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2016年 08月 23日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その6
一昨日、追分で知り合いが主催した学習会の参加しました。喉の痛みと咳き込みでぼっとした頭だったため、一日間違えて予定の演題は既に前日終了していて、その日は「量子力学の世界観」。体調不良の身には重たい内容です。良くある括りですが、西洋は一神教、東洋は多神教、日本の仏教も多神教、神道も万物が神であるとされていると、語られます。神道についてみると、縄文から続くアニミズムと卑弥呼以降古墳時代から律令国家成立にかけて組み立てられた天皇中心の祖先崇拝はまったく異なるものではないかと思っています。天照大神が西洋の神と同じ位置づけと言うのではなく、「万世一系」神話に補強された天皇の系譜が一神教的存在なのではないでしょうか。自然神とはまったく異なる神の存在です。唯一神としての「天皇」に従って営まれるマツリゴトと、マツロワヌ人々の征服が繰りかえされます。本地垂迹説による仏教からの補強もあって、その後の日本は中央集権官僚制でも地方分権武士制でも、決定的な世界観の分裂が防がれたのではないでしょうか。
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話がそれましたが、その後の歓談の場でベージック・インカムについて提起してみました。B.I.の話をすると必ず起きる反応が「ナマケモノが増える」という懸念。実際はやってみなければ判らないのですが、生活保護受給者に対する「ナマケモノ・バッシング」に憤る良心派の人々も、全員に一定額の支給をと言うB.I.に対しては「ナマケモノ」問題を持ち出します。困窮者や障害者に対する給付は、結局特別に気の毒な人への救済策と考えていることになるでしょう。これでは、もらう側は肩身の狭い思いから抜けられません。話は簡単で、全員がもらえば解決します。保護費の捕捉率の低さを気にする事もなくなりますし、窓口で嫌な思いをする「水際作戦」もなくなります。生活基礎資金ですから、介護費用や医療費、特別な生活用具などは別に支給すれば、その金でパチンコしているのではないかと下司の勘ぐりもなくなります。

さて、ナマケモノをどうするか。何時の世もどんな社会にもナマケモノは存在すると割り切る事です。私の周囲のもいろいろいます。おだてたり、なだめすかして働かせてみても続きません。その面倒を見ていると、こちらが足を引っ張られますので、ほっておくのがいいでしょう。せっせと働いているように見える働き蟻の中にも、一定の割合でナマケモノが存在すると言う研究が話題になりました。
ナマケモノはスペアとして必要だという主張です。しかも、個性ではなく、集団の一定の割合が自動的に怠けるらしい。働き者ばかり、あるいはナマケモノばかりの集団に再構成しても、一定の割合が怠ける。もちろん、複雑な社会構造と多層的な他人の眼にさらされる人間社会にそのまま当てはめられものではありませんが、試してみる価値はありそうです。役場に行くと2〜3割の良く働く人と、まあまあ給料分は働いていそうな人、そして一定の割合のナマケモノ。ナマケモノばかりの部署を作ったらどうなるでしょうか。住民の命にかかわらない行政の分野で試してみたい気がします。

もう一つ、B.I.の話をすると必ず出る反論が財源問題です。たとえば月5万円を1億3,000万人に配ると年間 ¥50,000x130,000,000x12=¥78,000,000,000,000
78兆円ですね。これについては、また別の稿で書いてみたいと思います。



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# by maystorm-j | 2016-08-23 08:47 | 社会 | Comments(0)
2016年 08月 21日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その5
お盆の15、16日、仕事場の隣、公民館の駐車場で盆踊り大会がありました。隣組の役員ということで、焼き鳥の係に。前日から解凍した焼き鳥が、大型の食卓上に30cmの高d0164519_04070265.jpgさで積まれ、盆踊り開始の3時間前から焼き始めます。中国製。焼きぐしに刺した状態で一度茹でるか蒸すか、火を通して冷凍輸入。盆踊りの混雑を予想してあらかじめ一度焼いておきます。大会が始まる7時から終る9時まで、もう一度味をつけて焼き直し。いくら熱々でも、3回も焼けば美味しいわけはありません。それを2本100円で売るのですから、もとの価格はいくらなんでしょうか。炭で焼けば美味しくなるというものではありません。ブロイラーの胸肉はしょせんバサバサしています。1500本だか3000本だか焼き続けて、煙で喉はガラガラ。2日後に会った人達からは、隣でドナルドダックがしゃべっていると言われる始末で、4日経っても回復しません。

しばらく戯れていたモンシロチョウとスジグロシロチョウは、勘違いに気づいて分かれて行きました。この集落は、戦後満州から引き上げて開拓に入った人達によって作られました。当初は極貧の厳しい暮しで、盆暮れ正月、支援する教会のクリスマスは、子どもに限らず大人にとっても指折り数える楽しみだったに違いありません。軽井沢の歓楽街のような華やかさはありませんが、いまは落ち着いた山里のたたずまいとなっています。生前はさぞご苦労したであろうご先祖様を迎える年に一度の時に、きっと薬づけの美味しくない焼き鳥をその子孫の子供達に食べさせるのか、まったく理解できません。集落の外れにある国際高校から100人ほど、外国の少年少女も「ボン・ダンス・パーティー」に参加しています。日本人は、「ハレの日」にこんなものを食べているのかと、恥ずかしいばかり。

軽井沢の夏、多くのリタイア組はグルメ気取りで飲食店を徘徊しています。金と暇のある人相手の商売ですから、美味しさ以上に価格は上がる。彼らには江戸時代のご隠居の節度はない。それでも何軒かの蕎麦屋は、まあ価格以上の味と雰囲気を提供していますが、ヨーロッパ風の店には近づかない事にしています。美味しいものは、これから文化を創る若い世代に回した方が良い。社会全体を豊かにするために、彼らの感覚を洗練させ、その再生産力に期待しよう。後期現役世代はバーベキューが好きです。ガツガツ喰らいガブガブ飲む雰囲気に馴染めず、私は出来るだけ逃げ回ってきました。ビールは一缶飲めば充分、後はただの発泡液体。齢とったら、たまのハレの日に「一点豪華」がいい。

生産モデルを変更しないまま、お金をジャブジャブ刷って価格を上げようとしても、結局は低コスト・低品質・低価格・低満足の「負のスパイラル」から抜け出られず、安物を求めてアジア・アフリカから輸入し、国内生産は落ち込むでしょう。アベノミクスや新自由主義を批判する側が、分配の不平等ばかりを述べて、新しい生産モデルを提示しないのは、明らかに怠慢です。反対できればいいと思っているようです。人民=プロレタリアートが安く買えればいいとする発想を捨てて、高品質・高価格・高耐久性・高満足の生産と消費に移行し、蓄積を増やすモデルが必要です。たぶん、それを裏から支えるのがベーシック・インカムではないかと思います。 (続く)



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# by maystorm-j | 2016-08-21 05:12 | 社会 | Comments(0)
2016年 08月 16日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その4
数年前から昆虫が少ないと書いてきましたが、今年はセミの声もほとんど聞きません。
d0164519_06542359.jpgセミは土の中で何年も過ごすので、少ない原因が何年も前の卵産みつけられた年にあるのか、今年羽化する時にあるのかが判りません。毎年成虫が卵を産んで翌年成虫になる昆虫や、蝶のように年何回かそのサイクルを繰り返す昆虫の場合は、減少した原因は去年か今年にあると言えるでしょう。

梅雨が長引いた分、8月初旬は暑くなりました。しかし、気圧配置は夏型にならず、太平洋高気圧が発達しないまま、日本海側や黄海に高気圧があります。中旬に入って、特に朝晩は冷え込んで、一昨日は15度。寒暖差が大きいと、果物や野菜はおいしくなるかもしれません。

