2016年 02月 06日
山下祐介/金井利之 著「地方創生の正体 ーなぜ地域政策は失敗するのか」(ちくま新書)を読んで。
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軒下にツララが下がっています。ツララの元は屋根の雪ですが、それが融けないとツララは出来ません。気温が温かすぎても、ツララにはならずに、水になってそのまま落ちてしまいます。室温や陽射しで融けた屋根の雪が、水になって流れ、軒で氷点下にさらされて、再度結氷する現象です。大小様々に横並び、形体も一つ一つが異なります。一本にまとめれば太く長く伸びて、地面に達するかもしれません。しかし、その途中にきっと風で折れたり、自重に耐えきれず落ちるでしょう。

「地方創生」という言葉が聞かれます。内閣には「地方創生大臣」というのがいるらしい。私の周囲には、良くも悪くも「地方」は現存し、人はそこで生まれ、育ち、暮らし、働き、子どもを育て、病み、一生を終えます。神の「創世神話」は何もないところからこの世と生き物を生み出すお話ですが、「創生」とは何をするのでしょうか。お上から、「お前等のいる地方には何もない」と宣告されたような気がします。昔、「列島改造」と言った首相がいましたが、今回はもっと神懸かりなお話です。「日本創成会議」なるものの座長を務める元総務大臣が、地方消滅を唱え、全国896の自治体を「消滅可能性都市」と宣告したようです。この世の終わりが告げられ、選ばれた地方のみがよみがえる、神話的終末論の臭いがします。「終末」は一つなのに「そうせい」はいろいろな字が使われるところも、なんだか怪しい気がします。

年末の宮本先生講演会で紹介された、山下祐介/金井利之 著「地方創生の正体 なぜ地域政策は失敗するのか」(ちくま新書)を読みました。話し言葉で書かれた対話を中心に、300ページの新書版ですので、すぐに読めると思いきや、意外にも長時間「楽しんで」しまいました。


内容については、ぜひ読んでいただきたいので、ここでは触れません。40代後半の研究者の鋭い感性に溢れた対話です。対談とかパネル・ディスカッションというと、パネリストがそれぞれの主張を滔々と述べて、案外かみ合っていないことがよく見られます。この本は、対談集というよりは、むしろ「問答集」の形をとっています。西洋キリスト教社会より早くに仏教の宗教改革が進んだ日本では、高僧による一方的な講釈講義の他に、弟子や信者との間で交わされた問答や往復書簡を記録・公開し、さらに広く議論を深めてきた伝統があります。文人、俳人などの多くも、諸国を巡り歩いて逗留先で議論を広げ、その内容が記録され伝えられています。


この本はおもに、山下さんの現場に依拠した地域社会学からの問いかけに対して、行政学(政治学)の側から金井さんが応えるという形をとっていますが、議論は往復しスパイラルしながら進んでいきます。問いが発せられた時点で、読者もその問いを受け止め、問いの背景にある具体的事象を考え、自分の周囲に見られる現象と較べることになります。問いに対する応えを読みながら、それが自分の経験にもあてはまるのか、他の視座からはどう応えるのか、いろいろ思いめぐらすことになります。言葉が平易なだけに、ついつい想像があちこちに飛び、考える時間が長くなります。問答の記録というのは、その展開の中に読者も否応なく巻き込まれるものですね。


民主主義を掲げる勢力や市民の間でも、下から議論を積み上げる事なく、組織のトップからの方針転換をそのまま受け入れる現象が見られます。講演会で著名人のお話を聞いて、質疑応答の時間に「私たちはどうすればいいのでしょうか?」と聞く人がいます。議論は広く衆目にさらされながら、間違いを修正され、方向性が練り上げられるからこそ、多様な多数者が集う意味があるのではないでしょうか。





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by maystorm-j | 2016-02-06 05:24 | 社会 | Comments(0)


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