2014年 06月 15日
世界標準が嫌われる?日本文化
d0164519_6422959.jpgどこにでもある草。きっと咲くのが一ヶ月早く、道ばたがセイヨウタンポポの黄色で埋まっていたら、この花は目の隅にも届かなかったかもしれません。陽があたると小さいながらも、くっきりと鮮やかな黄色と緑が目立ちます。前の記事に書いたサラサドウダンの微妙な色合いに比べると、花はどこまでも黄色く、葉は黄緑一色です。花の色の移ろいが好きな日本人の好みには合わないかもしれません。分布は世界的で、南極以外の五大陸に広がっています。風に乗せて種を飛ばすタンポポほどには侵略的ではありませんが、小さなオクラのような実は触れるとはじけて、周りに種を飛ばします。

今朝は明け方に6度まで下がり、梅雨の中休みというよりは、一ヶ月前に逆戻りの天候です。雷が一日に何度もやってくることがあり、その度にパソコンのコードを抜いています。この数年急速に普及しているスマートフォンに押されてか、パソコンの普及率は21年をピークに減少しています。私はタブレット端末も使っていますが、情報受信には充分使えても、仕事の事務経理などの作業では、とてもPCの代用にはなりません。長い文章を書いたり、発信するにも向いていません。まして、スマホの小さい画面はPCと較べるべくもありません。齢とともに、ノートパソコンの画面ではきつくなって、大きなディスプレーを接続しようかと考えているほどです。

道具の属性は単に便利不便というだけの問題ではありません。重要な情報が長い文章だったり、図表がふんだんに使われていた場合、スマホの小さな画面では、つねに小さく切り取られた部分の連続で順番に見て行くことになります。ちょっと前に出た記述や図表に戻って筋道を捉えて理解するのが面倒になるでしょう。論理的に理解すると言うより、目の前の部分を鵜呑みする(あるいは拒絶する)ことになります。情報を精査し、そこから考えて考えて考え抜くというのには小さな画面は向いていません。

お隣の韓国では、大手のマスメディアが政府寄りという点は日本と大差がなさそうですが、対抗するオルタナティブ・メディアが頑張っています。紙媒体の新聞もありますが、インターネットで流れるラジオや動画も増えています。日本にもありますが、人口比を考えると韓国の5分の1程度の普及です。動画サイトをタブレットで見ることが多いのですが、画面をフルサイズにしないと地図や図表、発言者の表情など見分けることができません。せっかく受信していながら、スマホでは見落とす情報が多いと思われます。

市民運動とは無縁な「一般市民」と話すと、数字で見るPCの普及率より実際の利用状況はかなり低いことに気づきます。つまり、家庭に1台、誰かが以前に買って今も置いてあると言うだけの人が多いということでしょう。子どもが使っているけれど、自分は触ったこともないという人もいます。権力者、その宣伝を請け負う広告会社にとって、国民を騙すことは赤子の手をひねるほどに容易いと思われます。しかも、その状況が「一般市民」だけではなく「市民運動参加者」でもあまり変わらないところに問題があります。運動の一般参加者だけではなく、運動を主催するメンバー間でも、メーリングリストで連絡や意見交換をしようとすると、必ず参加してこないメンバーが多数出てきます。ほとんど更新されないその運動の公式サイトがあればそれで安心して、自分から自分の言葉で発信することをしません。個人のレベルでも、運動の参加者の間でも、情報を精査検証し、議論を展開し、考え抜くという回路がないのです。PCは道具にすぎませんが、その道具の使い方を見ればその人がどう行動しようとしているのかが見えてきます。

ちょっと愚痴っぽくなりました。参加しているある運動では、情報を精査し、それに基づいて議論をと求めたところ、堅苦しい議論はやめて指導者に任せようと、ほとんどの参加者に議論を拒否されました。別の運動では、メールでいろいろ呼びかけても反応がなく、だれも自分のサイトで発言することもないので、誰がどんな考えなのかさっぱり解らない状態です。戦争に向って激動する社会に対して、いつまで「もの言わぬ民」でいるんでしょうか。時には「日本的美徳」をぶち破りたくなります。市民運動では、グローバリズムなんて口にした途端に拒否されますが、やはりもうちょっと広く世界を見ませんか。敵も味方も日々刻々変わっています。
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by maystorm-j | 2014-06-15 06:32 | 社会 | Comments(0)


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