前の記事に書いた岩手の友人は、軽井沢に海がないのでと、魚を運んできました。去年は食べ切るのに1週間(半分は干物にして)かかったので、今年は一日で食べきれる量にと前もって伝えておきました。それでも刺身用にヒラメとアジとイカ。初日は確かに新鮮ですが、翌日に残るとこちらのスーパーの方が・・・。その他にアンコウが丸ごとあって、一部は唐揚げで食べましたが、残りは鍋に放り込んでとりあえず加熱。その後2日がかりで片付けました。気になったのは、そのアンコウの値段。こちらでたまに売っているものに匹敵する大きさですが、季節はずれのせいかそれが300円。冬場なら2〜3000円の価値があるはずです。

以前、日本とノルウェーの漁業について書かれた勝川俊雄さんの本を読んだ事があります。乱獲による資源の枯渇が懸念されている日本の漁業に対して、漁獲量と捕獲サイズ、販売地を合理的にコントロールするノルウェーを比較して、警告を発するものです。高い価格で売れるものを獲り、最も高く売れる場所で売る事を、各個人の漁業者がインターネットを漁船上で駆使しているのがノルウェーの漁業だというのです。高く売れるものというのは品質が良く、高く売れる場所というのは需要があると言う事でしょう。成長し切っていない小さな魚は価格が低いので、売り上げを維持するためには大量に獲らなければなりません。乱獲が起きて資源は減り、魚体はさらに小さくなり、低品質低価格大量生産の悪循環に陥ります。自然生態系からの略奪生産では特に、この負のスパイラルを避けるシステムが必要です。ペットフードにしかならないものを獲っているのか、あるいは人間がペットフード並みのものを食べているのかもしれません。

1億3000万人の人が食べていくためには、大量の生産が必要ではあります。人口が20分の1以下のノルウェーとは比較できないと言われるかもしれません。しかし、統計の取り方によって違いがあるかもしれませんが、日本の食料廃棄率はアメリカより高く世界一ではないかと言われています。野菜など流通する以前の生産現場における廃棄を考えると、さらに多くなるのではないでしょうか。売れないものを作っては捨て、獲っては捨てていたのでは、いくら生産量が上がっても社会は豊かにならないでしょう。暮しの豊かさにつながらないものを消費していると、常に満足感のない精神的な飢餓状態に陥りそうです。多様で生産力の高い海も畑も森もあるのに、その機能を充分に活かせていません。グローバルな資源と労働の略奪による大量生産大量販売ではない、身近な環境と資源、質の高い労働力によって高い満足を持続できる生産と消費・蓄積に切り替える事が必要でしょう。
(続く)



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# by maystorm-j | 2016-08-16 07:23 | 社会 | Comments(0)
2016年 08月 08日
夏山を歩く・・・高峰高原車坂峠から浅間山湯の平と外輪山周回
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岩手から友人がやってきて、翌日は山歩きすることに。ついた日の午後、軽井沢案内、産直見学、そしてアウトレットで山靴とヤッケを購入。高齢初心者で、足許と防寒雨対策だけは命にかかわるので、少し奮発してもらう。靴は革でゴアテックス、ビブラム底。あきらかに実力以上の道具だが、道具の性能が力量を高めてくれることもある。ヤッケもゴアの赤。目立った方が良い。まとめて買ったので、たぶん正価の4割引以下だろう。これからの一生使える事を考えると、いい買いものだと思う。アウトレット街の良さは、4〜5軒の店を一度に見比べることが出来て、妥協しないですむ事だ。底の柔らかいトレッキング用はいくつかあったが、明日は岩場が多いので、一点で支えられる硬めのものにする。

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標高2000mの車坂峠を7時出発。靴がいいので、勝手に足が前に出ると言う。順調に黒斑山トーミの頭まで登る。さて、そこでコース選択に迷う。そのまま外輪山を行けるところまで行って戻るのが初心者向けだが、天気は最高で、夕立と雷はなさそう。靴の良さ、天気の良さ、何よりも腹回りに蓄積されたエネルギーを信頼して、長距離周回コースに挑む事にする。という決断で、いきなり草すべりを急下降。登りよりペースが落ちたので、ちょっと気がかりだったが、後で「高所恐怖症」と判明。縦走の前半は岩場と崖が多く、それは大きな誤算でした。

なんとなくへっぴり腰で下り切って、湯の平はずれの山小屋でおにぎり。だらだら登りで湯の平を突っ切る間は、快調な歩き。登りの方が調子いいのも、いい具合に進んでいる時には不思議に感じないものだ。手も使わないと体が確保できない岩場の登りになると、がくっとペースが落ちる。ジャングルジムで遊んだ事がないのかもしれない。ゆっくりだが何とか尾根に上がって、縦走開始。ゆるい上り下りでもペースが復活しないのは、どうやら左側につづく崖が怖いからのようだ。現在の浅間山より高かった黒斑山が、23,000年前に崩壊して、麓を25km先まで埋め尽くした時の、残った部分が外輪山の崖。確かに落ちれば命はないが、びくびくしていると却って危ない。

岩場が終ってもそろりそろりと歩いているのは、今度は脚の筋肉疲労のようだ。飴とチョコレートでごまかして、何とか下り切る。全行程8時間、まずます、初心者としては上出来だ。夏の週末で登山客が多く、へばってぶっ倒れていると格好がつかない状況だったのも幸い。靴選びが良く、靴擦れやマメが出来なかったのも、体力の限界まで歩けた一因だろう。初心者を連れて行く場合は、3人以上のグループが良さそうです。

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# by maystorm-j | 2016-08-08 21:38 | 遊び | Comments(0)
2016年 08月 03日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その3
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都知事選挙の結果は、予想されていた事ですが、野党統一候補惨敗に終りました。有力3候補にしっかりした政策の違いや、他を圧倒する人格的な良さがあったとは思えず、都民の「意識」と言うより感覚的な流れの表れという気がします。野党側に、統一候補を立てればなんとかなると言う甘い誤算があった事は言えるでしょう。参院選一人区で善戦したという判断が背景にあります。

参院選での野党共闘は、県ごとに内容も候補者も違いますが、私のところでは共闘がすんなりと進みました。しかし、候補者の人格にも政策も精査されることはなく、手ごろな人という印象が強かったのではないでしょうか。私はむしろ「僕ってぴったりでしょう」とにやけ顔で登場した統一候補に卑しささえ感じられて、しぶしぶ投票しました。お手頃感のある候補者探しではなく、政策をしっかり持ち政策実現の道筋を提示できるプロの政治家が必要なのではないでしょうか。野党政党にその役割を期待できなくなって、既にかなりの年月が経ちます。特に「経済の土俵」では、富の分配に対する不平不満を述べても、富の生産に対する対抗政策はまったく提示されていません。富の生産を考えるという意識すらなさそうです。

ソビエトが崩壊してから四半世紀が経ち、壮大な生産と分配の実験が失敗に終ったにもかかわらず、それに替わる経済のシステムが提案されていません。グローバル資本による低コスト低価格大量生産販売と金融資本を中心とする分配の自己責任論を軸に新自由主義経済が席巻してきました。左翼リベラル側はその分配の不公平に対する不平不満を述べてきました。しかし、賃金による分配要求は正規労働者の体制化と非正規労働拡大で、分配の公平を得られていません。福祉による補整も、生産が伸びす、賃金も増えない中で、財源がありません。軍事費を福祉にまわせという主張もありますが、その場合は国の安全保障を根底から議論して、国民のコンセンサスを形成する必要があります。昨年の安保論議では、法制の手続き論に終始して、安全保障の理念的議論はなされませんでした。

町の保養施設でサウナに入りながら、何人かの年輩者と都知事選について話しました。その中で、これまで一番安保法制やTPPの批判をしてきた一人が「小池さん頑張っているね」と言い出してびっくり。私以外の3人はインターネットを見ないのですが、その人は長年教育関係の仕事をしてきました。1970年代の東京、横浜、京都、大阪などの革新自治体世代です。小池氏が、ボスと利権の自民党に対抗する「革新」候補に見えたのでしょう。東京都民の若い世代、無党派層、民進党や共産党支持層の一部など、小池氏の得票を押し上げたのは、意外な事に「革新」を望む意識だったのではないでしょうか。
(続く)

