2011年 04月 10日
群馬県 片品村の取り組み 片品むらんてぃあ 4月10日 2011年 
様々なメディアに一般から多くの声が寄せられています。その中で、かなりの割合が「何かしたい、けれど何が出来るのか、何をすればいいのか?」と、迷いを語っています。ボランティア活動の基本として、私は常々、自分のやりたい事をやればいいと思ってきました。柔軟な思考があれば、あとはやっているうちに軌道修正すればいいのです。しかし、今回の震災では、大勢の命がかかっている、特に被災者のおかれている状況次第では、これからもさらに命を落としたり、健康を害する可能性があるため、正直なところ恐いし、迷います。ボランティアに行った先で、邪魔になってはいけないとも思いますが、反対に「ありがとう」と言われるのも恐いです。
土壷の中でバチャバチャしているような思考が許されるのは、目の前に悲惨な光景が見えないからだと言われそうです。「とるものもとりあえず」という事であれば考える前に動いて、動きながら考える、という事になるでしょう。地震と津波の被災について、1ヶ月になろうとしていますが、まだ語る言葉がないありさまです。

年のせいにしていますが、少し前からたまに涙腺がゆるむ事があります。その度に思い出すのが、渥美清さんの「泣いてたまるか」という歌。映画「男はつらいよ」シリーズ以前のテレビドラマ主題歌ですから、45年ぐらい前になります。個人的にも社会的にも、テレビをゆっくり見ているような時代ではなかったため、ドラマの内容はほとんどおぼえていませんが、渥美さんの歌だけ、それも1番だけですが、頭に残っています。あくまでも自戒のためです。



YouTube で聞いていたら、ラジオからも同じ歌が流れて、一瞬パソコンがおかしくなったかと思いました。NHK 第一の11:10をちょっとまわった頃です。偶然です。
話がそれました。私が住んでいる軽井沢の北東方向70km ぐらいのところに、群馬県片品村があります。尾瀬の入り口で知られていて、旅館や民宿は多いのですが、人口は5,200人の小さな村です。震災の数日後には、1000人規模で避難者を受け入れるという事を村が表明し,体育館に収容するのではなく、村が1000人 1ヶ月間の宿泊予算1億円を組んで、村の旅館や民宿に宿泊させるというものでした。実際に900人ほどが、バスの迎えで福島県から到着し、今も700人ほどが滞在しています。このたび3ヶ月延長して7月まで滞在できるようになりました。

当初は、有料の旅館や民宿の一覧表を掲示するだけという長野県の受け入れ表明にくらべると、腹の据わり方がまるで違います。遠くまで避難する人にとっては、安心感がちがうでしょう。避難が長期化するので、職業斡旋も始まっています。さらに、避難してきた人々を支援するボランティアの態勢がしっかりしています。その中心になっているのが「片品むらんてぃあ」、むらんてぃあ通信でその活動が見られます。南相馬市とその周辺の人が多く、きっと全国に散っている同郷の人も見ているでしょう。南相馬市に残っている人も見ているでしょう。南相馬市からは役場職員が8日から派遣されているそうです。

このところ、長野県も積極的に避難者を受け入れる方向に変わりそうな動きがあります。大勢の避難者を受け入れるとなれば、片品村の取り組みは参考になります。きめ細かい支援をやっていくために、学ぶ事がたくさんありそうです。
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by maystorm-j | 2011-04-10 08:38 | 社会 | Comments(0)


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