の春頃、アーミッシュの暮らしぶりをたまたま研究に行って数ヶ月帰ってこれなくなった安富歩さんが連続で現地レポートしているのを聞きました。社会が大きく変化する時、モノやサービスの質的変換、生産システムの変換を必要とする時に、脱成長というスローガンは内容に対するイマジネーションにつながらず、ウケが悪い気がします。社会を変えていこうという意思も脱力しそうです。長年煩わされたアレルギーも、年齢とともに異物に対する反応が鈍くなりました。60過ぎて次第に花粉症が軽くなりましたが、それって免疫力が低下しているんじゃないかと心配。くしゃみしていても元気な方がいいなあ、というのは命に別状がない程度のアレルギーだからかもしれません。

脱成長という言葉が受け入れられるのは比較的高齢世代ではないでしょうか。現状維持の逃げ切りができそうな世代。その下の世代は上を見ながら、自分たちの老後はあんなわけにはいかないだろうとうすうす感じています。すでに大企業でも始まっていますが、終身雇用の正社員制が崩れていけば痛切に感じるようになるでしょう。バブル崩壊後の日本しか知らないさらに若い子育て世代はもう諦めているのか、運が良ければ親の資産で少しはいい思いができるのか。逃げ切り世代の年寄りは、子供に援助できれば気分がいい。こんな社会を残していく無念さ、申し訳なさを感じることなく、テレビ見て呆けています。しかし、脱成長では増える年寄りを何人の働き手で支えなければならなくなるのか。絶望的な数字が見えています。肩の力を脱力するのはいいのですが、足腰まで力が抜けてしまっては日本社会が維持できません。クオリティー・オブ・ライフという視点から、どんな形の成長が可能なのか。菅政権がサッチャー主義をとることが見えてきた今、いろいろな意識や仕組みが日本と異なる北欧特にスウェーデンと比較して考えようと思っています。



by maystorm-j | 2021-02-09 08:21 | 社会


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