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# by maystorm-j | 2016-08-03 21:11 | 社会 | Comments(0)
2016年 07月 26日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その2
前回、経済とくに新自由主義経済に対するオルタナティブとなりうる富の生産・分配という一貫したモデルを提示しない限り、人々は「正常性バイアス」心理からだまされ続けるだろうと言うことを書きました。生産・分配さらに富の蓄積を含む大きな提案が求められているのではないでしょうか。ケインズもマルクスも読んだ事がない私にとって、経済と言うジャンルはほとんど未経験です。もちろん、データに基づく経済学的解析や展望が出来るはずはありません。しかし、経済活動は社会環境における人間集団の営みである以上は、生態系における生物群集の営みと同じような視点で考えて見る事も出来るのではないかとという、ちょっと無謀な試みです。d0164519_07074145.jpg

生態系内では、主に植物が環境資源を取り込んで有機物を生産し、主に動物がその有機物を消費しながらリサイクルします。生態系内にはその総量=バイオマスが蓄積されていますが、その一部は主に微生物などにより分解されて、リサイクルされたり、無機物に戻されます。生産者が多彩で安定的なほど、消費者も多様で安定すると思われます。単一樹種が多い尽くす寒冷地の森など、量的豊かさがあっても、質的には貧しい生態系と感じます。そんな視点から現在の経済を眺めてみようと思います。


敗戦後の日本は世界有数の経済成長を経験しました。その要因はいろいろ言われますが、間違いなく暮らしは豊かになりました。生産が増えれば消費者がふえて、さらに生産者が増えるのが自然ですが、経済成長率が下がる前に、人口増加率が下がり、それが「成熟した社会」だと言われました。生産が増加し消費者が増えなければ、いっとき蓄積が増えて暮しは豊かになりますが、その後にくるのが「ものあまり」時代です。国内消費が飽和状態になり、生産と消費を海外に求めることになります。安い労働力と量産効果に頼るコストダウン、価格競争、新製品開発競争がむしろ製品の質を落として、負のスパイラルにはまってしまったのではないでしょうか。

最近、食料品以外の買いものは量販店に行く事が多くなりました。どこでも広い店内に大量のものが並んでいますが、来客数も店員も少なく、店員の丁寧な説明を期待することはできません。広い店舗と大量の商品を維持するコストの割には1商品あたりの利潤は少なく、人的サービスまでは捻出できないのでしょう。

付加価値の小さな富を大量に生産するシステムでは、複雑で長距離の流通と大量の消費者を必要とし、生産に使われる資源や労働量、流通のコストに較べて利潤が少なくなります。利潤率が下がり、賃金を下げれば消費力が下がります。いっとき海外に市場を求めても、そのうち海外でも同じ負のスラパイラルが起きるでしょう。ワーキングプア、移民労働力、失業、いずれもこのスパイラルの中で起きてくる問題です。貧困層のために安い製品を大量に作る事では、そこから脱出できるとは思えません。貧困層を無くす事、それを富の分配のみに頼らず、これまでとは異なる富の生産・分配・蓄積のシステムで豊かになる方法を考えなければならないでしょう。
(続く)



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# by maystorm-j | 2016-07-26 06:48 | 社会 | Comments(0)
2016年 07月 23日
アベノミクスに人はなぜ騙されるのか/経済の土俵で闘う事が必要 その1
参院選挙が終って、しっかりとした反省がなされないままに、今は東京都知事選挙に関心が移っています。政権交代後、何度も選挙で敗北を経験しながら、敗北の原因をしっかりと検証する事なく、d0164519_07310870.jpgいよいよ改憲の鳴動が聞こえるようになってしまいました。

原発再稼働、安保法制など、個別の問題では政権に批判的な声が世論調査で確認されながら、選挙となると毎回与党側の勝利になるのはどうしてでしょうか。不正選挙だとか、小選挙区制度の問題だとか言っていても、選挙で勝たなければ不正をただす事も選挙制度を変更するのも難しいのが現状です。

選挙になると安倍政権はアベノミクスを持ち出します。焦点は経済発展と国民の暮しだと、土俵を設定します。この3年あまり、アベノミクスによって暮しが良くなったかと言うと、数字はその逆を示しています。にもかかわらず、なぜ与党が勝つのか。世界中で、新自由主義経済が人々の暮しを良くする事はないと言われながら、なぜ国民はアベの政治を否定しないのか。批判して来た側の弱点、オルタナティブを示せていない事について、経済を中心に考えてみたいと思います。

経済という分野は、私が最も苦手な分野の一つです。これまで、リベラル側(この分類もネオリベラルに対抗するものとしては不適当な気がしますが)からの批判をたくさん読み聞きしてきました。その主張の中心は、富の分配の不公平を論ずるものです。「1%対99%」という図式がその典型です。賃金制度による公平化、税制による調整・再分配、福祉による補整。いずれも、富をどのように分配するのかという視点です。「パイをどう切り分けるか」という問題に集中しています。

一方で、新自由主義の側は今も「パイを大きくする」事を主張しています。国民に向けて「あなたはパイを大きくする事に参加しますか。大きくすれば、あなたもたくさん食べられますよ」と呼びかけています。それに対して、新自由主義経済は必ず崩壊するという認識がある批判側の主張は、正常性バイアスの心理から入り口ではねられてしまいます。崩壊に直面する前から、崩壊予想に基づいて反対する人は少ないようです。この時点で、すでにアベ政治に負けているような気がします。多くの人は、明日もこれまでの暮しが続く、努力すれば少しは良くなると思いたいのです。それがウソでも、あるいはパイにありつけるのがたとえ1%だけであっても、新自由主義はとりあえず「富の生産と分配」を結ぶ主張をしています。そのシステムでは、多くの生産資源が奪い取られ、多くの労働力が使い捨てられ、多くの質が悪い量産品があくどい宣伝で売りつけられていようと、システムの中のどこかに参加していると思いたいでしょう。崩壊を予期しながらも分配を要求するという組み合わせは歓迎されません。だまされるという仕組みはこうして出来上がっていきます。

新自由主義が「富の生産と分配」を述べているのにたいして、富の分配に対する批判のみにとどまっていては、勝てないのも当然です。次回は、この点をすこし掘り下げてみたいと思います。

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# by maystorm-j | 2016-07-23 08:54 | 社会 | Comments(0)
2016年 07月 22日
上田 暁子 個展  酢重ギャラリー 7月20日〜8月8日
夕方から夜半の雨。昼間も霧雨で寒い夏です。梅雨前線もはっきりせず、梅雨が明けると言うより、梅雨が消えて周期的に不安定な天候がそのまま続くのかもしれません。現在、旧軽井沢ロータリーの酢重ギャラリーで開催中、小諸市在住の若い画家さんです。
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# by maystorm-j | 2016-07-22 20:27 | 遊び | Comments(0)
2016年 07月 02日
かやぶきの家 展  今日から宇都宮市大谷で
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# by maystorm-j | 2016-07-02 21:02 | 暮らし | Comments(0)
2016年 07月 01日
月1日〜18日 酢重ギャラリー「鈴木りんいち 本田あつみ」展

今日から始まる酢重ギャラリーの展示。笠間から焼き物の二人展です。作風は・・・? まずは見て、触って。一言で言うなら「自由」。器は暮しの使用に耐えるどころか、無理なく凌駕、出す力を感じさせます。さらに、価格も手ごろ。ぶらっと寄れば使って見たくなる事、うけあいです。


7月に入って、昨日は朝方ストーブを炊いた家もあるような気温。今日は一転、昼間の仕事場は31度。暖房用品はいろいろあっても、冷房はない軽井沢です。これから2ヶ月、どんな格好で仕事しようか迷います。半ズボンでは、あちこちのぶつけてキズだらけアザだらけの足に。仕上げにジュンと火傷でもしようものなら、いくら儲からない仕事とはいえ、皮膚が破けるよりは作業着に穴が開く方がましです。


