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2016年 10月 01日
10月16日(日) 信州宮本塾学習会 「アベノミクス批判の向こう側に、どんな経済社会を構想するのか~ベーシックインカム論を題材に」

これまで13回にわたって書いてきました「アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要」を、他2名からの話題提供とともに討論のたたき台として、信州宮本塾において学習会を開催します。


10月16日 日曜日 午後 6時半~8時45分ぐらいまで 

佐久平交流センター 第一会議室 (佐久平駅徒歩2分)  参加費 ¥500

テーマ  「アベノミクス批判の向こう側に、どんな経済社会を構想するのか~ベーシックインカム論を題材に」   話題提供 寺山、田中、井上


充実した議論展開となるよう、あらかじめ私からの問題提起をまとめてみました。

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「アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要」というテーマで、私は自分のブログ(http://maystormj.exblog.jp/) に7月23日から連載してきました。(9/24現在13回まで)


安倍政治の具体的な個々の問題に対して、世論は反対の傾向を示しながらも、選挙の度に安倍政権が勝つ事の原因を、反対勢力が充分にオルタナティブを示せていないという点から考えました。特に、経済の土俵において、広い意味でのアベノミクス=新自由主義経済側は生産から分配までの一貫した流れを呈示し、その中で競争の勝者になる事を呼びかけています。一方、反対する側は分配の不平等を指摘する事に集中し、日本の経済が停滞する中でどのような生産をすれば良いのか、どのように働き、暮らしたら良いのかを示せていません。限定された局面での具体的な生産の試みはいろいろ見られますが、経済全体を見渡すような主張にはまとまっていません。象徴的な表現では鳩山政権が提唱した「コンクリートから人へ」というのがあります。道路も空港も港もはたしてこれ以上の利用は期待できるのか、地方の大規模工業団地は工場の海外移転で機能低下。使用需要の無いインフラ投資は、消費を無視した生産が暴走する経済でしょう。にもかかわらず、アベノミクスはヘリコプターマネー、財政投融資へと進む勢いです。


これまでに宮本塾で財政についてお話を何度かうかがう機会がありました。その後、経済についての学習を続けたいと思いながら、なかなかかなわず今日に至っています。基本的な理解が不十分なままですので、足下の仕事と暮らしを見る「虫の目」に較べて、地域・国・世界の経済を大きく捉える「鳥の目」が弱い事を痛感しています。例えば、国は1,000兆円の借金を抱えている問題も、この先財政の破綻があるのか。おもに国際金融を分析する側と国家財政を分析する側では、180度異なる議論が見られます。「狐の葉っぱ」がどんどんばらまかれて、いつの間にか借金は減っているようなお話も聞かれます。政府に金を貸しているのが国民の側と考えると、国民の財産がいつの間にか葉っぱにすり替わっていくのでしょうか。私には解らないことだらけです。


アベノミクス・新自由主義経済は、生産側が主導する経済と考えますが、いつからそうなったのでしょうか。経済の仕組みは以前、需要が供給を産む、消費の動向に合わせて生産されると考えていました。そのベクトルがあるから消費者運動が存在し、消費者を害する生産者に対して不買運動がありました。いつの間に生産と消費の関係が逆転したのでしょうか。テレビの広告で絶え間なく刷り込まれる意識操作によってでしょうか。低価格の画一的量産品が溢れたためでしょうか。格差が深刻になる以前にそれは起きたと思います。消費が生産を主導する経済へとまずは発想から転換したらいかがでしょうか。それがもともとの姿であるなら、決して無理な転換ではないと考えます。食物連鎖の上位にいる人間は本来消費者であるという事を出発点に考えても良いのではないでしょうか。生産側の都合でものを買わされることから、消費者の都合で生産させる仕組みへの回帰です。


コストダウン、低価格量産量販は商品の差別化をというかけ声とはうらはらに、生産者・消費者双方を画一化させているように思います。もともと消費者の暮らしと意識は多様で個性的ですので、必要とするものも多様です。消費が生産を主導するなら、生産もまた多様で個性的になる可能性があります。しかし現状では、消費者の購買力は低下するばかり。可処分所得は減少し、消費に対する予算制約の縛りはどんどんきつくなっています。福祉のあり方も、今後全人口の1/3~1/2を占める経済弱者、障がい者、高齢者を、多様で個性的な自律した消費者として扱いません。ベーシックインカムがその予算制約に余裕を持たせて、多様で個性的な消費者の復権から、多様で個性的かつ高利潤の生産へとつながらないものかと考えました。


以前、宮本塾で生業についての学習会を2度行いました。木工家のケースでは、生産側に経済的な余裕がないために制作に専念できず、アルバイトに時間を取られていること。力量があるにもかかわらず納得がいく制作が出来ない。野菜農家では、高品質な生産のためには低賃金の労働力と中間マージンの少ない流通が必要な事など、生産者側でも所得の制約が高品質な生産へのハードルになっている事が見られました。生産側にとっても多様で個性的な生産にベーシックインカムは貢献するのではないでしょうか。安い労働力と部品生産を求めて動く大企業に対して、中小零細企業の復権につながるかもしれません。


多様で個性的な消費者が経済の主役となるならば、複数のアイデンティテーが許容されて差別が減少する社会、競争原理による生命の価値の格差=社会的ダーウィニズムからの脱却につながる事も考えられます。逆に、アイデンティティーの純化、生命の格差意識がアベノミクス・新自由主義経済を産み出しているとも言えるでしょう。


以上のような仮説を、仕事や暮らしの様々な視点から考えて書き連ねてきました。消費の復権からミドルクラスの再生と格差・差別の解消をという希望が背景にあります。ベーシックインカムの原理的理解や技術的可能性については何も述べていません。井上さん田中さんに期待するところです。一方向からのみの雑駁な論述で、本来は自分で裏返して検証すべきところ、学習会の叩き台とする問題提起という事でご容赦下さい。多くの批判と議論があるでしょうし、他のお二人の担当者の発表にも出来るだけ時間をとりたいと思いますので、私のブログは事前にざっと目をとおしていただければと思います。ブログという媒体の性質上、新しい記事が一番上に記載されますので、7月23日の「アベ・・・・その1」から順番にさかのぼってご覧ください。参加予定の方でインターネットが出来ない場合は、1週間前までにご住所をお知らせいただければ、プリントして郵送いたします。

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私からはこんな流れで問題提起としたいと思います。話題があちこちの飛び、解りにくい文章で申し訳ありません。塾会員以外の参加も歓迎します。



by maystorm-j | 2016-10-01 06:19 | 社会


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