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2014年 04月 29日
信州宮本塾「農村発・住民白書 第2集 ともに生きる」   「山ぐにの暮しと野生動物被害」その3
信州宮本塾20周年記念発行「農村発・住民白書 第2集 ともに生きる」に書いた原稿「山ぐにの暮しと野生動物被害」を3回に分けて掲載します。
その1その2の続きです。
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[ 戦後の農業は動物のいない世界で始まった ]
戦後、食糧難から食料増産が進められた時には、既に農業地帯には食害を起こす野生動物は鳥類、ネズミ類などの小型のもので、農家自身で対策ができる程度の動物しかいませんでした。戦後、国や地方自治体でも農協などの組織でも、農業政策、農業技術の中に野生動物対策という視点を盛り込む必要がなく、システムも予算もないまま30年ほど経過します。その間、奥山では伐採と植林が大規模に行われますが、伐採地は一時的に草本類が増え野生動物の餌になりました。戦後、民間の銃器は取り上げられて、免許制になります。70年代にはいると、社会が豊かになり、各地に牧場やスキー場が造られ、明るい草地は動物の餌場になります。林道網や観光道路など道路整備も、道ばたに通年で草本類が増え、奥山から動物を里に誘導する経路になってしまいました。

[ 自然保護思想とディズニー的自然観 ]
一方で都会を中心に、70年代自然保護思想が普及します。高度成長で自然破壊が進み、公害問題が顕著になると同時に、人間の健康だけではなく、環境保護、自然保護という考えが立ち上がってきたのは当然な流れでした。絶滅しそうな個別の生物保護とともに、生物学研究者の中では、自然環境とそこにある生態系を総体として持続させようと考える保全生態学の方向が打ち出されていきますが、一般市民の間では野鳥の会に象徴されるような自然愛好・動物愛護思想に流れていきます。私は、戦後の日本人の自然観形成におけるディズニー・アニメの影響がひじょうに大きいと考えています。愛くるしい大きな目の動物がにこやかに登場し、私を愛してとばかりに振る舞います。一方で、悪役にされる動物もいて、肉食動物なら当たり前の行動が悪と決めつけられ、嫌われ排除されてしまいます。動物を善悪・好悪で振り分ける意識を作り、動物からの「媚」を期待させます。目立つ動物が人間と同じような意思をもって行動する物語からは、気候・土壌・微生物・昆虫・・・様々な目に見えない仕組みの中で生き物はそれぞれの位置で生きているという捉え方が育ちませんでした。

[ 山に餌がないから動物被害が増えるのか? ]
増えすぎて農業被害を起こし、駆除される動物を見て、「かわいそう」という反応が都会の人々や、近年都会から移住してきた新住民に多く見られます。山に餌がないから里に出てくるのだと決めつけて、山にドングリを撒いたり、ドングリの木を植えたりする市民運動が流行ります。自然の仕組みを理解しないでドングリを運べば、遺伝子汚染や病虫害を拡げることもあります。山に餌があるから動物が増え、里にもっと栄養価の高い餌があるから里に進出してくるという当たり前の事を理解せずに、愛護意識を満足させるための運動が社会的にも受けるようです。現在大きな問題になっていることに、シカやサルが里に下るばかりではなく、逆に標高の高い所に上がって亜高山帯や高山帯の植生を壊滅的に食い荒らす状態が起きています。佐久地方でも、霧ヶ峰でシカが増え、多くの観光客をよんだニッコウキスゲが極端に減っています。奥山に餌を増やせばそこに定着すると考えるのは愛護家の思い込みです。動物は生存競争の中で生き残る数を確保するために、その環境にある餌の量より余分に子どもを産みます。天敵の少ない大型動物の子どもは餌の条件が良くなればその分生き残り、成長すればそれまでの生息域からはみ出してきます。