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# by maystorm-j | 2016-07-01 21:11 | 遊び | Comments(0)
2016年 06月 16日
旧軽井沢 酢重ギャラリー恒例の「佐々木卓也展」 6/11−26
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この時期になると軽井沢のど真ん中に登場します、佐々木卓也さんの絵と立体。大胆な構図とシンプルな色づかいでグイグイと引きつける力があります。もちろん観覧は無料ですが、見れば身近におきたくなる魅力を感じる事でしょう。
(DMの写真はもう少し渋い色合いです。色相を調整しましたが、やはり本物の方が良さそうです)



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# by maystorm-j | 2016-06-16 05:00 | 遊び | Comments(0)
2016年 06月 02日
おしらせ  信州沖縄塾 塾長 伊波敏男さんの講演会
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# by maystorm-j | 2016-06-02 06:43 | 社会 | Comments(0)
2016年 05月 13日
軽井沢史友会日帰り旅行のご案内/5月19日(木)
来週、軽井沢史友会でお隣の安中市へ、新島襄の足跡をたどる小旅行を予定しています。会員以外にもまだ若干名の余裕がありますので、ご希望の方は至急ご連絡下さい。
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# by maystorm-j | 2016-05-13 21:30 | 遊び | Comments(0)
2016年 05月 07日
伊丹万作さんの言葉から考える「だまされる」ことについて/4月17日、軽井沢9条の会ブログ投稿の転載

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4月17日、軽井沢9条の会ブログに投稿した記事を転載します。


昨日、軽井沢9条の会例会で「水島朝穂さんに学ぶ緊急事態条項」を担当しました。充分にこなれていない話になってしまい、夜間にもかかわらず、おいでいただいた皆様には申し訳なかったと思います。何とか時間をやりくりして、数十時間を事前学習にあてましたが、水島さんが数十年にわたって研究してきた内容をちょっと舐めてみたぐらいで消化できるわけもありません。会場で配ったテキストをもう一度読んでいただいた方が、ご理解いただけると思います。このサイトには、水島さんの過去の文章が「バックナンバー」に収蔵されていますので、憲法問題に関する必要なテーマを学ぶ材料としておすすめです。


このブログ3/22の記事「だまされる方も悪い」をなんどか、読み返しました。「まったくそのとおりだなあ」という同感と同時に、このように出発点に(ここでは憲法前文と9条)に戻って考え直してみようという気持ちに、私も数年に一度なります。毎日ではないところがいいかげんですね。東電原発事故の直後には、多くの人が「安全神話」にだまされていたことを、怒りとともに自省しました。ちょうど2年前に自分のブログで、「ほんとうにだまされたのですか?・・ 」と書きました。どうも、日本の社会はだまされていた方が楽に生きられます。


そこに取り上げた伊丹万作さんの文章 

http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html は敗戦1年後、亡くなる直前に書かれたものです。だまされることの構造と罪の内容について、今もその問いかけは生きていると思います。死を目前に感じながら、自分の過去を否定的に検証することはつらい作業でしょう。誰しも、いい人生だったと思いたいところです。


伊丹さんは戦争中の自分の「思い」を相対視しています。危機的な状況が進行する中で、自分の思いは正しく、まわりが間違った方向に進んでいると考えがちです。しかし、放射能の問題や安保法制の問題を、反対側にいる人たちと話して感じることですが、向こう側の人たちもそれぞれ自分の「思い」を正しいとし、だいじにしていることです。さまざまな「思い」を理解するためには、あらゆることに囚われない自由な想像力が必要です。そのさまざまな思いを、互いにぶつかり合うことなく開花させるための交通整理の術を探るために、たくさんの努力をついやして学ぶのではないでしょうか。


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# by maystorm-j | 2016-05-07 19:47 | 社会 | Comments(0)
2016年 05月 06日
西太平洋における米中軍事戦略とその背景を考える
d0164519_7295747.jpgこのブログと軽井沢9条の会のブログに安倍首相の軍事戦略「セキュリティー・ダイヤモンド構想」について書いてから、はや一月半が経ってしまいました。その間に、オーストラリアの潜水艦建造受注失敗や、インドが米軍の南シナ海軍事戦略に距離を置くなど、いくつかの変化が見られました。一方では中国側にも、南シナ海のフィリピンよりに新たな埋め立てを計画している可能性や、経済・言論弾圧・タックスヘイブン関与などの流動的な国内情勢があります。6月の講演会に備えて、沖縄から見る西太平洋軍事状況を考えてみたいと思います。


セキュリティー・ダイヤモンド構想の目的は、中国の軍事的封じ込めです。その背景には、中国が進めている「一帯一路」があります。「一帯」はユーラシア大陸横断の交流ルート、陸のシルクロードです。ロシアを通ってヨーロッパへとつなぐ北回りルート。中央アジアからヨーロッパへの南回りルート。もう一つ、東南アジアへと延びる三つの大動脈を構想しています。中国からイランへは、すでに貨物列車を走らせる試みが行われました。


もう一つの「一路」とは、東シナ海から南シナ海、マラッカ海峡などを通ってインド洋、中東とアフリカへと進む海のシルクロードです。上海協力機構が安全保障同盟をも含むのに対して、「一帯一路」構想はアジアインフラ投資銀行などともに、各国の経済発展、協力と交流をはかるもので、それ自体が軍事的同盟関係や領域の覇権を狙ったものではありません。しかし、そのルート周辺の政治的・軍事的な安定は必要条件です。経済交流が進むほど、貿易に依存することになりますから、ルートの安全確保が、国家の利害問題になってきます。この点は、日本がこれまで主張してきた「シーレーン」と重なるものです。ルート周辺が友好国ばかりではない場合、古い言い方をするなら「主権線」を越えて「利益線」の防衛ということになります。


この意識は、戦前の日本が朝鮮・中国侵略で言い立てた「我が国の生命線」という主張と一致するものです。共存共栄を旗印にした経済交流ですが、資源と市場の獲得競争のなかで利害がぶつかり合います。各国の国力が均等ではなく、経済交流で得られる利益も均等にならないことが起きるのは、歴史が示す通りです。国益を力で保証することになります。戦後のマーシャルプランとコメコン体制の対立が再来するかのごとく、アジア重視を唱えたオバマによるTPPを軸としたアメリカ中心の太平洋経済圏と中国中心の新しいユーラシア経済圏の接触点が東・東南アジアで、そこで軍事的にも地域覇権がぶつかることになります。TPPがグローバル資本による資源略奪と市場支配であるなら、中国は国家資本で同じことをするのではないかという懸念をもたせています。日本、韓国、台湾、フィリピン、ベトナムなど、接触線上の国は利益線だけではなく中国との主権線(国境)問題を抱えていて、それぞれの「国益」を複雑にしています。


このような背景下で、南シナ海における中国の軍事的進出も問題ですが、より大きな危険性をはらんでいるのが朝鮮半島と台湾です。尖閣や南シナ海の小さな島の取り合いではなく、国家そのものの存亡の問題ですから、ひとたび衝突が起きれば容易には収まりません。西太平洋のおける米中日の軍事戦略もそれを中心に構想されていると考えるべきでしょう。とりわけ、台湾をめぐる軍事的衝突を想定して、沖縄の米軍再編、自衛隊の強化、辺野古新基地建設の流れを見る必要がありそうです。


台湾を巡って米中の軍事的衝突が起きた場合、全面戦争・核戦争に発展する可能性を封じる核抑止・相互確証破壊が働き、双方ともに限定戦争の筋書きをとることになるでしょう。中国の中距離ミサイルが飛んでくる日本の米軍基地は壊滅的打撃を最初に受けます。米軍が想定するエア・シー・バトル戦略では、緒戦の損害を減らすために米軍はひとまずグアム・ハワイの第2列島線まで退却して、制空権を回復してから再び九州〜フィリピンの第1列島線奪回をはかるとされています。太平洋戦争時なら、それだけで何ヶ月もかかる戦略ですが、現在は一週間程度の攻防と想定しているようです。もちろん、その間に沖縄はミサイル攻撃で壊滅的状況になります。


