2011年 04月 09日
封じられる自由 その7・・・崩壊する民放 今パソコンに向かおう 4月9日 2011年
チュニジアやエジプトで、民主化を求める市民の蜂起が少し前にありました。日本の報道各社は、インターネット・メディアが果たした役割の大きさを賞賛する報道をしました。言論が統制されている社会では、インターネットが市民の重要な情報源である事は間違いありません。中国はそれを恐れて、インターネットを厳重な管理下においていますが、日本の報道は一斉にそれを批判する論調でした。


ムバラク政権が崩壊してから1ヶ月後に、巨大地震・津波が東日本を襲いました。その1ヶ月の間には、ニュージーランドの地震があって、あっという間に日が過ぎたという印象の反面、エジプトの政変がずいぶん前のことのように感じます。そして今、日本のマスメディアはインターネットに溢れる情報を一斉にバッシングしています。アナウンサーや解説者が番組の中で政府発表の妄信を強要し、コマーシャルの時間にはAC ジャパン(公共広告機構)がタレントやスポーツ選手を動員して「風評被害防止」をキャンペーンしています。一般のスポンサーがコマーシャルを自粛しているため、その穴埋めに使われていますが、押し付けがましい表現に苦情が多く寄せられているようです。たしかに「善意や倫理の強要」は不快なものですし、私のように金子みすゞが嫌いな者にとって、その詩を絶えず聞かされるのは苦痛でもあります。

自ら安全の根拠を示さずに、危険を警告する情報を「風評」としてバッシングする事には、ジャーナリズムとしての姿勢に大きな疑問がありますが、一方ではそれも報道の自由かも知れません。(AC ジャパンにはNHK が参加している点で、税金の使い道としての問題があるとも言えます) この1ヶ月間、民放の従順ぶりに安心してか、総務省はインターネットの内容に対する規制をサーバーに要請しました。

在京放送局のラジオが聞ける地域にいるので、以前はTBS ラジオをよく聞いていました。しかし、最近昼間の仕事中は、キャスターの押し付けがましさや騒々しさに嫌気がさして、永六輔さんや久米宏さんの番組がある土曜日以外は、他局の割合が増えていました。昨日、鎌田實さんが出演するというので、久しぶりに午前中の放送を聞きました。大沢悠里氏の強引な誘導もありましたが、鎌田さんはしきりに汚染状態の安全を話していました。鎌田さんのブログでは、「安全」については断定的ではなく、含みのある表現をされるようになっていました。放送では、チェルノブイリの「経験」以外、科学的な根拠を示さずに「安全」を断定する論調になっていたのは、残念なことです。

このブログでは、鎌田さんやその周囲の皆さんの活動に対し、大きな敬意をもって紹介してきました。その点は、今もなんら変わりませんし、直接一緒に行動できない身としては、これからも紹介していきたいと思っています。鎌田さんは長年のユニークな活動を通じて、社会的に大きな影響力を持っています。安全だと表明する「表現の自由」は当然全ての人にあると思いますが、社会的影響力のある場合は、その根拠を示すのが表現者の責任だと思います。そのことは当然「危険」を表明する側にもありますし、私のように影響力がないからといって、根拠のないことを言ってもいいということにもなりません。

インターネット・メディアで、誰でもが後からでも見られる形で、「安全」側と「危険」側の議論の場を持てないものでしょうか。8日の記事の最後に武田邦彦さんのサイトを紹介しましたが、わかりやすく危険性を解説している人との、公開討論が必要な状況にきているのではないでしょうか。

久しぶりにTBS ラジオの番組ホームページや検索サイトで、いろいろ覗いていて、上杉隆さんがTBS のラジオ番組から下ろされたことを知りました。うかつにも三週間も前の出来事に気づいていませんでした。鳩山由紀夫前首相の勉強会で上杉さんが民主党の国会議員を前に、原発事故に関する既成マスメディアの状態をレクチャーする中で、自分の降板問題にも触れています。ニコニコ動画で、5分割されていますが、見ることが出来ます。
[ pt1 上杉隆氏ら自由報道協会による「原発事故」取材の報告」] [ pt2 ] [ pt3 ] [ pt4 ] [ pt5 ]
4月6日の記事にも書きましたが、マスメディアの自壊ぶりは目を覆いたくなるほどのものがあります。

たしかに、インターネットに飛び交う言葉には、乱暴で根拠のないものも多数あります。若い人を中心に、携帯電話でアクセスしている人が多いのもその原因かもしれません。携帯では、短い文章の中に急いで言いたい事を詰め込もうとするということもあるでしょう。小さな画面では、意見の根拠として、図やグラフ、写真などを提示したり受け取ったリがしにくいでしょう。何度か自分の書いたものを読み直してから発信するという余裕もなくなります。しかしそれでも多くの人が発信・受信していく事をとおして、自然に淘汰されていく事を信じ、上からの規制には反対していきたいと思います。パソコンでのインターネット利用が、日本では他国と較べて普及していないと言われています。子どもにパソコン教育が進んでいますが、むしろ子どもや若い人たちは、並行して自分の目と足で実際のものを見てほしい、私のような年代(オーバー60)こそ、これから本気でパソコンに向かってほしいと思います。
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by maystorm-j | 2011-04-09 11:35 | 社会 | Comments(0)


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