2011年 04月 21日
新しいメディアの可能性・・・保坂展人さんのインタビューに見る  4月22日 2011年
これまでたびたび Web Iwakami 岩上安身さんが配信する動画映像を紹介してきました。記者会見やインタビューの映像がほとんどでしたが、Web Iwakami のサイトでは、他にも現場取材を中心としたものもあります。テレビを持たないのに、どうしてネット動画は見るのか変に思われる方もおいでかもしれません。

岩上さんは、基本的に編集しない生の映像を配信しています。インタビューの場合は、話されていること全体が聞ける事と、主張の根拠が聞けるという事は大切です。マスメディアのインタビューは短く編集される事が多く、ほんとにそんなことを中心的に言ったのだろうかという疑問、都合のいいところだけ摘んでいるのではないかという疑念がつきまといます。主張の根拠を述べようとすると、数字や式をあげたり、例証するなど時間を食う事が多く、テレビでは、話す人の経歴や肩書きなどで、こんな偉い人が言うのだから間違いない、という構成になりがちです。簡単に言うなら、「理解する」か「信じる」かの違いとも言えます。

記者会見の全体映像と、切り取られてテレビに流れるもの、翌日の新聞に書かれているものを較べてみると、見えてくるものがあります。前に、東電に質問した大手メディアの記者が「会長様」「社長様」と言ったことを書きましたが、就職面接ではあるまいに今も「御社」と呼びかける記者もいます。多額の広告費をいただいている所属メディアとスポンサーの関係が、頭の中でしっかり固定されている記者に、鋭い質問や追及ができるわけがありません。(テレビがないのにどうやって較べているのかというと、Web でいくらでもテレビ局のニュース録画を見る事ができます)

もう一つ大事な点ですが、テレビの映像は勝手に止められません。あれ、本当かな?と思っても、流れる映像は思考を待ってくれません。重大なニュースですと、一日に何回か同じ映像が流れ、いつの間にか頭に刷り込まれてしまいます。ネット動画はクリック一つで、止めたり進行させたり出来ます。一時止めておいて、その間に疑問点を調べたり、裏付けをとったり出来ます。自分の思考のペースに合わせて見る事が出来るわけです。好奇心が強く疑り深い人向きで、おしとやかで信心深い人には不向きかもしれません。

大正後半から昭和20年まで、日本の言論や報道は極端に不自由でした。国家によって統制されている以上に、メディア自身の自主規制も強く、必ずしも広告費のためにとはいえない面があります。多くの読者・視聴者に受け取られなければ、経営が成り立たないという面もありますし、記者にしてみれば多くの受け手に共感してほしいという感情もあるでしょう。多くの共感を得て、本の出版や講演会でも発信したいという「野心」を不当とも言えません。

インターネットでも、同じ問題は起きます。広告がつくことで収入があり、経営が成り立つことも、既存のメディアと同じです。そのためには、多くの人にアクセスしてもらう必要があります。広告にたよらず、受け手に一定の負担をしてもらう有料配信もあります。その場合、他で活動して有名になっていないと、内容を見ずにいきなり有料サイトに入ってくる受け手はいません。多くのフォト・ジャーナリストが集まって始めた「 fotgazet 」などが、その例です。その場合でも、無料導入部分を充実させておかないと、いきなりお金を払ってくれる人はあまりいません。

Web Iwakami は有料化しようと準備していたら、今回の災害が起きてそれどころではなくなり、今のところカンパとボランティア・スタッフと個人の負担で運営しているようです。

最後に、岩上さんが保坂展人さんにインタビューした動画を紹介します。国会議員になる前の保坂さんが、フリーのライターやイベントのプロデューサーなど、様々な活動をしてきた年月を、岩上さんがメディアとの関わりを中心に聞いていきます。インタビュー後半は、震災を通じて見つめる自治体と国、住民の関係が語られます。
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by MAYSTORM-J | 2011-04-21 22:01 | 社会 | Comments(0)


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