こんな勝手な戦略がスムースに行くとは限りませんし、それが起きる確立は決して高いものではないでしょう。しかし、様々な可能性を想定して多様な戦略がシミュレーションされ、それに応じた準備がなされるのが軍事構想です。辺野古が当初の普天間飛行場移設から、新しい機能を持つ新基地建設に変わり、強襲揚陸艦が着岸できる軍港機能を加えたこともその一つです。さらに、自衛隊との共用を目指していますが、米軍の指揮下に入る自衛隊は戦争では最初の捨て石、基地の島沖縄全体が捨て石であり、それは海のむこうから戦争を制御するオフショア・コントロールという米軍の考えそのものです。


このような想定は、いくつもある可能性の中の一つでしょう。日本本土が戦場になるという想定も図上演習が行われていますが、その場合は米中全面戦争に発展する可能性がより大きくなりますので、双方がそれを望まないという前提で想定されていると考えられますし、逆に米軍は中国本土、特に太平洋岸の先進地域を攻撃しないという前提で戦争のシナリオと終結がはかられると言われています。いずれにしても米国は、戦場となる沖縄、日本のためではなく、自国の国益にそって戦略を立てることになります。


私たちは子どものころから、日本は資源が少なく貿易が重要だと教えられてきました。高度成長と人口増加の時代がとっくに終わっているにもかかわらず、その意識は抜けていません。「後進国」と言われた国々も、当然日本人と同じような暮らしをしたいと思い、自国の経済を高めようとします。それらの国からたくさんの資源を輸入し、大量の商品を売ろうとすれば、必ず軋轢を生じるでしょう。日本は過去も現在も貿易大国ではなく、貿易依存度は決して高くありません。国内の消費人口も労働人口もますます減少していくことはあきらかですので、経済構造を省資源・少量高品質高価値生産に切り替えて、本当に望まれるものだけを生産する方向に切り替えていくことです。それが健全な労働環境と健康的な生活環境を生み出し、利害が衝突しない対外関係につながり、最大の安全保障となるでしょう。


すっかり長話になりましたが、最後に沖縄のおかれている軍事的状況について、参院選にオール沖縄候補として出馬予定の伊波洋一さんの講演録画をご覧いただければと思います。全5本に分かれていますが、最初の主催者挨拶は省略し、2本目から下にリンクさせておきます。(一本の録画を見終わると自動的に次ぎにつながります)

第二部 https://www.youtube.com/watch?v=uutT-6Eua3o
第三部 https://www.youtube.com/watch?v=rguUI-mq_3k

第四部 https://www.youtube.com/watch?v=yRKtdurdbXE

第五部 https://www.youtube.com/watch?v=FxFTJBo698M  三上智恵監督との対談と質疑


今回書いた内容は、昨年の安保法制成立時までの状況で考えましたが、その後、トランプ候補の動きを見ていると米軍に対するネオコンの影響力に変化があるのではないか、中東でのサウジやイスラエルなどの親米国に大きな変化がおきそうなこと、TPPも「一帯一路」もその原動力となる資本が大きく動揺する可能性など、状況は日々変化しているように見えます。


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# by maystorm-j | 2016-05-06 07:32 | 社会 | Comments(0)
2016年 04月 23日
福島県に見られる小児甲状腺がんは放射能によるものなのか? /津田敏秀氏・鈴木元氏の公開討論から考える

信州宮本塾のメーリングリストに数回に分けて配信した文章をまとめます。d0164519_05291639.jpg


3月30日 配信  津田敏秀氏と鈴木元氏の公開討論会

3月27日、栃木県大田原市で行われた「どうみる?甲状腺がん 講演と討論」の動画をご覧になられたでしょうか。福島県の県民健康調査で見つかる小児甲状腺がんに対する見方が真っ向から異なる二人の医師による講演と討論として、企画段階から一部で注目されていました。疫学の津田敏秀氏については皆様もご存知と思います。一方の、鈴木元氏は http://www.iuhw.ac.jp/daigakuin/faculty/health_welfare/kokusai/staff/suzuki_gen.html

事故当初の講演などは、どちらかというと「安全宣伝」となる内容でした。福島県での専門家会議での発言もなんどかあります。今回の講演では、とくに栃木県に健康調査を広げた場合に「過剰診断」となる懸念を述べています。

全編動画が http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2038  と

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/293672 で見られます。前者の方が見やすいのですが、会の冒頭部分ががかなりカットされています。

     治療のガイドラインは適切なのか?

鈴木氏の講演は、これまで宮本塾で私が述べてきた問題点を網羅するもので、この会が福島県で行われていたら大きな波紋を呼んでいたでしょう。福島県で行われている甲状腺がんの手術の一部は、「過剰治療」に当たる可能性にも言及しています。この点については、宮本塾での学習会などで私は「治療法が確立していない状態で悉皆調査をすることの倫理的問題」として取り上げましたが、調査される側に起きる影響の問題です。福島医大鈴木真一氏は一貫して、手術はガイドラインに沿って行っていると述べてきました。そのとおりでしょうが、問題はそのガイドラインが、きわめて稀に起きる小児甲状腺がんの発症例(臨床癌)をもとにつくられているのではないでしょうか。今回のような悉皆調査で掘り起こされた小さな、あるいはごく初期の、まだ症状を現していない癌に適用してよいものなのか。今回の講演でも、親の判断により、経過観察とすべきものが手術されている可能性に触れています。2巡目で発見された癌では、1巡目に較べて手術割合の低さがその傍証とされ、救いでもあるとしています。

     時間不足だった公開討論会

津田氏から「多発論」がでた時からなんども指摘してきましたが、残念ながら津田氏は、このような対話を深化させるには不向きな性格です。今回の会はもう1時間でも長ければ、さらに問題点が明確になっていただろうし、論者に例えば西尾正道氏などが加わっていれば、争点がより相対視出来たのではないかと思います。それでも、この動画はなんどでもくり返し読み込んで、理解を深めることに使えると思います。特にこれまで、「放射能の影響で小児甲状腺がんが多発している」と述べたことのある人には必見でしょう。皆様のご意見をお聞かせいただければと思います。


3月31日 配信  子どもを対象とする悉皆調査の倫理的問題/治療方針が確立しているのか?

T様 コメントありがとうございます。

毎日新聞に書かれている津金氏の見解に較べると、鈴木元氏は「過剰診断」の可能性を少し大きく見ていると思います。放射線の影響でも、過剰診断でもないとすると、多発の原因は何かという問題について、現在一部では「エコー」そのものの影響が主張されていますが、一巡目で多く見つかっていることを考えると無理がありそうです。しかし、検査によって障害が起きるということは過去に多くあって、例えば子どもの頃受けた胸部レントゲン検査や胃のレントゲン検査の問題など、リスク・ベネフィットを明確にした上で、それも希望者のみで組織的強制力が働かないようにしないと倫理的問題になるでしょう。その点、子どもがリスクを受けるにもかかわらず、判断するのは親権者や学校というようなケースは、特に注意を要するでしょう。

     一巡目と二巡目(本格調査)で異なる手術割合

精神的不安・葛藤の問題は、リスクが確定的(濃淡がある)なのか確率的なのかにもよるでしょうが、一番重要なのはマネージメント方法が確立しているかどうかではないでしょうか。今回の講演会と新聞記事から疑念を感じたことは、一巡目と二巡目ではマネージメントが変わったのではないかということです。手術の割合が二巡目では大きく下がっている理由が、「忙しくて間に合っていない」のであるならその説明があるはずです。一巡目で、ガイドラインから外れてはいるが親の希望で手術に踏み切ったのは3例のみという数字を見ると、二巡目で急にそれが増えたとは思えません。この間、ガイドラインの見直しが行われているのではないかと推測します。稀に発症する進行性の小児甲状腺がんをもとに作られたガイドラインが、今回は適用できないということになったのではないでしょうか。


