人気ブログランキング |
2015年 09月 28日
「海ゆかば」と「山路こえて」から考える戦争と日本のキリスト教
d0164519_45535.jpgもう2ヶ月近く前になりますが、信州宮本塾で一人の牧師さんとお話しする機会がありました。帰ってから、その方の充実したブログを読んで、宗教者の戦争責任について簡単なコメントを書き込みました。ほどなく、教会の戦争荷担について丁寧なお返事をいただきました。9月26日に再度、牧師さんのブログに寄せた私のコメントを、下に掲載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前回、ご丁寧なお返事をいただいてから1ヶ月半が経ってしまいました。申し訳ありません。
日本における宗教者・信者と戦争の問題を考えるには私自身の基礎認識が乏しく、この間少し学んでいました。と言いましても、仕事が異常に忙しくゆっくり本を読む事が出来ませんでしたので、YouTubeで同志社大学・小原克博さんの学生向け講義、「一神教研究」「日本宗教」「宗教と平和」の三つ(各1学期分)を、作業しながら聞きました。俯瞰的に理解するには良い教材でした。

軽井沢に移住して37年になりますが、交通の要衝として縄文時代以前から長い歴史を持つ地域でありながら、どうして明治以降の避暑地の歴史ばかりが強調されるのか不思議に思ってきました。アレクサンダー・クロフト・ショウというイギリス国教会の宣教師が、維新後衰退?(実体は軽井沢宿地域のみ衰退)した軽井沢を避暑地として紹介した「救世主」とされています。ショウの日本における足跡をたどると、来日直後から福沢諭吉との密接な関係が見えてきます。宗教嫌いで、差別主義者・侵略思想家だった福沢とキリスト者ショウの関係が異様に思えます。ショウが果たした政治的役割(大陸におけるロシア南下阻止と日英同盟路線)については私のつたないブログに書きました。その他に、明治憲法制定にあたって、「制限つきの信教の自由」が盛り込まれる過程に関わっていたのではないかと推測しています。国家神道を個人が選択・信心する宗教と規定せずに、国家の精神的支柱となし、その他の宗教は国家と軋轢を生じない範囲で布教・信仰の自由を認めます。形の上では政教分離をとる近代国家を装ったという事でしょう。

小原克博さんは、帝国憲法とその後1912年「三教会同」で、諸宗教が国民道徳・秩序安定への貢献を競い、戦争へ協力していったと考えています。宗教者・信者の心性の変化を考える上で、重要な指摘ではないでしょうか。この流れに先立って、明治初期の耶蘇嫌いから福沢はショウ等多くの宣教師との付き合いをとおして、貧民の不平を抑える道徳教育にキリスト教を利用する方向へと転換していきます。

明治憲法の政教分離は、現人神としての天皇を前提にする以上、キリスト者にとって「二神」を認めることになると思われます。大虐殺をともなった日清戦争の強力な推進者であった福沢と宣教師達がなぜ密接な関係を保ったのか。日清戦争の実体を知り反戦に転じた内村鑑三等と較べると、その心性に解らない事が多くあります。クリスチャンの心の変化を考えるのは、仏教徒に較べると歴史が浅いため、個人の意識で選択して信仰している人が多く、考えの軌跡がたどりやすいためで、キリスト教を貶める意図は全くありません。私の周囲でも、母はクリスチャンでした。母方の祖父は信仰心は全くありませんでしたが、同じ敷地に住んでいた子供の頃、たくさんの軍歌とともに賛美歌404番「山路こえて」(日本人の作詞)をよく聞かされました。私が20代で祖父を亡くしますが、当時から祖父の中で軍歌と「山路こえて」がどのように同居していたのか、折々思い出しながら考えます。

祖父から教わった「海行かば」、君が代以上に戦争中の日本人の精神的基軸になった軍歌で、勇壮な太鼓のリズムで聞くと判りにくいのですが、しみじみと唄われると意外に「山路こえて」と通じる気がします。たぶん、現在の私にもそれが流れているようです。最近、韓国のサキソフォン奏者による「山路こえて」をYouTubeで聞きました。
https://www.youtube.com/watch?v=Xp3UPF2mZNg
宗教の戦争協力問題でも、制度が出来上がってシステムに強制される以前に、当事者の心の変化があるように思います。それを見極めないと、再び同じ道を進む気がしています。宮本塾読書会でも、公害問題の唯物史観的な解析より、むしろ被害者・支援者・一般市民・さらに加害者の心性を解き明かすことが、環境問題に必要なひとつのアプローチではないかと感じています。議論にご参加いただければありがたく思っています。

3回行われた安保法制に反対する「軽井沢アクション」では、追分教会や軽井沢南教会の牧師さんたちが中心にいました。これからも、腰を据えて皆さんと話し合っていくつもりでいます。つたない議論ですが、どうぞよろしくお願いします

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

下調べの不足
このコメントを書き込んだ翌日27日、もう一度YouTubeで「海ゆかば」を聞きました。今でも海上自衛隊で使われ続けていることを映像で確認しながら、林光氏編曲の弦楽四重奏があることに気づきました。林光といえば軍国主義からは遠い音楽家というイメージがありましたので、ちょっと意外に思いながら聞いてみました。YouTubeのコメントには、「時代に翻弄された宗教音楽家 信時潔の美しいメロディー。 信時は最後までこの曲を軍歌として世に出す事を拒んだと言われています。・・・」と書かれています。
https://www.youtube.com/watch?v=YNtpZDJ4lEg

「海ゆかば」にそのような背景があったとすれば、私の調査不足です。牧師さんへのコメントを書く前にもっと調べるべきでした。Wikipedia で信時潔をひくと、いろいろなことが書かれています。YouTubeのコメントとも多少違うかもしれません。

信時の実父は、征韓論に反対する維新政府の外務高官 吉岡弘毅です。11歳の時に、父親と同じ大阪のキリスト教会のメンンバー信時家の養子になっています。

吉岡弘毅については、アレクサンダー・クロフト・ショウと福沢諭吉の関係について調べた際、維新政府と福沢の征韓論に反対して下野した代表的な人物として名前を覚えていました。明治政府を辞してのち、牧師として後半生おおくの業績を残します。吉岡がどのような考えだったのか、さらに知りたくなります。

海ゆかばの歌詞は、奈良時代の長歌からとられています。それについてはもう少し調べてから、律令制と日本の近代国民国家形成の脈絡の中で書いてみたいと思います。

by maystorm-j | 2015-09-28 04:48 | 社会


<< 観察と解析が科学の役割。教訓や...      10月2日 信州沖縄塾「DVD... >>