2016年 08月 16日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その4
数年前から昆虫が少ないと書いてきましたが、今年はセミの声もほとんど聞きません。
d0164519_06542359.jpgセミは土の中で何年も過ごすので、少ない原因が何年も前の卵産みつけられた年にあるのか、今年羽化する時にあるのかが判りません。毎年成虫が卵を産んで翌年成虫になる昆虫や、蝶のように年何回かそのサイクルを繰り返す昆虫の場合は、減少した原因は去年か今年にあると言えるでしょう。

梅雨が長引いた分、8月初旬は暑くなりました。しかし、気圧配置は夏型にならず、太平洋高気圧が発達しないまま、日本海側や黄海に高気圧があります。中旬に入って、特に朝晩は冷え込んで、一昨日は15度。寒暖差が大きいと、果物や野菜はおいしくなるかもしれません。

前の記事に書いた岩手の友人は、軽井沢に海がないのでと、魚を運んできました。去年は食べ切るのに1週間(半分は干物にして)かかったので、今年は一日で食べきれる量にと前もって伝えておきました。それでも刺身用にヒラメとアジとイカ。初日は確かに新鮮ですが、翌日に残るとこちらのスーパーの方が・・・。その他にアンコウが丸ごとあって、一部は唐揚げで食べましたが、残りは鍋に放り込んでとりあえず加熱。その後2日がかりで片付けました。気になったのは、そのアンコウの値段。こちらでたまに売っているものに匹敵する大きさですが、季節はずれのせいかそれが300円。冬場なら2〜3000円の価値があるはずです。

以前、日本とノルウェーの漁業について書かれた勝川俊雄さんの本を読んだ事があります。乱獲による資源の枯渇が懸念されている日本の漁業に対して、漁獲量と捕獲サイズ、販売地を合理的にコントロールするノルウェーを比較して、警告を発するものです。高い価格で売れるものを獲り、最も高く売れる場所で売る事を、各個人の漁業者がインターネットを漁船上で駆使しているのがノルウェーの漁業だというのです。高く売れるものというのは品質が良く、高く売れる場所というのは需要があると言う事でしょう。成長し切っていない小さな魚は価格が低いので、売り上げを維持するためには大量に獲らなければなりません。乱獲が起きて資源は減り、魚体はさらに小さくなり、低品質低価格大量生産の悪循環に陥ります。自然生態系からの略奪生産では特に、この負のスパイラルを避けるシステムが必要です。ペットフードにしかならないものを獲っているのか、あるいは人間がペットフード並みのものを食べているのかもしれません。

1億3000万人の人が食べていくためには、大量の生産が必要ではあります。人口が20分の1以下のノルウェーとは比較できないと言われるかもしれません。しかし、統計の取り方によって違いがあるかもしれませんが、日本の食料廃棄率はアメリカより高く世界一ではないかと言われています。野菜など流通する以前の生産現場における廃棄を考えると、さらに多くなるのではないでしょうか。売れないものを作っては捨て、獲っては捨てていたのでは、いくら生産量が上がっても社会は豊かにならないでしょう。暮しの豊かさにつながらないものを消費していると、常に満足感のない精神的な飢餓状態に陥りそうです。多様で生産力の高い海も畑も森もあるのに、その機能を充分に活かせていません。グローバルな資源と労働の略奪による大量生産大量販売ではない、身近な環境と資源、質の高い労働力によって高い満足を持続できる生産と消費・蓄積に切り替える事が必要でしょう。
(続く)



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by maystorm-j | 2016-08-16 07:23 | 社会 | Comments(0)


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