もしそうだとすると、一巡目で見つかって手術した中に、手術の必要がない例や経過観察とすべき例が多数含まれてしまったことになります。福島県としては「過剰治療」の指摘は一番避けたいところでしょう。特派員協会での最後の質疑にたいする星座長の歯切れの悪さからもそんな感じを受けました。今回の鈴木元氏は、福島県・医大からは比較的フリーに振る舞える位置にいると思います。


3月31日 追配信  津田氏、津金氏/二人の疫学者の見解比較(毎日新聞)

「疫学」を取り上げた昨年の宮本塾学習会で、福島の小児甲状腺がんに対する疫学者の両論として取り上げました津金氏と津田氏の見解をまとめた記事です。

http://mainichi.jp/articles/20160307/ddm/010/040/073000c

3月7日の記事ですので、近いうちに削除される可能性があり、取り急ぎご紹介します。


4月2日 配信  乳幼児には甲状腺がんが発見されていない/チェルノブイリとの違い

Tさんの疑問「放射線の影響とは考えにくい」と津金氏が述べる理由ですが、放射線の影響を完全に否定してるわけではなく、疫学的にはまだ見えていないという主張と思います。福島県健康調査に関係している多くの医学者が、「考えにくい」と言う根拠は、疫学サイドでは「地域的な放射線量とガン発見数の相関が見られない」という点ですが、津田氏は検査時期で補正すると相関すると述べています。むしろ、根拠は病理学サイドで、見つかったガンのタイプがチェルノブイリと異なり「成人タイプ」であり、乳幼児の発見がない。思春期以降に自然発生するタイプではないかという指摘。遺伝子からも「放射線による切断と再接合のエラー」の問題。これらの点については、データが公表されていないように思いますので、関係者しか判断できないのかもしれません。

     「多発」は前倒し発見なのか?

過剰診断だという判断では、20年分を前倒しして見つけているという主張がありますが、それなら2巡目は20分の1に減るのではと思います。しかし、2巡目も多発している理由。これについては今回は出ませんでしたが、発生したり消えたりする可能性が一部で言われていました。また、手術の割合が減っていることの理由推測が述べられています。甲状腺の全摘が少ない、放射性ヨウ素を積極的に使っていないなど、過剰治療を恐れているのではないかという指摘も外部からあります。鈴木氏の話は具体的指摘が多いのに較べて、津田氏の講演は、「疫学とは」「疫学ではこうなる」という主張に終始し、少ない時間を無駄につぶした印象があります(過去の講演や議論の多くも)。多発という現在起きている事実の評価と原因・仕組みを検証する場で、「事実はこうだ」と繰り返しているように見えます。


鈴木氏の主張が正しいか、その整合性は議論すべきでしょうが、問題点を網羅的に指摘していると言えます。多くの問題点自体は一年前の「県民健康調査」検討委員会 第6回「甲状腺検査評価部会」(平成27年3月24日開催)においてほぼ出ているもので、整理してデータと論拠を補足したものと考えます。

https://www.youtube.com/watch?v=qjYu5j1xLTw

この評価部会の後、鈴木真一氏が退任しますが、その前にどの会合だったか確認が出来ませんが、手術方針はガイドライン通りに行っていると強く主張していた印象があります。過剰診断だけではなく「過剰治療」の指摘が県立医大以外からでていたのではないでしょうか。

     調査そのものが新たなリスクを生む可能性

もし、そのような背景があったとしたら、上記の評価部会における春日文子氏の発言(25分頃)は倫理的に問題があるでしょう。「(過剰な)リスク負担を国民全体で受け止めなければならない」ともっともらしく述べていますが、実際は国民は負担しておらず、手術された子どもが一方的に負担させられている現状をねじ曲げています。その上で、検査の継続の理由付けを述べています。私にはこれが科学における倫理欠如の典型例に思えますが、春日氏の姿勢は、塾会員の一部でも支持されています。


「放射線の影響で多発」とする津田氏が登場した時、その講演と本から科学者としての態度に疑問を感じ、水俣病関係者の間で津田氏はどのように見られているのか、宮本先生にうかがったことがありました。その後の塾でも、水俣病を「食中毒事件と捉えると明確になる」という津田氏の考えを紹介したことがあります。疫学は短時間で原因を推定し、すばやく被害拡大をとめることが出来る反面、アルツハイマーとアルミを例に、状況証拠からの推定はえん罪につながる可能性も考えておく必要があることを述べたと思います。被害発生初期に予防的マネージメントをとるのに有効でしょうが、その後の被害修復、被害者の治療には被害のメカニズムを解明しないと、時には二次被害を引き起こすことがあるでしょう。公害裁判における金銭的被害救済追求では原因証明に有効ですが、津田氏にはそれが生み出したモンスター的側面をも感じます。


4月8日 配信  芽細胞発癌説 /一巡目の手術には手術不要例が含まれるのか

先日来、投稿を続けてきました福島県健康調査の問題で新しい情報が挙っています。「芽細胞発癌説」という、従来の発癌メカニズムとは異なる考え方で、福島県の小児甲状腺ガン多発」を説明できるというものです。この考え方自体は既に15年前から提出され評価されていましたので、放射線の影響を否定するために作られた新説ではありません。私には芽細胞発癌説を説明する力はありませんので、下記のサイトをお読みいただければと思います。

http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/labo/www/CRT/GCC.htm

この考え方が注目されたきっかけは、上記の文章最後の方にあります「8 芽細胞発癌を支持する最近の臨床的エビデンス ー 福島原発事故後の小児甲状腺癌の解釈も含めて」が解りやすいでしょう。他にも検索するといくつかのサイトが見つかりますが、

http://togetter.com/li/958928

この考え方をとると、2巡目の癌手術割合が減ったことが理解できます。また、これまでの手術の中にはかなりの不要な「過剰治療」例が含まれるという推測も成り立ちます。この説が10年前に既に評価されていたとすると、本来は1巡目で気づくべきだったとも言えるでしょう。


もちろん、この説が福島であてはまるのか、現在はまだ確定できないでしょうし、まして私に判断出来ることではありません。もしこの通りだということになった場合は、不要な手術でQOLを低下された子どもたちがいる一方で、津田疫学が「えん罪」を生んだことになります。放射線リスクを過大評価した事自体は「確率的影響」に対して「予防的」対応をしたということで済まされてしまうかもしれませんが、避難者のリスク比較に大きな影響を与えてしまった結果、経済的困難、家族別居、離婚・・・さまざまに個々の家族の判断をゆがめてしまった可能性があります。


福島医大、福島県から「個人情報の保護」を理由に、このことを外部の専門家が判断するための充分な情報が開示されていないようですが、一年前の評価部会では既に関係者は気づいていたのではないかとも思われます。


以上、素人の推測にすぎませんが、いかがでしょうか。


4月14日 配信  低年齢層と高年齢層で異なる小児甲状腺がん?