[ 棲み分けへの圧力 ]
都会で暮らす人々は日常的に野生動物と接する機会が少なく、テレビなどで紹介される大形動物の映像は多くが山地・森林で撮影されるので、動物の本来の生息地は山だと思われることが多いようです。しかし、クマもシカもサルもイノシシも、逃げ込める連続した林があれば平地の方が餌が豊富で暮らしやすいのです。山地に住み夜間里に出てきていたのは、長年人間に追われていたからです。再び人間からの適切な圧力で、野生動物と人間の棲み分けがはかられる必要があります。「共生」ではなく「分生(棲)」です。

[ 個体数管理、生息地管理、被害管理 ]
10年ほど前から、県単位で特定鳥獣保護管理計画を策定し、生態系の保全と被害防除に行政は取り組んでいます。個体数管理、生息地管理、被害管理の3点を基本に、県内各自治体で対策にあたる態勢づくりが進んでいます。自治体や集落によっては、サル対策などかなりの進展が見られる一方で、イノシシやシカでは個体数の増加に対策が追いつかない状態も見られます。特にシカについては、群れで大きな被害を出し、移動距離大きく、個体数・生息域の拡大が著しいにもかかわらず、対策にあたる猟友会の高齢化などの困難を抱えています。佐久地域でも今後一番に問題になる野生動物と言えます。農業被害にとどまらず、観光資源に対する被害や交通事故の増加による人的被害も増えてくるでしょう。シカの繁殖力は大きく、一年で2割の増加が見られます。一年対策を遅らせると、被害が2割増え、対策費も2割ましになるという事で、ほっておけば4年で全てが2倍になります。

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   (写真3 和田峠下の国道で起きたシカの交通事故)


[ それでも取り残される高齢者 ]
被害管理としては電気柵が有効ですが、費用と管理の手間がかかりますので、出荷する経営農家では普及してきましたが、自家用栽培の高齢者や山間地の小さな畑ではあきらめていくことになるでしょう。行政の対策は、どうしても元気な経済活動を行うためという視点が優先されます。限界集落とよばれる山間地や高齢化している集落に残る人々にとって、先祖伝来の地で、以前と変わらない暮しを続けることが誇りとなっています。人手不足や高齢化で集落周辺のやぶの刈り払いが出来なくなり、やぶは動物の隠れ場になり、収穫できず放置された柿の実がサルやクマを呼び込むようになってきました。自家用栽培の畑ができなくなる事は、少ない収入で買わなければならなくなるだけでなく、子や孫に野菜を贈る楽しみを奪います。生活習慣が崩れ、家に引きこもる事が多くなります。集落の中でかろうじて自立した暮らしをしてきた高齢者に、最後のとどめを刺すことになりかねません。収入の少なさよりも、交通の不便さよりも怖いのは、そこで生きていく意欲が削られることのように思います。

[ 最後に ]
行政と民間により長野県ではかなり充実した対策が取り組まれています。サルの被害については一定の効果をあげています。クマについては人身被害という厳しさと、地域によっては絶滅が心配されるという両面で、慎重な取り組みが必要ですが、県内の研究者の多くが「信州ツキノワグマ研究会」に所属し、行政と連携しながら実際に対策の現場でも主導的な役割を果たしているということに希望が持てます。http://www.geocities.jp/shinshukumaken/
イノシシについては、里での捕獲が重要で実績はあがっていますが、対策にあたる猟友会の高齢化など問題もいろいろあります。一番の課題はシカ対策で、人員、予算、システムの強化が必要です。農業被害だけでなく、一度破壊されると復活に長い年月がかかる生態系破壊という新しい問題が起きています。
研究者・専門家と県の行政が比較的充実している長野県ですが、市町村の取り組みはまだ足並みが揃わず、一般住民の意識はまだ不十分です。今後、広報活動により理解を進め、猟友会などの民間対策従事者を増やすとともに、被害が起きること自体が、更なる被害を誘導しているという被害者の自覚に基づく対策が望まれます。

軽井沢におけるサルの様子や被害状況などは、私のつたないブログですが、軽井沢サル・ネット「軽井沢のニホンザル」をご覧下さい。
http://sarunet.exblog.jp/ 

by maystorm-j | 2014-04-29 20:56 | 自然


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