2016年 07月 26日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その2
前回、経済とくに新自由主義経済に対するオルタナティブとなりうる富の生産・分配という一貫したモデルを提示しない限り、人々は「正常性バイアス」心理からだまされ続けるだろうと言うことを書きました。生産・分配さらに富の蓄積を含む大きな提案が求められているのではないでしょうか。ケインズもマルクスも読んだ事がない私にとって、経済と言うジャンルはほとんど未経験です。もちろん、データに基づく経済学的解析や展望が出来るはずはありません。しかし、経済活動は社会環境における人間集団の営みである以上は、生態系における生物群集の営みと同じような視点で考えて見る事も出来るのではないかとという、ちょっと無謀な試みです。d0164519_07074145.jpg

生態系内では、主に植物が環境資源を取り込んで有機物を生産し、主に動物がその有機物を消費しながらリサイクルします。生態系内にはその総量=バイオマスが蓄積されていますが、その一部は主に微生物などにより分解されて、リサイクルされたり、無機物に戻されます。生産者が多彩で安定的なほど、消費者も多様で安定すると思われます。単一樹種が多い尽くす寒冷地の森など、量的豊かさがあっても、質的には貧しい生態系と感じます。そんな視点から現在の経済を眺めてみようと思います。


敗戦後の日本は世界有数の経済成長を経験しました。その要因はいろいろ言われますが、間違いなく暮らしは豊かになりました。生産が増えれば消費者がふえて、さらに生産者が増えるのが自然ですが、経済成長率が下がる前に、人口増加率が下がり、それが「成熟した社会」だと言われました。生産が増加し消費者が増えなければ、いっとき蓄積が増えて暮しは豊かになりますが、その後にくるのが「ものあまり」時代です。国内消費が飽和状態になり、生産と消費を海外に求めることになります。安い労働力と量産効果に頼るコストダウン、価格競争、新製品開発競争がむしろ製品の質を落として、負のスパイラルにはまってしまったのではないでしょうか。

最近、食料品以外の買いものは量販店に行く事が多くなりました。どこでも広い店内に大量のものが並んでいますが、来客数も店員も少なく、店員の丁寧な説明を期待することはできません。広い店舗と大量の商品を維持するコストの割には1商品あたりの利潤は少なく、人的サービスまでは捻出できないのでしょう。

付加価値の小さな富を大量に生産するシステムでは、複雑で長距離の流通と大量の消費者を必要とし、生産に使われる資源や労働量、流通のコストに較べて利潤が少なくなります。利潤率が下がり、賃金を下げれば消費力が下がります。いっとき海外に市場を求めても、そのうち海外でも同じ負のスラパイラルが起きるでしょう。ワーキングプア、移民労働力、失業、いずれもこのスパイラルの中で起きてくる問題です。貧困層のために安い製品を大量に作る事では、そこから脱出できるとは思えません。貧困層を無くす事、それを富の分配のみに頼らず、これまでとは異なる富の生産・分配・蓄積のシステムで豊かになる方法を考えなければならないでしょう。
(続く)



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by maystorm-j | 2016-07-26 06:48 | 社会 | Comments(0)


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