福島県の小児甲状腺がん検診において、疫学が有効なのかについて、続けて考えてみたいと思います。


3月31日のMLメールで毎日新聞の記事を紹介しました。http://mainichi.jp/articles/20160307/ddm/010/040/073000c

 この記事は一般向けに書かれているためでしょうが、甲状腺がんの発見率、発症率、罹患率、有病率などの概念を分別していません。生涯発症しないまま、あるいは発生したり消えたりする有病期間の長いがんの、発症率と有病率を比較することが出来るのでしょうか。

 さらに、この記事では小児甲状腺がんを一つの病気としていますが、チェルノブイリで見つかった低年齢層のがんと福島の小児でも高年齢層のがんは、異なるタイプのがんではないかという問題を考えていません。津田氏が主張する「これまでは100万人に数人」というのは低年齢層のがんの「発症率」であって、高年齢層の癌(成人タイプ)の場合は、年齢という交絡因子を考えなければならない上に、年齢によって増加する期間をすぎると、減少するという複雑な経過(自然史)をたどっている可能性があります。

     多くの人に見つかる発症していない甲状腺がん

 ここで参考になるのは、他の原因で死亡した人の剖検での甲状腺がん有病率が数%~数十%もあるということです。小児のうちに発症する稀なたちの悪いがんと、背後にある膨大な、年齢に影響される、多くの場合生涯発症しないタイプの異なるがんを較べているのではないでしょうか。そのように考えると、津田氏が指摘するチェルノブイリで事故後4~5年以内に発見した比較的高年齢層の小児甲状腺がんは、後者だったのではないかという推測が成り立ちます。それがどのタイプのがんだったのか、その後に発見された低年齢層のがんと同じだったのかの確認が必要です。また、事故後に生まれた子どもでは発生していないという指摘も、生後比較的低年齢の間の検診なのか、思春期以降まで追跡しているのかが不明です。


原因も経過・結果も異なる二つの病気(異なるタイプの甲状腺がん)を疫学で追究することに意味があるのでしょうか。そこは、食中毒と大きく異なると思います。それをあきらかにするのは、疫学サイドではなく、病理学の領域ではないでしょうか。

     スクリーニング実施上の原則 

一年前に宮本塾で「疫学」と取り上げた際の参考にした「はじめて学ぶ やさしい疫学」(南江堂)には、「スクリーニング実施上の原則」として10項目挙げている中に

*頻度が高い、あるいは低くても早期に治療する必要がある疾病。

*早期に発見した場合に適切な治療方法がある場合のみ、実施。

*目的とする疾病の自然史がわかっている。

*スクリーニングの意味・内容が受信者に周知。過度の期待を防ぐこと。

などが挙げられています。放射線の影響があるかどうかを知る目的でスクリーニングを実施すること、特に受診者が子どもの場合の倫理的問題から、スクリーニング実施の妥当性について考えなければならないと思います。


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# by maystorm-j | 2016-04-23 05:00 | 社会 | Comments(0)
2016年 03月 31日
「従軍慰安婦」「南京虐殺」とともに歴史改竄にさらされる「731部隊」

d0164519_07212994.jpg明治維新以後に日本がアジア諸国で犯した暴虐はたくさんあります。負の歴史を出来れば国民は見たくありませんし、政府は積極的に隠そうとします。とりわけその中でも「従軍慰安婦」「南京虐殺」とともに、無かった事にしたい歴史が「731部隊」です。先日も、731部隊の被害関係者が日本での集会に出席するために上海に集まったのですが、入国ビザが理由を開示されないまま発給されず、裁判が起きています。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/293310 会員以外でも3分間のハイライト動画は見られます。


ベトナム戦争に反対していた頃、化学兵器・生物兵器の問題からだったでしょうか、731部隊の事はうすうす知っていました。その後、調査でよく利用した千葉県の宿舎の管理人が731部隊の生き残りと知り、遠い地の昔の話ではない事を感じます。森村誠一著「悪魔の飽食」が出て、人体実験の事が広く知られる前の事です。部隊長である石井軍医中将は千葉県の出身で、秘密保持のために必要だったのでしょう、故郷から多くの人を部隊のスタッフにしたと言われていて、管理人はその一人だったのかもしれません。。軽井沢の友人で子供の頃、731部隊の責任者 石井中将の家族を知っていて、戦後すぐに石井部隊長が占領軍将校相手に行っていた怪しげな旅館の話を聞いたこともあります。負の歴史を語りたがる人は少ないため気づかないままに過ごしていますが、特に調べて回ったわけでもなくても、ただ意識しているだけで案外身近に関係するものごとを見出します。


若いころ、母親の手術に必要な輸血を集めるために、親戚の何人かとブラッドバンク(ミドリ十字)に行ったことがありました。現在のように、日赤の献血ではなく、民間の血液銀行に出向いて「預血」するシステムと、「売血」によって輸血用血液が供給されていました。売血で集められた血液は、「黄色い血」と呼ばれ、血を売って暮らしている人の血は採りすぎでうすい上に肝炎の危険が高いものでした。ミドリ十字は、731部隊の重要メンバーであった内藤良一軍医中佐らによって作られ、国策で行われた売血制度によって利益を得て成長した企業です。暴力団が絡んでいたり、肝炎対策がなされていなかったために多くの被害者を生みますが、1964年にライシャワー大使刺傷事件が起きるまで改善の動きは大きくなりませんでした。65年頃、高校の生徒会で行った「日赤の献血」協力が、私にとって最初の社会運動でした。ミドリ十字はその後も血液製剤を作り続けて、薬害エイズ事件を引き起こします。信州沖縄塾の創立にともにかかわったメンバーの一人も、その被害者でした。


「悪魔の飽食」が出版された当時も、負の歴史を修正しようとする勢力からバッシングが起きました。歴史を改竄しようとする動きは、戦争を出来る国にする動きと連動しています。教科書問題で日本会議や文科省に見られるような中央の大きな動きばかりではなく、身近なところでも被害を受けた国の人々から負の歴史を指摘されたくないという気持ちが、嫌韓嫌中意識になって、猛々しい対立感情に結びつきます。軽井沢の歴史同好会に加わっていますが、歴史愛好者の間でもその傾向は強く、アジア侵略は西洋列強の植民地支配から脱するために必要だったという言葉が出てきます。中国の進出に対抗する軍事同盟必要論につながっていきます。


歴史を改竄したいという気持ちは、自分や自国の罪を認めたくないという情緒的な反応に基づいていますので、歴史を装っていても事実を直視しません。しばらく議論すると感情的な反応だけが残ります。どこかできちんとその連鎖を断ち切らないと、さらに被害者を生み出す事につながります。憲法問題や大きな政治の流れの学習と並行して、身近な歴史の掘り起こしや我々の意識の検証が、言葉を磨き地域社会で説得力を持つためには不可欠です。

近年、多くの関連書籍が出ています。私が読んだのは「悪魔の飽食」以後は、ちょっと古いですが

常石敬一著 「七三一部隊  生物兵器犯罪の真実」

青木冨貴子著 「731」


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# by maystorm-j | 2016-03-31 07:27 | 社会 | Comments(0)
2016年 03月 27日
待ち望んでいた早春の草花
d0164519_07470042.jpg
「暑さ寒さも彼岸まで」と言うようですが、昼夜の長さがほぼ一緒、季節の中間日という割には昨朝の気温、氷点下8度。真ん中というより、ほとんど冬です。昼間の長さというものは、太陽のてっぺんがちらっと顔を出した時間から、最後のかけらが見えなくなるまでのようですので、春分の日は昼間の方が長いことになります。日が射している間は温かいのですが、朝夕は寒い。それでも、シジュウカラやヒガラは巣作りを始めているのか、苔をむしったり、元気に鳴き交わしています。2~3週間前は、夜になるとフクロウが鳴いていましたが、もう縄張りが決まって番ができ、卵を抱いているのかもしれません。夜の静けさを破る迫力のある低音は聞かれません。野鳥の写真を撮ろうと思っても、じっと待っているほど暇ではなく、季節感のある写真は草花になってしまいます。木の芽は確実に膨らんできてはいますが、写真ではそれが判りません。気長に待っていれば、そのうち突然コブシの白い花が冬枯れの林に咲き始めるでしょう。

まだ雪も残っています。日当りの良い道端で見つけた野の花2種と庭先のフクジュソウです。やっと咲いたちいさな野の花に敬意を表して、フクジュソウに負けないぐらい大きく引き延ばして並べました。それにしても両側の花の名前に較べると、真ん中の花の気の毒な事。種の形が似ているとはいえ、ほとんど名誉毀損のレベルです。

