2011年 03月 20日
「ただちに健康に影響がない」とは?  3月20日 2011年
福島第一原発では、損傷の少なかった運転停止中の5号、6号炉に高圧線から電源をつなぎ、使用済み燃料棒の冷却が始まったようです。損傷の大きい1〜4号炉で同様の作業が可能かというと、楽観できるものではないでしょう。非常時のためのディーゼル発電が出来ないと判った早い時点で、東電の電源車を向かわせている、電源車を自衛隊や米軍が運ぼうとしているなどの報道がありましたが、いつのまにか報道されなくなっています。電源がないためにおきた状況であれば、まず電源を確保しようとするのが当然の対応と思われますが、何度かの爆発があって放射能が外部に漏れて、作業が困難な状態になってから、「決死の作業」をするという段取りの悪さが目立ちます。事故の進展予想が非常に甘く、常に楽観的な予想にすがる体質が、現場、東電、政府、マスメディア全体にあるのでしょう。先が読めずに、ぎりぎりになって「特攻精神」に頼る体質です。

しかし、これを日本国民全体の体質と言ってすませていいのかどうか? だまされる側にも責任はあると思いますが、少なくともだます側がいるのは間違いありません。政府が発表し、マスメディアが無批判に流している常套句「これは、ただちに健康に影響がある量ではありません」。これまで、空中の放射線量を測定して、使われていたこの言葉が、昨日(19日)は原発から離れた福島県産の牛乳と近県のほうれん草に使われました。そして、検出された放射線量の安全性を強調するために、これまでは「1回の胸のレントゲン検査で浴びる放射線量」と比較していたのにかえて、「1回のCTスキャンで浴びる放射線量」と比較し始めました。Wikipedia でシーベルトをひきますと、一覧表がありますが、1回の胸のレントゲンでは0.1~0.3、1回のCT では7.0~20 mSv ですから、70倍の開きがあります。これは「だましのテクニック」です。

原発の現場で空中の放射線量を測った大きな数字に較べると、たしかに遠隔地の数字は当然小さくなります。しかし、牛乳やほうれん草から検出されたということは、放射線が原発から飛んできているというのではなく、放射線源である放射性物質が飛んできているということです。食品から半減期の長い放射性物質を体内にとりこめば、長期の体内被曝をおこします。レントゲン撮影のような体外被曝とは違います。「毎日一年間食べても影響ない」と言っていますが、毎日体内に入った放射性物質が毎日排出される場合の単純な365倍と、排出されずに体内に蓄積されていく場合では被曝総量がまるで違ってきます。

もう一つ、「ただちに」というのは、どうやら急性症状を起こさないということのようです。白血球が減ったり、髪の毛がぬけたり、嘔吐や下血などの被爆後すぐに現れる症状です。5年10年先の健康にまで影響がないというものではありません。遅発性の影響(発ガン)は低いレベルの被曝でもおこります。これ以下なら安全という「しきい」はなく、発ガンの可能性は、被曝量が大きいなら高く、少ないなら低いということです。レントゲン撮影のような医療被曝に対しても、日本は基準が甘いと言われていますが、それでも医療の場合は病気の診断というメリットがあります。そして、撮影を受けるかどうかという選択権が患者側にあります。空から降ってくる放射性物質には、メリットも選択権もありません。

毎日流される政府やマスメディアの「だまし」のテクニックは、それほど巧妙なものではありません。しかしだまされないためには、つけっぱなしのテレビとは違い、たとえば原子力資料情報室のサイトなどに、自分から入っていく必要があります。政治家のように短いフレーズで美味しいことを言ってくれるわけではありません。根拠のない風評にも注意が必要です。上記のサイトの記者会見動画など、ときには2時間かかる事もあります。だまされる側にも責任があるという自覚がないと、しんどいこともあります。
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by maystorm-j | 2011-03-20 08:53 | 社会 | Comments(0)


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