軽井沢に越して来たころ、標高の高い土地だけに野の花にも道端の花の中にも、名前を知らないものがありました。和名は知っていても、この土地ではどのように呼ばれているのかを知りたいものもあって、近所の人に名前を尋ねることがよくありました。たいていの場合かえってくる答えは「クサ!」。クサには違いないが、その草の名前は?と尋ねても、「クサはクサだに」。雑草には名前なんて要らないとばかり、吐き捨てるように「クサ!」 そのくせ、山菜となるとしっかり名前で呼ばれています。食えるか食えないかで、えらく待遇が違うのです。2週間も前から、まだXXは出ないか、OOは採れないか、うろうろ探しています。寒さと食糧難で厳しい時代を経て来たのでしょうか。春がいかに待ち遠しかったことかが偲ばれます。ちなみに、写真の3種は食べられそうもありません。

自然が豊かな土地に住む人間はおしなべて自然を愛しているにちがいないと思うのは、都会の人間の思い違いです。自然の猛威にさらされる事が少ない都会の人は、自然のありがたさだけを見ている事が出来ます。有り余っている自然、ほっておくと庭も畑も被い尽くす「クサ」。長い冬に耐えた後、農繁期が始まるまでの一瞬の春。都会とは異なる自然のサイクルの中に暮らして、環境に対して実利的になるのも頷けます。

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# by maystorm-j | 2016-03-27 07:49 | 自然 | Comments(0)
2016年 03月 24日
安倍首相の軍事戦略「セキュリティー・ダイヤモンド構想」            軽井沢9条の会ブログより転載

昨年の安保法制反対運動では、法制の内容や実際にどのように使われるのかという問題が国会で議論されました。しかし、国会前の反対運動ではむしろ、法案の根底にある集団自衛権の違憲性と非民主主義的手続きの問題が中心になりました。その事自体は立憲主義・法による統治を守る上でとても重要なことで、市民運動の中心課題になるのは当然ですが、一方では、安保法制が必要だ、集団自衛権で国民の安全を守らなければならないと考える人々に対する説得力のある論理を形成できなかったと思っています。


集団自衛権イコール日米同盟強化という視点でのみ語られていたと感じましたが、はたして日米関係だけがねらいなのでしょうか。アメリカの西太平洋軍事戦略を見ると、エアシーバトル構想にしても、オフショア・コントロールにしても、むしろ直接的な米中対決を避ける、あるいは限定的衝突におさえる方向と思われます。議会の政府答弁ではたえず、米軍と自衛隊の共同行動が強調されていましたが、米軍の手先論、肩代わり論、米国は日本を見捨てる論など、さまざまな想定が国会外では語られています。


アメリカと中国の軍事戦略が語られることが多いわりに、日本政府はどう考えているのかが見えていない気がします。もちろん在外邦人の救助のためにだけ安保法制が作られたはずはありません。はたして、安倍政権はどのような軍事戦略を持っているのか、あまり報道もされず、議論にもなっていませんが、安倍晋三氏が首相再任直前に書いたと思われる「セキュリティー・ダイアモンド構想」という論文があります。国内向けに語られた構想ではなく、原文は英文です。関係する諸外国に向けて書かれたメッセージと言えます。


http://ameblo.jp/et-eo/entry-11791992597.html (原文、和訳、動画が掲載されています)(このサイトを含めて、紹介しているのはほとんどが安倍構想を賞賛する側からの発信ですので、一部差別的な表現が含まれます。)


集団自衛権は日米同盟にとどまらず、中国封じ込めを目的に、韓国、フィリピン、ベトナム、オーストラリア、インドまでをも考えているということです。東アジア、東南アジア諸国には、日本軍の侵略・植民地政策の記憶が強く残っていて、日本との軍事同盟、自衛隊の進出に対する嫌悪感があります。同時に、東南アジアには中国の進出に対する警戒心も強く、国民感情と国防政策の間にジレンマがあると思われます。米軍が直接的関与を弱める方向を見て、地域軍事同盟の要望は高まるでしょう。既にフィリピンとは基地使用などの関係が進み、オーストラリアとは潜水艦製造など、関係強化が進んでいます。


こんな状況の中で、今年は天皇皇后のフィリピン訪問が行われました。戦争を反省し平和を願う親善強化と歓迎する論調が多いのですが、同時にフィリピン国民の中にある「日本軍」に対するアレルギー解消という副次的効果については語られていません。国内における発言と違い、外国での言動は、ご本人の意図とは別に、その及ぼす効果、結果を冷静に見る必要があります。


今後、出来ればこのサイトで、米中日の西太平洋軍事戦略の、過去から現在への変化を追ってみたいと思います。軍事を理解することによって、軍事によらない平和構築の方向性を考える一助にと願います。


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# by maystorm-j | 2016-03-24 04:15 | 社会 | Comments(0)
2016年 03月 18日
軽井沢町塩沢に移築された「浄月庵」   軽井沢9条の会ブログ投稿記事転載

安倍首相はかねてから日本国憲法を「みっともない憲法」と卑しめてきました。戦後すぐに占領軍によっd0164519_05484363.jpgて押し付けられたという点だけではなく、内容が「美しい日本」(強い日本)にふさわしくないと思っているようです。憲法の平和主義、9条の精神については、1946年1月24日、マッカーサーと会談した幣原喜重郎首相の方から提案されたと言われています。

 幣原喜重郎  以下、下線部分をクリックすると、当該サイトに移動します


敗戦から半年も経たないこの頃、日本側も占領軍も短期間に複雑な体制変革に取り組んでいましたので、憲法制定の経緯は丁寧な歴史発掘と解析を必要とします。押し付けられたからみっともないとか、日本側からの提案だったから良いと、単純に判断することは出来ません。新しい憲法が当時の国会で半年あまりの審議をへて、最終的には衆議院で圧倒的多数で議決されています。その間に、女性の参政権が認められた新しい選挙制度の下で、総選挙が行われ、国民の意思が国会に反影されるようになっています。制定後の国民の対応を見ても、ひじょうに高く支持された憲法の制定であったことは間違いなさそうです。嫌々押し付けられたものではありませんでした。

  国会図書館「日本国憲法の誕生」 


軽井沢町塩沢に移築された「浄月庵」をご存知と思います。町の観光案内などでは「有島武郎終焉の・・・」と紹介されています。作家が情死(心中自殺)した家が観光資源になるというのも、考えて見ればおかしな話です。憲法を考える人々の間では、ベアテ・シロタ・ゴードンさんの両親が、戦争中に住んでいた家ということで注目されています。ウクライナ出身の世界的なピアニストだった父親レオ・シロタさんは、戦前東京音楽学校(現東京芸大)でピアノを教えていて、46年春まで多くの外国人とともに軽井沢に移住させられていました。その家が、当時は三笠にあった浄月庵だったことを、軽井沢を訪れたベアテさんが証言しています。

 軽井沢高原文庫 

ベアテさんは、新しい憲法の占領軍側草案に「男女平等」を盛り込んだことで知られています。当時22歳の通訳だった女性が、憲法草案の策定にかかわったこと自体が異例の抜擢だったでしょうが、その能力・知識・経験をふりかえると、これほどふさわしい人選は奇跡のようにも感じられます。

 2007年、ベアテさんの講演メモ 

 2008年5月8日 ベアテさんを囲むパネルディスカッション動画(10編連続)


憲法制定過程では、「男女平等」について日本側はとても嫌がっていたようです。平等意識は占領軍によって、しかもその中のたった一人の若い女性に「押し付けられた」「みっともない」ものなのでしょうか。ベアテさん自身は、その経緯が平等に逆行する勢力に利用されることを恐れて、自分の関わりを長い間伏せていました。今も平等に反する意識や制度と闘わなければならない状態は残っています。自民党改憲草案にも、家族観などに危険な意識の復活が意図されています。



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# by maystorm-j | 2016-03-18 05:52 | 社会 | Comments(0)